日本の「脱炭素」に立ちはだかる、中国の「レアメタル禁輸」という嫌がらせ
プレジデントオンライン / 2021年2月7日 11時15分
南鳥島沖の海底約5300メートルから採取されたレアメタルを多く含む岩石「コバルトリッチクラスト」。中心の基盤岩の周りを厚さ数センチのクラストが覆っている=2016年2月9日、東京・文部科学省 - 写真=時事通信フォト
■コバルトなしで大容量と安全性を両立するのは難しい
今年1月に米ラスベガスで開催された世界最大のデジタル技術見本市「CES」。パナソニックの電池技術・製造部門のトップ、渡辺庄一郎氏が登壇した。テーマは「EV(電気自動車)電池の未来」。そこで渡辺氏は「パナソニックはレアメタル(希少な非鉄金属)の一つであるコバルトフリーの大容量電池を2~3年後に世に出す」と発言、関係者の注目を集めた。
渡辺氏が自ら話すように「実現すれば電池ビジネスのリーディングカンパニーになれる」だろう。コバルトなしで大容量と安全性を両立するのは難しいためだ。
テスラはパナソニックなど外部から供給を受けてきた円筒形セルについて、2022年にEV140万台分に相当する年間100ギガ(ギガは10億)ワット時を自社生産する計画をこのほど表明した。現在のパナソニックからの購入量の約3倍にものぼる。
同社は2019年に独自の電極技術を持つ米マクスウェル・テクノロジーズを2億1800万ドル(約240億円)で買収するなど、電池の中核技術のノウハウを蓄積している。セルの自社生産も電極素材や製造工程を抜本的に見直し、容量当たりの生産コストを現在に比べ56%引き下げる計画だ。
■中国は電極部品として不可欠なレアアースを禁輸に
パナソニックはリチウムイオン電池の中核部材である正極材に独自の技術を持つ。その特性は電池の大容量化だ。競合する中国・寧徳時代新能源科技(CATL)や韓国・LG化学との比較でも、「大容量かつ安全性も高い電池の生産ではパナソニックが一歩先を進んでいる」(大手証券アナリスト)とされる。
EVの原価に占める電池の割合は3割程度を占める。ガソリン車に比べても割高なEVの価格を下げるには高価なリチウムやコバルトをいかに減らすかがカギとなる。コバルトフリーの大容量電池が実現すれば、インパクトは大きい。
原価低減以外にも、レアメタルの利用をいかに減らすかが、各国とも大きな課題となっている。コバルトなどレアメタルを独占する中国の問題があるためだ。
電池の生産増に伴い、電極部品として不可欠なレアメタルについて、中国が輸出管理を強化している。中国は今年1月15日、レアアース(レアメタルのうちの希土類)の統制を強化した。昨年12月施行の輸出管理法では、戦略物資やハイテク技術の輸出を許可制にできるようにした。レアアースの禁輸もその中に加えられたのだ。
■鄧小平時代からレアメタル権益を買いあさってきた
レアメタルの一つ、コバルトは生産地がアフリカのコンゴ民主共和国に偏り、その供給網の3分の2を中国がおさえているという。実際、EVの普及を見越して中国がコバルトの買い占めに動き始めている。
英調査会社CRUによると、「中国は昨秋に2000トンを購入したほか、最近、追加で3000トンの備蓄を決めた」とされる。5000万トンは年間生産量の4%程度を占める規模だ。
コバルトの相場も急上昇している。年明けから急速に値上がりし、2020年末比で2割近く高い水準で推移している。
コンゴは政情不安や鉱山での児童労働の問題を抱えている。ユーザー企業の一部にはコバルトに代えて、ニッケルを増やす動きもあるが、電池の発火の恐れを抑え、性能を安定させるにはコバルトが不可欠とする電池メーカーは多い。
コバルトだけでない。故・鄧小平氏はレアメタルを戦略資源と定め、権益を買いあさった。その結果、今では、中国はEVに使うレアアースの80%、リチウムは59%の供給を握る。太陽光パネルではガリウムの94%、風力発電タービンのグラファイトの70%、バナジウムも56%を占めるとされる。
■EUは昨年9月に「原材料連合」を組織
中国の買い占め問題に対抗するため欧州連合(EU)は昨年9月に、重要な鉱物資源について「原材料連合」を組織し、独自の供給網をつくることを表明した。安定的な偏西風が吹く欧州は洋上風力を再生エネルギーの主力に据えている。風力に加え、EVの普及に必要なリチウムの欧州域内需要は2050年時点で60倍、コバルトは15倍に増えると予想している。
米国も昨年9月にレアアースの自主調達を促す大統領令を発令し、カリフォルニア州マウンテンパス鉱山での採掘や精製への支援も決めた。さらに豪州とも連携。豪州産のレアメタル鉱石を米テキサス州の工場で処理し、磁石の性能を高めるジスプロシウムなどを取り出す計画を打ち出した。豪ライナスが米社と組み、中国依存を減らそうと躍起だ。
企業レベルでもテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)はリチウムを含む粘土鉱床約40平方キロメートル分の権益を米ネバダ州で確保。リチウムの採掘から抽出、輸送までを一貫して手掛けることで資源の安定確保につなげる。
■「コバルトを中国に一手に握られていることは各国に致命的」
では、日本にその備えがあるか。EV以外にも再生エネルギーの分野でも脱・炭素社会に向けて取り組む必要がある。
トヨタ自動車グループでは豊田通商がオーストラリアのリチウム資源開発会社と組み、アルゼンチンでリチウムを生産するなど、独自の調達先を確保しているが、「電池の性能を大きく左右するコバルトを中国に一手に握られていることは各国にとって致命的だ」(トヨタ自動車幹部)とされる。
EVだけではない。再生エネルギーの分野でも影響は甚大だ。
2018年に閣議決定されエネルギー基本計画で2030年度の電源構成の中で再エネ比率を22~24%と、2016年度比7~9ポイント引き上げた。鉱物資源の自給率を50%から80%に増やす。今年策定する新たなエネルギー基本計画では再エネの比率はさらに上がる見通しだ。
「鉱物資源の確保以前に風力発電に不可欠な電動機や太陽光発電に必要な太陽光パネルに関して日本市場は中国勢や欧州勢の草刈り場になる」(国内大手電機メーカー幹部)と身構える。
■欧州では電源に占める風力の割合が15%
欧州では電源に占める陸上風力も含めた風力の割合が15%だが、日本では1%未満だ。国土は狭いものの、海に囲まれた日本は洋上風力で伸びしろはある。政府も2019年4月に沖合での洋上風力運営を長期間可能とする法律を設け、欧州メーカーが殺到する。
風力発電機で世界シェア2位のスペイン企業、シーメンスガメサ・リニューアブル・エナジーが参入を虎視眈々と狙う。同社は2021年に台湾で年間100基程度の風車を製造できる部品の組み立て工場を稼働させ、日本を含めたアジア太平洋地区の開拓を急ぐ。
同じくスペイン電力大手のイベルドローラは昨年9月に日本で風力発電事業を手がけるアカシア・リニューアブルズを買収した。デンマークの洋上風力世界最大手、オーステッドは2019年に日本拠点を設け、事業を本格展開している。
■太陽光パネル最大手の中国企業は日本向けラインを新設
一方、日本勢は2019年に日立製作所が中核部材である風車生産を停止することを発表。日本製鋼所はすでに風車生産から撤退している。
ウインドヨーロッパ(欧州風力エネルギー協会)によると、2019年末までに欧州で導入された洋上風力は日本の約400倍の約2210万キロワット。発電機器の大量生産が進んだ欧州勢に比べ日本勢はコスト競争力で劣っている。唯一の国内有力メーカーとなった三菱重工業は風車製造をデンマークのヴェスタスに頼る状態だ。
太陽光パネルでも世界最大手の中国ジンコソーラーは日本向けの生産ラインを中国国内の工場に新設し、2021年に稼働させる。太陽光発電協会(東京・港区)によると日本国内の太陽光パネル出荷量で、2019年度に初めて海外企業が日本企業を上回った。
EVや再生エネなど「脱・炭素」社会の進展に必要なサプライチェーンを日本は今から構築することができるのだろうか。年末の寒波到来で電力が逼迫する心もとない状況を生んだことから考えると、実現へのハードルは高い。
(プレジデントオンライン編集部)
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