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「空売り屋をぶっ潰す」個人投資家の反乱は長続きしそうにない

プレジデントオンライン / 2021年2月5日 17時15分

米ウォール街にあるニューヨーク証券取引所=2020年11月16日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■個人投資家とヘッジファンドの対決

1月下旬、米国の株式市場で個人投資家は、ヘッジファンド(機関投資家のひとつ)が空売りしたゲームストップ(ゲームソフト小売り)やAMCエンターテインメント・ホールディングス(映画館チェーン運営)などの株を買い上げた。個人投資家の買いの勢いは強く、ヘッジファンドは損失を覚悟して空売りした株を買い戻さざるを得なくなった。その状況は、個人投資家とヘッジファンドが“対決”した印象だ。

そもそも、今回の抗争は一種の“マネーゲーム”といえる。米国を筆頭に各国の金融市場では、カネ余りと先行きへの楽観に支えられて、短期的な利得を目指して投機的な取引を行う個人投資家が増えている。SNSで周囲の投資行動を確認し、他者が買う銘柄を買う個人投資家は多い。1月下旬、買いが買いを呼び、ゲームストップ株は高騰した。銀やビットコインの価格上昇にも、ゲーム感覚で取引を行う投資家の存在が影響している。

冷静に考えると、そうした行動は持続困難だ。マネーゲームが広がると、買いとは逆に、誰かの売りが他の売りを誘発しやすくなる。状況によっては、金融市場の不安定性が高まり、実体経済に無視できない負の影響が及ぶ恐れがある。その点で金融市場の安定と公平性の向上に向けたルール策定の重要性は高まっている。

■強気な投資家によるマネーゲーム

1月下旬の米国の株式市場では、特定企業の株価が企業や経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)から大きく乖離(かいり)して動く場面が見られた。ゲームストップ株はその代表だ。1月21日の引け値から月末までの間に同社の株価は7.5倍も上昇した。そのほか、ヘッジファンドなどが業績懸念を理由に空売りしてきた複数の企業の株価が、1日で数十パーセント、あるいはそれ以上に上昇する場面があった。その一方で、米国の株式市場全体で上値は抑えられ、市場全体の変動性は高まった。

その原因は、マネーゲームだ。マネーゲームとは、自らの行動が市場全体の流れを決するといわんばかりに投資家が強気になり、短期目線で売買を行って利得確保を目指す行動が増える状況をいう。足許、米国を筆頭に株式市場の一部ではマネーゲームの兆しが出ている。

■“カネ余り”と“先行きへの楽観”で買いが集中

それを支えるのが、“カネ余り”と“先行きへの楽観”だ。カネ余りは、FRB(連邦準備理事会)など世界の主要中央銀行による利下げや量的金融緩和策によって生み出された。米国政府の現金給付もカネ余りを支えている。また、先行きへの楽観は世界経済のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を支えるITプラットフォーマーの成長期待やワクチンへの期待がもたらした。

その結果、ゲーム感覚で株を買う個人投資家が増えた。米国の個人投資家の多くは、SNSの掲示板「レディット」に開設された“wallstreetbets(WSB)”のコミュニティーで他の投資家の行動に関する情報を収集する。その上で、彼らは手数料無料のネットブローカーである“ロビンフッド”のアプリを用いて株式を売買する。

その際、企業の業績などよりも周囲の投資行動を基準にする個人は多い。その結果、2020年3月中旬以降のGAFAMやテスラ、11月以降の航空関連などの株、本年1月下旬のゲームストップ株など、特定の株式に買いが集中し“買うから上がる、上がるから買う”という動きが鮮明化した。株式市場における個人投資家の影響力は高まっている。

ディスプレーに移る財務チャート
写真=iStock.com/sankai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sankai

■過去の「仕手戦」とは違う2つの点

レディットへの投稿などを通して一部の個人投資家は結託した。その結果、米国の個人投資家は一気呵成(かせい)にヘッジファンドが空売りした銘柄を買い上げた。それが追随の買いを呼んだ結果、ヘッジファンドは空売りした銘柄を買い戻さざるを得なくなった。それが1月下旬のゲームストップ株などの高騰をもたらした。

一部メディアはその状況を“個人投資家とヘッジファンドの対決”と報じた。確かにそう見える側面はある。ただし、ヘッジファンドが特定の銘柄を空売りする一方で、他の投資家が異なる見解に基づいてその銘柄を買い、結果として投資家同士の対決(仕手戦)が起きたことは過去にもある。

今回のケースが従来と違う点は2つある。まず、SNSを通した個人投資家の結託は新しい動きといえる。そのため、SNS上で“ヘッジファンドを締め上げろ”というフレーズが拡散し、個人投資家が同調して特定銘柄を買い上げたことに政府や監督官庁がどう対応すべきか、経済、金融や法律の専門家で多くの見解が交わされている。いつ、誰が、どのような投稿を行い、それが群集心理を高める要因になったかに関する調査も進むだろう。

■手数料無料で素人でも参入しやすい

もう一つが、ロビンフッドの影響力だ。同社は、手数料無料の金融商品取引アプリを提供する。アプリの提供という点で、同社はITプラットフォーマーの一角に位置付けられる。手数料が無料であることが誘因となり、十分な知識を持たない人も含めて、多くの個人投資家が現物株や金融派生商品を用いてヘッジファンドが空売りしていた銘柄の買い持ちポジション(持ち高)を急速に積み上げた。

その結果、ロビンフッドは決済機関に預ける保証金の不足に直面し、個人投資家による特定銘柄の取引を一時制限した。その一方で、ヘッジファンドは通常の通りにオペレーションを行った。そのため、ロビンフッドの判断に関して米民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員などが「個人投資家は取引の機会を奪われ、その一方でヘッジファンドは自由な取引ができる」と批判した。

■このゲームは長続きしそうにない

短期的に、米国など世界の金融市場でマネーゲームの兆しがより鮮明となる可能性はある。世界の主要中央銀行は低金利の環境を重視している。ワクチンの接種開始は先行きへの楽観を支える。韓国では個人投資家などが政府に株式の空売り禁止措置の延長を求め、キャンペーンのためにバスを走らせている。先行きに強気な投資家は多い。

ただし、少し長めの目線で考えるとマネーゲームは持続可能ではない。1月下旬から2月初旬、ゲームストップ株は下落した。それは、株価の高騰が一時的な投資家心理の変化に影響されたものであり、長く続くものではないことを示している。また、株式などの資産価格がいつまでも上昇することもない。カネ余りと過剰な楽観や成長への期待が支える世界的な株高は、利益確定の動きの増加などによって遅かれ早かれ調整局面を迎えるだろう。米国などで株式バブルが発生していると考える経済の専門家は多い。

■利便性と市場の透明性、どうバランスをとるか

それに加えて重要なのが、実態に合った金融規制だ。足許、ヘッジファンドは相場を歪(ゆが)めると考える人は多い。しかし、その見方が正しいとは言えない。過去もヘッジファンドは空売りを行った。また、ゲームストップの改革に注目して早い段階から株を買った機関投資家もいる。重要なのは、企業が長期の存続を目指し、収益を得る力を高めることができるか否かだ。それを見極めようとする投資家の意見が売買を生み、株価が形成される。

長い目で見ると、株式の価値は企業の持続的な成長力に収斂し、それが投資家の利得と損失に影響する。

ロビンフッドは手数料の無料化によって利用者を急速に増やした。同社は金融機関に個人の注文を回送して収益を得た。その一方で、財務力やITシステムの安定性、データ取り扱い、さらには投資家保護など、同社の課題は多い。SNSだけでなく同社が今回の一部銘柄の乱高下と米株式市場の変動性上昇に与えた影響も軽視できない。

金融サービスの利便性と金融市場の透明性・公平性をどう均衡させるか、政策当局や実務家、経済や法律の専門家を交えた活発な議論の重要性は高まっている。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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