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「緊急告発」大学入学共通テストがニセ科学を前提としていいのか

プレジデントオンライン / 2021年1月28日 15時15分

大学入学共通テストの英語科目リーディングで、科学リテラシーに欠ける甘味料批判が出題された

1月16日、17日に行われた「大学入学共通テスト」の英語の出題文で、科学的には誤った記述が複数みつかった。科学ジャーナリストの松永和紀氏は「甘味料を危険視する典型的なニセ科学を前提としている。科学リテラシーのある受験生ほど迷うはずだ」と指摘する。大学入試センターの見解とは——。

■甘味料批判を繰り広げた“教科書の一節”

1月16日、17日に行われた「大学入学共通テスト」の英語の出題文が、食品業界でたいへんなブーイングを浴びています。甘味料に関して、バイアスに満ちた“危ないから気をつけろ”論が出題された、というのです。

「栄養に関する教科書の一節」として出題されたのですが、日本はもとより世界各国の政府機関等の見解、実行されている規制をまったく無視したものです。英語として正しければ、内容が非科学的、扇情的、実態と異なるものであってもよいのでしょうか? 科学リテラシーの観点から解説します。

食品業界から異議が出ているのは、英語リーディング問6のB。あなたは健康クラスで栄養学を学んでいて、「教科書の一節」を読み、さまざまな甘味料について学ぶ、という設定。100点満点中の12点がこの出題に充てられています。

教科書の一節

砂糖の摂りすぎが肥満や健康問題につながり得るとして多くの人が、低カロリー甘味料を選んでいる、と説明。人工的なものと自然のものがあることなどに言及した後、甘味料を選ぶときには健康問題を熟考するのが重要だという話題が提起されます。

■問題となった英文には何が書かれていたか

とくに問題となる部分と私なりの訳を示しておきます。

発がん性、記憶や脳の発達への影響など記述

some research links consuming artificial LCSs with various other health concerns.
(低カロリー甘味料=LCSsの摂取とさまざまな健康への懸念を結びつける調査研究がある)

※otherを使っているのは前段で、砂糖による体重増の問題を挙げているため、それ以外の、という意味合いでotherとなっている

Some LCSs contain strong chemicals suspected of causing cancer, while others have been shown to affect memory and brain development, so they can be dangerous, especially for young children, pregnant women, and the elderly.
(がんの原因となると疑われる強い化学物質を含むLCSsがある。記憶力や脳の発達に影響することが示されたものもある。それらはとりわけ、子どもや妊娠中の女性、高齢者に危険な可能性がある)

最後は、次のような文章で結ばれています。

Many varieties of gum and candy today contain one or more artificial sweeteners; nonetheless, some people who would not put artificial sweeteners in hot drinks may still buy such items. Individuals need to weigh the options and then choose the sweeteners that best suit their needs and circumstances.
(たくさんの種類のグミやキャンディーが一つ以上の人工的な甘味料を含んでいる。にもかかわらず、人工的な甘味料をホットドリンクには入れない、という人たちが、それらを依然として購入することになるかもしれない。個々人が念入りに検討し、必要性と状況に適した甘味料を選ぶ必要がある)

■世界中の公的機関が「適切に使えば安全」としているのに……

出題文では、人工的な低カロリー甘味料としてアスパルテーム、スクラロース、アセスルファムK、アドバンテームが挙げられています。たしかに、たとえばアスパルテームについては発がん性や妊娠、発達などへの悪影響が問題になったことはあります。イタリアのRamazzini Instituteなどが2000年代に発表しました。世界中で用いられている甘味料だったので、これが本当であれば重大問題です。そのため、研究者や各国の機関がこぞって調べました。

その結果、Ramazzini Instituteの研究の不備が批判され、EUの食の安全を守る要の組織、欧州食品安全機関(EFSA)やアメリカの食品医薬品庁(FDA)、カナダやオーストラリアなど同様の公的組織すべてが改めて、「適切に使えば問題ない」という結論に至っています。

日本では、厚生省が1983年、安全性を評価したうえで添加物として指定し使用を認めています。

欧州食品安全機関(EFSA)のアスパルテームを説明するウェブページ。30年以上にわたってさまざまな研究が行われ安全だとみなされる化合物であることが説明されている
欧州食品安全機関(EFSA)のアスパルテームを説明するウェブページ。30年以上にわたってさまざまな研究が行われ安全だとみなされる化合物であることが説明されている

■アスパルテーム、アセスルファムK…審査を経て使用が認められている

国の機関の結論なんて信用できない、という人は、学術論文のデータベースPubmedを用いて、自分で調べてみるとよいでしょう。リスクを主張しているのはRamazzini Instituteなどごく一部の研究者だけということがわかります。

出題文で取り上げられている別のLCSs、スクラロースについてもRamazzini Instituteから発がん性が提起されました。しかし、ほかの研究者はほぼ否定しています。

EFSAなど公的機関も、検討のうえで否定し、スクラロースは世界で使われています。日本では、厚生省が専門家の安全性審査を経て1999年、添加物として指定し使用を認めています。

アセスルファムKとアドバンテームも、EFSAやFDA、日本では内閣府食品安全委員会が安全性評価を行っており、いずれも発がん性や神経系への毒性等は認められず、世界中で使用されています。

■安全性についての学術的な検証は厳しい

甘味料に対する社会の視線が厳しいのは事実です。出題文では取り上げられていないのですが、実はもっとも有名な事例は、サッカリンの発がん性問題。1970年代、ラットのオスで膀胱がんができるとして大問題となりました。しかし後に、ラットのオスは尿量が少なく尿が濃くなるため、実験で大量のサッカリンを与えられて膀胱内で結晶化し、それが刺激となってがんができていたことが判明しました。

サッカリンは砂糖の数百倍の甘さを持ち、人が大量摂取をするのは不可能です。また、3種のサルにサッカリンを24年間与える試験まで行われて1998年、「発がん性は認められない」とする結果が論文発表されました。今ではサッカリンは普通に使用されています。

こうした歴史的経緯があるため、甘味料は批判を受けがちです。安全性についての学術的な検証は厳しく、今も依然として多くの研究者がさまざまな研究を行っています。

■「危ない」指摘も、検証されなければならない

たとえば前述のスクラロースについて、ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)は2019年、高温で加熱した場合には有害物質が発生する可能性があるとする意見書を公表しました。ただし、結論を出すにはデータが不足しているとし、当面は食品を加熱した後にスクラロースを添加するように助言。EFSAも、改めて研究結果などを集めて再評価中です。

ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)のスクラロースに関する意見書。高温で加熱すると有害物質が発生するかもしれない、とする一方、十分なデータがないことも公表している。
ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)のスクラロースに関する意見書。高温で加熱すると有害物質が発生するかもしれない、とする一方、十分なデータがないことも公表している。

また、学術誌ネイチャーに2014年、人工的な甘味料が耐糖能異常を引き起こしているという内容の論文が掲載され話題となりました。腸内細菌叢を変えてしまったためだ、と主張しています。が、その後に否定的な研究結果も複数発表され、確定的な説とはなっていません。

「甘味料は危ない」という研究が発表されると大々的なニュースとなります。その説を否定する研究結果は当たり前過ぎて報じられず、一般社会では今も「危ない」情報が氾濫しています。

■出題文は、チェリーピッキングを行っている

科学研究は、その質がさまざまです。「懸念につながる研究がある」(Some research links……)、「がんの原因となると疑われる強い物質を含む甘味料がある」(Some LCSs contain strong chemicals suspected ……)という状態では、それは妥当な説とはなりません。質の高い複数の研究で同じ結果が支持されて初めて、信頼できる定説となり得ます。さらに研究が進めば、説がひっくりかえる可能性があることも忘れてはなりません。それが科学であり、そうした構造を理解するのが科学リテラシーです。

もし、出題文が甘味料の悪影響を示す研究があることと共に、各国の機関が健康への懸念を否定している事実も示し、最後に「個々人が念入りに検討し選ぶ必要がある」とまとめたのであれば、科学的には妥当です。ところが残念なことに、出題文は数多くの研究結果から筆者にとって都合のよい一部の質の低い研究を選びストーリーを作る「チェリーピッキング」(cherry picking)を行ったように見えます。これでは、雑誌やウェブメディア等で散見される「甘味料が危ない」という扇情的な記事と同レベルです。

「人工vs自然」は、ニセ科学の手法

また、出題文では人工的(artificial)と自然(natural)が対比され、人工的な甘味料が問題視されています。しかし、化学物質は人工的か自然かではその性質を区別できません。自然の怖さはフグ毒、腸管出血性大腸菌等、枚挙にいとまがありません。人工vs自然の構図を作り、人工的なものは……と続けるのは典型的なニセ科学のロジックであり、健康食品や化粧品等の販売によく見られる商法です。

■食品添加物協会は、見解を発表

共通テストの出題情報は食品業界を駆け巡りました。添加物メーカーのほか大手食品企業も多数加盟する「日本食品添加物協会」は1月21日、見解を公表しました。「ごく一部の研究内容を基に安全性への懸念だけをクローズアップすることは、公に使用が認められている甘味料に対して、誤った認識及び不安や混乱を与えてしまう」と指摘しています。

そのほか、市民団体の中にも意見書を出す動きがあり、内閣府食品安全委員会は直接的には共通テストには言及していないものの1月22日、公式facebookで、食品添加物の安全性評価について解説しています。

■不利になった受験生がいる可能性

私は、この出題文について1月23日、noteで「拝啓 大学入試センター様、共通テストに科学リテラシーはありますか?」を公表しました。独立行政法人大学入試センターの広報担当部署に、日本食品添加物協会などの指摘をどう考えるか尋ねたところ、「当該の問題作成分科会に報告いたします」との返事。問題の作成方法を尋ねたところ、「1分科会20名程度で2年間かけて作成している。その間、3つの点検部会(教科の専門的な視点からのもの、教科横断的な視点からのもの、高校の教育現場の視点からのもの)において、複数回点検している」との回答でした。

知人の学識者からはもっと深刻な指摘が寄せられました。「好奇心旺盛で身近なことを調べたりしてよく知っている受験生は不利になったのでは?」というのです。

出題文では、自然の甘味料としてキシリトールとソルビトールが言及されています。

There are a few relatively natural alternative sweeteners, like xylitol and sorbitol, which are low in calories. Unfortunately, these move through the body extremely slowly, so consuming large amounts can cause stomach trouble.
(キシリトールやソルビトールのような、比較的自然な代替甘味料がいくつかある。カロリーは低い。不運なことに、これらは体の中を非常にゆっくりと動く。そのため、多量を摂取すると、胃のトラブルを引き起こし得る)

そして、5つの選択肢の中から2つの正しい内容を選ぶという問3で、
⑤Sweeteners like xylitol and sorbitol are not digested quickly(キシリトールやソルビトールのような甘味料はすぐには消化されない)を選べば正解、となります。

しかし、記述は実際の現象とはずれています。キシリトールやソルビトールなどの糖アルコール類が招くのは胃のトラブルではありません。これらは、ガムやキャンディに用いられますが、パッケージには「一度に多量に食べると、体質によりお腹がゆるくなる場合があります」と表示されています。糖アルコール類は、人の胃腸では消化されにくく、そのまま大腸へ到達します。すると、大腸内の浸透圧が上がり、これを下げるために大腸に水が集まり、緩くなったり下痢を引き起こしたりします。そのための注意喚起表示です。

キシリトール入りのガムやキャンディの表示は目立ちますし、実際にお腹が緩くなる人は多いですから、高校生の中にもネットで検索して調べたことがある人がいるかもしれません。そんな高校生は出題文に首をかしげざるを得ないし、⑤を選ぶのも躊躇するかもしれません。下痢は、体内の不要なもの、体に有害なものをすばやく排出する体の正常な機能でもあるからです。

■教育界は、根拠なき添加物嫌い

実のところ、教育界の添加物に対するバイアスは、たびたび問題となってきました。「家庭科」の教科書や副読本の記述すら危ういことが、食品安全委員会が2010年にまとめた「食品の安全性に関する効果的な教育啓発素材の開発に関する調査報告書」で取り上げられています。同委員会で2014年に設置されていた「リスクコミュニケーションのあり方に関する勉強会」でも議論されました。

また、2009年に文部科学省が策定した「学校給食衛生管理基準」には「有害若しくは不必要な着色料、保存料、漂白剤、発色剤その他の食品添加物が添加された食品、又は内容表示、消費期限及び賞味期限並びに製造業者、販売業者等の名称及び所在地、使用原材料及び保存方法が明らかでない食品については使用しないこと」という記述があります。消費者団体からも、「そもそも有害なものは食品添加物として認められていないのに……」と批判されています。

今回の出題は、こうした教育界の科学的根拠なき添加物嫌いを露呈したのかもしれません。

試験会場
写真=iStock.com/taka4332
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taka4332

■英語科目だから、科学リテラシー無視でよいのか

食品に関するニセ科学、不安を煽る言説や消費者を誤認させる広告などに詳しい高橋久仁子・群馬大学名誉教授(食生活教育)はこう話します。「世間に食品添加物有害論がはびこるのは、一部の雑誌や書籍にとっては金儲けの手段だからです。人々が日常的に接することの多い砂糖代替甘味料に対する不信感を煽れば、販売部数を増やせます。英語問題作成者たちが世間のそのような風潮に影響され、問題点に誰一人気づかずこのように出題されたことにある種の絶望感を抱きます」

科学は私たちの社会の今や根幹をなすものになっています。人々に科学リテラシーを育てるのは急務です。新型コロナウイルス感染症との闘いの中でどれほど、質の低い研究結果が発表され社会に大きな混乱を招き、否定され忘れ去られて行ったか。イソジンやK値等の騒動を思い浮かべれば、容易にわかります。

そんな時代なのに、科学リテラシーが無視され、好奇心旺盛で身近なことを調べられる力のある受験生がむしろ、迷ったかもしれないのです。高橋名誉教授は懸念します。「気候変動や地球環境問題でも、世間には間違った情報が氾濫しています。こうした分野についても、入試問題で今後、同じようなことが起きるのでは」

今回の出題を、化学や生物ではなく英語の問題であり、英語として正しい解答を選べばよいのだから、と片付けて済む話でしょうか? リテラシーを育ててゆく大学教育のための入学テストで、週刊誌レベルの内容が「教科書の一節」として50万人の受験生に示され、今後は過去問として毎年、何十万人もの子どもたちが読むことになります。

<参考文献>
・欧州食品安全機関(EFSA)・アスパルテーム
・オーストラリア・ニュージーランド食品基準庁(FSANZ)・アスパルテーム
・Toews, I et al. Association between intake of non-sugar sweeteners and health outcomes: systematic review and meta-analyses of randomised and non-randomised controlled trials and observational studies. BMJ 364, k4718 (2019).
・Soffritti, M. et al. The carcinogenic effects of aspartame: The urgent need for regulatory re-evaluation. American Journal of Industrial Medicine 57, 383–397 (2014).
・Aguilar, F. et al. Statement on the validity of the conclusions of a mouse carcinogenicity study on sucralose (E 955) performed by the Ramazzini Institute. EFSA Journal 15, e04784 (2017).
・ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)・Harmful compounds might be formed when foods containing the sweetener Sucralose are heated
・アメリカ食品医薬品庁(FDA)・Additional Information about High-Intensity Sweeteners Permitted for Use in Food in the United States
・Acesulfame K (E 950): extension of use in FSMP in young children. European Food Safety Authority
・食品安全委員会・アセスルファムK評価書
・食品安全委員会・アドバンテーム評価書
・Takayama, S. et al. Long-term feeding of sodium saccharin to nonhuman primates: implications for urinary tract cancer. J Natl Cancer Inst 90, 19–25 (1998).
・畝山智香子・ほんとうの「食の安全」を考える ゼロリスクという幻想(化学同人、2009)
・Suez, J. et al. Artificial sweeteners induce glucose intolerance by altering the gut microbiota. Nature 514, 181–186 (2014).
・Ruiz-Ojeda, F. J., Plaza-Díaz, J., Sáez-Lara, M. J. & Gil, A. Effects of Sweeteners on the Gut Microbiota: A Review of Experimental Studies and Clinical Trials. Advances in Nutrition 10, S31–S48 (2019).
・日本食品添加物協会・2021 年大学入学共通テストの英語(リーディング)問題文に対する見解
・食品安全委員会・食品の安全性に関する効果的な教育啓発素材の開発に関する調査
・食品安全委員会・リスクコミュニケーションのあり方に関する勉強会
・文部科学省・学校給食衛生管理基準の施行について

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松永 和紀(まつなが・わき)
科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『効かない健康食品 危ない自然・天然』(光文社新書)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同、科学ジャーナリスト賞受賞)など。

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(科学ジャーナリスト 松永 和紀)

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