なぜ日本のメディアは「支離滅裂な欧州のコロナ対応」を絶賛するのか
プレジデントオンライン / 2021年2月15日 15時15分
※本稿は、谷本真由美『世界のニュースを日本人は何も知らない2 未曽有の危機の大狂乱』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
■日本の良さを伝えないメディアの不思議
日本では2020年の初頭から新型コロナウイルスが話題になっていましたが、欧州(イギリス)に住んでいる私が大変驚いたことは、日本のメディアの多くは日本政府や医療機関の対応に文句ばかり言っていたということです。
日本のワイドショーや報道番組では、連日出演者が日本政府の不手際や手ぬるい対策を指摘し、カンカンに怒っている様子を流していました。番組に出演する感染症の専門家や医療関係者も、政府の対応がいかにひどいかという発言をしていました。
同時に、彼らの多くが繰り返していたのは、海外の対策がいかに素晴らしいかということです。この様子に、「ちょっとおかしいんじゃないか」と思った人もいるでしょう。
当然です。2020年8月30日の時点で、アメリカでは死者がなんと18万人を超えていましたし、イギリスでは公式統計に加えていない死者も加えれば6万人を超えていたといわれています。フランスやイタリアも3万人を超えています。
ところが日本の死者数はまったく違います。同じ時期の累計を見れば、なんとわずか1300人ほど。イギリスの研究者は、誤差や統計エラーを加えたとしても日本の死者数はアメリカやイギリスのそれには及ばないと述べています。
なぜこんなことが起きたのか?
「もともと持っている抗体が違う」「BCG予防接種に効果があった」などさまざまな説がありますが、各国政府の対策の違いや一般の人々の行動も、死者数に大きな影響を及ぼしたことは明らかでしょう。私は感染症の専門家ではありませんが、海外で実際に行われている対策や人々の行動をみていると、素人でもわかります。
日本と同じく死者が少ない韓国や台湾、タイなどには日本と似ているところがありますが、死者数が膨大な国は一様に対策が遅く支離滅裂で、人々の自分勝手な行動もひどいものです。ところが、なぜかそういった事実は日本ではほとんど報道されません。
■アメリカで「マスク着用」が真っ向から否定される理由
海外の支離滅裂なコロナ対策を示す好例が、マスクへの対応です。
![マスク](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/f/670/img_df79cc7682cd147895300f998205ac04542393.jpg)
日本人にはもともと「マスクをする」という習慣があり、インフルエンザが流行る時期や花粉症の季節にはマスクをする人が街中に溢れます。
ところが海外は違います。台湾や中国では、マスクはめずらしくありませんが、アメリカや欧州、オセアニアでは、マスクは真っ向から否定されていて、身につける習慣があるのは医療関係者だけでした。
マスクが否定されていた理由については後述しますが、いずれにしても、彼らにはもともとマスクをつける習慣がありませんから、新型コロナで死者が大量に出ても、マスク着用を頑固に否定する国が多かったのです。
世界最高の医療レベルといわれているアメリカでさえ、驚くようなことが行われていました。アメリカ政府のコロナアドバイザーで米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長は2020年3月、マスク着用が感染防止になることを否定し、テレビやインターネット上で「マスクをつけるな」と言いまくりました。
アメリカ政府の新型コロナ対策はこのようなアドバイザーの意見を中心に設計されていましたから、当然のごとくアメリカ全土でマスクの着用は完全に否定されました。
ところが日本や台湾、韓国では死者が少なく、感染者数も伸びていないことから、4月以降にアメリカは突然、手のひらを返したようにマスク着用の重要性を強調しはじめたのです。7月に入ると、「店舗ではマスクを着用しなければならない」「交通機関でも着用するように」と、一気にマスク重要論を唱えるようになるのですが、東アジアに比べれば、なんと遅い対応でしょうか。
結果、感染が大爆発し、多くの人が亡くなりました。それでもアメリカでは謝罪する人は大変少なく、諸外国のメディアもなぜかこの件にはほとんど異議を唱えていないのです。
■新型コロナにかかるのも個人の権利
さらにアメリカ人は、マスク着用を強制されると激怒していました。イギリスの調査会社YouGovの調べによると、公共の場でアメリカ人がマスクを着用している割合は2020年7月上旬の時点でも73%と、86%の日本や90%のシンガポールに比べて低めでした。欧州はもっと低く、イギリスについていえば、たったの36%、またオセアニア州のオーストラリアはわずか20%でした。
アメリカをはじめとしたマスクの着用率が低い国では、「マスクは感染防止に効果がない」と考える人もいれば、「政府が個人生活に介入すべきではない」「健康管理は個人の権利だ」と考える人も大勢います。東アジアの人にとっては、マスクをつけることは感染症予防のために仕方がない話なのに、欧米諸国では、マスクをつけないことは「個人の権利」であり、さらに新型コロナにかかることも「個人の権利」なのです。
「感染症は社会に対する脅威」「予防は社会に対する義務」と考える日本人からすれば、驚きの感覚です。
ちなみに、マスク着用の重要性に関する意見も人種や教育レベル、性別で異なっています。アメリカのピュー研究所の調査によると、アメリカでは61%のアフリカ系、63%のヒスパニック系がマスクをつけるべきだと述べているのに対し、白人だとたったの41%に過ぎないということも興味深い結果です。
■日本人が驚嘆、「イギリスのマスク不要論」の中身
イギリスでは2020年4月、第3週目に入った頃から、朝の民放のワイドショーでマスクを着用するべきかどうかということが議論されるようになりました。
![谷本真由美『世界のニュースを日本人は何も知らない2 未曽有の危機の大狂乱』(ワニブックス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/3/200/img_e35caee3e0d11d0cbafb107d6e61c1d7478880.jpg)
この週に放送された民放ITVの「Good Morning Britain(GMB)」という番組では、保守系のコラムニストであるピアーズ・モーガン氏が、スタジオにリモートで招待されたトップクラスの専門家たちとマスクに関する議論を繰り広げました。
モーガン氏は当初より政府の新型コロナ対策がゆるすぎると怒っているひとりで、「東アジアではみんな、マスクを普通につけていて死者が少ないのだから、イギリス政府も国民にマスクをつけるように指示するべきじゃないか」と、かなり怒った調子で伝えていました。
ところが番組に出演していた専門家たちの回答は次のようなもので、日本の感覚からすると大変驚くべきものでした。
・イギリス国民はマスクの使い方を知らないから使わせるべきではない
・マスクをしたら手洗いをしなかったり、外出自粛を守らなかったりするから、かえって危険だ
・そもそも、マスクに予防効果があるというデータがない
彼らは、このようなあきれた理由を繰り返すばかりだったのです。日本人にとっては驚くべきことですが、彼らの意見は2020年の初めからまったく変わっておらず、一貫しています。ほかの医師や感染症の専門家も同じです。
彼らがなぜ、こんな回答をするかというと、イギリス政府のマスクに対する方針がWHOのガイドラインに沿っているからです。当時、WHOは「健康な人がマスクを着用しても感染を予防できる根拠はない」と述べていました。2020年6月、WHOはこの見解を改め、「他人に感染させないためにもマスク着用を推奨する」としましたが、当時のイギリスではWHOのガイドラインを受け、「マスクは不要だ」とする人が大多数でした。
■「防止策のマスクは必要ない」という超自己チュー
感染拡大が深刻化していた四月ごろ、私は家の近所を少し散歩するぐらいしか外出しませんでしたが、マスクをつけている人はアフリカ系、インド系、中華系、若い白人カップルくらいで、中年以上の白人がマスクをつけている様子はほとんど見かけませんでした。
スーパーの店内では子どもを連れた親がマスクをせずに、みんなでベラベラとおしゃべりをしていました。レジ横やセルフレジでは行列ができていて、「3密」状態は当たり前。ソーシャルディスタンスはほとんど無視されていました。
そもそも、彼らはマスクに対して大変な抵抗があるのです。なぜかというと、イギリスをはじめ欧州では、「マスクをする人=異常な病気にかかった人」というイメージがあるからです。「マスクは一風変わった東洋の習慣」どころか、「マスクをしている人間は、はっきりいって頭がおかしい」という感じです。
これまでも、空港や街中でマスクをつける日本人や中国人は、一定数のイギリス人のあいだで笑いのネタにされていました。東洋にはそういう習慣があると知っている人も多いのですが、それでも「マスクをすると表情が見えず、気色が悪い」ので、「科学的ではない馬鹿げたことをする東洋人はやっぱり未開地の人間だね」というのが彼らの本音です。
そんな調子なので、どれだけ新型コロナが蔓延してもマスクについて誰も真剣に考えていませんでした。そもそも「他人にうつさないためにマスクを身につけたほうがよい」など、考えもつきませんでした。基本的に彼らは超自己チューなので、他人がどうなろうと知ったこっちゃないのです。
また、「風邪をひけば診断書をもらってさっさと休む」というのが、彼らの普段のスタイルです。だから、「病気の人間は職場に来るな」というのが当たり前で、防止策のマスクはそもそも必要ないと考えられていたのです。
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著述家、元国連職員
1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。ツイッター上では、「May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する
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(著述家、元国連職員 谷本 真由美)
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