「とにかくサボりたくて」トヨタのおやじが明かすトヨタ生産方式の真髄
プレジデントオンライン / 2021年2月18日 9時15分
本稿は、野地秩嘉さんのnote「トヨタの“おやじ”河合満・前副社長が説く「カイゼンの心」|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第7回」の一部を再編集したものです。完全版はこちら。
■トヨタ生産方式の本質は「心」だ
【河合】僕がこの本を読んで、感心したのは「心」が入っていること。トヨタ生産方式のことを解説した本って山ほどあるけど、結局、かんばんとアンドンとか道具の話なんですよ。
なぜ、トヨタがトヨタ生産方式を根付かせたか、トヨタ生産方式の心とは何かまでは書いていない。それじゃダメなんです。その証拠に、似たような改革をやっている会社はあるけれど、意識改革のところまで踏み込んでいるところはあまりありませんよ。大切なのはそこなのに……。
大野(耐一)さんたちがものすごく粘り強くやったことはトヨタ生産方式を根付かせることなんです。そういうことが書いてある本だと思った。
【野地】そうです。大野さんも鈴村(喜久男)さんも現場の幹部を怒ったのは、なんとかしてこの方式を根付かせなくてはいかんという想いがあったんですね。
【河合】情熱と信念ですよ。僕はほんとにめちゃくちゃ怒られたから。鈴村さんから。でも、あの情熱がなければ、トヨタ生産方式は定着していなかった。
【野地】張(富士夫)さんから聞きましたけれど、鈴村さんは部下に多能工になれと教えるために自分がまずフライス盤、旋盤を残業して覚えたようです。
■やり方を全部覚えるだけでは定着しない
【河合】相手から答えを引き出すには、自分なりの答えを持っていないとね。そして、自分よりも、いい答えを引き出すことが大切なんです。僕は海外でもTPS(トヨタ生産方式)の指導をやっているけれど、手取り足取り教えてはいない。ヒントを出す。ヒントを出して、ちょっとでもやってみせると、相手は「あ、こういうことなんだ」って気づく。やってから気づくと、その後はもう楽しくなって、どんどん成長していく。
まあ、この本のなかにもそういうことが書いてある。だから、本でも、やり方から何から全部書いちゃいかん。ほんとに。そういう本がいっぱいある。でも、そういう本を読んでもトヨタ生産方式を実践することはできない。心の部分がわからなければ定着しない。
【野地】今でもやっぱり誤解されてますけど、トヨタ生産方式は作業者にものすごくつらいことを強制するしくみみたいに思われてるんですよね。
【河合】そうそう、労働強化みたいにね。我々だって、最初に言われた時は労働強化みたいに感じるんですよ。でも、「慌ててやれ」、「早くやれ」、「無理にやれ」とかはひとつもない。労働強化じゃないんですよ。
一度、大野さんが僕の上司のところにやってきた。現場で災害を起こした時だったけれど、上司に、「ケガをするような仕事をやっとっちゃあかん。ムダを省け」と。確かにケガする時って、ほとんどムダな仕事をやっている時なんです。
■作業のムダがケガを生む
【野地】作業ではなく、運搬の時にモノを落とすとか。
【河合】そうです。不良を出して、不良を後始末しとる時に落としてケガをする。それから機械が故障するでしょう。その異常処置を直している時にケガする……。ほとんどそうなんですよ。標準作業で粛々とサイクルに乗って仕事をしとる時ってケガはないんです。
【野地】いいこと言いますね、もう本は書いちゃったけど(笑)。
【河合】いや、だけど、労働強化ではないと野地さんの本のなかにはっきり書いてある。
【野地】スポーツでもそうですね。ケガするって真剣勝負の時よりも、気を抜いて練習している時に多い。
【河合】だから会社でケガするというのはムダな作業をやってるんだと。大野さんからそう言われたことを僕は鮮明に覚えている。
なるほどなあって。ケガをするやつを見ても、ほとんど、けつまずいたり、すべったり、ぼんやりしたり、横見したり。集中してまっすぐちゃんと歩いてりゃケガしないのに。または、用もないのに、使わんものを置いておいて、そこに足を取られて転ぶとか。
大野さんが在庫をなくせというのは、その在庫に隠れ、危険、ムリ、ムダ、ムラや故障、不良が見えなくなってしまう問題を顕在化させるため。ピンと張った工程なら即ラインストップとなる。大切なのはその問題をその場で解決すること。
【野地】確かにそうですね。
【河合】なぜ、在庫を持ってはいけないのかは、他にも理由がある。ケガを防ぎたいというだけでなく。トヨタ生産方式の心の部分を書いておかないと、そこまではわからない。
単なる表面だけの、かんばんやアンドンの話だけわかっても何の意味もない。なんといっても、トヨタ生産方式は意識改革であり、日々の仕事として現場に定着させることなんです。
■「とにかくサボりたくてしょうがなかった」
【野地】河合さんもインタビューでおっしゃっていたけれど、「カイゼンは横着なやつほど思いつく」。トヨタ生産方式が労働強化ではないという証拠みたいなものですね。みんな、楽がしたいからカイゼンをする。
【河合】そうです。
【野地】楽をしたいから、誰もがカイゼンを考えようとする。
【河合】ほんと。入ってすぐの新入社員から定着させないとダメです。管理監督者がいくら能書き垂れても、「楽をするために考えろ」と言う方がみんなやりますよ。
【野地】やっぱり頭のかたい人はあまりカイゼンはしないのですか、河合さんの周りを見ていても。
【河合】いや、頭のかたい人はね、もっと大がかりに金を使ってカイゼンをしようとする。ロボットを入れる、センサーを入れる。自動でやる。大がかりになるだけ。
【河合】僕らがカイゼンを考えたのは、とにかくサボりたくてしょうがなかった(笑)。いや、ほんとに。でも、最近の人ってまじめなんですよ。言われたことを言われたようにきちっとやる。僕らの頃は、標準作業をやれと言われても、少しでも早く帰って、酒を飲みに行きたいから、何かしら考える。「自分で好きなように考えろ」という風土ですから。
100個作れと言われたら、100個をいかに早く作ろうかを考える。そして、終わったら遊びに行く。そういう世界だったんですよ。
■標準作業を「毎日変える」ことの大切さ
【野地】では真面目な人ばかり入ってきたら、トヨタは危機です。河合さんみたいなサボりたいやつを入れた方がいいです。一生懸命やることを表彰し始めたらおしまい。もっと適当にやれと。
【河合】真面目な話をすると、標準作業というのがあるでしょう。僕は標準作業を標準にするな、と。毎日変えろと言ってるの。決めたことを1年も同じことをやっとったら、もうそりゃ退化だぞ。よそは進歩しとるのに、日進月歩でやっているのに、うちが同じことをやっていたら負けますよ。むろん、安全と品質は確実に保証せにゃあかん。でも、半年も1年も同じ標準作業でやってるということはまったくカイゼンされてないということになる。
【野地】トヨタの工場って、3カ月くらい時間をおいて見に行くと、どこか変わってますね。
【河合】そうです。それがトヨタ生産方式です。ラインだって、引き直す。現場の「絵模様が変わった」って言うんです。
「おっ、ここなんかすっきりしたな。どうしたの?」って聞いたら、「河合さん、ここにあったゴミ箱の位置を変えました」って。それでいいんですよ、カイゼンってそんなことなんです。
【野地】それでいいってことですね。
■カイゼンは新入社員でもできる
【河合】そうです。だから新入社員でもできる。新入社員の時はボルトが1個落ちとったら、ボルトを拾えば、それがカイゼン。拾わんでそのまま行ったら滑って転んでケガするかもしれんでしょう。避けてムダ歩行もあるでしょう。だからボルトを拾う。新入社員からそういう意識をさせないとダメです。
【野地】確かに他の工場ではゴミ箱の位置なんてずーっと一緒ですね。鉄道の駅でもそう。一度決めたものを変えるのは難しいこと。人は決めたことを変えるのは嫌なことなんですね。
【河合】そうです。私が現場へ行って、指導する。どんな言うことを聞くやつでも、変えることにはすごい抵抗がある。どんな不自然な動きでも、慣れてしまうと、それが自分の動きになるからね。そうすると、本人は変えたくないんだ。しかし、第三者から見たら「どうして、あっち行って、こっち行って、こんなに迂回してるんだ」と。こうすればいいじゃないかと言っても、その人にはそれがリズムで、リズムができあがると、人は変えたくないと思っちゃうんです。
■なぜお金を使わないのか
【野地】河合さんの言うことでもなかなか聞かないんですね。
【河合】必要なものを近くに置く、たくさん使うものを近くに置く。これが理想だけど、「いいや、オレはあそこに取りに行かないと気が済まん」という人がおる。でも、実際にやらせて、慣れてくると、「あ、こっちの方がずっといい」。僕らの現場指導はあとで評価される。その場では抵抗される。
【野地】大野さんたちもそうだったんですね。
【河合】そうそう。
【野地】直すのは難しいことじゃないけれど、変えたくない。
【河合】難しいことはない。で、話を戻すと、頭のいい人たちがお金を使って難しいカイゼンをすると、どうなるか。
お金を使ったカイゼンは手直しがきかないんです。金をかけて複雑にしちゃうと手直しにも金がかかる。人間がちょっとやったやつは悪けりゃ戻しゃいい。だから、すぐにやれる。もっと良い方法を考え進化させることもできる。でも、金をかけるとカイゼンにも時間がかかるし、元に戻せない。
【野地】河合さんがトヨタに入って一番最初にやったカイゼンってどういうものでしたか?
■アイデアが採用され、効果を感じた喜びは最高
【河合】それこそ単純だった。迂回して歩かないようにする。物があるから、ちょっと、どかしてまっすぐ歩くようにする。もうそんなカイゼンですよ。それから遠くにあった工具を近くに持ってきて、手元の棚に掛けておくようにした。10歩、歩いていた作業が2歩でいいとなった。それでも500円とか1000円をもらえたんです。
【野地】それは大きいですね。
【河合】なかには1カ月にカイゼンを50件とか100件も書くやつがおったもん。僕はそれほどは書かなかった。
【野地】でも、いくら数を増やしても、全部は採用されないんですよね。
【河合】いやいや、大半は採用されるんですよ。でも、あまりにもたくさん提案が出てくるようになったから、会社も厳しくなってね、10枚出したら7対3になった。7割は500円で、3割が1000円。そういう比率になった。そうなると、僕らはしたたかだからね、わざと500円用のやつを7枚書く。その後、絶対にいいやつを3枚書く。賞金を全部もらえるようにする。
【野地】面白いですね。
【河合】お金はありがたかったけれど、でも、タダでもいいんですよ。自分のアイデアが採用され、目の前で効果を肌で感じた喜びは最高。だから、金額じゃないんです。
それより、いいアイデアを持っているのに、提案しないやつがいて、そいつに「お前、提案して金にしろ。それで俺たちにおごれ」と。
■自分のカイゼンが世界中の工場で採用される
【河合】僕は今でも現場の人間に「提案しなきゃダメだ」って言うんだよ。「それで、これいくらもらった?」「1万円です」って。「部長呼んでこい」って。なんでこんないいアイデアが1万円なんだと。もう1回再提案して3万円ぐらいつけろ。俺が許可してやる。
本人は喜ぶんですよ。いいカイゼンがあるでしょう。それを横に展開をすれば、影響は大きい。全世界にヨコテン(横に展開する 他の工場でも採用すること)で稼ぐ。この工場で1台あたり1円しか儲かってないとしても、全世界だったら100円になる。それがトヨタのカイゼンですよ。
【野地】そうか、ここでやったことを全世界でいいものは全部。
【河合】今はネットですぐに送るんです。たとえば、組み立て工場なら、田原がある、元町がある、堤がある、高岡がある。その工場で技術員と部長がリーダーになっていろいろカイゼンをやったり、新技術を開発する。開発したら、それをすぐに海外の拠点に送る。同じ設備が海外に10台あるとする。ひとつのアイデアを海外の10台全部に落とすんです。
【野地】ということは、例えばロシアで開発されたアイデアも……。
【河合】来ます、来ます。だからこっちからやったやつは全部出すし、向こうからいい提案がくれば我々も取り入れて勉強する。
【野地】海外から来て、河合さんが「えっ」と思うようなのもありますか?
【河合】あります、あります。どのショップも、だから鋳造も鍛造も、機械も組み立ても成形も塗装も、それぞれのショップがアイデアを出し合う。各ジャンルの工場でもやるし、世界でもやる。
■新入社員の創意くふうを育てるには
【野地】そういうのはどうやって訓練するんですか。
【河合】訓練より、入った時から創意くふう制度に慣れているからできる。カイゼンをするというマインドはみんなが持っている。だから僕らも入った時にまず創意くふうってことを勉強するんです。今の新入社員も一緒。先輩がちょっと教えて、「これが創意くふうだぞ」と。そして、書かせて提案させる。新人は1年間のうちに36件以上の採用があるとルーキー賞をもらえるんですよ。
【野地】それは生産現場だけですか。
【河合】いやいや、どこでも、事務所でも全部、一緒。だから先輩は自分の部下にルーキー賞を取らせるために頑張る。
俺の部下にどうしてもルーキー賞を取らせたいと。だから先輩が一生懸命教えて書かして出す。それでルーキー賞が取れたら、本人よりも先輩が喜ぶ。そうすると、今度はそのルーキーが新しく入ってきたやつを教える。こういうサイクルがずっとまわっているんです。
新入社員からそういう意識で、これが当たり前だという世界でみんながやっている。
■現場のリーダーに求めるもの
【河合】よその経営者がトヨタ生産方式の本を見て、現場に導入してもなかなか定着しないことがあります。かんばん入れたり、アンドンつけたりして……。でも、道具ばかり入れても、文化として定着させないと生産性は向上しませんよ。
【野地】やっぱり教える人がいないとダメなんですね。
【河合】生産現場でも事務でも実際の仕事は外から見ただけではなかなかわからないものなんですよ。僕らは現場の組長とか班長、TL(チームリーダー)に、自分がよそへ変わった時に自分の工程は必ず自分で全部やってみろ、と。人がやっとるところを見て、簡単にやっとるなと思ったって、それが簡単かどうかは自分がやってみにゃわからん。微妙な部分が必ずあるんです。
【野地】やはり現場でやってみると、いろいろなことがわかるんですか。
【河合】わかる。だから僕は現場の組長には、定期的におまえが入ってやってみろと。そうすると、あ、この工具は結構、重くてやりにくいね、と。ベテランだったら使えるけれど、新人だと無理じゃないか、と。もっと軽い工具でやれないかを考える。上の人が細部の仕事も現地現物で見ないと、カイゼンは浮かんでこない。
【野地】でも、現場というのは必ずそういうことありますよね。
■「サボりたいから知恵を絞る」でいい
【河合】そう、現場は生きている。きのうまではよかったけど、ちょっとベアリングがいかれて動かなくなったとか。そうしたら、すぐ手を挙げて、アンドンの紐を引っ張れと。そして、コンベアを止めて、その場で直せと。海外の工場へ行くと、「ラインを止めたら良く言われない」というところは結構ある。トヨタ生産方式を入れている工場でも、そこだけはなかなか真似ができない。
【野地】そうですね、ケンタッキー工場の取材で、トヨタの女性幹部に聞いたら、「そもそもアメリカの自動車工場にはアンドンはない」って言ってました。
【河合】だから僕はとにかく稼働率100って、機械が故障ゼロ、それから工程内不良ゼロ、こういう世界を作れって盛んに言ってるんだけどね。
ただ、ほんとに言いたいのは、トヨタ生産方式って、がんばれ、がんばれと作業者を追い詰めるものじゃないんですよ。僕はサボりたいために知恵を絞った。それでいいんだ、と。今よりもっといいものを楽に早くつくることを考え、余裕のある仕事をしろと言っている。実際、みんなそうでしたよ。僕らの頃、ベテランはラインで余裕たっぷりで、お茶を一杯なんて人も。問題はやっぱり、今の子は真面目だということだね。自由に伸び伸びやらせることが大切だね。
【野地】まるで河合さんみたいですね。
【河合】そう、それでいいの。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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