「PCRは毎週無料、ワクチンも開始」イタリアからみても日本のコロナ対策は遅い
プレジデントオンライン / 2021年1月31日 9時15分
■「家族が集まれないクリスマス」の後で
歴史に残るであろう「家族で集まることができないコロナ禍のナターレ(クリスマス)」。その連休明けの12月27日は「ワクチンの日」と定められ、欧州連合(EU)で一斉に新型コロナウイルスCovid-19のワクチン(以下「新型コロナワクチン」)の接種が始まった(実際の接種開始は28日から)。
イタリアでも毎週47万回分が供給される予定で、ワクチン接種計画表も発表された(接種はすべて無料)。
フェイズ2(4~6月)60~79歳の人、免疫不全のある人や持病のある人、障がい者(国民の15%に到達)
フェイズ3(7~9月)エッセンシャルワーカー(生活業務従事者)、刑務所(国民の50%に到達)
フェイズ4(10~12月)残りの人々(国民の90%が接種済みに)。
■筆者の接種順は「フェイズ2」
このカレンダーに従えば、筆者のワクチン接種の順番は、冒頭で挙げた4段階のうちのフェイズ2(4~6月)にあたる。イタリアでは在留外国人も労働ビザを持っている者は国民健康保険に強制的に加入することとなり(保険料は年金とともに税金に含まれる)、地域の保険を通して自宅近くの開業医をホームドクター(かかりつけ医)として指定される。
筆者一家のホームドクターは、60歳を超えたシチリア出身の独身の女医さんだ。とっつきは悪いが非常に熱心で、他の専門病院で受けた治療結果も必ずオンラインでみてくれている。(イタリアでは個々の受診者のカルテが、病院や診療科の枠を超えて一括オンライン管理されており、これは優れたシステムだと感じる)。これまでもインフルエンザなどのワクチンはホームドクターの元で接種してきたので、今回もなにかしらの連絡があるだろう。
■問題はあるがありがたいイタリアの医療制度
順番待ちが長い、医師の当たりはずれが大きいなど、筆者や家族が経験してきたイタリアの医療に不満がないわけではない。それでも、滞在外国人も利用できる国民皆保険制度のおかげで、イタリア国民と同じタイミングでワクチン接種が受けられるのは率直にありがたいと感じる(別の話だが、コロナ給付金も支給された)。
軽症の場合は自宅待機となるのは日本と同様だが、PCR検査は日本よりもはるかに受けやすい。筆者の近所にも何人かいた自宅待機の感染者は、陰性になるまで1週間おきに検査を受けていた。
筆者には気管支拡張症という、悪化すると肺炎にもなる持病があり、昨年1月にこちらで肺炎球菌ワクチンの接種を受けた。その際に接した肺の専門医は「抗体はたくさんあるに越したことはない。ワクチンは打った方がいいと思う」と話していた。そうした経験もあって、個人的にはワクチンに対してはポジティブに受け止めており、新型コロナワクチンの接種についても、ホームドクターの判断に従うつもりでいる。
もし東京五輪が開催されれば、夏には仕事のために日本に行くことになるだろう。そのことを考えても、ワクチン接種は避けて通れなさそうだ。イタリアから日本のニュースをみていると、欧米に比べて新型コロナの犠牲者が極端に少ないことが、かえってワクチンで集団免疫を獲得することの必要性を実感しにくくしているように感じる。どうかするとヨーロッパより、社会活動の再開が遅くなるのではと心配だ。
厚生労働省の資料によると、日本でのワクチンの接種開始は欧米より2カ月ほど遅れそうだ。先行するイタリアでも、後述するようにワクチン接種はなかなか政府のスケジュール通りに進んでいない。果たして日本は、五輪開催までに必要なレベルの集団免疫を獲得できるのだろうか。
■コロナ対応の医療関係者は優先接種
知り合いの医療従事者に聞いてみたところ、すでにコロナ患者に接する看護師や医者は優先的にワクチンを接種されたという。一方、同じ病院内でもリハビリ部門などのスタッフは後回しにされているとのこと。ミラノのコンピューター断層撮影(CT)検査センターの受付事務をしている友人は「ワクチン接種は医療関係者も義務ではない。アレルギーなどの不安を持つ人は拒否しているし、副反応の不安は払拭(ふっしょく)されていない」という。
しかしながら、イタリアでは昨年11月の時点で1500人以上の看護師が、また12月28日のデータでは273人の医師が、コロナ感染により命を落としている。すでにワクチンを接種した別の医療関係者の知人によると、彼女の病院では感触として医療スタッフの90%以上が接種しているだろうという(他人の接種の有無を口外するのは個人情報保護の観点から禁じられているため、はっきりしたデータは不明とのこと)。
■地域ごとの接種状況にはばらつきが
年明け早々にワクチンの接種スケジュールが発表されると、イタリア国内には一様に安堵(あんど)の空気が流れた。とはいえ、イタリアでもっとも感染者の多い、筆者が住むロンバルディア州では、コロナ医療最前線といえるサッコ病院に届いた1万1000本の注射器のサイズが違っていて(しかも改めて取り寄せた次の注射器もサイズ違いだった)、接種開始が遅れる一幕もあった。
地域ごとの接種状況にもばらつきがある。イタリアは元々都市国家が集まってひとつの国を形成したという建国の歴史があり、現在でも各地方が持つ自治権が大きい。
イタリア北東部、南チロル地方にあるドイツ語圏のトレンティーノ=アルト・アディジェ州では、ワクチン接種に反対する人が多く、医療関係者を除けば予定の接種数をこなせていない。ボルツァーノ県評議会のトーマス・ウィドマン氏は「80歳以上の方と持病をお持ちの方は、感染したときのリスクが高いので接種してほしい」とメディアを通して訴えたが、この地方では接種開始1週間の目標である60%を大きく下回る、29%の住民にしか接種できていない。
注射器の入荷トラブルがあったロンバルディア州ミラノでは、この地でもっとも影響力を持つ右派政党「同盟」のマッテオ・サルヴィーニ党首が毎日のように「ワクチンは不要! 義務化するな!」と大声で訴えている。サルヴィーニ党首はかつて連立政権を組んでいた左派政党「五つ星運動」のベッペ・グリッロと並ぶ、反ワクチン的主張で知られる政治家で、副首相兼内務大臣時代の2018年には、子供への各種ワクチン接種を義務づける法律の廃止において大きな役割を果たしている。
■ナポリでは順調に接種が進む
一方で、ナポリを州都とする南部カンパーニャ州のディ・ルカ州知事は、1月10日までに予定していた対象者の約90%が接種済みと胸を張った。
「6000本分のワクチン接種を予定していたが、すでに5800本分が終わった。このままではワクチン接種を中止しなければならなくなる。(イタリア政府の)アルクリ氏にはすぐに追加を送ってくれと連絡をした」と、ワクチン接種のために広場に集まっていた市民を前に訴えた。
ナポリの保健所では1日に1500本の接種を予定していたが、これに数千人の行列ができた。ワクチン接種後はアナフィラキシーショック(アレルギー反応)をみるために15分間はその場にとどまらなければならないこともあって、ワクチン接種会場となった広場は人であふれた。
■ローマ教皇も「ワクチン接種推進派」
そんな中、バチカンでは市全体(住民と労働者を合わせて6000人)の需要をカバーできる1万3000回分のワクチンを確保するとともに、ワクチンを保管するための超低温冷蔵庫も購入したと発表した。バチカンはワクチンの製造元を公表していないが、超低温冷蔵庫を用意したことから、イタリアの日刊紙「メッサジェッロ(Messaggero)」はファイザー社製ではないかと報じている。
![ローマ法王はワクチン接種済――。昨年のロックダウン中のサンピエトロ広場(2020年3月11日)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/0/670/img_f0b4cde0a9acc0d6f7ff2979bbf1ba9f397693.jpg)
13日にはフランチェスコ教皇とラッツィンガー名誉教皇(前教皇のベネディクト16世)が、パウロ6世記念ホール前の診療所で、2人そろってワクチン接種を行った。フランシスコ教皇は「倫理的に誰もがワクチンを接種しなければならない」とインタビューにて発言しており、「同盟」などが掲げる「NO VAX」(反ワクチン)とは逆の立場を表明している。
このようにイタリアのワクチン接種への賛否は、政官民、さらには神までをも巻き込んだ論争に発展している。かつてならローマ教皇の一言で、人々は素直にワクチン接種の方向に動いただろうが、教皇の言葉があってもなお人々がワクチンに対する疑いを捨てきらない状況に、イタリアという国の大きな変化を感じる。
ウイルス学者のロベルト・ブリオーニ氏は「多くの医療専門家が合理的な理由なしにワクチンの危険性を語り、治療すべき患者たちをむしろ危険にさらしている。また、政治的な理由も阻害要因になっている。政府は医療専門家とともに、ワクチン接種を法的に義務化すべきかどうかを決めるべきであろう」と警鐘を鳴らす。
■イタリア独自のワクチンも開発中
EUでのワクチン接種で先行しているのはファイザー/ビオンテック社(米/独)、モデルナ社(米)、アルトラゼネカ社(英)の製品だが、イタリア国内の製薬会社2社もワクチンの実用化に取り組んでいる。ローマに本社を持つレイテラ(ReiThera)社とタキス・ビオテック(Takis Biotech)社の2社がそれだ。
レイテラ社のワクチンは現在、安全性を試す第1段階の治験に成功し、有効性を確認する第2段階の治験を実施中だ。タイプとしてはアストラゼネカ社などと同様の、病原性のない「運び屋」(ベクター)役のウイルスに抗原たんぱく質の遺伝子を組み込んだ「ウイルスベクターワクチン」型。一方、DNAワクチン型のタキス社のワクチンも同様に第2段階の治験に入っており、夏には市場への供給が可能になるとみられている。
■ワクチンのコストも関心の的に
両者に共通するのは、超低温冷凍庫でない一般の冷蔵庫で扱えること、さらに1回の接種で効果を得られること。先行するファイザー社のワクチンより使い勝手やコストで勝るというのが売りだ。
両者がコスト優位を強調する背景には、昨年12月に各社のワクチン価格が思わぬ形で流出した一件がある。ベルギーのエバ・デ・ブリーカー予算相兼消費者相が、本来は非公開の各ワクチンの契約価格(1回分あたりオックスフォード/アストラゼネカ1.78ユーロ=約220円、ファイザー/ビオンテック12ユーロ=約1510円、モデルナ18ドル=約1870円など)を、うっかりツイッターで公開してしまったのだ。後発だけに「安価で安全」ということを訴求材料にするのは自然なことだろう。
■思いのほか不評の政府広報ビデオ
イタリアのテレビでいま注目されているのが、政府が流しているワクチン接種推奨の公共広告だ。ビデオクリップの監督はジュゼッペ・トルナトーレ。80年代を代表するイタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』で、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した名匠である。
全4編のうち最初に公開された第1編は、老人ホームとおぼしき施設の広間が舞台。白衣姿の医療関係者が行き来する中、老女と娘らしき女性がビニールカーテン越しにハグをする。昨年、各地の老人ホームなどで実際にあったエピソードにインスパイアされたであろうシチュエーションだ。
ビデオの最後には、花のイラストとともにこんなメッセージが現れる。「イタリアは復活する。ワクチンという花とともに(“I'Italia rinasce con un fiore vaccinazione anti- Covid19”)」。ワクチンの有用性を訴えつつ、ワクチンに不安を抱く人々の思いにも寄り添う配慮が感じられるクリップだと筆者は感じたが、ユーチューブの首相官邸チャンネルでも公開されたこのイタリア語ビデオへの反応は、「いいね!」が1122に対して「よくないね!」が1.5万だった(1月28日現在)。
ワクチン接種への個人的な抵抗感か、あるいは政府の方針に対する政治的反発かはわからないが、巨匠を起用したキャンペーンはなかなか苦戦しているようだ。2月末から医療関係者、3月下旬から高齢者へのワクチン接種が始まると報じられている日本でも、同じようなことが起きるのだろうか。
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ジャーナリスト、コラムニスト
1959年、東京・浅草生まれ。1993年「激安主義」(徳間書店)にてバブル後の激安ブームを牽引。1997年からイタリア在住。テーマはスポーツ、車、グルメ、政治、歴史、教育などイタリアのカルチャーすべて。主な著書に「丙午女」(小学館)、「会社ウーマン」(朝日新聞社)など。福岡RKBラジオ「桜井浩二 インサイト」に不定期出演。
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(ジャーナリスト、コラムニスト 新津 隆夫)
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