「コロナ入院拒否への罰則で感染はむしろ広がる」医師が危機感を募らせる理由
プレジデントオンライン / 2021年1月27日 11時15分
■医師の立場から法改正の是非を考えてみると…
1月18日、やっと通常国会が始まった。日本全国で新型コロナ感染拡大が止まらぬばかりか変異種の市中感染さえも見られ始めているというのに、あまりにも長すぎる“冬眠”だった。
菅首相は施政方針演説に対する代表質問において、野党による後手後手の対策が現在の感染爆発を引き起こしたとの批判を「根拠なき楽観論に立って対応が遅れたとは考えていない」と全否定した上で、「緊急事態宣言に基づき、強力な対策を講じることで何としても感染拡大を食い止める決意だ」などと答弁、政府による強権的施策を講じる意図さえにおわせた。
国会開会前より、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(特措法)と「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)の一部を改正し、行政の要請や勧告に従わない事業者や個人に対する罰則を規定するとの政府の方針が報道によって明らかにされていたことから、その政府案についてはすでに多くの識者から懸念や意見が出されているが、本稿では医師としての立場も踏まえて、これらの法改正の問題点について論じてみたい。
■緊張感を欠いた政権幹部が真っ先に制裁を加えられてしかるべき
さる1月7日から2度目の緊急事態宣言が発出された。しかし朝の通勤時間帯、駅構内も電車内も多少混雑は軽減されたとはいえ、前回宣言時と比べれば風景が大きく変わったようには見えない。繁華街の人出もさすがに少なくなったものの激減とまではいかず、宣言発出後2週間を経た今も、緊急事態を肌で体感できる状況とは言えない。
この“日常”とあまり変わらない状況を“気の緩み”であるとか“自粛疲れ”と評して、現下の感染拡大が緊張感を失った私たちの行動に起因するかのような論調も見られるが、そもそも決定的に緊張感を欠いていたのは菅政権である。感染拡大が懸念されていた冬を迎えるというのに持論であるGo To政策に拘泥し続け、さらに自ら大人数の忘年会に参加していた菅首相本人はじめ、政権の中枢が最も緊張感を欠いていたという事実を、いま一度、皆で確認しておく必要がある。
もし緊張感を欠いた国民の行動が感染拡大を引き起こしたと言うのであれば、感染拡大を引き起こす人の移動と活動を促進し奨励する政策に拘泥し続け、国民に油断と緊張からの解放を積極的に促してきた政権が、まずその責めを負うべきであるし、「緊急事態宣言に基づき強力な対策を講じる」として国民に対して私権制限や罰則を適用し刑を科すというのであれば、その議論をする以前に、これら緊張感を欠いた政権幹部が真っ先に制裁を加えられてしかるべきではないか。
■今回の感染症法改正案には立法事実が存在しない
今国会で審議される感染症法改正の政府案によれば、軽症者らに宿泊・自宅療養を義務付け、療養先を無断で抜け出すなどした場合、知事が入院を勧告。現在公費で負担しているものは、療養に応じず入院勧告の対象となった人については自己負担とする方向であるとのこと。さらに入院の勧告・措置に応じない場合は100万円以下の罰金を科すのだという。これには言葉を失った。
入院拒否以前の問題としてまず現在、入院したくてもできないほど医療体制が逼迫(ひっぱく)している状況を政権は理解しているのだろうか。症状が出て複数の医療機関を受診しても検査にたどり着けずに右往左往している人が、いまだに多数存在する事実を把握しているのだろうか。
![病院の点滴](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/1/670/img_71e64f6297709ed50e6a0c5a0c13123c348418.jpg)
そもそも入院拒否事例がどれだけ存在し、そしてその入院拒否者が感染拡大の主因となっているとの事実はあるのか。政府はこれらを精査しているのか。データを示せるのか。答えはノーだ。感染経路が追えない感染者が急増しているという事実が、「入院拒否者が感染拡大の核となっているゆえに罰則を設けるべきだ」との立法事実が存在しないことを、くしくも立証してしまっているからだ。つまり入院や自宅療養拒否者に罰則を科すことを新たに規定する今回の感染症法改正案には、立法事実が存在しないのだ。この点もしっかりと皆で確認しておきたい。
■入院拒否する理由は「仕事を休めない」ではないか
さらに議論すべきは、仮に入院拒否者が相当数存在したとして、それらの人たちがなぜ入院拒否をするのかということだ。自分が無症状感染者となって元気なのに出歩くなと命じられた場合、その命令を破ってでも出歩こうとするのはいかなる状況のときか、入院したくないと思うのはいかなるときか、自分ごととして考えてみよう。
「仕事を休めない」というのが、おそらく一番多い理由ではないだろうか。自宅に居ろと言われても、日当で生活している人の場合、10日も14日も休んだら月収の3分の1~2分の1を失うことになる。まさに死活問題だ。感染を隠して出勤する、出勤せざるを得ないということは十分考えられる。
また仕事はなんとか休めても、独居などで周りに頼れる人がいない場合、そして行政からの支援が十分に受けられない場合は、自宅隔離期間であっても生活必需品の買い出しなど外出せざるを得ないというケースもあるだろう。一方、自宅に要介護者や小児などがいれば、自分が入院しているわけにはいかない。感染させてしまうリスクと家族を放置することによるリスクとのジレンマが解決できない場合は、入院勧告に即座に応じることは困難だろう。
つまり一概に入院拒否者といっても「他者に意図的に感染させることを目的として病院を抜け出して出歩く人」より、これらの種々の解決困難な事由によって指示・勧告どおりの療養ができないというケースが圧倒的に多いのではないだろうか。これらの事由を抱えている人に対して罰則を科すということが果たして適切なのか。罰則ありきで、根本的な議論がすっかり抜け落ちているのではないか。
「保健所が行う行動歴調査を感染者が拒否したり、虚偽回答をしたりすれば50万円以下の罰金」も検討されているとのことだが、このような罰則を作って感染者を犯罪者扱いしようとすればするほど、真の感染者は水面下へと移動、かえって情報収集は困難となって国内の感染実態の把握も困難になることは想像に難くない。政府は厳罰化が感染抑止につながるだろうと安直に考えているのかもしれないが、その意に反して感染はむしろ広がる危険性さえあるだろう。
■罰則よりも所得補償や感染者の家族のサポートを
もし「感染者を出歩かせない」ことを徹底したいならば、罰を科すより、出歩かないでもいいような施策を講ずること、出歩かない方が得策と思えるような対策を打つことの方がよっぽど効果的だ。
まずは所得補償。感染して仕事を休まねばならなくなったときに、収入を気にすることなく、また自分の休業によって他者にまで影響が及んでしまうことを心配することなく療養に集中できるよう、感染者個人に対してはもちろん、事業所に対しても財政支援が十分に行われること。食料はじめ日常生活の必需品を現物で支給してもらえること。
これらの生活保障を十分行うことで、「しっかり休業して出歩かない方が得策」だと思える施策を十分に講ずることが、感染者の外出や入院拒否を防ぐためには最も効果的であると私は考える。
そして感染者の家族である感染していない要介護者や小児を地域でサポートする体制の構築も非常に重要だ。一時的にホテルや旅館などの宿泊施設を行政が借り上げて活用することも選択肢となり得るだろう。「感染者用の療養施設」に比べてハードルは下がり、宿泊客が見込めない状況にあって協力を申し出る宿泊施設も少なくないのではなかろうか。
■そもそも罰則は本当に人の行動を変えるのか
これら感染者の生活をバックアップし、しっかりと金銭的補償も行えば、みだりに外出する人はかなり減らせるはずだ。万が一、これらの施策を講じたにもかかわらず、それでも入院拒否や無断外出など、明確な理由なく他者への感染拡大を引き起こす行動に出た人については、給付した補償金の全額返戻や現物給付されたものについては実費で相当額を徴収することなどを規定して、それを“罰則”とすれば十分ではないだろうか。
そもそも罰則を設けることで、その罰則を恐れて行動を変容させる人は、いったいどのくらい増えるのだろうか。事例はまったく異なるが、危険運転や飲酒運転に対しては、法改正によって厳罰化されたが、この厳罰化は危険運転や飲酒運転に抑止効果をもたらしたのだろうか。
「刑罰の一般的抑止力と刑法理論」という、立命館大学の生田勝義名誉教授(刑法学)による興味深い論考がある。「刑罰威嚇や警察監視がどの程度犯罪を抑止する力を持つのか」というもので、「業務上過失致死傷罪法定刑引上げの効果」はほとんどなく、「危険運転致死傷罪立法の犯罪抑止力がほとんどなかったことも、警察庁がまとめた統計データで実証されている」というものだ。
一方、道交法改正による飲酒運転厳罰化の抑止効果については、「酒気帯び運転についてはその街頭取締りの徹底とあいまってかなりの効果をあげた」ものの「酔払いにまでなるとそれらは少なくとも即効的な抑止効果を持ち得ない」という。
■本人の認識・自覚がないかぎり抑止効果をほとんど持たない
「公道における飲酒運転のように取締機関による直接の監視が可能であり、しかも違反があれば容易に検挙できるものであって、行為者もそのことを認識・自覚している場合には、刑罰威嚇も抑止力を持つ」とのことだが、ただ「確実な取締りが可能であり、かつ現にそれを実施することが必要だということ」には留意すべきだとしている。
さらに「自分は大丈夫だと考えて危険行為に出る者とか、監視や取締りを掻(か)い潜(くぐ)ることができると考えて行為に出る者に対して厳罰化はほとんど抑止効果をもたない」そして「ほぼ確実に処罰されるという客観的状況とそのことについての本人の認識・自覚がないかぎり抑止効果をほとんど持たない」とも述べている。
つまり政府が厳罰化の標的として想定しているような「規範意識が低い感染者」を捕捉する目的で法改正をしたところで、これらの人たちの“危険行動”を抑止する効果はもとより、感染拡大抑止効果などまったく期待できないとみて良いだろう。
そもそも自宅療養者の確実な監視や取り締まりなどはできるはずはないし、たまたま見つかった人だけが罰せられるというのも著しく公平性を欠く。恣意(しい)的運用がなされないと誰が保証できるだろうか。例えば今夏のオリンピック・パラリンピック開催はほぼ絶望的だが、万が一開催されることになった場合、感染した外国人選手が出歩いても国内の一般市民と同様に罰則が適用されるのだろうか。なにかと特別扱いされる国会議員にも公平に適用されるのだろうか。
政権を担当している人たちがあまりに信用できない現在、公平な運用がなされることを信じろという方が難しい。
■罰則は差別と分断をいっそう深めてしまう危険性がある
本来なら保護されるべき感染者に対して罰則を設ける制度ができてしまうと、差別と分断をいっそう深めてしまう危険性がある。ただでさえ感染してしまった人は、周囲に迷惑をかけてしまったのではないか、感染を広げてしまったのではないか、自分が感染したのは自らの行いが悪かったのではないかといった自責の念にかられやすい。
先日も自宅療養中の女性が「自分のせいで迷惑をかけてしまった」と自殺するという、非常に痛ましい事件が起きてしまった。今回の法改正によって、感染者がよりいっそう追い詰められてしまわないか、このような犠牲者が増えることにつながらないか非常に心配だ。
菅政権の出してきた特措法と感染症法の改悪案、政権は2月上旬の成立をもくろみ野党と修正協議に入るとのことだが、わが国の感染状況と国民生活を大きく悪化させかねないこんな恐ろしい法案を成立させては絶対にならない。野党も安易な修正協議に決して応じてはならない。これら改悪案の問題点を一人でも多くの人で共有し、多くの人が声を上げることで、なんとしても成立を阻止する必要がある。
コロナ禍にこの国に生きる私たちの生活は、一人ひとりがこの改悪案を“自分ごと”として考えることができるか否かに、かかっている。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす――インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。
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(医師 木村 知)
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