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「子会社にライバル製品を売らせよう」年商4000億円企業アスクルを育てた経営判断

プレジデントオンライン / 2021年2月21日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sanjeri

イノベーションには「起業家精神」が不可欠だ。だが組織の中では、起業家的な行動の芽が摘まれてしまうことも少なくない。神戸大学大学院の栗木契教授は「中間マネジメント層に意識改革を求めるだけでは、状況の大きな改善は望めない。組織全体での取り組みが必要だ」と指摘する——。

■コロナ禍という災いを福に転じるために

市場はコロナ禍のもとでも、そのダイナミズムをいかんなく発揮している。繰り返されるコロナの波を受けて市場の各所で大きく需要が縮小している一方で、新たな機会も広がっている。たとえば在宅ワークや巣ごもり消費を支える市場は拡大傾向にある。

市場とは、製品やサービスの供給者とその使用者の交換にかかわる社会的な場である。コロナ禍は市場のダイナミズムを高め、起業家(entrepreneur)が活躍できる領域を新たに広げている。

コロナ禍という災いを福に転じていくために、企業はどう動けばよいか。新たに広がる市場の機会を迅速にとらえるために、組織における起業家精神を活性化する手立てを整える必要がある。

■日本企業にイノベーションが生まれにくいのはなぜか

ここで気になるのが、コロナ禍以前より日本では、起業家精神の衰退が指摘されていたことである。起業家精神は、市場のダイナミズムを受け止め、社会や企業のイノベーションを活性化するうえで重要である。ところが日本では個人起業家のみならず、企業においても、画期的な製品やサービスをリリースして世界をリードする動きが細っていることが指摘されてきた。

この10年を超える期間において、デジタル化が進む市場に大きな機会が広がっていたのに、自社内から目覚ましいイノベーションが生まれなかったのは、なぜか。この反省を踏まえて、日本企業はコロナ禍のネガをポジに変える起業家的行動を組織内の各所で活性化していかなければならない。以下では、そのために企業が取り組むべき課題を、アスクルを事例に検討する。

■起業家精神が潰されてしまう組織の力学

イノベーションの担い手を、起業家という。このJ.シュンペーターに由来する経営学の考えにもとづけば、個人企起業家だけではなく、企業などの組織のなかの各種のイノベーションの担い手も起業家といえる。

イノベーションに求められる必須に条件は、新しい製品やサービスを、その生産に要する費用よりもはるかに高い価格で販売できるようになることである。こうした機会を得るために起業家は、何らかの新しい組み立てや組み合わせを実現しようとする。

ところが、この起業家の行動の芽は、組織のなかで摘まれてしまうことが少なくない。企業内に起業家精神に富んだスタッフがいても、上司にイノベーティブな計画を上申したとたんに却下されることが少なくないのである。

起業家が実現しようとするのは、「他の人々に知られていない」新しい組み立てや組み合わせであり、思いもよらない展開である。思いもよらない展開である以上、上司が統括する組織上の活動範囲やミッションの枠をはみ出してしまうことが少なくない。ここで上司が、より大きな企業としての課題、すなわち全体として成し遂げるべきことは何かというに立ち返って判断をしてくれればよいのだが、中間管理職に枠をはみ出す判断を求めることは酷である。

企業のマーケティング担当の中間管理職は、暴走気味の思い切った判断をして、結果がついてこなかったらどうするか、と考えるだろう。組織から責任を問われるのは自分だ。それなら確実な結果が見込める取り組みをはみ出さない方が、リスクは少ない。

■新規事業時代からみるアスクルの事例

積極果敢に事業を推進していけば生じることになる、枠をはみ出す判断とは、どのようなものだろうか。枠をはみ出すことが、なぜ、いかに必要となるのだろうか。

現在の国内のネット通販の一翼を担うアスクルは、枠をはみ出したことで大きな成長を遂げた事業である。アスクルの事業は、1993年に文具メーカーのプラスの新規事業としてスタートした。このアスクルというカタログ通販をプラスが開始したねらいは、プラス製品の販売網の拡充だった。

アスクルは、スモールオフィスをターゲットに、紙のカタログを見てファクスなどで注文してもらう方法での通販事業を開始した。インターネットの一般利用がはじまると、ネット通販にも乗り出していく。

文具の需要は、消費者向けよりも、事業者向けの方が大きい。だがこの事業者向けの販売ルートはその多くを業界最大手のコクヨによって押さえられており、プラスが食い込む余地は少なかった。コクヨの販売網がカバーしていない小規模事業所という市場のニッチに、カタログ通販方式でアプローチしようとしたのが、アスクルの出発点である。

■順調な拡大によって迫られた選択

オフィス向けの文具の通販は、当時としては新規性の高い事業だった。そしてこれは、プラスという文具メーカーによる、文具小売という流通サービスへの進出であり、プラスにとっては枠をはみ出す事業だった。

文具メーカーとしての事業の枠をはみ出すことになったことから、アスクルに問題が発生する。小売サービスとしてのアスクルの事業は順調に拡大していった。ところがそうなると、顧客からは、品ぞろえの拡大が求められる。顧客は「文具以外の品ぞろえも充実してほしい」「プラス以外の商品も欲しい」と希望する。

しかし、この希望に対応することは、プラス以外の製品、場合によっては競合他社の製品の取り使いを充実させることにつながっていく。プラス製品の販売網の拡充という目的とは相いれない方向に踏み出すことを迫られる。

■伸び盛りの新事業の成長を優先

プラスにとって必要なのは、小売サービスとしてのアスクルの事業が拡大か。プラス製品の販売網の拡充か。いずれの目標を優先し、どのように対応していくか。

プラスの経営陣は、伸び盛りの小売サービスであるアスクルの事業を拡大することを選択した。自社製品の販売網を拡充することも大切だが、顧客が欲しがる品物をそろえ、アスクルの事業の成長を導くことの優先順位が高いと判断したのである。そのためにアスクルでは他社製品の取り扱いをはじめるとともに、1997年にはプラスから分社化し、独立性を高めた。

大きく成長したアスクル

その結果アスクルの売り上げは、大きく成長する。1996年には56億円だったアスクルの売り上げは、3年後の1999年には471億円となる。

■「この事業が目指すべき成功とは何なのか」

アスクルは、当初の目標であったプラス製品の販売網の拡充を、企業グループ全体としての成長という目標に切り替えたことで、事業機会をつかむ。現在のアスクルの売り上げは4000億円を超える。アスクルがプラス製品の通販という当初の役割に徹していれば、現在に至る大きな成長は生まれなかったはずである。

このような事業の目標の切り替えには軋轢(あつれき)が伴う。各事業部門にはその時々において定められた目標がある。プラスの文具のマーケティングにかかわる各部門や担当者は、他社との競争に日々しのぎを削っている。「他社の競合製品も扱うとは、いったいどういうことか」とねじ込んでくるかもしれない。

ここで必要となるのは、「この事業が目指すべき成功とは何なのか」という事業の存在意義をめぐる、より上位の目標に立ち返っての検討である。プラスのアスクル事業についていえば、自社製品の販売網の拡充より企業グループとしてのより大きな成長の方が重要だという経営判断がなければ、他社製品の取り扱いを充実させることは難しい。

■中間層マネジャーの抱える困難

こうしたより上位の経営判断を担うのは、企業のトップマネジメント層である。企業のトップマネジメント層は、組織の全体としての成功という観点から、各部門の目標を変更する判断を下すことができる。

中間層のマネジャーの立場は難しい。組織が定めた部門の目標の達成に邁進しなければならない立場で、目標変更を上層部に掛け合うのは、自身の評価を高めるうえでは非効率かもしれない。アスクルのカタログ制作を担当するマネジャーが業績評価を高めるためには、分社化を上司に発案する前にやるべきことはいくらでもある。部門の目標変更が必要となるような部下のイノベーションの発案があったとき、「封印しておく方がリスクは少ない」と中間マネジャーが考えるのはある意味当然だといえる。

■起業家精神を潰さない組織のあり方

組織の大きな成長や効率化を生むイノベーションを思いつく機会は、トップや中間マネジメント層であろうと、スタッフ層であろうと平等にある。ならば、スタッフ層からの発案や行動を、事業部門の当座の目標に執着するあまり、中間マネジメント層が潰してしまうことのないようにするべきである。

とはいえ先に論じたような、企業の中間マネジメント層が置かれている立場を考えると、中間マネジメント層に意識改革を求めるだけでは、状況の大きな改善は望めない。では、どうするか。組織の取り組みとしては、以下のような対応が考えられる。

1.起業家的文化の醸成

トップマネジメント層にとっては、部門の目標変更を伴うプランを上奏してくる中間マネジャーは面倒な存在かもしれない。しかし、だからこそ、こうした上奏を日頃より推奨し、その面倒さに向き合うことをほめそやす雰囲気を、組織のなかに培っておくことが重要である。中間マネジメント層からの面倒な上奏にトップマネジメント層が喜んで対応する姿勢が、イノベーションの芽を潰してしまわない企業文化の醸成につながる。

2.中間マネジャーの経営目線の向上

中間マネジャーは、将来の経営のトップマネジメントを担う候補生である。担当部門の当面の課題を超えるより大きな自社の経営目標について、日頃から議論し考える、意見交換の場をもつべきである。こうした議論を日常的に行っている中間マネジャーであれば、スタッフの起業家精神を潰してしまうような判断は減少するだろう。

3.社内提案会の開催

部門の目標から外れるような新規事業や業務改善の発案を受け止めるために、社内提案会などの場を定期的に用意する。この提案会では、トップマネジメント層が審査の中心を担い、部門の目標に縛られがちな中間マネジャー層に判断をまかせることで、せっかくの起案が潰されてしまうことのない回路を用意する。

4.新規プロジェクトのトップ直結化

自社のイノベーションにつながることが期待される新規性が高いプロジェクトについては、トップマネジメント層の直轄としたり、アドバイザーやメンターとしてトップマネジメント層がついたりするようにする。企業の全体としての目標や成功という、より大きな観点からの判断を行うことができるトップマネジメント層に、情報が上がる回路を用意しておく。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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