特殊清掃員は見た…「オフィスのコロナ除染」をコソコソやる日本の特殊事情
プレジデントオンライン / 2021年1月29日 9時15分
■オフィス、飲食店、個人宅…コロナ感染拡大で除染依頼が急増
コロナ感染症が拡大するにつれ、感染源の除染を手がける特殊清掃業者への依頼が急増している。
特殊清掃業「友心まごころサービス」(福岡県久留米市)の代表、岩橋ひろしさんはこの1年、数多くのコロナ感染の現場をクリーニングしてきた。その除染作業からみえてきた3つの問題点を指摘してくれた。
それは、「感染の隠蔽」「悪質業者による情報漏洩のリスク」、そして「“ゴミ屋敷”の中での高齢者の孤独死」だ。岩橋さんは「こうしたコロナを巡る間接的な問題にも、国や行政は早急に手立てを整える必要がある」と警鐘を鳴らしている。
岩橋さんの本業は特殊清掃だ。特殊清掃とは、孤独死や自殺・他殺の凄惨な現場をクリーニングすることである。腐乱した遺体の体液などが残る現場は細菌だらけで、感染症に冒される危険性を秘めている。
「目や防護服の隙間などから細菌が入ると、極めて危険です。特にウイルス性肝炎にかかったご遺体からの感染はわれわれにとっても命取りになるため、完全に防御をした上で臨みます。コロナの除染には、この技術を応用しています」
■建築中の戸建て住宅にコロナ除染の依頼が入ったワケ
コロナ感染症が流行する前から、岩橋さんは防護服やゴーグル、医療用のN95マスクで完全防御した状態での室内除染の経験を数多く踏んできた。そのため、特殊清掃の技術を生かしたコロナ除染にニーズが集まっているのだ。
この1年、独自の除染技術をもつ岩橋さんの会社には、コロナ感染者が出たオフィスや飲食店、ホテル、美容院、整骨院、遊興施設、学校、コールセンター、個人宅などからの除染依頼がひっきりなしに入っている。依頼主は九州が多いが、時には関東など全国に出張に出向くこともある。
変わったところでは先日、建築中の戸建て住宅の除染の依頼が入った。施工する大工さんに感染が発覚したからだ。多数の感染者を出している米軍基地の除染も手がけるが、こちらは守秘義務があり、詳細は言えないという。
■感染者を“非国民”視するから広がるコロナ感染の隠蔽
岩橋さんはコロナ除染の現場を通じて、多くの厄介な問題点が見えてきたという。
「現場感覚では、あちこちに感染源が飛び火している感じですね。共通するのは依頼主が、まるで犯罪者になったかのように事実を隠蔽する行動に出ていることです。コロナはインフルエンザのように誰にでも感染する可能性があるのに、社会全体が感染者を“非国民”のような扱いにしてしまう。そのことで、感染の事実を隠そうとする心理が働く。むしろ、社会不審がコロナを広げているとさえ、思います」(岩橋さん)
実際、「奥歯にモノがつまったような」依頼が増えているという。「オフィスの消毒をお願いできませんか。コロナが出たわけじゃないんですけどね……」
岩橋さんは直感的に「コロナ感染が疑われる」と判断し、「コロナ感染者が出た場合の除染は、正直に申告してくださいね」と告げる。だが、依頼主は明らかに挙動不審で、否定も肯定もしないという。
現場に下見に行くと、オフィスには誰もいない。「コロナ感染者が出たことに対して、会社内で箝口令が敷かれている可能性があります……」。岩橋さんは防護服を着込み、万が一の感染に備えて慎重に作業を進める。
![コロナ感染者が出たオフィス除染の様子](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/d/670/img_9d4382f57c30c06fcb5f5ec6841e963f341413.jpg)
除染の作業の進め方はコロナ除染も、そのほかの除染も変わらないが、コロナ除染の場合、使用する薬剤の濃度を通常の2.5倍ほどにしている。そのため、正直に申告してもらわないと、除染効果が得られない場合があるという。
■陽性でも感染をカムフラージュするために無理に出勤
依頼した側としては、感染者を出したという負い目と、コロナが公になれば事業継続ができなくなることへの怖れを抱いていることが多い。これが強まると、検査結果が陽性であってもそれをカムフラージュするために無理に出勤するケースが出てどんどん感染が広がっていきかねない、と岩橋さんは見ている。
依頼主は、近隣の企業や住宅など人目をはばかり、深夜などの営業時間外に除染を依頼することがほとんどだ。
テーブルやドアノブなどに付着したコロナウイルスは3日ほどで不活化するといわれているため、1週間も感染源に立ち入らなければ特段、除染する必要はない。保健所も清掃業者による除染は義務付けていないが、施設の管理者は、除染せざるをえない心理状況になるという。
■安易に安い業者に発注すると企業秘密が外部に漏れる可能性が
岩橋さんがコロナの最前線に足を運んで気づいたのは、こうした感染の隠蔽の問題だけではない。情報漏洩の危険だ。
オフィス内で感染者が確認されると、従業員は逃げるように退去する。デスクを整理整頓する間もなく、オフィス外へと出されると、岩橋さんら除染スタッフが入る。デスク上には業務上の契約書、個人情報が書かれた書類などの機密書類がそのまま散乱している場合もよくあることだと、岩橋さんは明かす。
「大切な書類にも薬剤を噴霧する必要があります。私たちは印字がにじまないように一枚一枚、書類を裏返して消毒するように心かげています。感染者が出たオフィスはしんとして、時間が止まったような空間。飲食店の場合は、スプーンが刺さったままの香辛料の容器が厨房に置いたままになっていたりする。残されたものに薬剤がかからないように、一つひとつ養生して、消毒していきます。危機管理上、オフィスでは普段からきちんと整理整頓しておいたほうがいいです。衛生的にもよくないですし、悪意のある業者が除染を手掛けると機密情報が漏れてしまう可能性もあります」
岩橋さんが代表を務める友心では、除染の基本料金が1平方メートルあたり2000〜3000円。書類や段ボールが山積みされたようなオフィスの除染は手間がかかり、コストが高くなるという。
「コロナ除染ではすでに業界の価格破壊が起きています。1平方メートルあたり1000円を切るような業者もありますが、そのクオリティには疑問を抱かざるをえません。相見積もりをとって、一番安い業者に、という安易な発想はコロナ除染の場合、危険です」
■コロナで高齢者の「ゴミ屋敷孤独死」急増している
本業である特殊清掃の依頼も、昨年は1.5倍ほどに増えた。特に高齢者がゴミ屋敷状態の中で死亡し、発見が遅れるケースが目立つという。
内閣府の「高齢社会白書」(2020年)によれば現在、65歳以上の一人暮らしは700万人を超えている(推定)とみられる。この数字はうなぎ上りに増え、2040(令和22)年には900万人近くまで達するとの試算がある。内閣府の「高齢者の健康に関する意識調査」では、一人暮らしの高齢者のうち45%が「孤独死を身近な問題と感じている」と回答している。それが、コロナ禍による家族、地域社会の分断で深刻さを増してきているのだ。
![除染に入る前の「ゴミ屋敷」(写真提供=友心まごころサービス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/6/250/img_c6145d576de96a67da6eacdee2b6d500470967.jpg)
「一人暮らしの高齢者とはいえ、普段は何かしらの地域コミュニティに関わっているものです。例えば、趣味のサークルや老人会など。仮に孤独死の危険があるような方は平時であれば、地域の民生委員の方が定期的に様子を見にきていることも多い。しかし、コロナ禍では老人会などが中止に追い込まれ、民生委員の方の活動も自粛が余儀なくされています。年末年始などの家族の帰省もなく、完全に孤立した状態の高齢者があちこちにいることが考えられます」
地域や家族との接点がなくなった高齢者の中には、急激に認知症が進行してしまうケースがある。すると、次第に居住空間はゴミ屋敷と化していく。コンビニ弁当や缶詰などを食べ残したままゴミに出さず、次第に部屋中にゴミが積み上がっていく。そして、ある時、ゴミに埋もれた状態で、遺体が発見される(※) 。
※高齢者のゴミ屋敷問題に関しては岩橋さんの会社で作成しているYouTube「友心チャンネル」を参照いただきたい。
「コロナ禍が始まってわずか1年で、そうした事例がずいぶん増えているように感じます。高齢者の孤独死の増加もコロナウイルスの影響と考え、国や行政はサポートしていく対策を打っていくべきでしょう」(岩橋さん)
たとえば、高齢者でも簡単に使えるようなオンラインのコミュニケーションツールの開発や、地域見回りサービスの拡充、町内会の復活など、高齢者と社会とをつなぐ仕組みの構築が急がれる。コロナ感染症による「直接死」だけではなく、「間接的な死」へももっと目を向けていかねばならない時期にきていると思う。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)。佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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