「スマホ充電が1年不要に」打倒GAFAを狙うNTTの光電融合技術の期待値
プレジデントオンライン / 2021年2月3日 11時15分
■「NTTがだらしないからGAFAにやられたんだ」
12月にNTTドコモの社長に就任したばかりの井伊基之氏は、菅義偉官房長官(現・首相)にいわれたこの言葉が耳から離れない。
「NTTがだらしないからGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)にやられたんだ」
その井伊氏は11月末、NTTの澤田純社長に連れられて首相になった菅氏のもとへ就任のあいさつに向かった。
「NTTドコモの完全子会社化で日本の通信インフラ、国際競争力を強化していきます」。面談の大半の時間をNTTグループの世界戦略についての説明に割いた。
なぜなら「携帯電話の料金引き下げを求める一方で、米アマゾン・ドット・コムやアップルなどGAFAに負けるなと無理難題を押しつける菅首相の気心が知れない」と思うNTT幹部は多いからだ。
しかし、澤田氏も井伊氏もぐっとこらえ、「代わりにドコモのTOB(株式公開買い付け)を認めさせた」(NTT幹部)。
■NTTの研究開発費はグーグルやアマゾンの10分の1以下だが…
NTTは4兆2500億円を投じ、NTTドコモを完全子会社化した。国内企業へのTOBでは過去最大額だ。NTTの年間の研究開発費は直近通期で2248億円と、グーグルを傘下に持つ米アルファベットの2.7兆円、米アマゾン・ドット・コムの3.7兆円と比べれば10分の1にも満たない。買収を通じてグループ外に流出しているキャッシュを取り込むのが狙いだ。
ドコモの完全子会社化で、ドコモの少数株主への配当とNTTグループ外を対象にした自社株買いに回るキャッシュを取り込む。合計で年間2500億円の現金流入(キャッシュイン)を見込める。NTTのフリーキャッシュフロー(CF)は年間1兆円程度で、これにドコモ完全子会社化によるキャッシュインを加えれば約1兆2500億円になる。
またドコモ完全子会社化によりドコモの研究開発機能が使いやすくなるだけでなく、あわせてグループ内のNTTコミュニケーションズなどとの間で発生していた通信設備の二重投資も回避し、研究開発費の捻出も目指す。
■光通信ネットワーク構想「IOWN」の狙い
4兆円を超える大枚をはたいてドコモを傘下に入れたNTTが期待を寄せるのが、2019年5月に打ち出した光通信ネットワーク構想である「IOWN(アイオン)」だ。
![NTTドコモ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/e/670/img_ce91e6f804ef70a2af2c0f84d61efbb11264059.jpg)
核となる技術はNTTが開発した光電融合技術、光を使ったトランジスタ回路だ。
NTTは光を使った半導体の基礎技術開発に世界で初めて成功。2019年4月に英科学誌「ネイチャーフォトニクス」に掲載され、世界の注目を集めた。
IOWNの背景にあるのが「データトラフィック(通信量)」と「消費電力」の急速な増大だ。
現在の情報通信技術の基盤は、スマートフォンやパソコンからクラウドに至るまで電子回路を流れる「電子」が半導体を動かし、複雑な計算から画像処理までこなしている。しかし、AI(人工知能)の利用拡大で世界のデータ総量は、爆発的な増大に直面している。
米調査会社IDCによると、2020年に世界で生成、消費されるデータ総量は59ゼタ(10の21乗)バイトを超え、10年前の約60倍に膨れ上がる見込みだ。さらに今後3年間で生まれるデータ総量は、過去30年間の累積を上回る見通しという。
■データ爆発に伴う「熱」と「電力」のボトルネックを解消
これまでは半導体の微細加工で克服してきたが、半導体の集積率が18カ月で2倍になるという「ムーアの法則」は「今や限界に近づきつつある」(NTT幹部)。電子が流れる回線が近接しすぎると、熱を持ちショートしてしまうからだ。
一方で光は熱を持たない。
さらに大量のデータを電子を使って流すには多くの電力を使う。このデータ爆発に伴う「熱」と「電力」のボトルネックをどう解消していくかにITの巨人たちは頭を悩ませていた。
「ぜひ、一緒にやらせてくれ」。同じように「光」に注目していた米インテルのボブ・スワン最高経営責任者(CEO)はNTTの澤田社長に近づいた。
パソコンの黎明期に世界を制したインテルも、スマホの時代には米クアルコムに立場を逆転された。ポスト5G・6Gに向けて「ゲームチェンジ」を目指すのはNTTも同じだ。
NTTは光技術を使った回路について、現行の電子回路と比べて100分の1の消費電力に抑えることを目指している。スマホの処理機能に応用した場合、充電が1年間不要になる可能性を秘めている。AIの普及で量子コンピューターなどスーパーコンピューターの競争が激しさを増しているが、そこでもこの光回線技術は通用する。
■IOWN構想に世界のIT大手中心に30社超が参画
インテルに続き、澤田社長はその後も米マイクロソフトのサティア・ナデラCEO、米デル・テクノロジーズのマイケル・デルCEOをトップ外交で輪に引き込んだ。
今ではIOWN構想へはNECや富士通、ソニーなどの日本勢も参画する。人工知能(AI)の分野で注目を集める米エヌビディア(NVIDIA)の参画も決まり、今や同構想の推進団体に加盟した企業は、世界のIT大手を中心に30社を超えた。
さらに、NTTはNECとも2020年6月に資本提携した。「電電ファミリー」の復活だ。
両社が取り組むのは基地局の開発・展開に始まり、ポスト5G時代の光技術を活用した通信機器の開発、光海底ケーブルや人工衛星を利用した新たな通信など多岐にわたる分野だ。現在は100人体制でプロジェクトを進める。
経済・技術覇権を巡る米中対立も追い風となった。中国・華為技術(ファーウェイ)に対する安全保障上の問題が浮上。「通信安保」の観点から欧米諸国ではファーウェイ外しが相次いでいる。英国はファーウェイ排除を決めた。
■iモード「ガラパゴス化」の教訓
5Gの基地局といったインフラ分野ではファーウェイなど、大手通信機器メーカーの囲い込みを避けるべく、新興メーカーでも参入しやすいオープン化の流れが拡大してきた。
2019年の世界の基地局市場の売上高シェアでは、ファーウェイと北欧のエリクソン、ノキアの3強が80%近くを握る。NECや富士通といった日本勢のシェアはわずか1%程度だ。
![ノキア](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/a/670/img_ea1ab99d57bb4d685da38f389d2048e91227559.jpg)
ネットやスマホの基盤を活用したサービスでは「GAFA」が世界市場で圧倒的なシェアを誇り、時価総額はNTTの10~20倍と大きく水をあけられた。
NTTがリスクを取って開発を手掛け、NECが基地局や携帯やスマホ端末を作る。そうやってNTTをピラミッドの頂点として「iモード」を展開したが、当時、世界で大きなシェアを誇っていたフィンランドのノキアや米モトローラといった端末メーカーも、iモード対応端末をなかなか作らなかった。
そのためiモードは実質1億人規模の日本市場にとどまり、世界と異なる進化を独自に突き進み「ガラパゴス化」してしまった。
■NTT澤田社長「光でゲームチェンジを目指す」
その轍を踏むわけにはいかない。今、IOWN構想にはエリクソンも参加を決めたほか、ノキアからもミーティングの打診が相次いでいる。
かつてNECは当時世界大手の一角を担っていた独シーメンス(現ノキア)と組んだこともあった。1999年に共同出資会社の設立を発表し、一時は世界に足場を築いた。その後シーメンスは07年にノキアと共同出資会社(現ノキア)を設立。その後もNECとの提携は続いたが、営業や保守などビジネスの主導権はシーメンスとノキア側に移り、NECの事業は停滞してしまった。
だが、今回はNTT・NEC陣営にノキアが接近してきた。「データ爆発への懸念は日増しに高まっている。大量の電力を消費するデータセンターが建設できずに通信インフラが整備できない新興国は今後多く出てくる」(NTT幹部)。
NTTには国産技術を復権させたい政府やNTTの思惑もあり、NECと光伝送技術に強い富士通の技術や人材を集約させようという動きもある。
半世紀にわたって蓄積してきた「光」技術と、オープン化の流れにのって、「新・NTTグループ」はかつての輝きを取り戻せるか。「光でゲームチェンジを目指す」と豪語するNTTの澤田社長の次の一手に注目が集まる。
(プレジデントオンライン編集部)
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