「家電敗戦を繰り返すな」日本の自動車がアップルに呑み込まれずに済む方法
プレジデントオンライン / 2021年2月12日 17時15分
5Gに対応したスマートフォン「iPhone(アイフォーン)12」を紹介する米アップルのクック最高経営責任者(CEO)(アメリカ・カリフォルニア州クパチーノ) - 写真=AFP PHOTO/Apple Inc./Brooks Kraft/時事通信フォト
■アップルが本格的に自動車製造に乗り出す
現在、米アップルが未来型自動車といわれるアップルカーを作るため、各国の自動車メーカーに電気自動車(EV)の生産を打診している。アップルは“iPhone”のように、機器(デバイス)の設計と開発は自社が行い、生産(組み立て)を特定の企業に委託する形式を考えているとみられる。
重要なポイントは、アップルがどのような自動車を生み出そうとしているかだ。過去のアップルの事業運営を確認すると、誰もが思いつかなかった機能を実装した“ヒット商品”を生み出すことによって、アップルは世界の需要を取り込んだ。電話機、パソコン、音楽再生機など複数の電子機器の機能が備わったiPhoneはその代表的存在だ。
自動車には多くの発展可能性がある。現時点で考えた場合、アップル自身も自社が進める自動車がどのような機能を持つか、具体的なアイデアはまとまっていないかもしれない。別の言い方をすれば、アップルはさまざまな発想の実現を目指すことによって、多くの人が欲しいと思ってしまう移動を支えるプロダクトを生み出そうとしている。
そうした取り組みが進むことによって、これまでの自動車の常識は変わる可能性がある。アップルがどのような自動車のコンセプトを練り上げていくか要注目だ。
■人の「生き方」までも変えるイノベーション
アップルは、自動車分野でのイノベーションを目指している。故スティーブ・ジョブズらが創業したアップルの特徴は、世界があっと驚く新しい機能を持ったプロダクト(機器やサービス)を創出して需要を生み出し、それを獲得することによって成長してきたことだ。それは、アップルが“イノベーション(既存の市場、技術や発想などの新しい結合)”を実現したことを意味する。
1977年に発表されたコンピューターの“アップルII”はヒットを遂げ、世界に“パーソナル・コンピューター(パソコン)”の概念を定着させた。その後、ジョブズはアップルを去った。1997年、ジョブズは経営危機に瀕していたアップルを再建するために復帰した。ジョブズの指揮の下でアップルはソフトウエア(macOS)の開発を進め、携帯型の音楽再生デバイスである“iPod”を発表した。
iPodが革新的だったのは、インターネットから音楽をダウンロードして楽しむという生き方を創ったことだ。その結果、人々はCDなどを買う手間から解放されたといえる。その後、アップルはiPhoneやiPadを発表して世界経済に大きな影響を与えた。
■自動運転やIoTの先を行く技術を生み出そうとしている
iPhoneの登場は、世界の製造業に水平、あるいは垂直分業という変化をもたらした。アップルは、機器のデザインや機能を支えるソフトウエアなどの設計と開発に注力している。また、同社は自社の考える機能を実現するために、世界の企業から高品質な部材を集めている。その上で、アップルは台湾の電子機器の受託生産企業である鴻海(ホンハイ)精密工業傘下のフォックスコンなどに製品の組み立てを委託した。
以上をもとに考えると、アップルは、電動化、ネットワーク空間との接続や自動運転、シェアリングといった“CASE”のコンセプトや、動く都市空間の一部としての自動車のさらに先を行く自動車を生み出そうとしている可能性がある。それが具体的にどのようなモノになるか、アップル自身が試行錯誤している段階ではないか。
■自動車産業へ参入する狙いは
アップルが各国自動車メーカーにEV生産などを打診した理由の一つは、試作車を低コストで作り、実用化の可能性を確かめるためだろう。過去にもアップルの自動車開発(アップルカー)が注目を集めたことがあった。ここにきてアップルの自動車分野への取り組みは加速しているとみるべきだろう。
その背景には、コロナショックによって人々の生き方が変わり、自動車の社会的重要性が高まっていることがある。2020年4月以降、中国では販売補助金政策などが支えとなって自動車のペントアップ・ディマンドが発現し、その他の主要国でも自動車需要が上向いた。その結果、日米などで中古車の価格はコロナショック以前の水準を上回っている。自動車への需要が高まっているため、車載半導体の供給不足も深刻だ。
■アップルが目指すのは「SF図鑑」に載るような自動車
人々が自動車をより必要とし始めた背景には、感染を避けた移動手段を確保したいという思いがある。それに加え、テレワークの浸透によって都市部から郊外へと住む場所を移す人が増えた。郊外での生活には、買い物や通勤などの移動手段として自動車の必要性が高まる。
世界的にテレワークが浸透し、ワンボックスカーを改造して移動オフィスとして使う人もいる。今後も多くの企業がテレワークを続ける。社会にとっての自動車の重要性はより高まるだろう。アップルはその点に着目し、自動車関連のプロジェクトを加速し、新しいテクノロジーの開発と実装を目指しているとの印象を持つ。
別の観点から考えると、アップルは未来の自動車のコンセプトを具体化し、自社のモビリティー(移動すること)の価値観を社会に示そうとしている。一つの見方として、アップルは未来の自動車の実現を目指しているといってもよい。
昭和30~40年代、わが国では“SF図鑑”の中に人々が宇宙まで飛ぶことのできる自動車を使うイラストが描かれていた。アップルはそうした発想をはじめ新しい自動車のコンセプトを描き、その実現を目指そうとしていると考えられる。
■自動車大国日本への影響は避けられない
アップルの自動車分野での取り組みがわが国の自動車産業に与えるインパクトは軽視できない。アップルは自動車の可能性を探り、世界各国の企業が思いつかなかったプロダクトを生み出すために、さまざまな形で試作車などの生産を目指すだろう。そのために、アップルはより多くの企業に自社の考える自動車の生産を求める可能性がある。
例えば、これまでデジタル家電などの受託生産を行ってきた企業が、アップルカーの受託生産を行い、自動車産業に進出する可能性がある。受託生産を行う企業にとって、アップルの取り組みはさらなる成長を目指すチャンスになり得る。世界の自動車産業を取り巻く環境変化のスピードは加速しているとみるべきだ。
EVに用いられる部品点数は1万点ほどだ。それに対して、ガソリン車にはエンジンを中心に3万点もの部品が使われる。EVの普及によって日独メーカーが強みを発揮してきたすり合わせ技術の優位性は低下する恐れがある。その一方で、自動車産業でもデジタル家電のようなユニット組み立て型の生産体制が広がり、水平、あるいは垂直分業が進む可能性がある。
■電機メーカーの二の舞になってはいけない
長めの目線で考えた時、EV、さらにはそれをプラットフォームとした新しい生き方を支えるモノとしての自動車が生み出されれば、わが国の経済にはかなりの影響がある。なぜなら、自動車産業はわが国経済の安定と成長を支える大きな原動力だからだ。自動車産業はわが国の雇用の8%を支え、すそ野が広い。
わが国企業は、国内の基礎研究力や製造技術を高めることによって、新しい発想を実現して新しい自動車を生み出す体制を強化しなければならない。そうした取り組みを進めることが難しいと、自動車産業が、わが国の電機産業の二の舞になる可能性は否定できない。
わが国の電機メーカーは垂直統合のビジネスモデルにこだわった結果、デジタル家電のユニット組み立て生産の普及という世界経済の環境変化に対応することが難しかった。アップルが自動車分野への取り組みを強化しているとみられることは、わが国経済にとって無視できない変化だ。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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