消費者第一にマーケティングを考え抜くネスレ日本に"マーケティング部"がない理由
プレジデントオンライン / 2021年2月2日 11時15分
※本稿は須藤憲司『90日で成果をだすDX入門』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。
■「家族一緒に飲むコーヒー」から「一人1杯ずつ入れるコーヒー」へ
世界最大の食品・飲料メーカーであるネスレの日本法人、ネスレ日本は、製造業からサブスクリプションを含む新しい付加価値のあるサービスを提供するビジネスモデルへの転換にチャレンジしています。「ネスカフェ ゴールドブレンド」など認知度の高い瓶入りのコーヒーを中心に消費者に販売するモデルは、今後起き得るさらなる人口減や高齢化に伴いシュリンクすることが予測されているため、別の活路を開こうとしています。
共働き世帯の増加などで人々の家庭内での滞在時間が減少し、家族分のコーヒーを一気に淹れる機会が少なくなり、一人1杯ずつコーヒーを楽しむニーズが年々高まっています。そのような中でネスレ日本は、本格的なカフェメニューが楽しめる1杯取りコーヒーマシンの開発・販売に力を入れています。
コーヒーマシンで1杯取りをするコーヒーは、単価としても瓶入りコーヒーより高く設定できます。
テクノロジーを活用して単価アップを図るというのは、国内市場が縮小していく中で大きなヒントになりそうです。
そこでのチャレンジとして考えられるのが、販売チャネルの転換です。
■販売チャネルをどう転換するか
これまでのネスレ日本のビジネスは、基本的にBtoBtoCが主軸でした。卸店や小売店を通した販売が中心で、テレビCMなどを通じてブランドイメージの向上に努めるという図式です。現在では、自社でECサイトを設け、1杯取りコーヒーマシンを活用した製品の販売を、消費者と直接つながる形で行っています。
コーヒーのような嗜好品は、もともと「買う人」と「使う人」が異なるケースが多い商材です。たとえば、家庭であれば商品の選択権は買い物をする主婦や親などにあり、パートナーや子どもはそれを使うだけです。会社の休憩室に置くのであれば、総務部などの担当者が買い出しに出て、置かれているものを社員は利用するでしょう。
ところが、サブスクリプションへ移行しようとするなら、「買う人=購買者」の先にいる「使う人=消費者」のことを理解しなければなりません。
■キャッシュレス化で飲用データ取得が可能に
その理解をさらに深めていくためのDXとして、2019年10月に投入された新しいマシン「バリスタ デュオ プラス」は好例です。オフィスを中心に、カートリッジのコーヒーを定期的に購入することでマシンを無料で使用できる「ネスカフェ アンバサダー」のサービスで利用できる最新機種です。
「ネスカフェ アンバサダー」でコーヒーマシンをレンタル利用していただく場合、これまでの機種では利用料金の支払いや回収を現金で行っていましたが、「バリスタ デュオ プラス」では、キャッシュレス決済の対応が可能になったことがユニークな特徴です。
ブラックコーヒーやカフェラテなど、カフェで提供されるような本格的なメニューが楽しめるのはもちろんのこと、「バリスタ デュオ プラス」が優れたところは、決済情報を含めて「誰が、いつ、何を」飲んでいるかなどの飲用データを取得できることです。それにより、消費者の理解をより深めることができ、新たなビジネス展開のために役立てることができます。
「バリスタ デュオ プラス」を使った取り組みは、ネスレ日本が最終的に目指すサブスクリプションへのビジネスモデル強化に向けて行った具体例のひとつといえます。
単価アップおよび、長期にわたる変革に向けたコンフリクトの乗り越え方、いかに模倣されない形でテクノロジーを活用するかなど、多くのヒントがインタビューからみえてきます。
■ネスレはDXで何を目指しているのか
ネスレ日本 島川基さんインタビュー
——DXに取り組むようになったきっかけは?
1866年にスイスで創業したネスレの祖業は「乳児用製品」の販売でした。乳幼児の死亡率が高い時代でしたので、社会の問題解決につながる製品となりました。現在でも、全社的に「ネスレのマーケティング=社会の問題解決」として捉えています。
日本は30年ほど前まではモノを作れば問題解決につながっていましたが、モノが満ちあふれた世の中になりました。今ではモノを体験する機会やサービスに転換して付加価値を届けなければ、お客様の求めているものにならないと発想が変わってきたのです。
日本では「いつでもどこでも提供できる」ことがコーヒーの市場やマーケットを拡大するきっかけになっていたと考えます。
では、たとえば「缶コーヒーがあったから、コーヒーの需要拡大につながったのか」と考えると、それは半分が正解で、半分は間違いだと思います。缶コーヒーだけでなく「自動販売機」というイノベーションがあったから、いつでもコーヒーを飲めるようになった。そして、それが「いつでもどこでもコーヒーを飲みたい」という問題解決となったわけです。
その中で、「ネスカフェ アンバサダー」は、お客様のオフィス内で高品質なコーヒーをリーズナブルにいかに利便性を高めて提供できるかを考えたサービスです。お客様とつながり、直接サービスを提供できることが問題解決になるのだとすれば、私たちにとってはECやDXは必然的な課題となってきました。
■反発を恐れてEC専用商品を立ち上げるのは誤り
——メーカーは流通や小売への卸売が一般的ですが、既存チャネルからの反発もあったのでは?
反発は当然に起きます。そのコンフリクトを恐れるあまり、EC専用品や異なるビジネスを立ち上げることが多いと見受けられますが、それによってレバレッジが利きにくくなり、シナジーを生むのも難しいといえます。自社の強みが生きないポートフォリオをお客様に提供するのは、誤りだと考えています。
ネスレ日本は市場から長く愛されているブランドを有していることもあり、卸店や小売店のみの視点ではなく、お客様の視点での製品を提供しよう、と考えました。何より、家庭内外でもコーヒーの飲用が習慣化し、お客様とダイレクトのコミュニケーションを継続できれば、コーヒーの消費量は増えるはずですから。
■2009年のコーヒーマシン販売がブレークスルーに
現在のDXを語る前にブレークスルーとなったのは、2009年に初めて「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」シリーズのコーヒーマシンの販売を開始したことです。
以前は瓶入りのコーヒーをスプーンでカップに入れ、沸かしたお湯を注いで飲むスタイルが一般的でしたが、それも共働き世帯の増加などの世帯環境の変化に伴い、手間だと感じる消費者も増えてきました。このマシンならお湯を沸かす手間が不要で、誰もが簡単にボタンひとつで淹れたてのコーヒーを楽しむことができます。
そこで、マシンではなくコーヒーの主要購買層が利用するリテールに注目し、イオンリテールに限定してマシンの販売を始めました。その2年前に発売したカプセル式のコーヒーマシン「ネスカフェ ドルチェ グスト」も、当初はセブン‐イレブン限定で販売しました。広告についてはインフォマーシャルから展開し、BSやCS、デジタル媒体への展開に広げていきました。マスへのタッチポイントは、やはりリテールが大きいですから、そのように進めてから、ECでの販売に至ったのです。
その結果マーケット認知度が上がることで、新しいコーヒーマシンは家電量販店を中心に売れ筋商品となっていきました。お客様視点で考えればベストな策だったと思います。リテール側にもベネフィットがあり、そこに求めているモノがあれば、コンフリクトは超えられると考えています。
■ネスレ日本には「マーケティング部」はない
——需要を作るという観点で、デジタルで顧客と直接つながることで、消費者理解は深まったのでしょうか。
そうですね。むしろ、現在の企業における事業活動が、消費者理解からスタートしていないことが往々にあるのではないでしょうか。
組織として、営業とマーケティングが横並びの企業もあれば、販促とマーケティングが並列の企業もある中で、ネスレ日本には事業部だけがあり、「マーケティング」だけを行っている部署は存在していません。P/Lを持って事業を作るのが使命ですから、チャネルは選択肢にしかなりません。
そのスターティングポイントに立つと、消費者への理解、消費への理解、そして生活動線への理解があってこそ、プロダクトやサービスは生まれると考えています。マーケティングが力を持っていない組織の場合、結果として成功した製品はあっても、それらは顧客ニーズからの逆流で生まれたものということがよくあります。
利便性を圧倒的に上げるプロダクトを作り、それを使って消費するタッチポイントを増やせれば、お客様にも喜ばれる。プロダクトとサービスが合わさることで、良い体験が生まれてくるのだと思います。
■マネされない商品をどう作るか
ネスレ日本でも新しいビジネスモデルに進む手前では、幾度ものテストをしていきます。「ネスカフェ アンバサダー」ビジネスも同様でした。初期の頃からテストを通じ、その先にきちんと需要があるのを立証してきました。
——つまり、PoC(Proof of Concept)※にしっかり取り組んだと。
新しいプロダクトを作るのであれば、競合優位性をプリセットして内包できていることが大切だと考えます。
「ネスカフェ」のコーヒーカートリッジはプリンタのインクのように、基本的に競合製品は使えない仕様です。簡単に模倣されないプロダクトブランドと、コーヒーのシステムは、ITが機能として入る以前から競合優位性がある。つまり、競合が入ってこられない状態でビジネスを広げられるということです。これはコモディティ化を防ぐ戦略として、ネスレ日本では徹底されています。
PoCに際しても、プロダクトは模倣される前提で作ってはいけません。成功した後に、他社へ美味しいところを持っていかれることを避けるためにも、重要だと思います。これは、デジタルの展開だけでは根本的にはできないことのひとつでしょう。
■組織のマネジメントに苦労
——DXに着手し始めてみえてきた課題はありますか。
組織横断的なアクションをどのように行っていくのかは、常に課題といえます。僕らの場合は、単純にチャネルをECへ変えるだけではなく、そこにフィジカルなプロダクトが絡むビジネスをしています。その体験自体をプロダクトと再定義し、いかにマネジメントするかという観点で、組織構造を変えることがなかなかできませんでした。
事業部が主導し、どういう人に、どういうタスクをアロケーションし、プロジェクトをマネージするか。利害が異なる部署を動かす難度は高かったです。
ソフトウェア、ハードウェア、EC、お客様サービスという「すべきこと」が細分化されている組織体で、いかに顧客視点でサービスとプロダクトの品質を高めるか。結果的には、単一の組織体としてマネージすべきだったという気づきを得ました。
——DXの現状や手応え、感触は?
道半ばも半ばといったところです。ただ、少なくとも未開拓の市場にスケーラビリティを持って参入することでの先行者利益があるとは思っています。さまざまな事業者が追従してくれるほどに、最初に手掛けたメリットが表れるはずです。
組織として全てトランスフォーメーションできているわけではありませんが、デジタル技術を扱っていく組織としては、短期、中期、長期に分けて「何が必要なのか」がクリアにみえてきたようにも感じます。
現在は部署横断でプロジェクトを回す経験も積めてきました。みんなが「誰と、どの部署と動くか?」を少しずつイメージしていけているようです。
※PoC(Proof of Concept):「コンセプトの証明」や「概念実証」とも訳される。新しいコンセプトや概念、理論、アイデアを実証するために、試作開発に進む前段階でのデモンストレーションを指しています。
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Kaizen Platform 代表取締役
2003年に早稲田大学を卒業後、リクルートに入社。同社のマーケティング部門、新規事業開発部門を経て、リクルートマーケティングパートナーズにて執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在は日米2拠点で累計400社以上の国内外のDX戦略の立案と実行を支援。
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(Kaizen Platform 代表取締役 須藤 憲司)
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