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「脱原発で電力危機か」各国反対でもロシアとのパイプラインを完成させたいドイツの苦悩

プレジデントオンライン / 2021年2月11日 9時15分

ドイツ北東部・ルブミン(Lubmin)にある「ノート・ストリーム2」のガス揚陸ステーション。ルブミンには旧東ドイツに6基あった原子炉のうち5基があり、現在も廃炉作業が続いている。 - 写真=dpa/時事通信フォト

■「フェイク基金」の90%はロシアの国営企業が負担

旧東独のメクレンブルク-フォーポメルンは、ドイツ北部のバルト海に面した州だ。1月8日、そこのマヌエラ・シュヴェズィヒ州首相(SPD=ドイツ社会民主党)が、「気候、環境保護のための基金・MV」を設立したと発表した。MVというのは、メクレンブルク-フォーポメルン州の頭文字。環境と自然と気候の保護を目的とした州立の基金だそうだ。

しかし、発表された途端、これは「フェイク基金」だとして一斉攻撃が始まった。

実は、同基金の資金の90%は、ロシアの国営企業であるガスプロム社が負担しているという。つまりこの基金は、米国の制裁により敷設が止まって3年余、暗礁に乗り上げているロシア~ドイツ間の2本目の海底パイプラインを完成させるためのダミー基金だとみられている。

トリックはこうだ。2本目の海底パイプライン「Nord Stream 2」(以下、ノート・ストリーム2)の敷設は「Nord Stream 2 株式会社」(以下、ノート2社)の手で進められている。このノート2社は100%ガスプロム社の所有だ。アメリカの制裁は、ノート2社と受注契約を結んだ企業が対象となる。そのため、現在、出資するはずだったヨーロッパの会社もすべて降りている。

しかし、政府や公的機関は制裁の対象ではない。そこで、ノート・ストリーム2の敷設に従事する企業は、ノート2社ではなく同基金と契約を結べば制裁の対象にはならないで済むという理屈らしい。

ただ、どれだけの企業がこのトリックに乗ってくるかは今のところ不明だ。

■全長1220kmのうち、未完は160km

ノート・ストリーム2の建設が止まってしまって、すでに3年余りがたつ。1本目のノート・ストリームは2011年に完成し、以来、ドイツ経由で、年間580億立方メートル超という大量のロシア天然ガスがヨーロッパに送られている。ノート・ストリーム2が予定通り2019年に完成していれば、輸入量は文字通り倍増したはずだった。

ロシアとドイツの間のバルト海ガスパイプラインの地図
写真=iStock.com/Rainer Lesniewski
ガスパイプラインのルート図 - 写真=iStock.com/Rainer Lesniewski

しかし、米国が、このプロジェクトに関わった会社に制裁を加えると決めた途端、ほとんどの企業が降りてしまった。そして、全長1220キロメートルのうち、ドイツの近くの最後の160キロメートルほどの区間が未完成のまま残った。

海底パイプラインの敷設は、誰もができるわけではないという事情もあり、施工中だったスイスの会社が退いた後、後継の会社が見つからなかった。そこでロシアが自力でやることになり、昨年2月、日本海沿岸のナホトカ港に停泊中だったパイプライン敷設作業の特殊船「アカデミック・チェルスキー号」が急いでバルト海に呼び戻され、その後、ドイツのリューゲン島の港で改造中という話が、漏れ伝わってきていた。

■ヨーロッパがロシアのガスに依存しすぎるという懸念

米国はなぜノート・ストリーム2の建設に反対しているのか? 理由はいくつかある。

まず、ヨーロッパがロシアのガスに依存しすぎるという懸念。すでに今でさえ、ヨーロッパのガスは半分以上がロシア産だ。それに、米国はNATOに莫大な経費をかけてヨーロッパを防衛している。何から防衛しているかというと、ロシアの脅威からだ。

それなのに、その肝心のヨーロッパ(実はヨーロッパではなくドイツなのだが、それについては後述)が、ロシアと組んで商売に夢中。これでは馬鹿を見ているのは米国だということになる。

米国は2020年6月には制裁をさらに強める法案を出した。独政府のエネルギー担当者らは憤慨し、「われわれは米国の属国ではない」、「内政干渉をやめろ」という意味の陳情書を米議会に提出したが、効果なし。米国の制裁法案は米議会を通り、制裁の対象はさらに広がった。

つまり、それまでは、工事に直接関わった企業のみが対象であったのが、保険会社などのサービス業、さらには、工事を認可した役人までが、米国内の口座の凍結、あるいは入国禁止措置の対象となった。

■ヨーロッパのほとんどの国が建設に反対するワケ

一時、これはトランプ大統領の陰謀だなどという噂も飛び交ったが、民主党も強硬だった。「シェールガスを売りたいがために邪魔をしているのだろう」というドイツ側の非難にもびくともせず、「われわれはヨーロッパがロシアの手に落ちるのを防ごうと思っているだけだ。ガスはロシア以外のどこからでもお買いください」と突き放した。

しかし、ノート・ストリーム2に反対しているのは米国だけではない。実は、ヨーロッパのほとんどの国が反対なのだ。

ポーランドとウクライナは、ノート・ストリーム2が完成すれば自国を通過している陸上パイプラインが必要なくなり、膨大なパイプライン使用量が見込めなくなるから反対。バルト海3国やスウェーデン、デンマークは、ロシアのヨーロッパに対する影響力が増強することを警戒して反対。

また、イタリアなど南欧諸国は、ドイツが完全にヨーロッパのエネルギーの蛇口を握ることになるので反対。それどころか、ドイツはロシア制裁の必要性を説いて回りながら、自分だけは強引にもノート・ストリーム2を進めようとしているため、南欧諸国の反発は大きかった。

さらに肝心のEUも、ノート・ストリーム2はEUが目指している原産国、ルート、販売者の多角化という目的に反するとして反対している。

■何が何でも敷設を進めたいドイツとロシアの事情

ドイツ国内でも、カーボン・ニュートラルに向かう今、「ガスなど要らない」、「再エネをもっと増やせ」、あるいは「海洋の生態を破壊するな」という声が上がっている。また、ロシアの野党指導者ナワルニイ氏の暗殺未遂事件の際、ロシア政府をあそこまで大声で批判したのだから、そのロシアに膨大な利益をもたらすノート・ストリーム2にこれ以上こだわってはドイツの国際的な信用が失墜するという懸念も膨らんでいた。

そうこうするうちに2020年12月の初め、前述のロシアの特殊船「アカデミック・チェルスキー号」が改造を終えたというニュースが流れた。いったいこの先どうなるのかと皆が固唾をのんでいたところ、その答えが冒頭の「フェイク基金」設立だった。

要するに、ロシア政府もドイツ政府も、何が何でもこのパイプラインプロジェクトを進めたい。すでに80億ユーロも費やしているし、残りも160キロメートルと、あと、もう一歩で完成なのだから、その気持ちはわからないでもない。

海岸近くのパイプ敷設バージクレーンでパイプの敷設
写真=iStock.com/Leonid Eremeychuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Leonid Eremeychuk

特に、他に大した産業のないロシアにとって、ガスの輸出は貴重な収入源のみならず、安全保障上の戦略的手段でもある。

■脱原発の完遂後に迫りくるドイツ電力不足の危機

しかし、実はノート・ストリーム2は、ドイツにとっても極めて重要な意味を持つ。というのも、今年3基、そして、来年残り3基の原発が止まれば、脱原発は予定通り完遂されるが、その代わり、電力不足になる危険があるからだ。それを防ぐため、ドイツでは現在、複数のガス火力発電所が増設されている。ドイツのようなハイテク産業国にとって、電力不足は間違いなく致命傷だ。「気候、環境保護のための基金・MV」の設立は、その切迫感を余りなく示していると言える。

ただ、国民は、電力供給が危うくなる可能性など、しかとは知らされていないから、「CO2を削減するのに、なぜガスの輸入を増やさなければならないのか」といぶかしがるばかり。また、「気候、環境保護のための基金・MV」をフェイク基金と攻撃する人たちも、その影にある根本的な問題には、知っていても、触れようとしない。そして、ひたすら化石燃料を悪者に仕立てて終わりだ。

■電力供給を安定させるため、原発の稼働年数を延長か

そもそも、SPDのシュヴェズィヒ州首相が、自らが設立なければならなかったフェイク基金に満足しているとも思えない。しかし、ノート・ストリーム2の生みの親は、SPDのシュレーダー元首相で、SPDは今もこのプロジェクトを支持している。さらに、メクレンブルク-フォーポメルン州は、メルケル首相(CDU=キリスト教民主同盟)のお膝元。すべてが複雑に絡み合っているのだろう。

ただ、このフェイク基金がこのまま通用するのかといえば、それも想像しにくい。では、これが破綻し、ノート・ストリーム2がこのまま中止されるなら、その先のシナリオはどうなるのか?

可能性は少なくとも2つ。①次期政権に電力供給の不安という要因がそのまま残される。あるいは、②電力供給を安定させるため、原発の稼働年数を延長する。

私は、②になるような気がしてならない。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。85年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。90年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)、『ドイツで、日本と東アジアはどう報じられているか?』(祥伝社新書)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)など著書多数。最新刊は『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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