1歳半の子と急激に衰える認知症の父…手を上げそうになった32歳女性を支えた「亡き母の手紙」
プレジデントオンライン / 2021年2月5日 9時0分
■還暦父の“愛人”と娘の攻防戦
(前編から続く)
関東地方に在住の32歳の藤原佐美さんは、会社員の夫(45)と1歳半の子供を持つ専業主婦だ。夫とは職場恋愛で結婚し、出産時に会社を辞めた。
藤原さんの目下最大の悩みは、家族と同居する62歳の父親。最近、7年以上前から交際していた女性に現金30万円を何度も渡すなどして貢いでいたことが発覚した。母親は30年前に病気で他界しており、父親が誰かと交際することは特に問題はないが、本人は若年性認知症と診断されていた。
藤原さんが相手交際の女性の身辺調査をしたところ、都心の家賃15万のマンションの一室に血統書付きの犬とともに住んでいることもわかった。それを聞いた父は「あの子はお金に困っていると言っていたが……」と顔を曇らせ、女性とはもう会わないと誓ったはずだった。
ところが、それから1カ月も経たないうちに、父親が週数回通う障がい者用の就労支援施設に女性がやって来て、コソコソ会っていることが判明する。藤原さんは父親に「密会していること全部知ってるよ」と告げると、「今日が最後だ。もう会わない」と父親は謝るわけでもなくただふてくされる。
■「認知症のじいさんを相手にする以外の方法でお金を稼いだら?」
藤原さんは以前、女性に対して父親と会わないように釘を刺したことがある。今回、改めて父親の携帯から以下のような“警告メール”を送信した。
「会わないんじゃなかったのですか? 認知症のじいさんを相手にする以外の方法でお金を稼いだらどうですか?」
だが、返信はなし。あろうことか女性はその後、メールアドレスを変えてまで父親と連絡を取ってきた。そのふてぶてしさに、もともと胃が弱く、父親の女性問題で胃痛に悩まされていた藤原さんは、ついにダウンしてしまう。
「あの時は、つくづく『親って何なのか』と思いました。育ててもらった恩は返したいけれど、どうしてこんなに苦しめるの?って」
1歳半の息子のケアは24時間態勢。夫は仕事で忙しい。そこへきて還暦を超えた父親のまさかまさかの痴話ばなし。体も心もボロボロになって思い悩んだ藤原さんは、いっそ父親を殺して自分も死のうかという考えさえ頭をよぎったそうだ。
「父と私だけならいっそ……と思いましたが、私には夫と息子がいます。遺される側の気持ちになると、死ぬことはできませんでした……」
そんなとき藤原さんと父親の険悪な雰囲気を見かねたケアマネジャーがこう声をかけてくれた。
「このままでは娘さんのほうが精神的に参ってしまいます。お父さんのことは、(藤原さんが)通帳を預かることで最悪の事態は防げるのだから、これ以上介入しないほうがいいですよ」
それからしばらくは平穏を取り戻したかに見えたが、再び、藤原さんは大きな衝撃を受けることになる。父親のメモが見つかり、藤原さんが結婚して家を出た後の7年ほどで、父親は2000万円以上、風俗やホテル代などに使っていたことがわかったのだ。
「父は苦労人でした。自営業だった祖父の仕事は浮き沈みが激しかったため、父は猛勉強して国立大に合格し、奨学金をもらって通いました。安い寮に入り、ギリギリの貧乏生活で、食事が食パン1枚だったこともあったそうです。社会に出てからは、両親や年の離れた従妹を金銭的に援助していました。だから今回の金銭・女性トラブルは、本当に驚きでした。父の金遣いが荒くなった7年前は、認知症症状が現れ始め、仕事がうまくいかず、会社で責められたり、いじめられたりしていたそうです。私は結婚して家を出ていて全然気づきませんでしたが、父はつらかったんだと思います」
■働かないで実家に居座る父の妹との確執
藤原さんの悩みのタネは尽きなかった。幼い息子にはまだまだ手がかかる。その上、いい年して女性に入れあげ貢ぐ父親……さらに今度はお金がらみのトラブルが持ち上がったのだ。
父方の祖父母の家は、祖父が15年前に71歳で、祖母は10年前に78歳で亡くなってから、父親の名義に変更し、固定資産税や維持費は父親が払ってきた。
それはいいのだが、問題は祖父母健在の頃から現在に至るまで、家にはほぼずっと無職の父の従妹(50歳)が暮らしていること。祖父母の家は築60年を超えており、シロアリ被害もある。藤原さんは解体しようかと考えたが、解体費用が500万円ほどかかることがわかり、従妹にこう連絡した。
「父が認知症になったので、引っ越すならこちらで解体を行います。もし、住み続けるなら、2020年からは維持費(税金・保険代・修繕費)はそちらで払ってください」
藤原さんは打ち明ける。
「父の従妹、父が退職後も、何か実家のことで不具合があると、私には『ちゃんと返すから』と言っておきながら、裏では父に修理代を請求し、一向に返金がありません。近頃は、お金のことで父の病気を利用したような怪しいやり取りが見つかっているのですが、父の従妹は、私の話には全く耳を貸さないため、困り果てていました」
弁護士を介し、家に関する契約書を作成して送ったが、2020年6月末の期限を過ぎても音沙汰なしのため、いよいよ弁護士が直接話をすることになる。
「2019年には、遺言を作成するための打ち合わせに父と同席しましたが、2020年に入ってからは父はもう、自分で決めた遺言の内容さえ覚えておらず、見かねた弁護士さんが従妹との間に入ってくれました。以前父は、『兄たる自分が従妹にガツンと言って解決する!』と言っていましたが、到底無理なことが弁護士さんにも伝わったようです」
しかし弁護士費用もバカにならない。裁判になれば3桁を超える可能性もあると聞き、藤原さんは早い解決を願うばかりだ。
■2020年9月、激しい咳が出始め、なかなか治らない
2020年8月、藤原さんは介護と子育て疲れとストレスのせいか、ひどいめまいのため心療内科への通院を開始。安定剤を処方された。
その後、胃腸の不調を感じ、内科を受診すると、逆流性食道炎と診断。逆流性食道炎は2019年の秋にも診断されており、治ったと思っていたが再発した。「念のため精密検査を受けてほしい」と医師から言われ、胃カメラをすることになった。
9月になると、激しい咳が出始め、なかなか治らない。病院を受診すると肺炎と診断され、PCR検査を受けることになったが、結果は陰性。息子と父親も咳をしていたが、2人は風邪だった。
そして10月。少し良くなるも、再び咳がひどくなる。特に朝方は、立て続けに激しい咳が出て体力を奪い、地獄のように苦しい。再び病院を受診し、念のためPCR検査を受けるも、やはり陰性。
診察の結果、百日咳とダニやハウスダストによるアレルギー症状の併発とのことだった。
藤原さんは、自宅療養を余儀なくされるが、その間、息子は風邪、ものもらい、百日咳と次々に病気にかかり、おまけにイヤイヤ期。夫は仕事が大変なときで頼れる状況ではなく、父親は「ママじゃないとダメみたい」とすぐに諦めてしまう。
■偶然見つかった2歳の時に病死した母親の手紙に支えられた
ゆっくり療養できる状況ではないながらも、なるべく休養をとるよう努めていたそんなとき、父親の小さな金庫から、藤原さんが2歳の時に亡くなった母親の手紙が見つかる。
手紙は、母親のがん闘病初期と末期のものがあり、いずれも父親宛て。初期は父親に苦労をかけることを詫び、祖母と仲良く育児をしてほしいこと。末期は諦めず最後まで治療を頑張ること。いつでも自分は父親のそばにいるということが書かれ、封筒に小さい頃の藤原さんの写真が入っていた。
「母となった自分が体調を崩して初めて、闘病中の母の苦しさ、家族を想う気持ちが分かったような気がします。亡くなってから約30年。コロナや私の病気、父の介護や女性問題、従妹の問題など、さまざまな問題が落ち着いたら、息子を連れて、北陸にある母のお墓へお参りに行きたいと思います」
■育児と介護「ダブルケア」は始まったばかり
現在、要介護1と認定されている父親は、近ごろ、「認知症にカレーが良い」と本で読んだと大騒ぎし、近所のスーパーをまわってレトルトカレーを大量に購入した。
また最近初めてトイレに間に合わずに失敗し、ショックを受けたようで、藤原さんが「私が洗濯しておくからいいよ」と言っても聞かず、失敗したトランクスを捨ててしまった。その後、トイレ掃除をし始めたかと思ったら、40分近く繰り返し水を流していた。
夫は、そんな父親に苛立っていることが多かった。藤原さんは自身のレスパイトケア(※)と夫のイライラ解消を兼ねて、時々父親をショートステイに預けている。
※介護者が一時的に介護から解放され、リフレッシュや休息をとる「介護者のため」のケア
1歳半の息子は1500gの未熟児で生まれたものの、幸い障害や病気などは見つかっておらず、健康に育っている。ただ、現在はコロナ禍のため保育園に通うことができない。ストレスがたまり気味の息子は、夜遅くなっても寝てくれず、暴れて藤原さんの顔を蹴ったり、引っ掻いたりすることもあった。
あるとき藤原さんは、突然「もう嫌だ!」とすべてを投げ出したくなったそうだ。
「自分でも驚くほど、唐突に負の感情がわいてきて、『困らせる息子も、父も、夫も、もう嫌だ! 1人になりたい!』と思いました。でも冷静になってからは、『息子に手を出さなくて良かった。父にも夫にも、傷つける言葉を吐かなくて良かった』と胸をなで下ろしつつも、すごく怖くなりました。虐待や暴力は、意外と身近にあるということを、肝に銘じなければと思います」
藤原さんは息子を出産する際、婦人科医に「妊娠高血圧症は、もしかしたら遺伝性かもしれない」と言われていた。それに加え、藤原さんには父親の介護がある。藤原さんは夫と相談し、2人目をもうけることは断念した。
「息子は、自分でできることがどんどん増えています。一方、父は、どんどんできくなっています。病院の帰り道、父は、息子を抱っこして歩く私よりも歩くのが遅くなっていたため、私は父の手を引いて帰りました。私が小さい頃は、父に手を引いてもらったものです。まだ61歳なのに、体力の急激な衰えに驚きと悲しみが隠せません」
■認知症の父は20代で最愛の妻を亡くした悲しみの中、娘を育てた
2021年に入り、藤原さんは父親に、「63歳になったら近所にある有料老人ホームか、グループホームに移ってもらおうと思う」という話をした。おそらく父親の認知症の進行具合では、それ以降の在宅介護は厳しいことが想像できたからだ。
かねて「この先、認知症が進行して、お前たちに暴力を振るってしまうかもしれないことが怖い」と話していた父親は、黙ってうなずいた。
「昨夜は父に、息子のお着替えを手伝ってもらいました。主治医から『育児は脳への刺激になるから手伝いなさい』との指示があり、危険なこと以外はお願いしています。息子の笑顔につられて父も笑顔になる様子を見ていると、子供の力はすごいと思います。幸い父は、息子の育児に関して、抱っこしたり、遊んであげたりと積極的です」
父親はまだ1人で入浴できているが、だんだん奇行が増えているため、「ちゃんと洗えているのか?」と藤原さんは心配している。
「(同じ認知症介護の)家族会に参加したとき、奥様の介護をされている男性が、『一緒にお風呂に入って介助している』と言っていたのですが、父と娘ではやりづらいです。最近1泊2日でショートステイを使い始めたので、父が慣れてきたら、施設のお風呂が使えるように促していこうと思っています」
藤原さんの父親は、認知症になったことから金銭・女性トラブルを起こしてしまったが、20代でがんになった妻の看病を懸命に行い、最愛の妻を亡くしたばかりの悲しみの中、男手ひとつで娘を育てあげた。藤原さんはそんな父親を尊敬しているし、感謝もしている。
「亡くなった母は、非の打ちどころのない妻だったようで、認知症になってから父は、母と私を比べるようになり、時々イラッとさせられます。『今父のために尽力しているのは私だ!』と、大声で叫びたくなるときもありますが、これからもできる限り、父を大切にしたいと思っています」
育児と介護……藤原さんのダブルケアは始まったばかりだ。
藤原さんは「息子を優先してあげられないときに罪悪感を覚える」と話すが、一般的に、ダブルケアの担い手は、自分を一番後回しにする人が少なくない。藤原さんの場合、胃腸が弱くアレルギーがあり、肺や気管支も心配だ。
父親が63歳になるまであと2年。なかなか難しいかもしれないが、育児はもう少し夫の協力を得、介護はショートステイやデイサービスを利用し、「自分を最優先」にして取り組むことが、長距離走に似たダブルケアを乗り越えるコツではないかと私は考えている。
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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