「上手な人とのゴルフは逆効果」確実にスコアを上げる経済学的アプローチ
プレジデントオンライン / 2021年2月24日 11時15分
■「正のピア効果」を得る条件
「生産性」という言葉をよく聞くようになった。短い時間で最大限のパフォーマンスを残すことは、ビジネスシーンだけでなく、私たち学生も受験や試験の勉強、就職活動などの場面で意識せざるを得ないまでになった。
しかし、これは個人だけではどうにもならないことがある。なぜなら、個人のパフォーマンスは周囲の人(あるいは環境)に強く影響されてしまうからだ。
例えば同僚やチームメイトの1人のモチベーションが極端に低く、その影響が組織全体に蔓延して生産性が低下したり、一緒に仕事をした人が自分よりもはるかに仕事ができるため、自分自身のペースを失ってしまったりする負の現象がある。
もちろん正の影響も考えられる。仕事が“できる人”と一緒に仕事をすると、自分のモチベーションが上がり、仕事がはかどるような感覚を覚えることがある。学生であれば、身近な友達が勉強を頑張っている姿を見て、相乗効果で自分までテストでいい成績を取れた、という現象だ。
これは経済学の世界で“ピア効果”と呼ぶ。慶應義塾大学の中室牧子教授によると、広義に「ある個人が周囲の人々から受ける影響」のことを指す。特に経済学においては「他の経済主体から受ける外部性」と定義されている。
簡単に言うと、周囲の頑張っている人に自分が引き上げられたり、怠惰な人に足を引っ張られたりする傾向のことだ。
ピア効果はスポーツの分野でも観測されている。過去の研究によると、徒競走をする際に、隣のレーンの走者が自分と同じくらいの速さの選手だと、勝負へのモチベーションが高まり、いつも以上に高いパフォーマンスを発揮できることが実証されている。
例えば米国の人気プロゴルファーであるフィル・ミケルソンは、とある試合のインタビュー後に「今回は、タイガー(ウッズ)とプレイしたことによる相乗効果で自分のスコアを高めることができた」というコメントを残している。
なるほど、自分の生産性を上げるには、自分より「仕事ができる人」「勉強ができる人」と一緒に行動すればいいということか。残念ながら結論はそう単純ではない。本稿では米プロゴルフ協会(PGA)のスコアデータを通して、周囲の環境を味方に取り込みつつ、パフォーマンスを上げる「正のピア効果」を得る条件を紹介したい。
![ご友人とゴルフを、美しい晴天の日](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/b/670/img_8bd8a099411b32eb9b84aca0f00a87871448817.jpg)
■同伴者との能力差があるほどパフォーマンスが下がる
より具体的にいえば、米プロゴルフ協会(PGA)のスコアデータを用いて、同伴で競技する選手同士の能力差が選手個人のスコアにどのような影響を与えたのかを分析した。能力が近い選手同士が競うケースが選手にとって理想的なのか、もしくは実力が離れている選手同士が競う方がいいのか――この点に絞って分析を行った。
先に結論からお伝えしたい。分析の結果、同伴競技者との能力差が拡大すると、選手本人のパフォーマンスが低下する。能力を示すハンディキャップの値が上位33%の選手と下位33%の選手が同じ組にいるとき、能力が低い選手は平均して1.5打スコアが悪化することがわかった。
![選手同士の能力差が大きい同伴競技グループと選手同士の能力差が小さい同伴競技グループ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/4/670/img_640399a23dcf192c1b66adefc9001787162311.jpg)
つまり、同伴競技者との能力差拡大は、特に実力の低い選手には負の影響があることがわかる。PGAでは一打によって獲得賞金に大きな差が生じることを考慮すると、「負のピア効果」が大きな影響を与えていると言える。
今回は、日常的に感じるピア効果が、データを用いた科学的な分析よって観測されるかどうかに迫っていきたい。特に、PGAの同伴競技者が特定の条件下でランダムに振り分けられていることを用いて、一緒にプレイする同伴競技者と、選手本人の能力差がスコアにどのような影響を与えているか、より具体的に見ていこう。
■「能力差1ポイント上昇」で平均約0.01打悪化する
今回の分析をするにあたって、PGAの1999年から2006年の試合データを用いた。これはPGAが発表している公式記録だ。
調査対象は、世界各国からPGAに出場した男子のトップゴルファー。期間中に開かれた組み合わせが全てランダムに決まっている試合のみのデータを用いていた。今回選手の能力値の指標として用いたのは、コース難易度を考慮した前年の年間公式スコアの平均である。これは類似研究であるGuryan,Kroft&Matthew J(2009)に倣った。
そして、同伴競技者との能力差はその能力値の標準偏差を用いて差の大きさを示す。分析の大枠として、同伴競技者間の能力差が選手個人個人のスコアにどのような影響を与えるのか。また、特にどのような選手が強い影響を受けるのかを一般的な回帰分析で調べた。
分析の結果、同伴競技者間の能力差が1ポイント上昇する、すなわち上位33%の選手と下位33%の選手が競った場合、選手個人のスコアは平均的に約0.01打悪化することがわかった。特に、能力値が下位10%の選手に限ってみると能力差の拡大は約1.5打のスコアの悪化につながったことは先述の通りだ。
![同伴競技者と能力値が1ポイント増加した時に増加するスコア](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/f/670/img_ffbb4734212ac3b1f9c88886c030f551103642.jpg)
世界最高峰のPGAにおいては、1打の違いで賞金額が100万円単位で変化するためこれはかなり大きな影響と言えよう。
■能力が低い個人は強い「負のピア効果」
しかし興味深いことに、この効果は能力が高い上位50%の選手では観測されなかった。つまり、同伴競技選手との能力差が広がることは、比較的能力が低い選手に限定的に影響が現れたことがわかる。
同伴競技者との能力差の拡大が選手にマイナスのピア効果を与える理由として、成績のよい同伴競技者がいることによって、自分の相対的な能力が低いという自己認識を持ち、パフォーマンスが低下するという可能性が指摘できる。
この結果は先ほど取り上げたGuryan,Kroft&Matthew J(2009)による研究と一致する。同伴競技者には勝てないという自己認識を持つことで、試合を通じて勝つことへのモチーベーションが低下し、プレー中に繊細なミスが増えたり、過剰に挑戦的な戦略を取るといったことによって、スコアが低下すると考えられる。
同じ組織内の個人同士の能力差が拡大することによって、全体としてスコアが悪化することがわかった。特に能力が低い個人は強い「負のピア効果」を受けることがわかった。
![ゴルフ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/a/670/img_2a49c78e24391c71527b5e17d9587430908839.jpg)
■経済学で注目される「ピア効果」
近年、職場や教育現場におけるピア効果の分析は、海外を中心に盛んに行われている。しかし、正の効果が出るか、負の効果が出るのかは一貫性が無く、個別の事例によって異なる。実証研究の結果にコンセンサスが得られている状況にはない。
例えば、封筒に物を入れるといった単純作業をする際に、他者の作業スピードが上がると個人の作業スピードが上昇することや、寮のルームメイトの成績が個人の成績にプラスの効果を与えていることがわかっている。
一方で他の研究では、同じクラスの生徒の学力が上がると、生徒個人の成績が悪化することを示す研究もある。これは、自分以外の生徒の学力が高いと、自分の立ち位置を悲観して、学習への意欲が低下し、結果的に学習効果そのものが低下するからである。
同様にスポーツにおいても、競泳では隣のレーンの選手の平均タイムは選手のタイムを向上させることがわかっている。一方でゴルフに関する研究では、タイガーウッズがいる場合、それが原因となって選手全体のスコアが悪化することがわかっている。
これは、ウッズがいることによって、選手全体がその大会で優勝することへのハードルが高まると感じ、勝利への意欲が低下することによってパフォーマンスが低下すると説明されている。過去の研究を見返しても、ピア効果の分析に関する結果は一貫しておらず、依然研究の余地があると言える。
■ライバルは自分と同レベルで二人三脚が良い
このような留保が必要であるが、本稿で紹介した私の研究結果から言える確定的な事実がある。それは、読者の皆さんがゴルフコンペに参加する際は、是非とも同じレベルの人たちと同じ組みでコースを回るようにしてほしい、ということだ。そうすれば、仮にゴルフの実力が芳しくない人であっても、スコアをより悪化させる恐れを少なくできるはずだ。
また、この研究結果はPGA TOURでのデータに基づいているが、労働環境や教育現場にも置き換えて考えることもできる。
能力差が大きいと負のピア効果が生じる恐れがある。であるならば、同じ職場や教室にいる人が他者と比較して「相対的に能力が低い」という自己認識を持たせないケアが必要になるということだ。
特に人事評価や学業成績が低い人には、普段から些細な活躍に対しても肯定的に認め、自己肯定感を高めることでモチベーションを維持させることが重要になる。または、労働空間では極端な能力差が出ないような人材配置が望ましいと言えるだろう。
いずれにせよ、切磋琢磨をする場合には適切な相手を見極める必要がある。今回の分析を踏まえれば、その相手とは、自分より極端に優れている人ではない。自分と同レベルの相手とともに二人三脚で高め合うことが最善の選択肢となる。
参考文献
中室牧子. (2015).『「学力」の経済学』. ディスカヴァー・トゥエンティワン.
Guryan, J., Kroft, K., & Notowidigdo, M. J. (2009). Peer effects in the workplace: Evidence from random groupings in professional golf tournaments. American Economic Journal: Applied Economics, 1(4), 34-68.
Berger, J., & Nieken, P. (2010). Heterogeneous Contestants and Effort Provision in Tournaments-an Empirical Investigation with Professional Sports Data (No. 325).
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1999年生まれ、神奈川県出身。2018年、慶應義塾大学環境情報学部入学。中室牧子ゼミで子供の学力に関する実証分析を行う。中学・高校では競技サーフィンに励む。大学入学後はサーフィンの国際組織「World Surf League」でインターンを経験。
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(慶應義塾大学環境情報学部 松井 光起)
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