「自社で撮るよりおいしそう」銀座千疋屋がインスタ映えに振りきったワケ
プレジデントオンライン / 2021年2月3日 11時15分
■大手企業のネット進出が顕著になっている
コロナ禍の影響で、多くのビジネスが打撃を受けている。その厳しい中でも売り上げが好調なのがネットショップ運営である。富士経済によると、2021年のEコマース市場は2019年比で15%増の11兆4190億円まで成長すると予測。楽天市場も昨年のコロナ禍の4~6月のショッピングEコマース総流通額は、前年比48.1%と急伸した。
ステイホームで巣ごもりする消費者が増えたことに加え、2021年1月から一部の都市で始まった二度目の緊急事態宣言によって、ネットショップの売り上げは好調を維持している。
しかし、全てのネットショップが、コロナ禍の恩恵を受けているわけではない。儲(もう)かるビジネスには必ず商売人が集まり、競争が激しくなるのが常である。特にコロナ禍になってからは大手企業のネット通販事業への進出が顕著といえる。
衣料品販売のしまむらは、2020年10月に直営のネットショップをオープン。10億円を投資して自前の物流拠点を設け、将来的にはEコマース事業を全体の売り上げの5%まで成長させる計画を打ち出している。
ワコールも自社のEコマース事業の売上高を2025年3月期までに50億円から200億円に伸ばすことを目標として掲げ、大手百貨店なども、消滅したインバウンドの売り上げを取り返すべく、今年度からネット通販に力を入れていくところが増えている。
■ネット通販で「利益が出た」は全体の35%
今後、競争が激化するEコマース業界において、商品力や価格競争力のない中小規模のネットショップの運営は、ますます厳しくなることが予想される。年々運営方法も複雑化しており、ネット通販の知識と経験がない企業で利益を出すことが難しくなってきているのが実情である。
日経MJが行った2019年度の小売業上位500社の調査によると、ネット通販で「利益が出た」と回答した企業は全体の35%しかなかった。
「以前よりも検索で上位表示させることが難しくなり、広告費も高騰していく一方です。商品の価格競争も激しく、コロナ禍になってからのほうが、ネットショップ運営が大変になった印象です」(インテリアを販売するネットショップの経営者)
厳しい現状に危機感を募らせる人は少なくない。
ホームページ制作会社にネットショップを作ってもらい、楽天市場やアマゾンで商品を売ったり、ネット広告で集客したりする従来の販売方法が通用しなくなりつつある。ネットの新しい集客方法を独自で模索し、「ネットショップ」という概念にとらわれないオリジナルの売り方を実践しなければ、今後のEコマース業界で生き残ることは難しい。
ここで、コロナ禍で好調な売り上げを維持している「ネットの新しい売り方」を実践している企業を3つ紹介したい。
■銀座千疋屋「確実に若い世代のお客様が増えた」
果物の販売を手掛ける銀座千疋屋(中央区)は、
「確実に若い世代のお客様が増えました」(WEB事業部・山口十夢マネージャー)。
新しいネットショップの運営方法は斬新だ。インスタグラムに自社商品を投稿してくれた顧客を探し出し、商品の魅力を伝える良い写真があれば、ダイレクトメッセージを出してネットショップへの掲載を依頼する。
トップページには顧客が撮影した写真がズラリと並び、見ているだけでも飽きがこない。投稿された写真は共感が得られやすい写真のため、「クリックしたい」という気持ちがそそられる。お中元やお歳暮の文化が薄れつつある昨今、今回の新しい試みでインスタグラムを利用している若い世代にアプローチできるようになったことは、ネット通販の売り上げを大きく伸ばす足掛かりになったといえる。
![フルーツを使ったスイーツの正方形の写真が並ぶ画面](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/e/670/img_0e230c0add233fb0de156f9ae584070e296784.jpg)
■これこそ顧客と共に作り上げるネットショップ
しかし、銀座千疋屋は創業1894年の老舗である。偏見かもしれないが、ブランドイメージを優先して、一般の顧客が撮影した写真をネットショップに掲載することに対して、社内の反対はなかったのだろうか。
「SNSを通じて、お客様にもブランドを育てる一翼を担ってもらいたい思いが強かったんです。最近は一般の方の写真のクオリティーも非常に高いので、社内では不安よりも期待感のほうが大きかったです」(広報室・柴田幸子さん)
写真掲載をお願いすると、ほとんどの顧客が喜んで写真を提供してくれるという。企業から一方的に情報を発信するサイトではなく、インスタグラムを通じて、顧客と共に作り上げるネットショップに、若い世代の消費者が惹きつけられている。
■サバイバルゲーム専用眼鏡の宣伝は「ツイッター」
次に紹介するのは、文字数制限のあるツイッターを活用して、ファン客を囲い込んだ事例である。岐阜県大野町で眼鏡店「スマイル・アイ」を営んでいる村木昇さん。数年前に友達に誘われてサバイバルゲームを始めたところ、どっぷりとその世界観にはまってしまった。しかし、ゲームを続けるうちに、ある違和感を持ち始める。
「ゴーグルを雑に取り扱う人が多かったんです。傷がつくことも気にせず、そのままカバンの中に放り込む人もいて、アイウエアに対して意識の薄い人が多いと思いました」
これをきっかけに、村木さんは自店で目を保護するプロテクションアイウエアの取り扱いをスタート。サバイバルゲーム専用の眼鏡を取り扱う部門を「スマイル・アイ・タクティカル」と命名し、レンズメーカーと共同で開発した衝撃に強いオリジナル眼鏡の販売も始めた。しかも主力となる販売告知方法は短文の投稿しかできないツイッター。そんな短い文章で情報を伝えて、商品を買ってくれる顧客などいるのだろうか。
「昨年、新商品の1万4000円のアイウエアの販売をツイッターで告知しましたが、一晩で60本近く売れました」
![青い眼鏡をかけてゲーム用の銃をかまえる男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/a/500/img_0ae28b7dec6508c11efb0bda37e4846c308629.jpg)
■約4200人の「熱烈なファン」を囲い込み
ネット広告よりも爆発的な販売力を持つのが、スマイル・アイ・タクティカルのツイッターなのである。2021年1月時点のツイッターのフォロワー数は約4200人。決して多い数ではないが、熱烈なファンが村木さんのツイッターをフォローしているのだ。
「趣味性が強い商材なので、多くを語らなくても商品の良さを理解してくれる人が多いんです。そもそもの情報が少ない業界なので、ツイッターで新しい商品情報を見つけると、すぐに拡散する人が多いことも、ネットショップの売り上げ増につながっている要因だと思います」
2019年7月にはクラウドファンディングで130万円を集め、サバイバルゲーム専用のメガネショップを同じ大野町にオープンした。こちらもツイッターを通じて足を運んでくるお客様が多いという。
■「折り込みチラシで集客」→「LINE登録を促す」
あえて「ネットショップ」という形式を取らず、LINE公式アカウントを活用して商品を販売する事例もある。横浜市でラーメンや蕎麦(そば)などの麺類を製造する「丸紀」は、主にスーパーに商品を卸している麺メーカー。売り方は非常にシンプルだ。
月に1回、麺工場の敷地内で行うラーメンや蕎麦、うどん等の麺の直売会を、新聞折り込みチラシで告知。集まった人に対して、「LINEで友だち追加してくれたお客様に、やきそばの麺をプレゼント」と、特典を打ち出してLINEに登録してもらうように促す。わざわざ工場まで足を運んでいるだけあって、顧客は親近感を持ってすぐに友だち登録してくれる。新聞折り込みチラシをまいているエリアが近隣のため、「こんなところに麺の工場があったのか」という地元びいきで、あっという間にファン客が増えていった。
追加で友だち登録してくれた顧客に対して、川口尚紀専務は月に1回、直売会のお知らせを、LINEを通じて配信している。販促手法としてはネットショップのメルマガやSNSと同じ要領だ。新聞折り込みチラシを見なかった顧客にも確実に直売会の情報を届けることができるようになった。定期的に丸紀の情報を届けることで、“麺を買うなら丸紀”という意識を刷り込むことができる。
![工場の前にできた行列](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/1/670/img_912821564b9eee831a6ffb2053475d91305025.jpg)
■小売未経験の麺メーカーが、蕎麦500食を売り上げた
「年末の直売会では、年越し蕎麦が約300食、鴨南蛮蕎麦は約200食売れました。小売をやったことがない私たちのようなメーカーにとって、1日でこれだけの数の蕎麦が売れるのは驚きです」
高いお金を払ってネットショップを制作し、広告費をかけて、送料まで負担して安売りするネットショップの売り方よりも、LINE一本で直接、お客様にお店に買いに来てもらえるほうが、確実に利益が取れる。コミュニケーションが直接取れるので、ネット通販のように顧客が離れていくことも少ない。
Eコマース市場で不要な競争に巻き込まれることもなく、自分たちのこだわりの麺を、大切なお客様だけに販売している丸紀は、コロナ禍における、皆が幸せになれる売り方と言ってもいいだろう。ネットを通じてモノを売る方法は、「ネットショップ」という形式にこだわらなくても無限大にあるのだ。
■「この店で買いたい」×「この商品が欲しい」が必勝法
紹介した3つの販促手法は、ショッピングモールにもグーグルにも依存しない新しいネットの売り方といえる。
![竹内謙礼『ネットショップ運営 攻略大全』(技術評論社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/f/200/img_7fa92104f2da0f3f39cf2b35a9e794f9227471.jpg)
ネット通販は、もはやガスや水道のような「自動で必要なものが自宅に届けられる」というインフラ的な存在になっており、お店の名前どころか、どこのショッピングモールで買ったのかも覚えてくれない時代である。コロナ禍の顧客が興味を持っていることは「いくらで売っているか」「いつ届くか」の2点しかなく、もうすでに「ネットのお店」という存在すら、お客様の意識の中では消滅しつつある。
そのようなネット通販に特別な感情を持たない消費者が増える中、小さなネットショップが売り上げを伸ばしてくためには、「この店で買いたい」と思わせる情報発信と、「この商品が欲しい」と思わせる、顧客づくりの仕掛けが求められる。
コロナ禍を機に多くのビジネスの常識が覆されているが、好調なEコマース業界でも、常識的な売り方を捨てて、新たな売り方を自分たちで模索していかなければ、勝ち残ることが難しい時代に突入し始めている。
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有限会社いろは代表取締役
大企業、中小企業問わず、販促戦略立案、新規事業、起業アドバイスを行う経営コンサルタント。大学卒業後、雑誌編集者を経て観光牧場の企画広報に携わる。現在は雑誌や新聞に連載を持つ傍ら、全国の商工会議所や企業等でセミナー活動を行い、「タケウチ商売繁盛研究会」の主宰として、多くの経営者や起業家に対して低料金の会員制コンサルティング事業を積極的に行っている。著書に『売り上げがドカンとあがるキャッチコピーの作り方』(日本経済新聞社)、『御社のホームページがダメな理由』(中経出版)ほか多数。
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(有限会社いろは代表取締役 竹内 謙礼)
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