「箱根駅伝までの人vs.オリンピックに出る人」チヤホヤされた選手ほど転落するワケ
プレジデントオンライン / 2021年2月11日 9時15分
■大学時代にチヤホヤされた箱根ランナーが実業団で伸び悩むワケ
正月の箱根駅伝は見る者を魅了するスポーツイベントだ。毎年25%を超える視聴率をたたき出し、学生ランナーたちの懸命な継走に涙する者もいる。今年もドラマチックな戦いが繰り広げられた。伏兵・創価大が4区で首位を奪って独走すると、全日本王者・駒大が最終10区で劇的な大逆転を演じている。
一方で箱根駅伝よりレベルの高い全日本実業団駅伝(ニューイヤー駅伝)はどうか。今年は富士通が旭化成の5連覇を阻止して、12年ぶりの優勝を飾った。こちらも見応えのあるレースだった。しかし、箱根路の強烈な“輝き”のせいで、駅伝ファンの話題をさらうことができなかった。
陸上競技を20年以上取材してきて強く感じるのは、日本人にとって箱根駅伝は“特別”だということだ。高校野球の「甲子園」と同じような存在感がある。
不思議なことに、「駅伝日本一」を決める全日本実業団駅伝よりも、学生の関東ローカルの大会である箱根駅伝のほうが取材メディアは圧倒的に多い。しかも大会のずっと前から、「箱根取材」は始まっている。
5月の関東インカレ、9月の日本インカレでは、選手が取材を受けるミックスゾーンが大混雑する種目がある。長距離種目だ。それも、入賞すらできなかった学生ランナーにまでカメラを向けてインタビューをしているのだ。過剰報道が箱根ファンを増やしているが、そのせいで自分の実力・人気を勘違いしている選手もいる。
■「本気」の実業団選手は多くない中、成長続ける3選手
箱根駅伝常連校では選手の4分の1ほどが大学卒業後も競技を続けたいと考えている。なおニューイヤー駅伝に出場できるのは37チーム。本格強化している実業団は男子だけで50社ほどある。1チーム10~15人ほどの選手を抱えているので、競技を中心に活動している実業団ランナーは約600人いる計算だ。一般業務をしっかりこなしているチームもあるが、実態は「プロ」(競技に集中できるという意味)に近いかたちが多い。
結果が振るわなくても給料が下がることはなく、引退後も正社員として会社に残ることができるため、実業団でなんとなく競技を続けている選手は少なくない。一方で、箱根駅伝を“卒業”した後、さらに輝きを増している選手もいる。
なかでも強く印象に残っているのが、佐藤悠基(SGホールディングス・34歳)、大迫傑(Nike・29歳)、服部勇馬(トヨタ自動車・27歳)の3人だ。彼らは大学時代からスター的存在だったが、メディアに踊らされることなく、在学中から「世界」で戦うことを意識してきた。
![雨の中練習するマラソンチーム](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/a/670/img_fa9e007581fe5bc56b352f40497d55ef399720.jpg)
佐藤悠基は、中学時代から各世代の記録を塗り替え、東海大時代には箱根駅伝で3年連続の区間新記録を樹立。大学卒業後は日本選手権10000mで4連覇を達成すると、ロンドン五輪(12年)やモスクワ世界選手権(13年)に出場した。
34歳になった現在も日本トップクラスの実力をキープ。昨年12月の日本選手権10000mはサードベストの27分41秒84で7位に入ると、今年のニューイヤー駅伝は最長4区で中村匠吾(富士通・28歳)、井上大仁(三菱重工・28歳)らを抑えて区間賞を獲得した。日本長距離界の“走る伝説”になりつつある佐藤は、以前こんなことを言っていた。
■安定した給料をもらいコーチから言われたメニューをこなすだけ
「学生時代は箱根駅伝というとてつもないモチベーションがあって、ほとんどの選手がそこに向かっている。実業団でも、ニューイヤー駅伝がありますが、箱根ほどのモチベーションにはなりません。かといって、『世界』を本当に意識している選手は少ないと思います。実業団で成長できない選手は、そういうモチベーションの中で、コーチから言われたメニューをこなしているだけにしか見えない。自分が具体的にどこまで行きたいのか。ダメな選手は明確な目標がないんじゃないでしょうか」
佐藤の情熱は衰えておらず、現在はマラソンでの“ホームラン”を目指している。箱根駅伝で満足してしまうのか。それとも「世界」を見据えて、真摯に取り組むことができるか。その“差”が箱根後の人生を変えているのだ。
大迫傑は、1億円を2度もゲットするなど日本マラソン界で最も成功している。早大時代も目立つ存在だったが、当時はトラックのスピードを磨くことに注力してきた。特に4年時は箱根駅伝の距離(21km以上)にフォーカスするのではなく、11~12月もトラック種目(5000m、10000m)に向けたトレーニングを積んでいた。そのため最後の箱根は1区で終盤失速して区間5位に終わっている。
しかし、社会人1年目の2014年に3000mで日本記録を打ち立てると、翌年は5000mでも日本記録を樹立。2016年は日本選手権で5000mと10000mの2冠に輝き、両種目でリオ五輪に出場した。その後はマラソンで日本記録を2度も塗り替えて、東京五輪の男子マラソン代表にも内定している。
服部勇馬は東洋大時代に花の2区で連続区間賞を獲得しただけでなく、東京五輪から逆算してマラソンに挑戦した。大学4年時の東京(16年)は終盤にペースダウンして2時間11分46秒に終わったが、2018年の福岡国際で14年ぶりの日本人Vを達成。翌年のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で2位に入り、東京五輪の代表内定を確保した。
■「箱根駅伝だけで終わってはいけない」と考えるランナーの特徴
箱根駅伝でヒーローになると、良くも悪くも、その後の人生が変わってくる。実力以上に注目を浴びた選手は実業団で苦労するケースが少なくない。その逆に箱根駅伝の活躍を次のステップにつなげている選手もいる。
昨年、花の2区で約15kmにもわたる壮絶バトルを演じて、ともに日本人最高記録を大きく更新した東洋大・相澤晃(現旭化成・23歳)と伊藤達彦(現Honda・22歳)は駅伝での快走を自信に変えた選手たちだ。ふたりは設定していたタイムを大幅に上回るようなハイペースで突っ込んで、箱根駅伝の歴史を塗り替えた。
社会人1年目の今季は10000mで27分台に突入すると、12月4日の日本選手権10000mでは、相澤が27分18秒75、伊藤が27分25秒73をマーク。ともに日本記録(27分29秒69)を上回り、東京五輪参加標準記録(27分28秒00)もクリアした。
10000mの日本記録保持者となり、同種目で東京五輪代表が内定した相澤は、「今回走ってみて26分台も見えないところではないなと感じています。伊藤君もレース後の会見では『26分台』という言葉を出しています。自分も負けられないと思いますし、当分抜かれないような記録を作りたいですね」と話している。
![1区、スタート直後のカーブで力走する選手たち=2021年1月2日、東京都千代田区[代表撮影]](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/5/670/img_45e606a06ef2865d679cc21b4b98852d381940.jpg)
10000mで世界と戦うのは簡単ではないが、相澤は東京五輪で「入賞」という目標を掲げている。そして競技人生の最大目標は、「五輪マラソンのメダル」獲得だ。箱根から世界へ、羽ばたく準備は整いつつある。
■学校のPRに貢献するため“箱根至上主義”になりがち
毎年のようにヒーローが現れる箱根駅伝だが、実は“ネガティブな戦い”になりがちだ。ほとんどの選手が設定タイムを定めており、「1秒でも速く」というより、「確実に走る」ことにプライオリティが置かれているからだ。
ソウル五輪の5000m・10000m日本代表で、拓殖大で13年間の監督経験がある米重修一を取材したとき、近年の箱根駅伝について次のように疑問視していた。
「単純にレベルは上がりました。でもこの中から10000m26分台ランナーが出るのか心配になりますよね。監督時代、突っ込んでブレーキすることは怒らなかったですけど、イーブンペースで行くような選手が大嫌いでした。そんな駅伝をやっていたら世界で勝負できませんから」
大学側もOBが五輪選手になるより、箱根駅伝で結果を残したほうが、学校のPRになる。そのため“箱根至上主義”に自然と傾いてしまう。将来、世界と本気で戦うことを考えると、選手たちの意識以上に、指導者たちの“目線”が大切になる。
大学卒業後も競技を続ける選手たちは、箱根駅伝が競技人生のピークであってはならない。学生時代から高い目標を掲げて、キャリアを積み重ねる選手が次々と現れれば、日本長距離界の未来は明るいだろう。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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