「司令官爆殺でイラン国民は米国に激怒した」そんなニュースはウソだった
プレジデントオンライン / 2021年1月27日 9時15分
※本稿は、茂木誠『世界の今を読み解く「政治思想マトリックス」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■イラクを訪問中に爆殺されたイラン精鋭部隊司令官
2020年1月、イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官が、アメリカ空軍の無人機によって殺害されるという事件が起きました。
イラクの首都バグダッドを訪れたソレイマニ司令官が、イラクの反政府勢力であるカタイブ・ヒズボラの司令官と一緒に車に乗り込みました。そこに、アメリカ軍のミサイルがぶち込まれたのです。
イラクでは、2019年末からカタイブ・ヒズボラの反米テロ活動が活発になっていました。カタイブ・ヒズボラが米軍施設をミサイル攻撃すると、アメリカがカタイブ・ヒズボラの施設にやり返す。それがイラク国民の反米感情に火をつけ、バグダッドのアメリカ大使館襲撃へと発展しました。
報復はそれで終わる気配を見せず、アメリカ人や米軍施設への攻撃計画もうわさされていたのです。エスカレートするイランの破壊活動を阻止するために、指揮権を握るソレイマニ司令官を殺害した。これが直接的な理由です。
■イスラエル情報機関が居場所を教えたか
では、アメリカはどうやってソレイマニ司令官の居場所を正確に把握できたのでしょうか。
情報を提供したのは、おそらくイスラエルの情報機関であるモサドです。イランを脅威に感じるイスラエルは、コッズ部隊の動きを常に監視し、その情報をアメリカの情報機関に渡していたのでしょう。あるいは、イランの現政権内部にアメリカの協力者がいた可能性もあります。いずれにせよ、ソレイマニ司令官の居場所はトランプ政権に筒抜けだったのです。
■なぜアメリカはイランをここまで警戒するのか
それにしても、アメリカがイランをここまで警戒するのはなぜでしょうか。イラン革命自体はイラン国民が選択した結果ですから、他国が口を出すことではありません。また、いまさらイランを親米王政に戻すのは不可能でしょう。
ただし、イラン革命が周辺国に輸出されるとなれば、話は別です。イラン革命が中東諸国へ波及して反米政権が次々に誕生すると、アメリカ資本が中東から追い出されてしまいます。これまで営々と築き上げてきた中東での利権を、手放さなければならなくなるのです。
アメリカは、中東に親米政権をたくさん打ち立てて、石油やガスの利権を独占してきました。イラク戦争でサダム・フセインを倒したのも、本質的には石油利権の回収が目的でした。戦後、イラクのシーア派政権を事実上アメリカの従属国にしたことで、アメリカの石油会社がイラクの油田を確保することができました。
もう一つの要因は、イスラエルです。イスラエルはユダヤ人国家ですが、世界最大のユダヤ人口を抱えているのは、実はアメリカ合衆国なのです。
これは、欧州やロシアで迫害されたユダヤ人がアメリカへ移住したためで、彼らの多くはニューヨークに拠点を置き、国際金融資本やマスメディアのオーナーとなって、アメリカ世論を動かす力を持っています。彼らはアメリカ国民ですが、イスラエルとの二重国籍を持つ者も多く、「心の祖国」であるイスラエルの安全を第一と考えます。
よって、イランがイスラエルを脅迫することが許せないのです。
■報道が伝えないイラン指導層のホンネ
ソレイマニ司令官は、イラン国内では人望の厚い人物でした。数々の戦闘を勝利に導いたイランの英雄であるだけでなく、人徳があり、ワイロも一切受け取らない、素晴らしい人。だから、彼がアメリカの空爆で痛ましくも殺害されて、イラン国民は怒っている――。
こうした“いかにも”といったニュースが盛んに流布されました。
しかし、実のところ、それほど単純な話ではないのです。ステレオタイプな報道にだまされてはいけません。
イラン国民の悲しみや怒りは本物ですが、イランの革命政権はこの事件を大々的に報道することで、国民を反米で一致団結させるために利用しようとしています。これはプロパガンダです。
■司令官の死をむしろ歓迎する人々
その一方で、政権の中枢にいる人たちは別のことを考えているはずです。
思い出していただきたいのは、ロシア革命の世界輸出を画策したトロツキーがどうなったか、ということです。資本主義諸国との共存を模索するスターリンは、世界革命に固執するトロツキーのことが邪魔になりました。彼の一派を弾圧して、逃亡先のメキシコにまでテロリストを送り込んで殺害してしまいます。
この時、仮に、トロツキーの隠れ家をアメリカ軍が空爆して、トロツキーを殺していたらどうなっていたでしょうか。
スターリンは表向き、「アメリカ帝国主義を許さない!」と国民の反米感情をあおったでしょう。しかし、おそらく心の中ではアメリカ軍に感謝したはずです。「アメリカさん、邪魔なトロツキーを始末してくれてありがとう!」
イランの状況もこれと同じなのです。ソレイマニ司令官の殺害に憤慨するふりをして、喜んでいる人たちがイランの政権内に必ずいます。口に出しては言わないけれど、ソレイマニが消えてホッとしている人たちがいるはずなのです。
■全面戦争になれば負けるのはイラン
例えば、最高指導者のハメネイ師はどうでしょうか。
血気盛んなコッズ部隊がイラン革命を周辺国にガンガン輸出すれば、アメリカの怒りを買うのは必至です。アメリカとイランが全面戦争に突入すれば、軍事力で負けるのはイランです。そうなれば、イラン革命の成果はすべて失われてしまいます。ハメネイ師は、そのことを十分に理解しているはずです。
国民向けには、「私はアメリカに屈しない!」と毅然(きぜん)とした態度で言い放ちますが、まともにアメリカと喧嘩(けんか)して勝てるはずがないことは、彼自身もよくわかっています。
ところが、革命防衛隊の暴走が止まりません。中東のあちこちでコッズ部隊がトラブルを起こしています。彼らの作戦のすべてをハメネイ師が認可しているとはとても思えません。コッズ部隊の暴走にはハメネイ師も手を焼いているのではないでしょうか。その意味で、ハメネイ師は、関東軍の暴走に手を焼いていた昭和天皇に重なります。
ソレイマニ司令官が殺害されて一番胸をなで下ろしたのは、実はハメネイ師なのかもしれないと、私は想像します。
■イラン国軍と革命防衛隊の微妙な関係
また、イランのロウハニ大統領と、その直属部隊であるイラン国軍の存在もあります。イラン国軍とイラン革命防衛隊は、共に協力してイランの国を守る軍隊でありながら、決して一枚岩ではありません。
イラン革命の精神に心酔する志願兵で構成されたイラン革命防衛隊とは違い、イラン国軍は徴兵された一般国民で組織されています。イラン革命を誇りに思ってはいても、そのために殉教したいとまでは思っていません。むしろ経済制裁が解除されて、国民生活が豊かになることを望んでいます。アメリカを挑発するようなコッズ部隊の動きは、はっきり言って迷惑なのです。
■「死者ゼロの報復攻撃」の不思議
コッズ部隊の暴走を疎ましく思う人たちが、イラン政権内にもたくさんいたことは、ソレイマニ司令官が殺害された後のイランの動きを見ても明らかです。
ハメネイ師が「アメリカへの報復」を宣言すると、イランからイラクの米軍基地に向けてミサイルが撃ち込まれました。ミサイル16発のうち12発が米軍基地に落ちたものの、ヘリコプター1機が損傷しただけで、犠牲者はゼロ。これは奇妙です。
おそらくイラン側は事前に「どこどこにミサイルを撃ち込むから逃げたほうがいい」と米軍側に通告していたのでしょう。「国民の怒りが収まらないからミサイルを撃ち込むけれど、アメリカと本気でやり合う気はないから」と伝えていたのでしょう。つまり、完璧なヤラセです。
その証拠に、イランからのミサイル攻撃に対して、トランプ大統領の反応は拍子抜けするほど冷静でした。「アメリカは反撃しない」――それでおしまいです。
トランプ大統領は、実に喧嘩上手です。ギリギリまで緊張を高めておいて、衝突寸前でサッと身を引く。殴り掛かるふりをして、拳を引っ込める。彼は北朝鮮に対してもまったく同じやり方をしています。殴り掛からないとまともに話を聞かない相手には、思いっきり拳を振り上げる。そして、殴るふりをして、引くのです。
ソレイマニ司令官の殺害に関して、「アメリカが戦争をあおっている」とか、「トランプが中東を再び混乱に巻き込んでいる」といった見方がありますが、これらは事実誤認です。「トランプは戦争をあおっている」とお決まりの批判を繰り返すマスメディアや評論家の皆さんは、「喧嘩のやり方」を一度、勉強したほうがいいと思います。
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駿台予備学校・N予備校世界史講師
歴史系YouTuber、著述家。YouTube「もぎせかチャンネル」では時事問題について世界史の観点から発信中。近著に『「米中激突」の地政学』(ワック)ほか、『パンデミックの世界史(仮)』(KADOKAWA)を2020年秋刊行予定。
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(駿台予備学校・N予備校世界史講師 茂木 誠)
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