反省せずに他人を攻撃する人は、なぜ反省しないのか
プレジデントオンライン / 2021年3月1日 9時15分
■日本人と米国人でトランプ観に差がある
この原稿を書いている今日、2020年12月14日は、ことによるとアメリカの歴史に残る日になるかもしれない。第一に、同日ジョー・バイデン氏が大統領に就任することが正式に決まったからである。ドナルド・トランプ大統領は大統領選挙に不正があったと、負けた各州で法廷闘争を続けていたが、大統領決定の権限を持つエレクトラル・カレッジ(大統領選挙委員団)が国民の投票の結果を集計してバイデン氏の大統領就任を本日正式に決定した。
したがって、トランプ氏が世論と社会の間隙をついて、民主主義の根幹を揺るがすかのような行動をとったにもかかわらず、幸いにもアメリカ憲法とアメリカの政治制度はそれを許さなかった。立法、行政、司法の三権分立が脅かされそうになったときに、最高裁判所が率先して民主主義を守ったのである。
第二に、アメリカの新型コロナの感染者は1600万人を超え、死者も30万人に達した(人口30万人というと、だいたい秋田市の規模に当たる)。この悲劇の最中に、本日政府公認の新型コロナのワクチンが初めてアメリカ人に接種された。これはアメリカだけでなく、世界全体に対する大きな救いのニュースである。
アメリカに住んでまず気づくのは、日本国民とアメリカ国民が、かなり違った対トランプ観を持っていることである。どちらかというと、日本人のほうがトランプ氏びいきが多いように思う。
日本人がトランプ政権に好意的な理由もわかる。両国国技館におけるトランプ氏の礼儀正しいふるまいなども共感を呼んだらしい。トランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長が握手を交(か)わしたのも、米朝の関係が実質的に良くなるかは不明であるが、日本人には安心感を与えているのであろう。しかし、よく考えてみれば、アメリカ本土に届くミサイルの開発さえ止めれば、日本に届くミサイルの保有は認めてもよいといった節も見られ、実は日本にとっては大変怖い話なのである。
トランプ政権時代の共和党の唯一の経済政策ともいえる金持ち層を中心にした大規模減税は、一応効果を発揮していたように思う。それが、19年末、コロナ以前のニューヨークの街の好景気の実感であった。したがって日本でも株式投資家にはトランプ氏のファンが多い。
■日米で意見が違う一番の理由
しかし、日米で意見が違う一番の理由は、両国民の判断の根拠となるニュースが違っていることである。そして、日本のジャーナリズムは、良くも悪くもNHKの報道に見るように、均質で統一が取れているが、アメリカのメディアの言論の分裂ぶりは凄まじい。アメリカ国民の多岐なグループの多様な思考方式の反映だともいえるが、むしろ実態は、ジャーナリズムのほうがグループ間の意識の分裂を助長しているとさえ感じられる。
アメリカのメディアの一方は、既存ジャーナリズムである。CBS、NBC、ABC等の民間テレビ局、公共放送のPBS、それにニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト等のリベラルな新聞等からなる。我々が大学で教わったのと同じような常識と倫理観で働きかける。私も既存ジャーナリズムには素直についていける。メディアは自分たちが正義の味方であるというように視聴者や読者に語りかける。所得分配はより公平に、男女の格差は解消し、人種差別のないような社会が望ましく、また実際に社会はそのように向かっている前提でニュースが発信されている。
それに対抗するのはフォックス・ニュースで、それは概してトランプ大統領の意見やそれに近い共和党の宣伝機関の役を果たしているように見え、既存の報道機関からは右翼のメディアと呼ばれている。
トランプ氏は自分に都合の悪いこと、自分の嫌いなことは嘘、特にコロナ禍の存在そのものを否定しようとする態度をとった。徹底的な科学無視で、「フェイク(嘘の)ニュース」と言って切り捨てる。
■不都合な真実でもリーダーは受け止めよ
今回の大統領選挙の際には、共和党側の意見も知りたいので、フォックス・ニュースを見てみようかと思って、チャンネルを回してみると、日本の戦後リベラルに育った私には、とても見ていられない。それでなかなかフォックスの視聴者になれないのである。これは後述の「認知的不協和」が、他人事ではなく自分に起こっていると解釈できよう。
人間は真理が1つだけと考え、正しい情報のもとで、経済活動、社会活動が行われると考えがちである。しかし、情報を受け取る人が外界を認識していくプロセスは単純ではなく、それには関連する様々な科学分野において多様な考え方がある。
まず哲学である精神現象学の立場からは、人は様々な情報を受け取るが、決してそれを生のままでは受け取らない。情報の一部を重要なものとして抽出し、ほかの部分は重要ではないとして括弧に入れてしまって棚上げにする。
次に、統計学のベイズ決定理論によると、人々は事象がおおよそどういう頻度で起こるかについての主観的予測=事前確率を持っている。外部を観察していろいろなデータが入ってくると、それを使って認識を改訂していく。事前確率が事後確率に代わるのである。いずれの見方でも、各人があらかじめ持っている、いわば先入観が予測形成に役割を果たすのである。
それをより端的に示すのは、心理学でいう「認知的不協和」の現象である。人は自分の望みの生活が実現できるような調和的な世界像を抱いていたい。そこに、自分の認知と矛盾する情報が入ってくると、心情、思考、価値観、そして行動の間に摩擦が生ずる。これをアメリカの心理学者レオン・フェスティンガー教授は「認知的不協和」と名付けた(ちなみに、これを経済学に取り入れたのは、イエレン米次期財務長官の夫君であるジョージ・アカロフ氏である)。
たとえばトランプ氏は、自分は有権者に人気があり大統領選で再選されると思っていた。したがって、選挙で票が足りないという情報は、彼の内なる世界に不協和音を鳴らす。このような心情、思考、価値観、そして行動の間に矛盾が生ずると、その人の中に心理的葛藤が生まれる。
人は、この不協和な状態は不愉快なので、通常は外界に対する認知を変えようとする。それが通常の人の学習過程にほかならない。しかしトランプ氏の場合は、情報を消化せずに認知を変えようとはしない。むしろ新たな理屈を考え出して、自分の当初抱いていた信条、認識を保ち続けようとする。こうして自分にとって不都合な情報に、「フェイクニュース」のラベルを貼るのである。
こう考えると、今回の選挙には単に経済政策や社会政策の争いではなく、世界をどう認識するかの争いがかかっていた。検証された事実を認めるような政権が生まれたことを喜びたい。
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イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。
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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一)
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