「結論は3カ月延長に」アルツハイマー病の根本治療薬は承認されるか
プレジデントオンライン / 2021年2月1日 13時15分
■FDAは治験結果を「高い説得力を持つ」と考えている
バイオジェンとエーザイの株が乱高下している。その理由について、私は東洋経済オンラインの記事「アルツハイマー病『根本治療薬』が迎えた正念場」(1月11日付)で、「矛盾するフェーズ3のふたつの治験結果にある」と指摘した。
バイオジェンは1500人規模の治験をふたつ行ったが、その二つが正反対の結果になっている。EMERGEと呼ばれる治験グループは認知機能の評価項目を全て達したのに対し、ENGAGEと呼ばれる治験グループでは、投与をうけた群がプラセボ群より悪い結果が出ている。バイオジェンの主張は、0、1、3、5、10ミリグラム投与の各グループで、高容量のものだけをみれば、ENGAGEでも結果は出ている、というもの。
が、これを「非科学的」と切って捨てたのが、昨年11月6日の外部諮問委員会だった。
外部諮問委員会は、FDAが外部の識者を11人集めて薬の承認の可否について議論をさせる公開の会議だ。
開催前にインターネット上にあげられたFDA側の文書には、「FDAはバイオジェンの302治験結果について高い説得力をもつと考えている。アデュカヌマブの有効性の確固としたエビデンスを現す治験だ」といった文章があったことから、バイオジェンの株価は45パーセントも上昇、翌日のエーザイはストップ高となった。
しかし、諮問委員会の評決では委員長ひとりが賛成票を投じ、2人が保留、8人が反対票を投じた。議論を聞いていると委員のなかには、FDAのやりかたは、承認を前提としているようで「不愉快だ」と怒っている委員もいた。
11人の招聘された委員は、実はアルツハイマー病を専門とする人は少ない。アルツハイマー病の研究者の場合、バイオジェンの治験等にかかわっていることが多いことから、利益相反になると考えられ、除外されるのである。
アルツハイマー病を専門とする研究者のなかには、諮問委員会は、データに踏み込んだつっこんだ議論ができなかったと、と考える専門家もいる。
東京大学医学部の岩坪威教授もその一人だ。
「医学・科学的な本質が議論されないまま、有効性を支持する見解が否定された。データまで踏み込んだ科学的な議論はほとんどなく研究者としては、そこが残念だった」
■第3の「治験」途中結果を提出か?
さて、では、今回の結果の公表を3月7日から6月7日に延長する発表は、承認に対してはポジティブにとらえていいのか、ネガティブにとらえたらいいのか。
これは、素直に考えれば、ポジティブにとらえるべきだろう。
もともとFDAは、外部諮問委員会の前にインターネット上に寄せられた見解から考えても、承認に前のめりだった。しかし、治験の結果が完全ではなかったので、外部諮問委員会のお墨付をえて、承認にもっていこうとした。ところが、そのあてが外れてしまったかっこうだ。
承認するにしても、それを説得する新たな材料がなくてはならない。それがバイオジェンの公表した追加提出を求められたデータなのではないか?
では、その新たな材料とは何なのか? バイオジェンもFDAも一切公表していないが、ひとつ考えられるのは、EMBARKという第3の「治験」の途中結果だ。
![アルフレッド・サンドロック。”ドラックハンター”の異名をとる米国製薬会社バイオジェンの役員](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/6/250/img_16f1e4b1b210f89c201b7a88cc97a202157271.jpg)
説明が必要だろう。アデュカヌマブは難産の薬である。実はEMERGEとENGAGEからなるアデュカヌマブのフェーズ3治験は、2019年3月に「中間解析」の結果中止されているのである。
「中間解析」は治験の費用があまりにもかかりすぎるために近年開発された統計的な手法で、途中の時点でデータをみて、統計学的に治験を続けても無意味だと考えれば中止する。このときは、2018年12月26日までに18カ月に治験の期間を終えた1748人のデータをもとに行われた。その結果は、バイオジェンは「無益」だという結果をえて、開発の中止を発表するのである。
が、この12月26日から治験の中止が発表になる3月21日の間にも治験は行われていたのだ。その分のデータ2066人の分が中止発表後、バイオジェンに入ってきて、結果は逆転する。理由は10ミリグラムの高容量を投与されたグループは、この後の2066人に多く入っていたからだ。
このようして、それらのデータを加えたものでバイオジェンは昨年7月に承認申請は果たしたのである。
問題は、薬の投与が中止された治験に参加した人々のことだった。
■過去にも承認の事例があった
ここにおいて、バイオジェンは「オープンラベル」でアデュカヌマブの10ミリグラム投与を希望する治験者に続けることを公表したのだった。
これは、薬の安全性と効果を測定する「フェーズ3B」の治験として設計される。
結果的に、EMERGE、ENGAGEの治験に参加した3000人余りの人々のうち2400人が参加をし、第3の治験「EMBARK」は2020年8月から始まっている。
したがって2021年の1月には、24週の時点でのデータがとれるということになる。
このデータをバイオジェンはFDAに提出したのではないか?
ただしこの治験は弱点もある。「オープンラベル」は、すべて実薬ということだ。同時期に比較するプラセボがない。比較は、以前行ったEMERGE、ENGAGEのプラセボとの比較になる。
実はアルツハイマー病に関しては、治療する薬がないため、FDAは、過去にある薬を承認した実例がある。エーザイ「アリセプト」の前にFDAは、ワーナー・ランバートの「コグネックス」という薬を1993年に承認している。「コグネックス」は、「アリセプト」と同じ薬理のアセチルコリンエステラーゼ阻害剤だが、肝機能障害をおこすという副作用の弱点があり、いったんは承認が見送られる。だが、このときにとられた方法が、やはり「オープンラベル」の試験的新薬運用という制度だった。
![下山進『アルツハイマー征服』(新潮社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/d/200/img_7d4f4d615c6ff84fbc9e70a0f7a2dbae138994.jpg)
病気に対する治療薬がない場合に、多少の弱点があっても承認をする──、ということをFDAはやってきたのである。
「アリセプト」や「タクリン」は対症療法薬で、根本治療薬ではない。
しかし、今度は病気の進行自体に直接介入する根本治療薬だ。
患者や介護者の団体は、承認を強く求めている。
バイオジェンとエーザイの株価は再び急騰している。
運命の日は、今年6月7日までということになった。
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ノンフィクション作家
1986年、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年、文藝春秋に入社。編集者として、一貫してノンフィクション畑を歩き、河北新報社『河北新報のいちばん長い日』、ケン・オーレッタ『グーグル秘録』、船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』、ジリアン・テット『サイロ・エフェクト』などを手がけた。19年3月、同社退社。2018年4月より前期は慶應義塾大学SFC、後期は上智大学新聞学科で、「今後繁栄するメディアの条件」を探る講座「2050年のメディア」を開講している。 著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善ライブラリー)、『勝負の分かれ目』(角川文庫)、『2050年のメディア』(文藝春秋)。最新刊は『アルツハイマー征服』(KADOKAWA)。
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(ノンフィクション作家 下山 進)
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