最安プランのKDDIが抱える「携帯大手3社でひとり負け」となるリスク
プレジデントオンライン / 2021年1月20日 11時15分
■低価格プランの先陣を切ったドコモの「ahamo」
NTTドコモが新プラン「ahamo」を発表して以降、競合各社の動向が注目されていたが、ソフトバンクに続き、KDDIも新プランを表明したことで、主要3社の料金体系がすべて出揃った。この新プランの導入が、通信業界にどのような影響を与えるのか。
携帯電話料金の引き下げは菅政権の目玉政策のひとつであり、菅氏は通信行政を担当する総務大臣に腹心の武田良太氏を送り込むなど、相当な力の入れようだった。日本の通信料金は、かつては認可制だったが1996年には届け出制に移行、2004年には完全自由化されており、法律上は政府が料金について直接指示することはできない。
当初、通信各社は政府からの値引き要請に難色を示していたが、現実問題として強大な権力を持つ政府からの要請を拒絶するのは難しい。業界最大手のドコモが大幅な割安プラン「ahamo」を発表したことで、各社もそれに続くことになった。
ahamoの料金は20Gバイトで月額2980円となっており、この金額には1回あたり5分以内の無料通話分も含まれている。新規契約事務手数料や機種変更手数料、さらには番号移転手数料も無料である。
ドコモの従来プランはギガホとギガライトの2本立てだったが、ギガホの月額料金(定期契約なし)は30Gバイトで7150円、ギガホライトの料金は1Gバイトで3150円、7Gバイトで6150円であり、通話についてはどちらも30秒あたり20円の課金となっていた。従来の料金体系と比較してahamoが大幅に割安であり、かつ分かりやすい体系であることは明らかだ。
ahamoがあまりにも安い料金体系だったことから、競合他社にとってはahamoと同水準、あるいはそれを超えるプランを提示することがほぼ必須となってしまった。業界全体で安値合戦の消耗戦となるのは確実であり、市場では競合他社のプランがどれほど思い切ったものになるのかに注目があつまった。
このドコモのプランに最初に反応したのはソフトバンクである。
■セオリー通りの戦略で対抗するソフトバンク
同社はahamoの発表から約2週間後、20Gバイトで月額2980円の新プラン「SoftBank on LINE」を発表した。SoftBank on LINEは、基本的にドコモのahamoと同じプランと考えてよく、月額料金だけでなく、1回5分までの無料通話が含まれている。申し込みがネット限定であることなど、他の項目についてもahamoとほぼ同じ内容だ。
ahamoとの最大の違いは、LINEを利用する場合については一部が使い放題になることである。ソフトバンクグループは傘下のヤフーとLINEの経営統合を2021年3月に控えており、統合後はソフトバンクの携帯通信サービスとヤフーやLINEのネットサービスを一体運用できる。LINEの使い放題については、詳細はまだ決まっていないが、LINEを多用する利用者にとって朗報であることは間違いない。
では3社のプランを経営の観点から見た場合、どのような解釈ができるだろうか。経営学の一般論として大幅な値引きを行う場合にはシェアを拡大しなければ意味がない。しかも通信会社というのは典型的な設備産業なので人件費比率が極端に低く、料金引き下げは収益の悪化に直結する。
ドコモは業界最大手であり、しかもNTTの完全子会社になった。他の2社と比較すると圧倒的に体力があり、大胆な値下げによって他社から顧客を奪うという今回の戦略は合理的と言って良いだろう。
ドコモの場合、高齢の利用者が多く若年層に弱いという弱点があった。ネット限定の割安プランを使って、KDDIあるいはソフトバンクから年齢層が低い顧客を奪うことを想定しているはずだ。
当然のことながらソフトバンクは顧客の流出を防ぐ必要があり、ドコモとほぼ同じプランを用意し、かつ若年層が魅力を感じるLINEの使い放題を打ち出すことで、囲い込みを図る算段である。両社のプランは経営戦略的にはまさに定石といってよいものであり、現時点でドコモとソフトバンクは拮抗した状態にある。
■最安プランを打ち出したKDDIの欠点
そうなると、にわかに注目を集めてくるのがKDDIである。
KDDIはドコモの発表から約1カ月が経過した2021年1月13日、新料金プラン「povo(ポヴォ)」を発表した。povoは容量20Gで月額2480円となっており、ahamoやSoftBank on LINEより500円も安い。一見するとKDDIがより大胆な価格戦略を打ち出したように見えるが、実はそうではない。
確かに月額料金は安く設定されているが、この料金の中には、ドコモとソフトバンクが提供している5分までの無料通話サービスが含まれていない。つまりpovoの利用者は電話をかけた分だけ料金が徴収され、それを回避するためには1回5分までのかけ放題サービス(500円)を追加しなければならない。
フタを開けて見れば、KDDIの料金体系もドコモやソフトバンクと同じ内容ということになるが、筆者は3社が横並びになるという図式は成立しないと考えている。その理由は、最終的にはほぼ同じサービス内容とはいえ、KDDIだけが料金体系が複雑であり、一部の利用者からの支持が得られない恐れがあるからである。
あまり通話しない利用者からすれば、povoは魅力的に映るだろうし、利用者の選択肢が広がることは市場の多様性という観点からも歓迎すべきことではある。だが、今回の料金引き下げは政治主導によるものであり、市場原理だけが通用するとは限らない。
政府による引き下げ要請の是非は別にして、政府が問題視していたのは料金の高さに加え、その分かりにくさにあった。実際、引き下げ前の料金体系では、各社はキャンペーン価格ばかりを強調し、本当のところいくらの料金になるのか簡単には分からない仕組みであった。
■「非常に紛らわしい発表だった」と不快感を示した武田大臣
利用者の側も料金を調べるのがあまりにも面倒だったことから、乗り換えを諦めてしまい、結果として各社は利用者を囲い込むことが出来ていた。
料金そのものに加え、不透明性も指摘されるという現実があったからこそ、ドコモは定額料金にすべてが含まれるシンプルなプランを用意し、ソフトバンクもそれに倣った。ところが、KDDIのプランは利用者に複数の選択肢を提示しているものの、一見すると最安値に見えるので、詳細を知った一部の利用者は不快に感じる可能性がある。
実際、今回の新プランについて武田総務相は15日、「非常に紛らわしい発表だった」「国民に対してあたかも一番安いと思わせるやり方」と露骨に不快感を示した。料金に対する権限を持たない政府が、ここまでの発言を行うのは少々問題だと筆者は考えるが、それはともかくとして、武田氏と同じ感想を持つ利用者は一定数存在するだろう(
ドコモが思い切ったプランを出し、ソフトバンクが利用者の流出を防ぐ対抗プランを用意しているという現実を考えた場合、KDDIにとっては、同じプランを出して現状維持を図るか、競合2社を超えるプランを出して一気にシェアを取りに行くのか、そのどちらかを選ぶべきだった。
ところがKDDIはそのどちらも選ばず、利用者に対する見せ方という点では、他の2社よりも消極的なプランを出してしまった。
では、一連の動きを受けて、今後、3社の争いはどのように展開するのだろうか。
■現状では圧倒的に有利なドコモ
最初に押さえておく必要があるのは、ドコモは設備という点で圧倒的に有利な立場にあるという現実である。
ドコモが全国に設置している基地局数は約38万カ所と、KDDI(約28万カ所)、ソフトバンク(約34万カ所)を圧倒している。1契約者あたりのトラフィック量(データ通信)を比較すると、ドコモはKDDIの6割、ソフトバンクの半分しかなく、ドコモは回線に十分な余力を残している。
また、NTTの完全子会社になったことでドコモは上場を廃止しており、単体の業績については考慮する必要がなくなった。NTTグループ全体として利益が上がればよいので、上場企業だった時代と比較すると経営の自由度は増す。
つまり、値引き合戦というある種の消耗戦においては、そもそもドコモが有利な立ち位置であり、他社は何らかの差別化をしないと対抗できない。ソフトバンクはドコモと同じ料金水準を維持することで顧客流出を防ぎ、LINEとヤフーというネットサービスを切り札に若年層を取り込む戦略であることは明白だ。
■主要3社でもっとも不利な立場に立たされたKDDI
ヤフーやLINEというキラー・サービスを持たないKDDIはその戦略を採用できないので、基本的にはドコモと正面から勝負するしかない。ところが今回のプランでは、ドコモやソフトバンクから顧客を奪うための有力な材料を欠いている。
KDDIは、引き続き上場企業として市場から利益成長を求められるので、採算を度外視した大胆な価格戦略は打ち出せなかったという事情があるのかもしれない。だが利用者にとってみれば、上場企業であるかどうかは関係なく、純粋に料金とサービスで判断されてしまう。
ちなみに楽天は、月額2980円の使い放題サービス「Rakuten UN-LIMIT」について5Gについても同じ料金を適用している。5Gの高速通信環境を必要とする利用者の多くは、モバイルルータ環境(事実上の据え置き型)と考えられるので、当面、楽天はこうした利用者にフォーカスすることになるだろう。
KDDIは少々中途半端な立ち位置となっており、同社が競合他社から顧客を奪うのは簡単ではない。ahamoからの乗り換えを促し、シェアを拡大していくためには、もう一段突っ込んだサービス展開が必要だろう。
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経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
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(経済評論家 加谷 珪一)
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