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「映画よりずっと前から」19世紀ドイツで計画されたジュラシック・パークの中身

プレジデントオンライン / 2021年1月29日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Orla

19世紀のドイツでは、恐竜を展示する「ジュラシック・パーク」が計画されていた。関西大学文学部の溝井裕一教授は「そうした動きは、フィクションより一歩も二歩も先んじていたといっても、過言ではない」という――。

※本稿は、溝井裕一『動物園・その歴史と冒険』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■新種のロバを見抜いたビスマルク

19世紀末から20世紀初頭にかけて、未知の生きものが発見され、動物園ではじめて紹介されることがたびたびあった。世界的に有名な動物商カール・ハーゲンベック自身、これにかかわっている。

たとえば、ハーゲンベックのヨーゼフ・メンゲスという海外派遣員は、ソマリランド(アフリカ東岸)に立ちよって、珍しい生きものがいないか探索したことがある。そのさい、彼が発見してドイツに送った動物に、奇妙な種がいた。青みがかった灰色の、足に縞がある野生ロバである。

明らかに珍種であるにもかかわらず、どの動物園も買おうとしない。するとたまたま、ハーゲンベックのところに宰相(さいしょう)ビスマルクがやってきた。彼はたちまちこのロバに注目し、「わたしは動物学者ではないが、ひと目みれば、こいつは新しくて珍しい種に違いないとわかるよ」といった。ビスマルクの直感は正しかった。のちにロンドン動物園がこの個体を購入し、新種であることをつきとめる。ソマリノロバである。

■コビトカバ、セイウチ、ヒョウアザラシ…珍しい生きものを獲得

彼の名声をさらに高めたのは、コビトカバの獲得である。コビトカバは、1844年、西アフリカに由来する骨格にもとづいてはじめてその存在が確認された。1873年に、生まれたばかりの幼体がシエラレオネの原住民によってつかまり、イギリス総督の手を介してダブリン動物園に移送されたものの、到着してすぐに死んでしまう。スイスの動物学者ヨハン・ビュティコーファーも、リベリアで観察に成功したが、それでもなお、それがたんなる小さなカバではないかと疑う人びとが多かった。

だがハンス・ションブルクというアフリカ研究者が、コビトカバはたしかにいるという情報を得てハーゲンベックを説得し、その支援を受けてリベリアでとうとう5頭捕獲することに成功。1912年にハーゲンベックのもとへ無事送りとどけ、さらにうち3頭がブロンクス動物園にわたった。この事件が、人びとを熱狂させたことはいうまでもない。ハーゲンベックは、ほかにもセイウチやヒョウアザラシなど、当時珍しかった生きものの獲得に熱心だった(Dittrich 1998,Hagenbeck 1909)。

■「恐竜の生き残り」にかんする原住民の情報

そして、こうした未知の生きものを発見するのに欠かせないのが、捕獲隊に原住民がもたらしてくれる情報であった。それが誇張であったり、ウソだったりすることもあるかもしれないが、よく吟味すると新発見につながることも珍しくないという。そんな彼が重視した情報のひとつが、恐竜の生き残りにかんするものだった。彼の自伝『動物とひと』(1908、初版)には、つぎのような文章がある(少し長いので、読みやすくするようところどころに改行を入れた)。

ナイル川の日の出
写真=iStock.com/Colin Thompson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Colin Thompson
しばしば、土着の人びとの芸術生活に由来する、原始的な伝承が知られざる動物種の存在を示すことがある。
たとえば2、3年前、わたしはまったく異なる情報源から、ローデシア(アフリカ南部)の奥地の岩や洞窟にある、そのような絵画について報告を受けた。そのひとつはわたしの派遣員から、もうひとつは大物の野獣を狙って狩りにいっていた、あるイギリスの高官からもたらされた。前者は南西から、後者は北東から大陸内部へと進んだ。
奇妙なことに、ふたりの報告は、原住民がある怪物の存在を語ったという点で一致していた。それは半分ゾウ、半分ドラゴンで、到達不能の沼にいるという。そういえば数十年前、優秀な派遣員メンゲス氏が、似たような伝説的な生物について報告していた。彼は1871年に、ゴードン=パシャとともに白ナイル(ナイル川上流)を探検したことがあったのだ。また、原住民が洞窟の壁に描いたこの生きものの絵は、アフリカの奥地に存在する。わたしが知るかぎり、ブロントサウルスの一種がかかわっているとしか思えない。
これらの報告は、かくも異なった筋からもたらされたにもかかわらず一致していたから、この生物はいまもなお存在しているに違いないとほぼ確信するにいたった。わたしはかなりの額を費やして、かの地へ探検隊を送りこんだが、彼らはなすところなく帰ってくるしかなかった。到達困難な、数百キロにわたり全方位に広がっている沼地において、派遣員が重度の高熱に襲われたからである。そのうえかの地にはとても陰険な原住民がいて、何度も襲ってきて前進を阻んだ。
だがわたしは、この生物が存在するという証拠をわれらの動物学にもたらすことをあきらめていない。そうすれば、さらなる発見のきっかけにもなるだろう。とうのむかしに絶滅したと考えられていた動物が、いまも生存することを人びとが確信したら、そのほかの、未知のままでいる種の探索にはずみがつくことだろう。

■正真正銘の「ジュラシック・パーク」になりえた

「2、3年前……」という記述から、ハーゲンベックが少なくともこの本を出す直前まで恐竜を探していたことがわかる。望みを達成していたら、ハーゲンベック動物園は大がかりなパノラマ展示をした動物園としてではなく、正真正銘の「ジュラシック・パーク」として世界に名をとどろかせたに違いない。

彼の告白は、驚きをもって受けとめられた。「スフィア」紙(1910年1月8日、図版1)によると、現地のローデシア博物館の科学者はすぐに、現住民からそんな動物にかんする報告など受けたことはないと述べた。だがしばらくすると、それをみたという原住民がふたりあらわれる。彼らによれば、その生きものはワニの頭と尾に、サイの角、ヘビの首、カバの胴体がついた姿をしていた(ただし、水中を前進するためのヒレがあったという)。

ワニの頭とサイの角、ヘビの首、カバの胴体がついた生物の絵
図版1:ハーゲンベック恐竜探検隊にかんする、「スフィア」紙(1910年1月8日)の記事('A Strange Story of a Giant Reptile.'Sphere.8 January 1910,35.)出所=『動物園・その歴史と冒険』

■コナン・ドイルが描いた世界は、ハーゲンベックの動物園そのもの

溝井裕一『動物園・その歴史と冒険』(中公新書ラクレ)
溝井裕一『動物園・その歴史と冒険』(中公新書ラクレ)

ちなみに、未確認生物研究者ダニエル・ロクストンらがいうように、このハーゲンベックの文章は、トップスター級の未確認生物「モケーレ・ムベンベ」の伝説が生まれるきっかけとなるものであった(Hagenbeck 1908,ロクストン 2016)。

1912年には、ある有名な探検小説が出版されている。アーサー・コナン・ドイルの『ロスト・ワールド』である。そこでは、主人公のチャレンジャー教授が、南米の奥地を探検し、「メイプル・ホワイト台地」のうえに恐竜はもちろん、人間とサルの中間形態とおぼしき生きものや、人間ではあるが「未開」な人びとがすんでいるのを発見する。

ドイルが描きだした「失われた世界」は、恐竜から「未開人」までそろえていたハーゲンベック動物園の姿そのものである。そのうえハーゲンベックの恐竜探索は、この小説に先行していたのだ。ハーゲンベック動物園は、フィクションより一歩も二歩も先んじていたといっても、過言ではない。

【参考文献】
Dittrich, Lothar and Annelore Rieke-Muller. Carl Hagenbeck (1844 -1913):Tierhandel und Schaustellungen im Deutschen Kaiserreich. Frankfurt am Main:Peter Lang, 1998.
Hagenbeck, Carl. Von Tieren und Menschen: Erlebnisse und Erfahrungen von Carl Hagenbeck. Berlin: Vita Deutsches Verlagshaus, 1908, 1909.
ロクストン、ダニエル、ドナルド・R・プロセロ(松浦俊輔訳)『未確認生物UMAを科学する―モンスターはなぜ目撃され続けるのか』化学同人、2016年。
 

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溝井 裕一(みぞい・ゆういち)
関西大学文学部教授
1979年兵庫県生まれ。関西大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はひとと動物の関係史、西洋文化史、ドイツ民間伝承研究。『水族館の文化史――ひと・動物・モノがおりなす魔術的な世界』(2018年)で第40回サントリー学芸賞〈社会・風俗部門〉を受賞。他の著書に『ファウスト伝説――悪魔と魔法の西洋文化史』(09年)、『動物園の文化史――ひとと動物の5000年』(14年)、『グリムと民間伝承――東西民話研究の地平』(編著、13年)、『想起する帝国――ナチス・ドイツ「記憶」の文化史』(共編著、16年)などがある。

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(関西大学文学部教授 溝井 裕一)

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