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「高収入、正社員、家庭円満…」育児ドラマに超特大ファンタジーが必要な日本のつらみ

プレジデントオンライン / 2021年1月29日 11時15分

TBS「火曜ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』」より

2016年に放送されたテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ(逃げ恥)』(TBS系)は、「それは、好きの搾取です!」というセリフで話題を集めた。1月2日、その続編が放送されたが、そこでの「(育児を)サポートって何?」というセリフが議論を呼んでいる。家族社会学者の永田夏来さんは「2つのセリフは前提条件がまったく異なる」と指摘する――。

■「超特大ファンタジー」に1万6000超の「いいね」

私ごとで恐縮ですが、これは1月2日(土)に放送されたTBS系列のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル‼』を見終わった直後の私のツイートです。家族社会学者として若者の妊娠出産を調査分析し続けている身としては、それほどたいしたことを言っているとは思っていなかったのですが、これがなんと1万6000もの「いいね」をいただいてしまいました。いわゆるバズったという状況です。

いったいなぜ、このツイートがバズったのか。これを考えることを通じて、『逃げ恥』というドラマが置かれている状況、もっといえば今回『逃げ恥』のテーマとなった妊娠出産が置かれている社会の状況について、今回考えてみようと思います。

■妊娠出産は「強すぎて多すぎる敵」に囲まれている

『逃げるは恥だが役に立つ』は、月刊マンガ誌「Kiss(キス)」(講談社)で連載した海野つなみさんの同名マンガが原作で、2016年にテレビドラマ化されました。「職なし」「彼氏なし」「居場所なし」の主人公・森山みくりが、「恋愛経験なし」のサラリーマン・津崎平匡と契約結婚することから始まる物語です。2人を新垣結衣さんと星野源さんが演じ、少しずつ本当の恋愛関係に発展していく「むずキュン」と呼ばれる展開に加え、登場人物のセリフが身近な社会問題について鋭く指摘していることから、大人気となりました。

本作においても、これまでと同じように、妊娠出産に関するリアルな現状や日本社会の理不尽さがグイグイと描かれていきます。職場での「妊娠順番」ルール、マタニティーハラスメント、無痛分娩、つわりの苦しさ、選択的夫婦別姓、育児休業の取得、妊娠出産に対する男性の主体性、職場の上司による「劣化」発言とルッキズム、LGBTQなどなど。いずれも大きくて深刻な、それでいて多くの人の身に覚えがあるもので、よくぞこれらの問題に立ち入ったなと拍手したくなるものばかりです。

しかし、それを物語として成り立たせるため、そしてエンターテインメントとして楽しめるようにするため、若干無理をしたのかもしれません。いうなれば、ちょっと「敵」が強すぎ、そして多すぎました。

もちろん、「強すぎて多すぎる敵に囲まれている」という状況は、妊娠出産が持つ社会的課題そのものです。だからこそ、その「敵」をやっつけるためには、主人公に強大な力を授けるしかなくなるのでしょう。それが冒頭のツイートで説明した「金持ってる+正規雇用+仲間に恵まれている+家族が頼りになる+パートナーと話が通じる」という「超特大ファンタジー」です。

■「サポートって何?」と言える時点で「勝ち組」だ

前回のテレビシリーズでは、みくりによる「それは、好きの搾取です!」というセリフが大変話題になりました。仕事を失った平匡のプロポーズに対して「結婚すれば給料を払わずに私をただで使えるから合理的……そういうことですよね?」と喝破したこのシーンは、性別役割分業が持つ問題の本質をきっぱりと示しました。「名もなき家事」が話題になっている昨今、このセリフはぐっとくる人が多かったと思います。

夫婦の役割分担について、今回も似たような状況が描かれています。その一つが「子どもが生まれるにあたって、僕は全力でみくりさんをサポートします」という平匡のセリフです。みくりはこれに対し「違う! サポートって何?」と強烈に反論します。

夫婦で一緒に子どもを産み育てていくのではなく、あくまで母親が産み育てて、父親であるあなたはサポートするだけなんですか? という平匡が持っている前提そのものを問い直したものでした。

日没時に新生児と散歩する父親
写真=iStock.com/SanyaSM
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SanyaSM

ただ、「好きの搾取です」と「サポートって何?」には違いがあります。それは「好きの搾取です」は老若男女を問わずあらゆる人に敷衍(ふえん)できる「多数派」の課題であるのに対し、妊娠出産における「サポートって何?」という夫への告発は他への敷衍が難しいという点です。

経済的不安から結婚に踏み切れない人、結婚したとしても子どもを持てない人、妊娠出産にはその前段階にさまざまなバリエーションがあります。そして、仮に夫が「サポートしたい」と思ったとしても、経済的基盤や労働時間の関係からそれができないケースがそもそも圧倒的に多いのです。「サポートって何?」と夫に問い直せる状況は「勝ち組」の証しともいえます。

■「自助」でしか妊娠出産を乗り越えられない日本

これこそが、私が違和感を覚えた「ファンタジー」の一端です。登場人物が恵まれているからこそ、さらに強い「敵」と闘うことが可能となる。しかも今回の『逃げ恥』では、自分たちの頑張り、すなわち「自助」を通じて「敵」を倒し、問題が解決していくのです。

他にも似たシーンがたくさんあります。夫が産休をとった時に外注先としてプロジェクトに関わっている元同僚が「産休とるの当たり前ですよね」と率先して言ってくれるという場面、つわりがひどくて家事が滞り夫婦仲が壊滅寸前な時に家政婦さんを頼めるほど金銭的に恵まれている場面(そういえば『逃げ恥』って家事外注の話だったなあと思いますが)、ファンタジーだと言われればそれまでですが、都心で働くサラリーマン世帯としては「まずありえない」でしょう。

現在の日本において、妊娠出産について社会的・体験的に説得力がある問題点をテレビドラマとして提示した上でそれを「ほっこり」した話にしようとすると、結局「自助」にしかならないのかもしれません。いわゆる「自助」「共助」「公助」のなかでも、妊娠出産はその多くが「自助」であるというのが現状です。そして私は、ドラマに問題があるというよりもむしろ、その現状自体が問題だと思っています。

■子どもを連れて帰れる「実家」があるのもファンタジー

私の専門である「家族」についても同じことが言えます。日本の少子化は、家族に対する公的支援が少ないことがそもそも問題なのですが、どうしても家族の問題では「自助の魅力を強化する」ことが叫ばれます。

例えば、朝日新聞は、1996年度の時点で全国の市区町村の少なくとも約3割に「家族介護者の表彰制度」があったことを報じています(朝日新聞「義母の介護41年で『模範嫁』に 自治体が表彰した時代」2020年5月6日)。表彰される対象が「嫁」限定である場合もありました。「嫁」に一方的に介護を押しつけることを、自治体が褒めたたえていたというこの構造は、行政が「自助」に価値を与えてきたことの証左の一つです。

さて、ドラマは後半ではコロナ禍を大胆に描いています。子どもが生まれたタイミングと緊急事態宣言の発令が重なり、平匡は育休を返上して仕事することになってしまいます。みくりは感染を恐れ、子どもを連れて実家に避難。2人は「離れていて大変だけど、頑張ろう。きっといつか一緒に暮らせる日が来るよ!」というメッセージを交わします。

私の印象では、ここにもファンタジーが隠されているように感じます。例えば、子どもを連れて帰る「実家」がちゃんとあるということ。これはかなり恵まれている状況です。未婚化晩婚化が進行している現在の日本では、親世代が高齢であることもあり、感染リスクを考えて里帰りを控えたという話をよく聞きます。

また、コロナが突きつけた「家族」の大変さは、残念ながらスルーされました。ステイホームの状況下、あまり家にいない夫や子どもたちと改めて「家族」をすることにより、関係がぎくしゃくしたという話は少なくありません。

一部だけが照らされた整列した家々
写真=iStock.com/Bet_Noire
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bet_Noire

■恵まれているから、「自助」で問題を解決できた

「頑張ろう。きっといつか一緒に暮らせる日がくるよ」というのは、こういう問題点を「自助」におとしこむばかりのように思えます。考えてみれば、自粛を要請するだけで、ろくな補償もなく、自分でなんとかしろ、と言っているのが日本のコロナ対策でもあります。

何もかも恵まれている人たちが、「自助」で華麗に危機を解決していくという話は、むしろ恵まれていなければすぐにもつまずくという今の日本の現状と裏腹といえます。その点を補完したからこそ、冒頭にかかげたツイートがバズったのではないでしょうか。

『逃げ恥』のように社会的課題に向き合うドラマは応援したいし、今後もとても楽しみにしています。ただ、「超特大ファンタジー」を意識して使わなければ、それら社会的課題を描くことすらできないというこの現状こそ、本当の問題だと思うのです。

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永田 夏来(ながた・なつき)
家族社会学者
長崎県生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科修了、博士(人間科学)。兵庫教育大学大学院准教授。結婚や妊娠出産、家族形成について調査研究を行っている。著書に『生涯未婚時代』(イースト新書)宮台真司との共著『音楽が聴けなくなる日』(集英社新書)他。

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(家族社会学者 永田 夏来)

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