「GMが60年ぶりにロゴ刷新」死に物狂いでEV化を急ぐ自動車各社の焦燥感
プレジデントオンライン / 2021年2月7日 11時15分
■GMトップは「すべてのクルマを電動化で牽引する」と宣言
世界の自動車大手がなりふり構わず「脱炭素」に取り組み出した。「脱炭素」の切り札とされる電気自動車(EV)は米テスラが先導し、米アップルの本格参入も現実味を帯びてきた。過去の経験則が通用しないディスラプション(創造的破壊)は、100年超の歴史を抱え、確固たる産業構造を築いてきた「オールドスクール」の既存自動車大手を脅かし、事業存続を賭けた命がけの選択を迫る。
かつて世界最大手として他の追随を許さなかった米ゼネラル・モーターズ(GM)が「脱炭素」への大胆な“行動変容”を見せている。例年1月半ばに米ネバダ州ラスベガスで大々的に開かれる世界最大のデジタル技術見本市「CES」は今年、コロナ禍の中で初のオンライン開催を余儀なくされた。
そんな異例の開催の中、GMは一躍注目の的となった。メアリー・バーラ最高経営責任者(CEO)が1月12日の基調講演で「すべてのクルマを電動化で牽引する」と大見えを切り、複数ブランドでEVのコンセプトカーを披露したからだ。
■新ロゴに電気プラグをイメージしたGMの本気度
GMはEVと自動運転に270億ドル(約2兆8000億円)を投じ、2025年末までに高級車から商用車、さらに米大手が文字通り“ドル箱”とする「ガソリンがぶ飲み」のピックアップトラックに至る30車種のEVを発売する方針を公表しており、その本気度をCESで示した。
実際、商用EVは完全子会社「ブライト・ドロップ」を通じ、2021年後半に商用バン「EV600」を投入し、米物流大手フェデックスに供給する。本気度という点ではCESの直前1月8日には57年ぶりに「GM」のブランドロゴをEVに不可欠な電気プラグをイメージしたデザインに刷新した。
これを受けて、1月12日の米国株式市場でGM株は終値で47.82ドルを付け、経営破綻後の再建から2010年11月に新規株式公開(IPO)で再上場(当時の株価は33ドル)して以来の最高値を更新した。
「100年に一度の変革期」を乗り越えなければならない既存の自動車産業にとって電動化と並ぶキーワードとなる自動運転技術も、GMは1月19日、自動運転車を担う子会社「クルーズ」への米IT大手マイクロソフトの出資を得て、資本・業務提携し、来たるディスラプションへの備えを矢継ぎ早に打ち出した。
■「カーボンニュートラル」を盛り込んだ経営目標を発表
工場作業員で入社し、生粋のGMチルドレンとして2014年にGM初の女性CEOに就任して以来、バーラCEOは北米での生産体制の見直しのほか、欧州、インドからの事業撤退などリストラに大なたを振るってきた。
これまでの経営改革に比して今回のEVシフトは、完全な攻めの姿勢への転換であり、株式市場もこれを好感した証左がこの株価最高値更新だ。
タイミング的には気候変動への取り組みを看板政策に掲げるバイデン米政権の発足が、「変わるGM」には追い風となる。実際、バイデン大統領は1月27日、「将来のクリーンエネルギーで米国は世界をリードする」と演説し、温暖化ガスの排出削減を目指す大統領令に署名した。
バイデン新政権の政策は、トランプ前政権からは180度の政策転換で、GMは翌1月28日には2035年までに乗用車を全面的に電動化し、2040年までに全世界の事業と製品で温暖化ガスの排出量を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」を盛り込んだ経営目標を発表した。
これに呼応するようにバーラCEOは、「環境に優しい世界を実現するため、世界の政府と企業の取り組みに参加する」と表明した。
■世界第4位の新会社ステランティスも「脱炭素」へ
既存の自動車産業を巡る大きな動きとしては、2021年1月に欧米大手のフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)とフランス大手のグループPSA(旧プジョー・シトロエングループ)が合併し、世界第4位の新会社「ステランティス」が発足した。
脱炭素シフトはステランティスも同じで、カルロス・タバレスCEOは正式発足した1月19日のオンラインでの記者会見で、アップルやITなどハイテク企業とEVで協力する用意があると表明した。
合併は脱炭素や自動運転技術で巨額投資が避けられない状況下で相乗効果を引き出す狙いだっただけに、異業種との連携も視野に入れる。
欧州ではすでに二酸化炭素(CO2)の排出規制が強化され、基準をクリアしなければその自動車メーカーに罰金が科せられる。さらに英国は2030年、フランスが2040年にそれぞれガソリンエンジン車の販売を禁止し、「脱炭素」に大きく舵を切る。それだけに欧州市場を主戦場とするステランティスは「脱炭素」に前のめりにならざるを得ない。
■VW、ダイムラー、BMWなどもEVシフトが鮮明
ステランティスのタバレスCEOは会見で、2020年中にハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、EVで29モデル揃えた電動車を「2021年に10モデルを追加して39モデルに増やす」と強調した。
さらに、韓国の現代自動車への生産委託の報道で現実味を増したアップルのEV参入が噂される「アップルカー」の存在や、ハイテク企業の自動車事業へのアプローチにも「自動車産業への参入を歓迎したい」とし、異業種ハイテク企業との協業によるイノベーションに意欲を見せた。
欧州勢は最大手のドイツのフォルクスワーゲン(VW)はすでにグループで2030年までに約70のEVモデルを投入する計画で、ダイムラー、BMWなどもEVシフトを鮮明にする。
■ただし日本は「EVをつくるほどCO2が増える」
こうした世界の「オールドスクール」の動きに対し、世界に先駆けたHVを主体に電動化を推進してきた日本勢には課題が多い。
政府は菅義偉首相が2020年10月26日に開幕した臨時国会での就任後初の所信表明演説で、国内の温暖化ガスの排出を2050年までに実質ゼロとする方針を表明した。それでも国際社会での出遅れ感も否めなかった。2021年1月18日に開会した今通常国会での所信表明演説ではさらに、すべての自動車販売を「2035年までにEVなど電動車に転換する」と踏み込んだ。
しかし、日本の自動車業界には、欧米に比べて再生可能エネルギーの普及が遅れている事情がある。化石燃料による電力依存が極めて高いためで、トヨタ自動車の豊田章男社長が「EVをつくるほどCO2は増える」と口にするほどだ。
そのためカーボンニュートラル実現のために自動車業界に多くを背負わせる政府方針を懸念する見方もある。
■日本限定の軽自動車や商用車はコスト面でEV化が難しい
日産自動車は1月27日、日本、中国、米国、欧州で販売する新型車を2030年代早期にすべて電動車両にすると発表した。マツダは翌28日に初の量産型EV「MX-30」を国内向けに発売した。
日本勢はトヨタ自動車が脱炭素に燃料電池車(FCV)を含む「全方位型」で対応し、2025年頃までに新車販売の約半数を電動車とするなど、世界の潮流に負けてはいない。
ただ、日本の固有規格である軽自動車のほか商用車はコスト面でEV化は難しく、「脱炭素」に向けた課題は多い。そんな中で事業存続をかけた開発を迫られる。
一方で、EV専業のテスラは2020年12月通期決算で最終損益が2010年の株式上場以来初の黒字を計上し、世界販売台数は49万9647台と前年から36%伸ばした。8190億ドル(1月27日終値換算)の時価総額は世界販売トップのトヨタの約3.5倍で、世界に居並ぶ自動車大手を抑え、EVはおろか世界の自動車産業で圧倒的な存在感を示す。
■強気のテスラは2022年までに倍増の年間100万台へ
テスラのイーロン・マスクCEOは2022年までに倍増の年間100万台の販売見通しを示し、強気の姿勢は崩さない。まさに自動車産業のオールドスクールを切り崩す新興勢の先頭に立つ勢いだ。
しかし、テスラも現地生産する中国で新興の地場EVメーカーの攻勢を受け、世界最大の自動車王国となった中国で先行者利益を必ずしも享受できるとは限らない。新興EVメーカーの蔚来汽車(NIO)、小鵬汽車、理想汽車は米市場で米国預託証券(ADR)が取引されるなど資金調達力があり、政府機関の支援もあってすでに複数モデルを投入し、勢いを増している。
テスラが2021年1月に発売した中国の上海工場で生産するスポーツ用多目的車(SUV)「モデルY」とセダン「モデル3」の価格を、発売前に公表していた暫定価格を大幅に引き下げたのも、価格の低い地場EVメーカーの追い上げを意識したからにほかならない。
さらに「アップルカー」での参入がまことしやかにささやかれるアップルや自動運転を含め、参入をうかがうハイテク企業の存在も無視できない。
中国でもインターネット検索最大手の百度(バイドゥ)が1月11日、自動運転技術を搭載したEVの製造販売に向けて、中国の民営自動車最大手の浙江吉利控股集団と提携すると発表した。投入時期は明らかにしていないものの、百度は吉利も出資するEV新会社を設立し、EV市場に参入する計画で、テスラの地位は決して安泰とはいえない。
電動化に大きく切り替わる、新旧入り乱れての自動車産業の新時代は始まったばかり。迫りくるディスラプションにオールドスクールは全方位的に死に物狂いの対応を迫られる。
(経済ジャーナリスト 水月 仁史)
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