「会議アプリ使用率は20%→100%」それでも消えないトヨタ情シス担当の悩み
プレジデントオンライン / 2021年2月3日 11時15分
※本稿は、野地秩嘉『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■会議アプリの使用率は20%→100%に
新型コロナ危機で身近になったものがズーム、グーグルミートなどの会議アプリだろう。トヨタではマイクロソフトのチームスを使っているが、それはワード、エクセルなどと連動できるアプリだからだ。
同社が2019年に調べた時、会議アプリを使って仕事をしていた従業員は全体の2割に満たなかった。それが2020年秋にはほぼ100パーセントの事技系職員が利用するまでになっている。
そうなると、今後、必要になってくるのは使いこなしだろう。会議アプリはどういった時にどう使うのが生産性向上につながるのか。
情報システム本部長の北明健一は「実はまだ整理がついていません」と正直に言った。
「情報を伝える会議、打ち合わせは会議アプリで充分です。ですが、心の伝達、気持ち、ムードづくりのコミュニケーションは面着(顔を合わせて話すこと)がいい場合が多いのではないでしょうか。
トヨタ生産方式を体系化した大野(耐一)さんは『現場はにおいを嗅ぎに行くところだ』とカイゼン部隊に指示をしたそうです。実際に、現場の本質を知ろうと思ったら、においを嗅がないとわからない。北明という男はどういう表情でしゃべる男なのか、話に気持ちは表れているのか。そういった、においを嗅がないと、人間の本質はわからないと思います。本音と真実は会議アプリでは伝わらないし、判断できないと思う」
■頭での理解と心の理解は違う
「たとえば、私が管理職を集めてミーティングする時は、言葉だけでなく表情も見ています。私がしゃべったことがどこまで伝わっているかは表情に表れるからです。頭での理解と心の理解は違います。
理屈っぽいかもしれませんが、知識の伝達は遠隔でいい。けれども、意識の伝達は面着がいい。いくらカメラの精度がよくても、表情とその奥に潜むものは会議アプリではわからない。しかし、そういう感想を言うと、おじさんだからそうなんだと言われるかもしれません」
わたしは北明に言った。
いやいや、おじさんで上等じゃないですか。まさに、そういう話を聞きたかったんですよ。わたしもおじさんですから。
おじさん同士の意見交換ではあったけれど、会議アプリでは人間の表情に潜む気持ちと現場のにおいは伝わらない。
だから、それ以外のものを伝える時に使う。
北明が言うように、知識(knowledge)は伝わる。しかし、技能(skill)、意欲(motivation)を動画で伝えるのは簡単ではない。
要は、会議アプリを使う時は議題、伝えるべきことを整理して、用途に応じて利用する。在宅勤務が基本であっても、出社する機会があるわけだから、顔を合わせて伝えるべきことはその時に行う。
そして、これは会議の招集者が個人的にそういった使い分けをするだけでなく、会社としての方針を明確に社内に発表した方がいい。それをしないと、何の説明もなしにやたらと「面着で話をしよう」と言い出す管理職が出てくるからだ。
在宅勤務における会議アプリの選定、使い方については方法論を確立して、社内に知らせることだ。
■米国オフィスではモニターと椅子を貸し出し
通信環境、会議アプリの使い方の次は自宅での執務環境の整備である。これについて、参考になる話をしてくれたのが北明の下で働いている泉賢人だ。
泉は情報システム本部に来る直前(2020年6月)までテキサスのトヨタにいた。新型コロナ危機をアメリカで体験し、同地での在宅勤務と現地社員のくふうを経験している。
泉は「アメリカでは3月から在宅勤務に変わりました。オフィス勤務だった全員が在宅です」と教えてくれた。
「アメリカでもとにかく通信環境の整備が生産性向上につながるということになりました。そこで在宅が始まる前、パソコンの大型モニターとオフィスチェアを従業員に貸し出したんです。彼らはピックアップトラックで通勤しているから、そのままうちへ持って帰ることができたんです。貸し出しといっても、置いてあるノートに名前を書くだけ。ほとんどの人が大型モニターとチェアを自宅に持って帰りました。
![モダンなホームオフィスのインテリア](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/b/670/img_ab8ba20697e32740aee4a75f0c8287e6373567.jpg)
■在宅環境は何よりも椅子が重要
オフィスチェアなんですが、人間工学に基づいたもので、長時間、パソコンで作業しても肩こりにならないものです。私はアメリカ人の同僚にどういう椅子かを訊ねて自分で購入してみました。プロのゲーマーが使うゲーミングチェアっていうんですけれど、それを使うだけでストレスは少なくなるようです」
話を聞くかぎり、通信機器で大切なのはモニター部分、そして、環境でまず変えるべきは椅子ということになる。
調べてみたら、ゲーミングチェアの価格はせいぜい2万円だった。それくらいは会社が負担すべきだろう。
また、泉は「スタンディング勤務も有効です」と言った。いくらいい椅子でも、一日中、腰かけてパソコンに向かうのではなく、2時間くらい、立って働く。
コロナ太り、運動不足を防ぐためのアメリカ人の知恵がスタンディングである。
「スタンディングのための高い机を買わなくてもいいんです。段ボール箱を積み上げて、その上にノートパソコンを広げればいい」(泉)
■情シス本部長の1日のルーティンは
北明自身は会社に入ってから初めて、在宅勤務を経験しているが、正直に言うと、「慣れていない。慣れるという段階には到底、至っていない自分を発見する日々」とのこと。
「私は古いタイプなのかと思うのですが、在宅勤務では部下とリモートで朝礼、夕礼をやっています。定時が午前8時45分から午後5時45分なので、その時間にやらないと落ち着かない。
朝礼では、ひとりひとりが『今日はこれをやる』とみんなに伝えるようにして、夕礼では、『ここまでやりました』と報告する。それが生産性向上に役立っているかどうかは私にはわかりません。しかし、やめるつもりはありません。
![野地秩嘉『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/6/200/img_66e777281d1facf7db07ba449477be2b208926.jpg)
仕事の服装に関しても古いタイプです。私は自宅でもワイシャツを着てズボンを履いて仕事をします。メンバーのなかには下はパジャマもいるかもしれない。リモートの会議アプリではカメラを切って、顔を出さないのもいるから、部下の服装はわかりません。私自身はワイシャツを着た方が気持ちの切り替えになるんです。
昼休みの時間はそれぞれが決めています。散歩する人もいるでしょう。
在宅勤務になると、オフィスで行っていた習慣、服装、行動のどこをやめて、どこを残せばいいかが個人の判断になるわけです。私はまだ判断がつかないから、オフィスにいるのと同じような時間帯で仕事をしています。慣れるには、自分が確信をもって、ワイシャツを着るとか、毎日、散歩するとか決めるべきだろうと思います」
■部下の緊張感と集中力を保つのが仕事
「あと、在宅勤務にしてから、あれっと思ったのはオフィスにいる時よりも、打ち合わせが増えたこと。部下のスケジュールを見たら、びっしり入っていて……。これはよくないからカイゼンしなきゃと思っています。部下を見ていると、みんな、真面目ですよ。朝礼、夕礼、打ち合わせをしていると、規律正しく仕事をしている気配が伝わってきます。問題は真面目さがどのくらい続くのか。緊張感と集中力を在宅でどうやって保つのか。それは上司の仕事です」
アメリカ帰りの泉はこう補足する。
「在宅で緊張感と集中力をどう保つかは日本だけの問題ではなく、アメリカでも同じでした。
ちゃんと時間は使っているのだけれど、プロジェクトが遅れる……。そこで、マネジャーが在宅勤務のチームメンバーのひとりひとりと密なコミュニケーションを取るようにしました。そうすると、朝のミーティング、夜のミーティングなど、打ち合わせの機会が増えてしまう……。どこの国でも在宅勤務の問題点は見つかったけれど、それをどう解決していくかはこれからだと思います」
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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