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「後ろ盾は菅首相」不祥事続きだった日本郵政の反転攻勢に銀行業界が怯える理由

プレジデントオンライン / 2021年1月29日 11時15分

中間決算について記者会見する日本郵政の増田寛也社長=2020年11月13日午後、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■「そもそも日本郵政社長に増田氏を充てたのも菅人事だ」

かんぽ生命の保険商品不適切販売による業務停止命令、ゆうちょ銀行による電子決済サービスの不正被害と相次ぐ不祥事で揺れた日本郵政グループが、じわり「攻めの経営」に転じ始めた。

背中を押したのは増田寛也社長と親密な関係にある菅義偉氏の首相就任だ。

「小池百合子氏に敗れたものの2016年夏の東京都知事選に増田氏を担ぎ出したのは菅氏だし、ともに第一次安倍政権時に総務相を務めた。菅氏が官房長官時代に打ち出した地方創生の生みの親の一人が増田氏と、その関係は深い。そもそも日本郵政社長に増田氏を充てたのも菅人事だ」(永田町関係者)

その菅氏の首相就任を待っていたように、かんぽ生命保険は10月5日に営業自粛を解除し、直後の記者会見で増田社長は「うみは今年中に出し切り、次の経営計画に臨みたい」と抱負を語った。数字的な裏付けを伴う詳細な次期中期経営計画は5月に発表される予定だが、期間は従来の3年から5年に延長し、より中長期的な視野に立った成長戦略を打ち出す方針だ。

■2万4336局を誇るリアルネットワークとデジタル技術の融合

次期中計の基本的な考え方では、デジタル技術を使った郵便局の新サービスの創出や不動産事業の強化、地方銀行や自治体からの事務受託などが軸になる見通しである。

デジタル技術の活用では、2万4336局(2020年12月31日現在。閉鎖中の505局を含む)を誇るリアルネットワークとデジタル技術の融合を図るほか、郵便や物流のデータをベースにした「プラットフォーム構築を目指す」(増田社長)という。

この脈絡にあるのが日本郵便と楽天の物流分野での提携であろう。電子商取引(EC)サイト「楽天市場」の受注データなどを日本郵便と共有。受注からすぐにトラックや人員を手配できる新しい物流プラットフォームの構築を目指す。

この提携に関連して増田社長は「(楽天の)携帯電話の契約拡大(の支援)を今後検討したい」と踏み込んだ発言も行っている。

また不動産事業の強化では、「保有している郵便局、社宅等の不動産の価値を最大化していく」(増田社長)という考えだが、さらに物流不動産など所有不動産以外への投資も視野に入る。戦略会社として2018年4月に設立した日本郵政不動産は、2019年度も赤字だが、そのテコ入れの意味合いもある。

■「日本共創プラットフォーム(JPiX)」の設立に見えるもの

そして地銀や自治体との関係では、「行政の仕事を包括受託することや、地銀のATMの管理を郵便局で請け負うこともあると思う」(増田社長)とする。そのため、金融界では地方創生を旗印に、日本郵政グループが地銀再編に絡んでくるのではないかと注目されている。

郵便局は2万4336局(2020年12月31日現在。閉鎖中の505局を含む)のネットワークを誇る。
撮影=プレジデントオンライン編集部
郵便局は2万4336局(2020年12月31日現在。閉鎖中の505局を含む)のネットワークを誇る。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

その一端が垣間見られたのが、コンサルティング会社の経営共創基盤とゆうちょ銀行、KDDIなど8社が共同出資する「日本共創プラットフォーム(JPiX)」の設立だ。新会社は物流や飲食、製造業などで地域密着型の企業に投資、株式を長期保有して企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を後押しする。2021年上期にも投資を開始する計画だ。

この新会社は経営共創基盤の冨山和彦代表取締役CEOの発案であるが、最大の出資者はゆうちょ銀行で、全体の50%を拠出する。「冨山氏と増田氏は地方創生で共著を執筆したほど親密で、この二人が菅氏に地方創生を提案し、政府の看板施策となった」(永田町関係者)とされる。

■地銀との距離を詰めて、SBI連合の対抗軸になるか

さらに注目されるのは、この新会社には、商工組合中央金庫、三井住友信託銀行、埼玉りそな銀行、山口フィナンシャルグループ、伊予銀行、群馬銀行などが優先株を引き受ける形で出資することだ。優先株の引き受けは他の地方銀行や鉄道大手にも広がる見通しだ。それだけに、コロナ禍で苦しむ地方企業を支援する広範なプラットフォームになると期待されている。

また、新会社JPiXはSBIホールディングスの北尾吉孝社長が進めている地銀連合(SBI地銀ホールディングス)の対抗軸となるとの見方もある。

「当初、冨山氏は新会社をファンド形式で設立する計画だったが、ファンド形式では企業に対する短期の収益狙いと間違われかねないので株式会社形式に変更したようだ。ファンド色の強いSBI地銀ホールディングスを意識した戦略と言える」(メガバンク幹部)

いずれにしても日本郵政グループは地銀との距離を詰めていくことになろう。

■資本政策の注目はかんぽ生命保険による3000億円の自社株買い

これらはいわば新中計のフロント部分であり、新中計の最大の焦点は「資本政策」にある。この資本政策で注目されるのが、かんぽ生命保険による3000億円規模の自社株買いであり、持株会社である日本郵政の出資比率を現在の64%から50%以下に引き下げる奇策だ。

日本郵政本社の入る大手町プレイスウエストタワー。(撮影=プレジデントオンライン編集部)
日本郵政本社の入る大手町プレイスウエストタワー。(撮影=プレジデントオンライン編集部)

日本郵政が持つかんぽ生命保険の株式を自社で買取り・償却する。これに伴いかんぽ生命保険の資本に相当する基金が減少することから、同時に資本性のある劣後債約1000億円を公募し、ソルベンシーマージン比率(不測のリスクに備えた支払い余力)の確保を目指す。

日本郵政傘下の金融2社(ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)には、民業圧迫を回避するため郵政民営化法により民間銀行や保険会社よりも厳しく業務を制限する「上乗せ規制」が課されている。持株会社である日本郵政を通じて国が株式の過半を保有する半官半民の金融機関であるためで、「預入限度額や新規業務について郵政民営委員会の認可が必要で、自由な業務展開が制限されている」(日本郵政関係者)。

一方、金融2社に対する日本郵政の持株比率が50%以下に引き下げられれば、上乗せ規制が緩和され、新規業務も「認可」から「届出」に移行できる。このため日本郵政は金融2社の株式を順次市場で売却する計画をしていた。

■民間金融機関が警戒するゆうちょ銀行への規制緩和

だが、「かんぽ生命保険は保険商品の不正販売で一時業務停止命令を受けるなど株価が低迷していることもあり、日本郵政は早期の追加売却は難しいと判断し、自社株買いで日本郵政の持株比率を一気に50%以下に引き下げ、経営の立て直しを急ぐことを選択したのだろう」(メガバンク幹部)と見られている。

このかんぽ生命保険の自社株買いに伴い今後、注目されるのがゆうちょ銀行の動きだ。しかし、「かんぽ生命保険に比べゆうちょ銀行の自社株買いは格段にハードルが高い」(同)という。競合する地方銀行などが猛反発することが避けられないためだ。「地方銀行は人口減による地元経済の縮小やマイナス金利政策に象徴される金融緩和の継続で収益減に喘いでいる。そこにゆうちょ銀行が規制緩和により住宅ローンや企業向け融資に乗り出すことに対する警戒心が強い」(同)とされる。

実際、日本郵政グループは昨年末、新規業務として長期固定金利の住宅ローン「フラット35」の取扱い及び、公共料金の引き落とし時などに貯金口座の残高が不足する際に自動的に貸し付けする「口座貸し越しサービス」を金融庁と総務省に認可申請したが、全国銀行協会など民間金融機関はこれに強く反発している。

■国債の運用比率を引き下げ、リスク資産の運用比率を引き上げ

かつて、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険は国の財政投融資と一体のものであった。もっぱら資金吸収が使命で、集められた巨額な資金は財政投融資制度を通じて、国の第二の予算に充てられてきた。

郵政民営化で、この関係は絶たれたが、現在も資金は内外の有価証券等で運用されている。2020年9月末の内訳では運用資産総額218兆9000億円のうち、国債24.1%、地方債・社債等16.2%、外国証券等32.0%などで占められている。

運用資産中、国債が最もウエートが高いが、日銀の異次元緩和に伴い、国債の利回りは低水準に張り付いており、国債での運用妙味は失われている。このためゆうちょ銀行は、株式上場前後から徐々に国債の運用比率を引き下げる一方、海外債券や株式などのリスク資産の運用比率を引き上げている。国債の減少分は主に外国証券や日銀預け金に振り替わっている構図だ。

■ローン担保証券など証券化商品への運用成果に市場が注目

リスク資産運用の拡大に伴い、外部の専門家の採用も積極化した。その専門家が導いたのがCLO(ローン担保証券)をはじめとする証券化商品への運用だ。その運用成果がいま市場で注目されている。

CLOは、投資適格未満の信用力の低い企業に対する貸し出し、いわゆるレバレッジド・ローンを中心に束ねて証券化した金融商品で、2009年のリーマンショックで問題となったCDO(債務担保証券)の一種類だ。信用力の低い企業向け貸し出しを束ねているため、利回りが高く日本の大手銀行も購入している。

米国のレバレッジ・ローンの残高はここ10年でおよそ2倍に増加し、CLOの年間発行額も2018年に過去最高を更新したが、最近では、レバレッジド・ローンの貸付先企業で、自己資本に対する借入金の割合を示す「レバレッジ比率」が上昇するなど、質の劣化が懸念され始めている。

そうした懸念にゆうちょ銀行が直面したのが2020年3月期の決算だった。いうまでもなく新型コロナウイルス感染拡大による市場の混乱だ。この時、ゆうちょ銀行が保有するCLOは1219億円もの評価損を抱えたのだ。

同時に投資する住宅ローン証券化商品(RMBS)も93億円の含み損となった。「ゆうちょ銀行の海外証券化商品は全滅状態で、決算の足を引っ張った」(大手機関投資家)とされる。

ゆうちょ銀行は3月末時点でCLOを1兆7673億円(取得原価ベース)保有していたが、この7%弱がマイナスに沈んでいた格好だ。

■菅政権という後ろ盾を得て、日本郵政グループが反撃へ

そこで救世主となったのが、FRB(米連邦準備制度理事会)をはじめとする主要中央銀行による追加金融緩和である。FRB等により供給された過剰なまでのマネーは、株式市場のみならず証券化商品市場をもV字回復させた。ゆうちょ銀行のCLOも半年後の2020年9月末には評価損が792億円まで減少、RMBSの評価損も31億円まで持ち直した。

だが、依然として評価損の状態にあることに変わりはない。しかも、ゆうちょ銀行はこの半年間でCLOを1兆8425億円(取得原価ベース)積み増している。

国債への運用で利益が望めない中、ゆうちょ銀行にとって海外を含むリスク資産への運用は一層拡大していかざるを得ない。それだけゆうちょ銀行のポートフォリオのボラティリティ(価格の上昇・下降の振幅)は高まる。

有価証券運用からリスク分散を図るためにも、ゆうちょ銀行にとって日本郵政の保有株割合を早期に50%以下に引き下げ、新規業務認可の自由度を確保することは喫緊の課題と言っていい。

増田氏が日本郵政の社長に就任して1年、菅政権という後ろ盾を得て、日本郵政グループの反撃が始まろうとしている。

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森岡 英樹(もりおか・ひでき)
経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学卒業後、経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。

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(経済ジャーナリスト 森岡 英樹)

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