名医が警告「ぎっくり腰だと思ったら命の危機」ただの腰痛と重篤な病の見分け方
プレジデントオンライン / 2021年2月13日 11時15分
※本稿は、池谷敏郎『腰痛難民』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■いつまでも痛みが引かない「ぎっくり腰」
70代の男性Aさんは、もともと高血圧の持病があり、薬を飲んで治療を続けていました。Aさんが、当時私が勤めていた地域の総合病院の救急外来にいらしたきっかけは、急な腰痛でした。
その1週間前に、急に腰が痛くなったのです。その時には「あ、ぎっくり腰になっちゃったな」と自己判断し、家族に湿布を買ってきてもらって、自宅で安静にしながら様子を見ていました。
ぎっくり腰は、正式には「急性腰痛症」といいます。経験された方はわかると思いますが、最初こそピーンと強い痛みが走り、体を動かすこともままならないような状態になりますが、数日経てば痛みは和らいでいきます。
ところが、Aさんの場合、数日経っても痛みは軽くならず、むしろ増していったのです。
■実は「腹部大動脈瘤破裂」で緊急手術に…
やがては腰だけではなくお腹も痛くなり、さらには倦怠(けんたい)感もひどくなってきました。Aさんもさすがに「なんだかおかしい」と考え、救急外来を受診されたのです。
救急外来で腹部エコー検査や腹部CT検査などを行なったところ、「腹部大動脈瘤(りゅう)破裂」と診断され、緊急手術となりました。Aさんの急な腰痛は、ぎっくり腰ではなく、破裂しかけた大動脈瘤の痛みだったのです。
大動脈瘤は、心臓から送り出された血液を運ぶ大事な血管である大動脈がこぶのように病的に膨(ふく)らんだ状態のこと。高血圧や動脈硬化などによって大動脈の壁がもろくなっていると、内圧に耐えられなくなって膨らんでしまうのです。
胸部の大動脈にこぶができたものを「胸部大動脈瘤」、腹部の大動脈にこぶができたものを「腹部大動脈瘤」と呼びます。Aさんの場合は、後者の腹部大動脈瘤でした。
大動脈瘤が進行すると、こぶが大きくなり、やがては破裂してしまいます。破裂すると大出血を起こして、命にかかわります。
残念ながら、大動脈瘤破裂を引き起こすと、その致死率は8~9割と非常に高く、病院に着く前に亡くなってしまう方、病院にはたどり着けたものの手術を行なう前に命が尽きてしまう方も多いのです。
■「腰の痛み」「背中の痛み」は要注意
大動脈瘤は破裂すると致命的なので、本来は破裂する前に見つけたいのですが、大動脈に大きなこぶができていても自覚症状はほとんど出ません。腹部大動脈瘤の場合、たまたま拍動するこぶに触れて気づくことはありますが、ほとんどの患者さんは進行するまで無症状です。
腹部大動脈瘤が破裂すると、突然の激しい腹痛や激しい腰背部痛(背中から腰にかけての痛み)とともに血圧が低下し、ショック状態に陥ります。その間に、外科的治療を行なえれば命が助かる可能性もありますが、早期に治療をできなければ残念ながら死に至るというのが一般的なのです。
「大動脈瘤破裂」と聞くと、さぞかし痛いのだろうと思いますよね。一般的には「耐えがたい激痛」と言われます。一気にショック状態に陥ることもあります。それなのに、Aさんのように「ぎっくり腰」だと勘違いして1週間も自宅で我慢できるものなのか、と不思議に思った方もいるかもしれません。
でも、ぎっくり腰もかなり痛いですよね。なった当初は、痛みで身動きがとれないほど。血圧が低下してショック状態にまで陥れば、さすがにぎっくり腰だと勘違いする人はいないでしょうけれど、そうではなく、ただ「腰の痛み」や「背中の痛み」としてあらわれた場合には、意外にも勘違いしてしまうこともあるのです。
■じわじわと出血を起こすケースも
また、大動脈瘤が破裂する前の破裂しそうで破裂しない状態の時には、大きくなったこぶがまわりを圧迫するので、近くの神経が引き伸ばされたりして痛みを引き起こします。このことを「切迫(せっぱく)破裂」といいます。つまり、破裂しかかっている状態ですね。
さらに、いきなり大動脈瘤がパチンと完全に破裂して大量出血を起こすのではなく、じわじわと出血を起こすケースもあります。こぶにひび割れが入って、少量の血液が染み出しているような状態です。
この場合、被膜ができて血管の壁が破れにくくなることもあります。そうすると、血液が染み出しているだけで、そこまで激しい痛みは出ません。
大動脈瘤破裂でも、破裂しかかっている場合、または、じわじわと出血している場合には、よりわかりにくいと思います。
■大動脈瘤の患者さんの9割が腰痛
Aさんの場合は、救急外来に来る1週間前、急に腰痛が出た時に、腹部大動脈瘤が破れかかっていたのでしょう。それで、急に痛みが出たのです。
腹部大動脈は、背骨の前を走っています。そのため、大動脈瘤が後ろにある背骨に向かって膨らむ場合には腰痛を生じやすくなります。
大動脈瘤の患者さんで、はじめての自覚症状が腰痛である方は全体の3割程度ですが、最終的に腰痛を感じるケースは全体の9割にも及ぶとの研究結果も出ています。ですから、腰痛の原因を考える際には、大動脈瘤を疑うことが大切です。
■急な痛み…「腰以外に原因はないか?」
また、大動脈瘤破裂と同じように命にかかわる血管事故に、「大動脈解離(かいり)」があります。大動脈の壁は、内側から内膜、中膜、外膜という3層構造になっています。このうち、いちばん内側の内膜の一部から亀裂が入り、メリメリッと血管の壁が内膜側と外膜側に2つに裂けてしまうのが、大動脈解離です。
裂けた部分に血液が入り込むと、裂け目が広がっていくため、大動脈解離を起こすと、痛む部分が移動することがあります。
急に腰痛が生じた時に、腰をひねったとか、くしゃみをしたとか、重いものを中腰で持ち上げたとか、ぎっくり腰になりそうな動作をしたのなら、まずぎっくり腰を疑っていいと思いますが、そんな覚えもなく急に腰が痛くなった時には、「腰以外に原因がないか」を考える必要があります。
![トイレットペーパーを手に持った男](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/1/670/img_317a3459ad7928709070896cf919a423463663.jpg)
とくに次のような急に血圧を上げやすい行動をとった時には要注意です。
・トイレでいきんだ
・冬の寒い日に暖かい部屋から寒い場所に移動した
・冬の寒い脱衣所で衣服を脱いで、熱いお風呂に入った
・朝、慌てて飛び起きた
大して姿勢も変えていないのに、こうした行動をとったあとで腰が痛くなった時には、大動脈瘤破裂や大動脈解離、心筋梗塞(しんきんこうそく)といった重大な「血管事故」が起きている可能性があります。
■高血圧の人は要注意
なかでも気をつけてほしいのが、高血圧の人。大動脈瘤破裂にしても大動脈解離にしても、高血圧の人に多い傾向があります。Aさんも、もともと高血圧で内服薬による治療を行なっていましたが、起床時の血圧は160/80mmHgと、いつも高めでした。
そのほか、糖尿病や脂質異常症、喫煙も、大動脈瘤、大動脈解離のリスク因子です。
私がお世話になっていた先輩医師も、まだ60代半ばでしたが、数年前に腹部大動脈瘤破裂で亡くなりました。高血圧の持病があり、喫煙者でした。
大動脈瘤破裂は急に起こるので、医師であってもなかなか気づけません。先輩医師はおそらく破裂した時に本人が気づき、すぐに病院に搬送されましたが助かりませんでした。
■定期健診、腹部エコー検査が大事
ですから、やはり破裂する前に見つけることが大切。大動脈瘤は、定期健診や人間ドック、他の病気の診察などでレントゲン検査や腹部エコー(腹部超音波)検査を受けた時にたまたま見つかることが多いものです。
![池谷敏郎『腰痛難民』(PHP新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/3/200/img_130dfd98eecc3f0258c738cda632364d615199.jpg)
実際、私の患者さんでも「腰が痛い」との訴えから腹部エコー検査を行ない、腹部大動脈瘤が見つかった方もいます。その方は、こぶがすでに大きくなっていましたが、心臓血管外科で外科的治療を受け、助かりました。
また、血管事故のリスクを下げておくことも大事です。
「高血圧」「糖尿病」「脂質異常症」「喫煙」の4つは、血管を老けさせる「4大悪」です。これらのいずれかをもっている人は、治療を受けるなり生活習慣を見直すなりして、ひとつでもリスク要因を減らすこと。
そして、大動脈瘤破裂や大動脈解離といった怖い血管事故が起こりやすいことを自覚して、定期健診を怠(おこた)らないことも大切です。
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池谷医院院長、医学博士
1962年、東京都生まれ。東京医科大学医学部卒業後、同大学病院第二内科に入局。97年、医療法人社団池谷医院理事長兼院長に就任。専門は内科、循環器科。現在も臨床現場に立つ。生活習慣病、血管・心臓などの循環器系のエキスパートとして、数々のテレビ出演、雑誌・新聞への寄稿、講演など多方面で活躍中。東京医科大学循環器内科客員講師、日本内科学会認定総合内科専門医、日本循環器学会認定循環器専門医。著書に『50歳を過ぎても体脂肪率10%の名医が教える 内臓脂肪を落とす最強メソッド』(東洋経済新報社)、『「末梢血管」を鍛えると、血圧がみるみる下がる!』(三笠書房)、『血管を強くして突然死を防ぐ!』(PHP文庫)などがある。
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(池谷医院院長、医学博士 池谷 敏郎)
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