2014年夏から、ほとんど吠えなくなった日本の新聞
プレジデントオンライン / 2021年2月26日 9時15分
■「調査報道」によって、不正や悪政を追及する
メディアは常に「ウォッチドッグ」、権力を監視する番犬でなければならない。〈おかしなことがあれば、すぐに「ワンワン」と吠えて、国民に危険を知らせる〉。時間とお金とエネルギーを大量に投入する「調査報道」によって、不正や悪政を追及するのだ。
しかし、〈第二次安倍政権の誕生以降、番犬たちは総じておとなしくなってしまった。なかには、エサをねだって、権力者にすり寄る犬もいるほどだ〉。
著者は2009年から15年までニューヨーク・タイムズの東京支局長を務めている。政治権力におもねり、記者クラブから官製情報をもらうだけの「アクセス・ジャーナリズム」否定の舌鋒は鋭い。
〈政権に批判的な記事を書いた結果、官邸へのアクセスの制限や取材拒否に遭えば、そのときこそメディアにとっての大チャンスのはずだ。権力の不当な振る舞いを批判できる機会を与えてもらったようなもの〉。政権のメディア戦略の実態を、徹底した調査報道で明らかにすればいい。
タイムズは15年7月に100万人台だった有料電子版の読者数を、20年6月には439万人に伸ばしている。紙からデジタルへの思い切った転換と、16年11月に誕生したトランプ政権に向かって吠え続けたことが、うなぎ登りの部数増の要因だろう。
■2014年夏から、ほとんど吠えなくなった日本の新聞
日本の新聞は、14年の夏からほとんど吠えなくなった。
8月、朝日新聞は従軍慰安婦問題をめぐる「吉田(清治)証言」が虚偽だったと認め、関連記事を取り消す。
9月には、福島第一原発の所長だった「吉田(昌郎)調書」についても、記事の一部に誤りがあったとして取り消してしまう。猛烈なバッシングを受けた朝日は保身と組織防衛に走り、担当局長や部長だけでなく、前線の記者たちにも不本意な異動を強いた。『プロメテウスの罠』など優れた調査報道を残した「特別報道部」はバラバラにされ、骨抜きにされたのだ。
見出しと記事の一部に慎重さを欠いたのは事実だが、「吉田調書」の入手は紛れもないスクープだ。政府の事故調査委員会は、所長を含む772人の関係者の証言を闇に葬り去ろうとしたのだから。
ところが、と筆者は書く。
〈産経新聞や読売新聞は「吉田調書」を隠蔽した政府をまったく批判しなかった。批判の矛先は朝日新聞へまっすぐ向かっている〉。たしかに「ダブル吉田」問題で両紙は、安倍官邸とスクラムを組むかのように朝日を攻撃した。
〈私は心底驚いた。政権から攻撃されたとき、ジャーナリストはお互いに協力して守り合わなければならない〉。そうでなければ、〈大きな力をもつ政権からの攻撃に抗することはできない〉からだ。
尻尾を振ってエサをねだる記者クラブの住人には、“犬の耳に念仏”だろう。
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文藝春秋前社長
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、74年文藝春秋入社。『諸君!』『週刊文春』、月刊誌『文藝春秋』編集長、第一編集局長などを経て2013年専務、14年社長。18年退任。
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(文藝春秋前社長 松井 清人)
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