「1000人以上の不正受給を幇助」給付金コールセンターが把握する悪徳税理士の手口
プレジデントオンライン / 2021年1月27日 9時15分
■「16歳の息子が、給付金100万円を受給してしまった」
7月も下旬を迎えると、持続化給付金の新規申し込みが一段落したのでしょう、審査状況の問い合わせ電話はかなり減りました。
代わりに目立つようになってきたのが、自分や身内が不正受給に関わってしまった、給付金詐欺の被害に遭った、あの店やあの人は給付金を不正に受給している、といった相談や通報でした。
私や、周囲のオペレーターが受電した内容をいくつか紹介します。
「16歳の息子が、給付金100万円を受給してしまいました。もちろん息子は事業などしていません。仲介者になっている学校の先輩に誘われて申請を任せたんだそうですが、黒幕もいるようです。息子はその先輩に通帳も渡してしまっていて、銀行まで給付金を一緒に下ろしに行き、半分以上を手数料として取られてしまいました。情けないことに、息子も残った給付金の一部を使ってしまったようです……。振り込まれた給付金は必ずお返しします。ただ、すぐに全額用意することができません。なんとか分割での返済にしていただけないでしょうか」
息子の過ちを知ったこの母親の動転や心労は、さぞやと同情せずにはいられません。しかし不正に得た給付金を返還する場合、受給側からの自主的な申し出があった場合でも、必ず全額を一括返済しなければならないのです。そして第三者に言われるがままに必要書類を渡して申請され、本人の取り分はわずかだったとしても、返済する主は申請時の名義人だと定められています。
■「我々が申請代行を行います」と給付金詐欺の標的に
高齢者が給付金詐欺の標的となるケースも多々ありました。
「ある日突然電話がかかってきて、『あなたは持続化給付金を受け取れるので、必要書類のコピーをこちらに送ってくれたら、わずかな手数料で我々が申請代行を行います』と言われたんです。そのコピーや自分の情報を教えたら、しばらくして私の口座に給付金事務局から100万円の入金がありました。その後、同じ声の主からまた電話があり、『給付額の100万円をいったん、これから伝える口座に全額振り込んでください。今回の手数料を差し引いた上で、残金をお返しします』とのことだったので指定口座に振り込んだら、以降、連絡が途絶えてしまったんです。それでようやくおかしいと気付いたもんですから、どうすればいいか相談させてもらいたくて……」
80歳過ぎの女性でした。聞けば、過去にもオレオレ詐欺に遭ったことがあるとのこと。一度詐欺の被害者になると、犯罪者仲間の間でその人物の氏名や連絡先が共有されるというのをテレビの情報番組で見た記憶がありますが、もしかするとそのルートで狙い撃ちされてしまったのかもしれません。
終始、自分は被害者だと訴え続けていましたが、それでも彼女の名義で申請されているので、気の毒ですが100万円を一括返還しなければなりません。
かと思えば、20歳そこそこのAV男優から、
「業界の先輩にそそのかされて給付金を不正申請し、すでに受給済みだが返金したい。先輩とは別に、男優仲間を取りまとめて申請の代行をしている人がいて、受給後に謝礼として50万円を渡した。その人物と先輩はすでに逮捕されていて、自分も先日、詐欺の疑いで任意取り調べを受けたところ」
と連絡が入ったことも。
■なぜうますぎる儲け口に気軽に乗ってしまうのか
けれどこうした話を自分が受けたり、仲間のオペレーターから聞いたりするたび、私は気の毒だと感じるより先にまず疑問を覚えてしまうのです。なぜあまりに安易に自分の個人情報を他人に教え、うますぎる儲け口に気軽に乗ってしまうのでしょう? そこがどうにも理解できないのです……。
ある時は、フィリピン人のホステスさんからこんな申請取り下げの電話が入りました。
「20代半ばぐらいの日本人男性をフィリピン人の仲間に紹介され、『簡単に大金が手に入るから手伝ってあげる』と言われたので、給付金の申請をしてもらった。だけどいつまでたっても入金がないので、やっぱりやめたい」
他のホステス分も含め、その日本人男性から伝えられた共通のメールアドレスを使って申請しているというのでセンターの管理者がデータベースに当たってみると、出るわ出るわ……。東京在住の当の男性は、フィリピン人女性を中心に日本人も含めて100名以上の申請に関与していて、7月頃までの申請分はすでに給付済み。さらに自分名義でも個人事業主と法人の両方で申請して満額受給しているばかりか、父親に個人事業主と法人で、母親に個人事業主でやはり満額受給させているとのことでした。
■制度の意義は、できる限り迅速に支援することだったはず
給付金の不正受給や給付金詐欺が事件として報じられると必ず、審査基準の甘さを糾弾する声が上がります。確かに、明らかに資格のない者からの申請であっても、あまりにもやすやすと受給している例が後を絶たないので、その批判が的を射ている部分はあります。
でも、持続化給付金という制度のそもそもの意義は、コロナ禍に苦しむ事業者を一人でも多く、そしてできる限り迅速に支援することだったはずです。だからこそ証拠書類や給付条件に必要以上の厳しいハードルを設けなかったわけで、そこを悪用する不届き者への給付分をいわば“歩留まり”として目をつぶってでも、事業者救済というプラスの効力を優先させたのではないでしょうか。これは事業者との接点となる場で、彼らの肉声を聞いてきた者としての、率直な意見です。
そしてひと通り給付が落ち着いたところで、当局が本格的な不正の摘発に乗り出したというのが、今に至る流れなのではないでしょうか。
また持続化給付金事務局も、不正受給に対しただ手をこまねいていたわけではありません。
■申告の最重要書類を「お尋ね者」の税理士が作成している
申請者から審査の進み具合についての問い合わせがコールセンターに入ると、電話を受けたオペレーターはまずリーダーやスーパーバイザーといった管理者を呼び、彼らだけがアクセス権を持つデータベースで進捗状況を調べた後に、許されている範囲の言い回しでオペレーターが入電者に回答することになっています。
8月の中旬あたりからでしょうか、そういった進捗確認作業の中で、入電者のデータを調べに行った管理者が、
「またこいつだよ……」
と呆れながら戻ってくる回数が増えてきました。
何事かと彼らに聞いてみると、給付金の審査において最重要書類となる確定申告書を、“お尋ね者”の税理士が作成している案件だというのです。
給付金申請には、基本的に2019年度分の所得税の確定申告書の控えの画像が必要となるのですが、申請者自身が作成したものである必要はありません。そもそも個人や法人の事業者が、税理士などの専門家に書類作成も含めた確定申告作業を代行してもらうのは、当たり前に行われていることですし。
■同じ税理士の名前が記載された「怪しいケース」が続出
ところが、コロナ対策として税務署の混雑を防ぐため、本来3月16日だった2019年度分の申告締め切りが大幅に延長された措置につけ込み、その悪用を考えた税理士が全国各地に現れたのです。
4月に経産省から持続化給付金制度の立ち上げが発表されるや、そもそも申請資格がないのに濡れ手に粟の金儲けを目論むサラリーマンや主婦、学生などをSNSや口コミで募り、彼らを「事業者」とした確定申告書類を偽造して税務署に提出し、証拠書類を作成。審査が通った場合、申請者の給付金の一部もしくは大部分を報酬として受け取る、というのがその手口です。
5月の受付開始後しばらくの期間、申請者が殺到した上、迅速な給付を旨としていたため、それでなくても急造スタッフの寄せ集めだった審査部署は、かなりの数の不正受給者を生み出してしまいました。特に確定申告書は、作成した税理士の署名押印があれば“お墨付き”として機能するでしょうから、審査部署内の信用度が格段に高かったはずです。
しかし、申請が始まってからの数カ月を通じ、審査部署も提出書類の真贋を見抜く精度を上げていきます。その結果、複数の確定申告書の作成者欄に、共通した税理士の名前が記載されている明らかに怪しいケースがあることに気づき始めたのです。例えば4月以降の極めて短い期間の間に、ある税理士がはるか離れた遠隔地からの依頼分も含めた多数の確定申告書を作成、あるいは税務署に提出しており、しかもそのどれもが税金の納付が発生しないよう、適当な必要経費を計上して調整されている、とか。
■〈またあの税理士が絡んでるのか〉と気付くことが増えた
税理士が審査部署に目を付けられるまでのくだりは、データベースで怪しい確定申告書を何例も確認した管理者たちが囁いていた見立てにすぎません。けれども確かにある時期から、特定の税理士が作成した確定申告書を証拠書類として提出した申請者には、データベース上でフラグがつけられ、審査がストップしてずっと棚上げ状態にされるようになりました。結果、不正申請者からの進捗問い合わせでデータに当たった管理者が、〈またあの税理士が絡んでるのか〉と気付くことが増えたというわけです。
こうした場合、オペレーターは入電者が要注意申請者になっている事実は決して伝えず、「現在まだ審査中の状態です」と答えることになっています。ところが不正申請者に限って、まさか悪だくみがバレているとも知らず、
「申し込んでから相当時間が経ってるのに、なぜずっと審査中なんだ。理由を説明しろ。納得するまで何時間でもこの電話切らないぞ!」
などとすごんできたりします。でもどう言われようと、オペレーターはこっそり半笑いを浮かべながら、重ねて「申し訳ございません。こちらでは詳しい審査状況まではわかりかねます」と伝えるだけなので、後ろめたさのある相手は結局自分から電話を切るしかないのです。
■コールセンターでもはっきり認識されている札付き税理士
よく言葉を交わしていたリーダーによれば、不正受給の主犯なのか共犯なのかまでは確定できませんが、コールセンターでもはっきり認識されている札付き税理士が何人かいるそうです。よく知られている者だけでも、
・大阪のN
全国各地の1000人以上の不正申請者の確定申告書を偽造。依頼者の申請代行も請け負い、持続化給付金事務局と各申請者とのメールのやりとりをすべて自身で一括管理。そうした際に使うアドレスをわざわざ新しく作成し、ふざけたことに、
とか、
などと設定しているのです。アカウントに新型コロナウイルス感染症の正式名称である「covid-19」を折り込んだり、自身を「先生」と称したりと、相当に悪質な確信犯であることがうかがい知れます。
・九州のK
熊本を中心に、不正申請者の確定申告書偽造を請け負い。過去、税理士法に違反して業務停止処分を受けていた期間中、企業の確定申告書を作成するなどの税理士業務を行ったため、逮捕された前歴があるとのネット情報も。
■8月半ばから「申請取り下げ」の連絡が相次ぐように
・東京のA
関東圏から集めた約200人の確定申告書偽造に関与。彼の事務所のホームページでは、野卑な文面とどぎつい色使いで料金の安さばかりが強調されています。
こうした税理士が関与した申請者たちから、8月半ばあたりを境にやたら申請取り下げの連絡が入るようになってきたのです。取り下げの理由を尋ねると、
「友人に、そんな金の助けを借りずに自力で立て直すよう言われ、その通りだと思った」
「給付金は課税対象になると聞いたから」
「金融機関からまとまった融資を受けることができた」
などともっともらしいことを言います。ですが彼らのデータベースには全員、例の要注意フラグが立っていて、さらに過去の入電履歴を調べてみると揃って、「いつになったら給付されるんだ!」と文句を言ってきていたような連中なのです。
おそらく税理士(あるいは仲介者や、さらに背後に控えている黒幕かもしれません)からの指示が出て、自分たちの悪事にたどり着かれる前に申請を引き上げ、足がつかないよう隠蔽工作を始めたのでしょう。
■警察にデータを提出する用意はできている
しかし持続化給付金事務局の側は、警察から具体的案件についての情報提供依頼があった場合、把握している限りのデータを提出する用意ができています。コールセンターの管理者やオペレーターにもその名を知られているほど悪質な税理士たちに捜査が及ぶのも、そう遠い先のことではないでしょう。
ただ、税理士が税金を少なくする方向で不正に関与した場合は重い罰則を受けるものの、持続化給付金申請にあたっての確定申告書の偽造は、本来なかった収入をわざわざあったことにしているわけです。その場合は税理士法にある「信用失墜行為の禁止」の違反を問える程度で、数カ月の業務停止処分にしかならない可能性が高いのだとか。
とはいえ卑劣な違法行為をしていたことが広く知られると当然、既存の顧客も離れていってしまいます。つまり彼らは実質的に、決して軽くない罰を受けることになるのです。
(元オペレーター 飯島 じゅん)
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