「福島のかまぼこ」を売るのに必要なのは、放射能汚染の情報ではなかった
プレジデントオンライン / 2021年1月26日 11時15分
※本稿は、小松理虔『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。
■風評被害に苦しめられたかまぼこメーカー
地域で働いてみたい。そう思っている人におすすめしたいのが、食に関する仕事に就いてしまうことです。
農業や漁業といった一次産業だけでなく、食品製造に関わる仕事もあります。消費者としてだけでなく生産者の立場から食を見直すことで、自分のこれまでの暮らしや地域の見方に、別の角度から光を当てることにつながります。ぼくは、食に関わる仕事をするようになり、いままで以上に地域の魅力や課題が見えてきました。
ぼくは、2012年に、それまで2年ほど勤めていた木材商社を辞め、いわき市の永崎という海沿いの町にあるかまぼこメーカーに転職しました。映像作家の友人の高木市之助くんがすでにそのかまぼこメーカーに勤めていて、仕事に関する話を聞いていたこともあり、食の世界に興味を持つようになったんです。
仕事の面白さややりがいだけでなく、福島県で食に関わるすべての人が経験したであろう「風評被害」についての話も聞いていました。福島第一原子力発電所の爆発事故により、広範囲に放射性物質が飛散し、福島県の食品の安全性が揺らぎました。
多くの消費者が不安を感じるだけでなく、さまざまなメディアを通じて不確定な情報が飛び交い、それを慮ってか、店頭から福島県産品の取り扱いがなくなったり、他県のものに切り替えられたり、価格が落ち込んだりという経済的な被害が生じたのです。
これが「風評被害」です。いわきのかまぼこメーカーも例外ではなく、震災後に一度落ち込んだ売り上げが回復せず、マイナスイメージに苦しめられていました。
■魅力と課題は同時に発見される
ぼくは、原発事故直後から、風評被害の問題はつまるところ「コミュニケーションの問題」だと感じていました。
現場の状況や取り組み、放射線に関する情報が圧倒的に伝わっていない。安全性を担保する自社の取り組みや、商品の美味しさ、こだわりを、生産者が消費者にダイレクトに伝えることができれば、きめ細やかなコミュニケーションにつながり、お客は戻ってきてくれるはずだと。
ただ、生産者サイドには、時間的にも人員的にも余裕がないだろうとも感じていました。そこで、これまでテレビや雑誌の会社に勤めてきたぼくの経験が活きるかもしれない。いや、活かさなければと思ったんです。
結果的に、2012年の春から2015年に独立するまでの3年間、ぼくはかまぼこメーカーで広報と営業を担当しました。この特別な3年間で、食に対する意識が大きく変わりました。
いままでは「消費者」でしかなかったところに、それとは反対の「生産者」の見方がインストールされたからです。いままで以上に食の安全について深く考えるようになりましたし、流通などにも関心が生まれました。100円ショップで売られているような食品にも、ものすごい技術やノウハウが濃縮されていることもわかりました。
と同時に、地元の食品製造業が抱える課題も見えてきましたし、何より、胃袋に入れるものに対して自分がいかに無関心だったか、ということに気づかされました。本書で繰り返し書いているように、やっぱり魅力と課題は同時に発見されるものなんですね。
■かまぼこの産地はどこなのか
この発見は面白さにつながります。いままでわからなかったことがわかるようになったり、いままで見えていなかったことが見えるようになるのは、ものすごく「面白い」ことです。
テレビ番組などで、慣れ親しんだお菓子やファストフードがどのように生産されているのか特集されることがありますが、あれと同じです。「慣れ親しんだ普通のもの」に利用されている技術や、これまで知らされていなかった原料や味つけ、生産の「秘密」を知ることは、ものすごく面白いことであり、さらなる信頼を作る機会になるわけです。
![商業サケ漁](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/d/670/img_cd400c2dce9c28de6b4016d2a999fe1c463740.jpg)
ひとつ例を出してみましょう。スーパーに売られているかまぼこがありますよね。ピンクとホワイト、だいたい2種類並んでいます。あのかまぼこの原料はなんという魚か知っていますか?
多くの場合、「スケソウダラ」というタラが使われているはずです。スケソウダラは日本の海域でも獲れますが、数量も多くなく、価格的にも安価なかまぼこには向かないので、北米のアラスカ沖、ベーリング海で漁獲されています。
原発事故後、多くの人から「福島県産のかまぼこには、福島の魚介類がノーチェックで使われているのではないか」という声が寄せられました。地元の魚を使ってかまぼこを作っているメーカーも国内には数多くありますので、きっと「地元の港に水揚げされる魚で作られる」と思っていらっしゃったのでしょう。
■「原産地はアラスカ」という情報が発信されていなかった
ところが、いわきで作られているかまぼこは、先ほど説明したように北米アラスカ産スケソウダラのすり身で作られます。しかもそのすり身、いわきの工場ですり身にされているのではなくて、ベーリング海で操業している船の中で加工され、船の中で冷凍保存されます。
かまぼこメーカーは、その「冷凍すり身」を商社を通じて購入し、製造するときに解凍してかまぼこを作っています。つまり、「福島県産のすり身を使っていないので、原理的に放射性物質は混入しない」ということです。
入社する前は、ぼくも、おいしいかまぼこだから地元の魚を使っていると勘違いしていました。全国には、地元の海に水揚げされた魚を使ってかまぼこを作っている産地もありますし、ぼくの勤めていたメーカーでも地魚を使った高級かまぼこは作られていました。ですが、そういう一級品ばかりでは全国の食卓や外食産業を底支えできません。
安価で大量に供給できるよう規格化された商品(コモディティ商品と言ったりする)が必要になってくるわけです。業界的には「リテーナー成形かまぼこ」と呼ばれていて、リテーナーという金型にすり身を入れて蒸し上げる「板かまぼこ」のことを指します。いわき市は、このリテーナー成形かまぼこの生産量が、震災前まで長く日本一でした。
問題は、そうした情報を、メーカー側がほとんど出していなかったことです。
■いままで欠けていた消費者に対する目線
工場の主要な取引先は市場です。つまり「BtoB」の商品。消費者に直接販売するのではなく流通業者に販売する業態だったため、消費者に直接伝えようという意識もチャンネルも、そもそも存在しなかったわけです。多くのメーカーが、消費者ではなく流通業者ばかりを見ていました。震災後、情報発信が必要になっても急にはできません。
ぼくの勤めていたメーカーでは、いわゆる「OEM」、大手メーカーの商品の製造を担う業態でもかまぼこを作っていました。日本で最も有名なかまぼこ産地は神奈川県小田原です。
ラベルの販売元の欄には小田原の会社の名前しかないので多くの消費者が小田原のかまぼこだと思ってしまいますが、製造元はいわきの工場だったりするわけですね。食品には製造元と販売元があり、それが異なることはよくあります。
世の中の多くの人が「福島県産品のかまぼこは危険なのでは?」と考えているその時、工場では「小田原のかまぼこ」も粛々と生産されていました。もちろん、大手のメーカーは商品の安全性やメーカーの加工力の高さを知っているからこそ注文するわけです。
ただ、そういう根底の情報は、多くの場合世の中に出てこない。そもそも、かまぼこがどうやって製造されているかなんて、多くの人は知らないわけです。
とするならば、放射能汚染の情報も大事ですが、それ以上に、そもそもかまぼこはどのように作られているのか、どのような原料が使われ、どのような工程で生産されているのかを徹底して開示していけば、新しいファンを開拓できるのではないかとぼくは考えました。
■必要なのは原状回復ではなく新規開拓
福島県産品に疑念を抱いている人が戻ってきても、客が増えたことにはなりません。売り上げを増やすには新たな顧客獲得が必要です。そういう時に有効に働くのは、安全に関する情報ではなく、かまぼこそもそもの魅力をしっかりと伝えていくことなのではないか。ぼくはそう考えるようになり、数々の実践をしていくことになります。
ぼくの大きな任務は、一言で言うならば「ブランド・コミュニケーション」です。
「ブランド・コミュニケーション」とは、企業が伝えたいアイデンティティを消費者に伝え、イメージを作っていくためのコミュニケーション活動を行うことをいいます。ただし、ぼくの場合は「ブランド・コミュニケーションをやるんだ!」と思っていたわけではありません。
自分にできることを必死にやっていただけ。後になってマーケティングの本を読んでいたらこの言葉を発見し、「自分がやっていたことはブランド・コミュニケーションだったのか」と気づいたのと、横文字で“かっこいい業種感”が出るので、いま使ってみただけです。
![矢印のブロックを積み上げる手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/c/670/img_0c53d100d6ae6f0a0a78bbc91dd0f5c3132830.jpg)
まず、同僚の高木市之助くんとタッグを組み、オンラインショップの立て直しに臨みました。彼は当時は職人として仕事をしていたのですが、東京ではVJや映像作家として活動するなどクリエイティブな引き出しをたくさん持っていました。
■初心者だからこそ届けられた魅力
いまはすでにかまぼこメーカーを退職し、いわきを代表するグラフィックデザイナーとして活動しているのですが、その高木くんと、ほぼ自力で新しいオンラインショップを立ち上げ、日々の情報発信にあたったのです。
商品のアピールだけでなく、製造現場も許される範囲で撮影してSNSに投稿していきました。自社のかまぼこを使ってくれているラーメン屋さんやそば屋さんの声を伝えたり、自分たちで考えたレシピなども積極的に発信しました。
撮影した写真は何千枚あったでしょうか。写真の担当はぼくでした。初めは見よう見まねで撮影していたのですが、ある時期から、かまぼこが「こう撮ってくれ」という声が聞こえてくるように感じられてきました。どう撮影したらかまぼこが魅力的に、おいしそうに見えるか、少しずつ分かってきたんです。
また、知れば知るほど、かまぼこという食材の魅力に気づかされました。本来は、自分の会社の商品について発信すべきですが、しばしばそれを逸脱し、かまぼこの歴史や、それを育んできたいわき市の文化についても関心は膨らみ、もはや自社のアピールにつながらないような遠回りの記事も書くようになっていました。
ぼくが「かまぼこ初心者」だったことがよかったのかもしれません。ぼくの感じた「面白い!」を、お客さんも、そのまま受け取ってくれていたようなのです。「そんなふうに作られていたんですね」、「かまぼこって面白いですね」、「いわきはとても魅力的なところだったんですね」と、好意的な声が寄せられるようになり、それに伴って、オンラインショップの売り上げも右肩上がりで伸びていきました。
■興味関心の「同期」こそがブランドを生み出す
自分の興味・関心と、お客の興味・関心が「同期」し、それが売り上げとなって表れていくような感覚でした。
その「同期」の感覚こそ、特にローカル企業のブランド・コミュニケーションで大事なことだと思います。ブランドというのは共に作っていくことにほかならないからです。特に、原発事故直後は、食の信頼が揺らいでいた時期でしたし、被災地のメーカーを応援したいという機運もありました。
とはいえ、一方的に高所から伝えていたのでは信頼を得られなかったかもしれません。ユーザーと同じ目線で語ったことがよかったのだと思います。ぼくがかまぼこの魅力を学ぶプロセスは、同時に、新たな顧客がかまぼこの魅力を学ぶプロセスでもあったわけです。
■自分が感じた魅力がそのまま商品の魅力につながる
ぼくの暮らしも変わりました。食卓には自然とかまぼこが増えました。もともと練り物が好きだったということもあるのですが「社員割引」があったんです。高級なかまぼこを食べるときには、自宅に友人も招いて飲み会をやります。
かまぼこに合う地酒を買おう、酒屋のマスターや女将に酒のことを教えてもらおう。せっかくならおしゃれな酒器に入れよう、その酒器を手に入れるために陶器市に行こう。そうして次々に新たな出会いが生まれ、その様をSNSやブログで発信しちゃうんです。
![小松理虔『地方を生きる』 (ちくまプリマー新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/d/200/img_5de4906842b5eb47ff8ffca503f3df7751601.jpg)
ぼくは、誰よりも暮らしのなかでかまぼこを楽しんでいる自信がありました。だから、その模様を「ダダ漏れ」させていけば、さらなる「同期」が生まれると考えていました。
大事なことは、かまぼこメーカーの広報という「公」の立場と、ぼく個人の「私」の立場を「混同」させることです。まずは自分の暮らしを面白くしようとする。そこに会社の商品や取り組みを重ねて、それを発信していく。
すると、その公私混同がポジティブに回り始め、自分の楽しさと、情報の受け手の感じる楽しさが同期していきます。その手応えが感じられるのが、地域ならではの働き方。地域で働くときは、ぜひ食に関わる仕事を探してみてください。あなたの食卓が、地域とダイレクトにつながるはずです。
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ローカルアクティビスト
1979年生まれ。いわき市小名浜出身。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、いわき海洋調べ隊「うみラボ」では、有志とともに定期的に福島第一原発沖の海洋調査を開催。そのほか、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。『ゲンロンβ』に、本書の下敷きとなった「浜通り通信」を50回にわたって連載。著書に『新復興論』(ゲンロン叢書)、『地方を生きる』(ちくま新書)、共著に『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)などがある。
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(ローカルアクティビスト 小松 理虔)
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