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「家族の一体感が失われる」なぜ日本で夫婦別姓の議論があらぬ方向に向かうのか

プレジデントオンライン / 2021年2月2日 8時15分

Sayuri Daimonの署名が入ったJapan Timesの記事 - 写真提供=本人

世界でも珍しい、夫婦別姓が選べない国日本。国会でも20年以上前から議論されていますが、遅々として進んでいません。元ジャパンタイムズ執行役員でジャーナリストの大門小百合さんが、海外の状況や、日本での議論について解説します——。

■「大門小百合」という名前

私の苗字の「大門」というのは旧姓だ。結婚して戸籍上は夫の姓になったが、長く英字新聞の記者をしていたため、今まで書いた署名入りの記事は、すべてSayuri Daimonとなっていたし、ハーバード大学のジャーナリズムプログラムに招請された時も、署名入りの記事を大学に提出し合格した。毎年1月に開かれるダボス会議へもこの名前で招待されていた。比較的珍しい名前だからか仕事で覚えてもらえる確率も高い。つまり、私にとってこの名前なしで生活するのはとても不便であるし、自分のキャリアを含めアイデンティテイそのものと言ってもいい。

しかし、運転免許証や健康保険証といった公式文書には、旧姓表記はない。最近、マイナンバーカードやパスポートに旧姓併記ができるようになったが、パスポートの旧姓併記はカッコ書きで、パスポートに埋め込まれたICチップ上に別名は記載されないため、航空券を別名で取ることは困難だ。

以前、仕事で飛行機のチケットを取ってもらったことがあるが、大門の名前で予約されていたため、自分が大門であるという証明ができず飛行機に乗れなくなりそうになったこともある。

とまあ、夫婦別姓が法的に認められていないことで被る不利益をあげればキリがない。

働く女性が増え、仕事上で旧姓を使う人も増えているが、法律上選択的夫婦別姓を認めるということについて、日本では遅々として議論が進まない。一体何が問題なのか、諸外国の例や昨年末に決定した「第5次男女共同参画基本計画」をめぐる自民党での議論を調べてみた。

■「旧姓」を英語でどう訳すか

日本では、結婚した男女は同一の氏を名乗ることは定められているが、妻が夫の姓に改姓しなければならないということは義務付けられていない。それでも、日本で96%の女性が夫の姓に変わっているのは、慣習や家族、社会からのプレッシャーが大きいということがあると思う。

また、国連の女子差別撤回委員会は夫婦別姓を認めない日本の民法規定が差別的だとして、日本に対し是正勧告を過去3回も出している。

女性ばかりが不利益を被ると思っていたら、2018年にサイボウズの青野慶久社長ら4人が国を相手取り、「結婚の時『夫婦別姓』を選ぶことができない戸籍法の規定は憲法に反している」などとして裁判を起こした。青野氏は結婚した際、妻の希望に応じて妻の姓を選び、煩雑な名義変更手続きなどをしなければならなかったばかりか、通称として青野を使い続けたことでさまざまな混乱が生じたという。

当時、私はジャパンタイムズで編集局長をしていたのだが、外国人の関心も高かったため、このニュースを1面で取り上げることにした。

ところが、記者の書いた原稿をチェックしていると、原稿の中で旧姓がmaiden name と表現されている。もちろん、旧姓の英語訳はmaiden nameというのが一般的だが、実はこのmaidenには「乙女の」とか「娘の」という意味がある。

「男性が改姓した場合もmaiden nameというのだろうか?」

そんな素朴な疑問が私の頭に浮かんだ。そこで、近くにいたアメリカ人のエディターに「男性の旧姓の場合はどう英語で表現するの?」と聞いてみたが、返ってきた答えは、「maiden name以外はない」というものだった。

結局、青野氏のケースは、社内で話し合い、premarital name(結婚前の姓)と表現することで落ち着いたのだが、欧米ですら、姓は女性が変えるものだということが当たり前だと思われていることを目の当たりにした一件だった。

選択的夫婦別姓制度を求め東京地裁に提訴し、記者会見するサイボウズの青野慶久社長(左)
写真=時事通信フォト
選択的夫婦別姓制度を求め東京地裁に提訴し、記者会見するサイボウズの青野慶久社長(左)=2018年1月9日、東京・霞が関の司法記者クラブ - 写真=時事通信フォト

■変化する欧米の意識

前述の例からもわかるように、結婚した妻が夫の姓に変わるのは、なにも日本に限ったことではない。

例えば、イギリスで苗字が使われ浸透し始めたのは14世紀頃だといわれているが、当時は結婚した女性は苗字がなくなり、「wife of xx(~の妻)」と呼ばれたという。イギリスのブラッドフォード大学のサイモン・ダンカン教授によると、妻は夫の所有物という考え方があったからだという。ある2016年のイギリスの調査でも90パーセントのイギリス女性が結婚後、夫の姓に変わっているという結果がでている。

しかし、現代のイギリスでは、虚偽でなく、その人がその名前で知られているのであれば、法律上は好きな名前を正式な名前として登録できる。結婚した時に、結婚前の旧姓を正式な名前として登録してもよいし(というより、自分の名前に変更がなければ届け出る必要はない)、夫の名前に変更してもよい。その場合、旧姓をミドルネームにする人もいる。結婚した2人の姓をつなげて作った姓や、2人の姓をハイフンでつなげた姓を登録してもよい。イギリスの結婚証明書には、結婚前の当事者の姓が記載されているので、姓を変更したとしても、姓の変更を要求したことを裏付ける証拠となる。こんな具合に現在の制度はきわめて臨機応変だ。

■SNSでは旧姓併記が増加

少し前の記事だが、2015年のニューヨークタイムズの記事によると、アメリカでは一時、結婚後旧姓を使用し続ける女性が減ったが、近年また伸びているという。

この記事によると、1970年代には初婚の女性の17%が旧姓を使い続けたが、1980年代には14%に落ち込んだ。その後、1990年代にまた18%に上がったという。

グーグルの消費者調査によると、2000年代には約20%のアメリカ人女性が旧姓を使い続け、さらに10%の人が夫と2人の苗字をハイフンでつなげて使っているそうだ。最近は、フェイスブックやインスタグラムなどのソーシャルメディア上で、結婚したことを知らない昔の友人にも見つけてもらえるよう、自分のアカウント名に旧姓を併記する人が増えている。

■日本では「夫婦別姓」が義務付けられていた時代も

実は、日本において夫婦同姓の歴史はまだ100年ぐらいなので、夫婦で1つの姓を使うのが日本の伝統だという主張はあたらない。法務省によると、明治9年(1876年)3月17日太政官指令では、妻の氏に関して、実家の氏を名乗らせることとし、「夫婦別氏」を国民すべてに適用することとなっていた。その後、明治31年(1898年)に民法(旧法)が成立し、「夫婦は、家を同じくすることにより、同じ氏を称することとされる」という夫婦同氏制が導入された。

これは、同一姓、同一戸籍制度だった当時のドイツの制度を参考にしたと言われている。ドイツでは夫婦どちらかの氏を選ばなければならず、決まらない場合は、夫の姓を名乗るという規定があった。しかし、そのドイツでさえ、これが女性差別的だとして、1993年には法律が改正され、現在は選択的夫婦別姓が可能になっている。

■夫婦別姓、四半世紀にわたる議論

さて、日本では昨年2020年末、政府の「第5次男女共同参画基本計画」が決定した。しかし、焦点だった「選択的夫婦別姓制度」に関して、5年前の「第4次男女共同参画基本計画」にあった「選択的夫婦別氏」という文言が消え、代わりに「夫婦の氏に関する具体的な制度のあり方に関し、司法の判断も踏まえ、さらなる検討を進める」というぼかした表現になってしまった。

この議論は今後どうなるのだろう。政府はコロナ対策で忙しいということで、このまま進まず放置されるのであろうか。

夫婦別姓については、過去25年にわたり反対派と賛成派の議論が繰り広げられてきた経緯がある。1996年に法制審議会が選択的夫婦別姓制度の導入を答申したが、自民党の反対で法案の提出には至らなかった。また、2002年には、原則は同姓で別姓は例外とする「例外的夫婦別姓案」が法務省によって提出されたこともある。自民党では、9年前の野党時代、公約づくりの際にも議論されたが、今回はそれ以来の議論だった。

■6割以上が「家族の一体感に影響なし」

「夫婦同姓制度は、夫婦でありながら妻が夫の氏を名乗れない別姓制度よりも、より絆の深い一体感ある夫婦関係、家族関係を築くことのできる制度である」「家族がバラバラの姓であることは、家族の一体感を失う」というような反対派の請願書が過去に国会に出されている。姓が同一でなければ一体感が失われ、子供の健全な成長に影響を与えるという主張は、家族の形が多様化している現代社会においては説得力がない。

内閣府が2017年に実施した世論調査では、64.3%の人が、家族の姓が違っても一体感に影響がないと思うと答えている。また、第5次計画のために寄せられたパブリックコメントには、選択的夫婦別姓を望む声は400件以上集まり、反対派の意見はゼロだったという。

それでも、このような反対派の主張が繰り返される背景には、夫婦別姓に強く反対している保守系支持団体の存在が大きいという話を聞いた。

また、この問題をさらに難しくしているのは、推進派の議員が思い描く夫婦別姓の形が違うということがある。

夫婦別姓といっても、戸籍にどう表記するかを含め、さまざまな制度案がある。たとえば、完全に夫婦を別姓としてそれぞれの姓を同列に表記する案、原則同姓で別姓を望む際には家庭裁判所の許可を必要とするという「家裁許可夫婦別姓」案、また、戸籍の中に結婚した夫婦同一の姓を書くが、その横に「社会的に~と名乗ることにする」と別の姓を説明書きとして加える案、旧姓を欧米のミドルネームのように使う案など、夫婦別姓に賛成している議員にもそれぞれの案への思い入れがあり、一枚岩ではない。

反対派は現行法維持で一致しているのに、賛成派が団結して戦えないという皮肉な構図が見えてくる。

■「アンタッチャブル」から議論の対象に

これらのことを考えると夫婦別姓実現のハードルはかなり高いと感じるが、それでも、「今回の議論で、反対派も賛成派もさらに検討することにOKした。それはすごい進歩なんです」と、議論をとりまとめた自民党の女性活躍推進特別委員会委員長の森まさこ参議院議員は言う。今まではアンタッチャブルな問題だったが、双方とも今後も議論することに合意したのは前進だという。

また、夫婦別姓の婚姻届けを受理するように求めた最高裁の2つの小法廷で審議されていた案件が、最近、大法廷に回付された。大法廷は15人の最高裁の裁判官全員で審議するので、通常大事件や社会的な影響の大きい事件を扱う。大法廷に回付されたので、関係者は何か意義のある決定がなされるのではないかと期待をしているようだ。最高裁で違憲判決がでれば、自民党も無視できないはずだ。

「本丸は、さらに検討する場を設置すること。できれば、総裁直轄の特命委員会を作ってもらいたい」と森氏はいう。

森氏は、今回議論をしている中で、反対派だった男性議員数人から「夫婦別姓を認めてもよいと思うようになった」というメールをもらったそうだ。「賛成派、反対派の議論を聞いていて、少なくとも断固反対する話じゃないなと。困っている人が目の前にいたら、知恵を出すのが国会議員じゃないかと」というメールだったという。

まさに、国民が日々直面している問題をどう解決できるか、知恵を出し、実現していくのが政治の仕事だ。「一人っ子で実家の姓を残したい」「改姓で仕事に支障がでる」といった声も多い。

過去25年間で行われた議論は、もう次のステージに進め、新しい夫婦のあり方に目をむけるべきだ。そうでなければ、日本は女性活躍後進国として、世界から取り残されてしまうのではないかと危惧している。

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大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。

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(ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員 大門 小百合)

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