コロナ禍で加速する「理系専門家の教祖化」にダマされてはいけない
プレジデントオンライン / 2021年2月19日 9時15分
■「理系の話題の触れた文系」にありがちな反応
文系人間が自らの理系コンプレックスを痛感する瞬間はいくつかある。身近なところだと、買い物途中に概算を出したり、飲食店で割り勘をしたりといった、日常生活で唐突に暗算が求められる場面だろうか。ビジネスにおいても、統計資料を読み解いたり、表計算ソフトで計算式を組んだりする際、「これってどういうこと?」と思考が滞ってしまい、数字やグラフがまったく頭に入ってこなくなってしまう……といった声を少なからず耳にする。
スケールが大きいところでは「日本人が理系分野でノーベル賞を受賞したとき」も同様だろう。テレビはこぞって彼らの業績を称賛するものの、情報番組のキャスターあたりが「文系の私はチンプンカンプンなのですが、これは本当にすごいことのようで……」などと本音を漏らす場面も少なくない。その流れを受けて「本日はゲストをお招きしました」と同分野の専門家を紹介し、解説コーナーへと展開していくのも、これまたよく見る光景だ。
もっとも解説を聞いたところで、キャスターやコメンテーターは「なんとなくわかった気もするけど、完全には理解できない」なんて反応をしていることが多い。そんな調子では、見ている視聴者なんてもっとわからないだろう。
結局、「青色発光ダイオードの何がすごいのか」や「オプジーボはどのようにして開発されたのか」といったことを解説されて文系人間が考えるのは、「世の中には頭のいい人がいるもんだねぇ」「この人は本当に優秀なのだな。それに引き換え私のような文系の凡人は……」といったことだったりする。
■「自分の生活に関連するかどうか」でバイアスがかかる
とはいうものの、新元号が発表された際に歴史をひもときながら、関連するさまざまな知識を提供してくれた本郷和人氏のような学識経験者は、文系であっても「すげぇ……」と人々から感心される。
これはどういうことか。私が思うに、人々がある情報や知識に触れて、妙なコンプレックスを抱いて思考停止するのか、はたまた素直に耳を傾けて理解を深めようとするのかどうかは、文系・理系の問題ではないのだ。要するに「自分のいまの生活や関心事に関連性が高いかどうか」で見る目にバイアスをかけているのである。
たとえば、先の改元では「次の元号がどうなるか?」という点について、多くの人が関心を寄せた。出典は中国の文献になるのか、日本の文献になるのか。そもそも元号とは何なのか。これまでどんな経緯で決定されてきたのか……など、さまざまな解説や考察がメディアで展開された。最終的に万葉集から引用された「令和」に決まった後も、原典の歌が詠まれた大宰府の歴史的経緯や役割が紹介されたりして、人々は専門家が語る関連知識から興味を深めていった。
■コロナ禍以外に関心事はないのか?
昨今の出来事のなかでもっとも人々の関心が高いのは、やはりコロナ禍だろう。この1年ほど、メディアではコロナ関連の話題に膨大な時間や紙幅が割かれている。人の命に関わるトピックだから大衆の関心が高いのも当然といえば当然。そのため、メディアでは医師やウイルス研究者をはじめとした理系の人々がたいへん重宝されている。
テレビのワイドショーなどを見ていると、もはや人々の関心はコロナ以外にないのではないかと思えるほどの状況だ。もっとも、制作サイドは視聴者のニーズに当て込んでコンテンツをつくり、したたかに数字を取っていくのが仕事である。だから、コロナ一色に染まっている現状は、つまり視聴者が望んでいることであるともいえる。
今年1月初旬、日本のノーベル賞受賞者4人が共同声明を発表。医療崩壊への憂慮を語るほか、PCR検査のさらなる拡充など政府への提言をおこなった。それを踏まえて、声明に名を連ねた専門家のうち2人──本庶佑氏と大隅良典氏が『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)に出演し、視聴者に金言を提供してくれた。
この放送の最中および終了後、「ヤフーリアルタイム検索」ではこの2人に対する称賛の声が多数書き込まれる一方、番組のレギュラーコメンテーター(理系ではない)の話が「無駄に長い」など多数の批判が書き込まれた。
■コロナ禍で煮え湯を飲まされ続ける文系
私はこの動きを眺めながら、なんともいえない気持ち悪さをおぼえていた。ノーベル賞受賞者がうったえる冷静な指摘には、私もそれなりに納得した。しかし、彼らの言葉に感銘を受けた多くの人々が、返す刀で「ノーベル賞受賞者に比べて司会者やコメンテーターのなんと浅薄なことか」「理系でもない門外漢のくせに、知ったような口をきくな」などと感情的な反応をぶちまけていたのである。
まあ、私も日ごろテレビを見ていて、コメンテーターがクソみたいな発言をしていれば一視聴者としてイラつき、嫌悪もする。だから、多くの視聴者の反応についても、その気持ちはわからなくもない。でも、コロナ以降の「理系の専門家でもないゴミ文系はとにかく黙れ」と高圧的に口封じをするようなムードには、どうしても馴染めないのだ。
この1年ほど、文系の批評家やコメンテーターは煮え湯を飲まされ続けてきた。文系が何を言っても「理系の専門家様に異議申し立てをするのか!」と批判されるのだ。かくいう私も、そうした批判を投げつけられた一人である。
■理系コンプレックスをこじらせる文系人間
今回のコロナ騒動に関連して、テレビに多数出演し、有名になった理系の専門家にはたくさんの“信者”がついた。そして信者たちは「先生、これからも有益な情報を発信してください!」「政府におもねる御用学者とは違い、先生の言っていることには信憑性があります!」などと、絶賛キャーキャーコメントをSNSやヤフーニュースの欄外などに書き込みまくっている。
私はそうした現象の背後に、冴えない文系人間の歪んだ理系コンプレックを見てしまうのだ。いいかげん文系の人間は、つまらない理系コンプレックスから解放されてはどうか。
理系の人間、文系の人間、それぞれが得意なことを出し合いながら、互いに補完し合えばいいのだ。緊急事態宣言の発令などについても、政府は分科会のメンバーにマーケティングの専門家など文系の有識者を入れて、検討や判断をおこなってもよかったはずだ。そのほうが、経済的な課題を解決する提言ができたかもしれない。そもそも文系領域で活動している人材のなかにも、理系的素養を兼ね備えている人は少なからず存在する。そうした人材は案外、合理的にものごとを判断できる。
■コロナで“教祖化”していく理系の専門家
コロナについてSNSで連日のように意見している人物は数多いが、そのなかでも私がとくに注目している一人にコンサルタントの永江一石という方がいる。私は同氏の「文系だが、マーケターなので理系的な考え方も持っている」という特質にとても共感する。永江氏の合理的な言説には賛同する点が多く、何より筋道が明快なのでしっくりくるのだ。
同氏の基本的な論調は、「若者はコロナに罹患(りかん)しても重篤化しないケースが大半。であれば、高齢者のために全世代が一律で自粛するのではなく、現役世代で経済を回し、社会を維持しよう」というものだ。私もこの考え方には完全に同意である。永江氏は、心理学や大衆の行動変容の研究といった文系的な知見を持ちつつ、理系的な素養として「データを読み解く」ことの重要性を知っているのだろう。だからこそ同氏の意見はバランスが取れているし、私も納得しながら読み進められる。
テレビに登場する理系の専門家は、とかく「このままだと指数関数的に死者が増加して、近いうちに42万人もの死者が出ます!」「現在の東京は2週間前のニューヨークです!」などとうそぶく。こんなことを数千万人が視聴しているであろうテレビで主張されたら、理系コンプレックスに染まった文系愚民は「ははぁ~理系の賢者様、説明を聞いても難しくてよくわかりませんでしたが、われわれの気の緩みを申し訳なく思います~」なんて意識を持つようになるだろう。それでますます理系専門家の「教祖化」が進むのである。
■理系的素養を持つ文系人材をナメるな
しかしながら、文系のなかでもある程度冷静に思考できる人々は
「新型コロナウイルスを指定感染症の2類から5類に落とせば解決するんじゃない?」
「たしかに、欧米ではたくさん死者が出ているけど、1年経ってみて、日本は圧倒的に死者が少ないのだから、そこまでビビらなくてもよいのでは?」
「アジア系の人間はあまり死なない、という指摘もあるよね?」
……といった調子で、率直に意見を発することがある。
これに対して、理系の専門家たちは「明確なエビデンスがない!」「安易な素人考え」などと歯牙にもかけず、理系ではない人間のことを“サイエンスの素人”と見下したり、論破したりしようとするのである。
あのな……ワシら文系は、お前ら理系の主張に欠けている人間の感情、心情をはるかに理解しているし、“現実的な暮らし”という視点から、困っている人々を慮ることができている自負があるわ。それなのに、理系の賢者様は耳を貸そうともしない。
あと、ワシらだってデータくらいは読めるし、論拠となるデータを提示することだってできる。でも、理系の専門家連中は「文系の人間が都合よく引っ張り出してくるデータなどに信憑性はない!」「お前らはデータの読み方を間違えておる!」と、まともに議論しようともしない。そのまわりでは、思考することを放棄した残念文系たちが「ははーっ!」と理系の専門家に土下座しているような様相である。なんなのだ、この地獄絵図は。
■数学・物理で“無双”だったアメリカの高校時代
私自身は、案外理系の素養があると認識している。なにしろ「日本ではあまり死んでいない」「日本は病床数が多いにもかかわらず、コロナを受け入れない病院が多過ぎる。そうした状況から目を逸らせるようにして『医療崩壊』なるパワーワードでけむに巻き、さらにメディアが煽る」というデータ(事実、実状)に基づいて考えているのだから。
テレビ朝日の社員で、『羽鳥慎一モーニングショー』のレギュラーコメンテーターである玉川徹氏は京都大学の理系出身である。それゆえ、同氏の「PCR検査を増やせ!」「ゼロコロナを目指せ!」といった意見は、説得力があるように響いてしまう。でも、私のような文系の人間からすれば「多くの人々は、あなたのように安定した高給をもらっていない。安易にそんな主張を押し付けて、経済を停滞させるな」と、どうにも腑に落ちないのである。
![アメリカの高校で数学・物理の“無双”学生だった中川氏。当時獲得したトロフィーには「TOP MATHLETE」の文字が(著者提供)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/6/250/img_3676d87686b07e96e0d5204df1a598bd232210.jpg)
私がなにを言ったところで、「あなたは数字がわからない」「すべての検討、判断はデータに基づいておこなわれているのだから、お前は黙れ」「欧米ではー!」などと返されるのがオチなのだろう。ただ、私は「なんで自分は文系に進んでしまったのだろう……」とわれながら不思議に思うくらい、もともとは数学・物理が得意な生徒だった。
古い話で申し訳ないが、かつて私は、アメリカ・イリノイ州のブルーミントンという街の高校生のなかでいちばん数学ができる人間だった。親の海外赴任にともない、中学の途中から高校卒業までアメリカで過ごしていたころの話だ。ハイスクールでおこなわれた数学コンテストで、私は1位を獲得した経験がある。写真のトロフィーにも記載されているように「TOP MATHLETE(MathematicsとAthleteを合わせた造語)」の称号を与えられたのだ。昔取った杵柄(きねづか)で恐縮ながら、当時の私はハイスクールレベルの数学・物理の分野において、学内で無双状態だった。
■自分の競争優位性から進路を判断
トロフィー獲得後も数学・物理については常に学内でトップだったこともあり、イリノイ州の「学力競技会」的な大会に母校ブルーミントンハイスクールの代表として選抜され、数学部門と物理部門で戦った。残念ながら、州で1位にはなれなかったが……。
こうした経験を経て、「さて大学はどうするか?」と考え始めたとき、アメリカの大学で理系学部に進んでもいいかな、とまずは思った。だが、私のような理系的思考をする人間は、こう考える。
「大学で困らない程度の英語力は持っているが、ネイティブではないのでやはりディスアドバンテージはあるだろう。それに、白人が幅を利かせているアメリカという国で、黄色人種である自分が勝てる可能性は少ない。それよりも『英語ができる日本人』として日本に戻るほうが、自分の人生にとっては有利な選択に違いない。アメリカに戻るのは将来でいい」
この場合の理系的思考とは「自分はどれだけこの分野で有利に立ち回れるか」について、競争の激しさを軸に考えられることなのだ。それを踏まえると「クソみたいな英語教育しか受けていない日本の高校生と比べて、圧倒的な英語力を持つ自分であれば、日本の大学で競争に勝てる」ということは明確だった。
![中川氏の高校時代の物理ノート。数式や図表がビッシリと書き込まれている(著者提供)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/2/540/img_e22f89fbd179a699e53a92ffc4dc5aae303632.jpg)
■商学部を選択した理由
日本の大学に進学すると決めて、なぜ私が理系を選ばなかったのか。振り返ってみると、父の助言がすべてだった。
「お前は数学と物理は得意だが、恐らくその分野に進んでも研究者になるしかない。カネを稼ぐという面ではあまり得策ではないだろう。むしろその記憶力を活かして、司法試験か公認会計士試験を目指すほうがいい」
父のこの言葉で、私は理系を捨てた。そして、法学部か商学部、経済学部に行くのもアリだと考えるようになった。最終的には「いくら記憶力がよくても、法律には何の興味もないからな」と思い至り、商学部に進むことを決めた。
なお、その判断を下すに際しても、理系的な合理的思考が働いている。こんな具合だ。
・東大の経済学部は難しい
↓
・仮に入学できたとしても、東大では経済学部より法学部のほうが格上である。就職活動をするにせよ、国家一種試験を経て官僚になるにせよ、東大経済学部は東大法学部よりも評価が下になるといわれている
↓
・であれば「経済学部」におけるナンバー1の東大、ナンバー2の京大には存在しない、「商学部」を選択し、そのナンバー1大学に入学すればいい
↓
・一橋大学は商学部が“看板学部”ということになっており、日本の商学界においてはステイタスがもっとも高いとされている
↓
・よし、そこに入るとするか!
■競争相手が多い土俵で戦うのは得策ではない
そして一橋大の商学部に入ってわかったのは、予想以上に多くの学生が公認会計士を目指していることだった。私も入学してしばらくは公認会計士という進路をぼんやりと視野に入れていたが、思っていたよりも競争相手が多いので、同じ土俵で戦うのはあまり得策ではないと考えるようになった。では、このなかでいかに目立つか──つまり、どうすれば就職活動をより有利に戦えるかを考えたとき、浮上してきたのがメディア界隈の仕事だった。
幸いなことに「一橋大学商学部」という学歴は、メディア界隈では「よくわからんが、東大に次ぐレベルにある、在京の国立文系大学だよね? だったら、そこそこ仕事もできるんじゃないの」という評価につながったらしい。就職倍率の高い会社が勝手にそう思ってくれたことに加えて、優秀な学生が軒並み公認会計士試験を受けてくれたため、少なくとも同じ一橋大の学生間における競争では倍率が下がり、私は無事、博報堂に入ることができた。
■理系に反論するタイミングをはかる
文系でありながらも「理系的思考力」を持つということは、たとえばいま述べたように「この分野であれば、自分は余裕で戦える」という感覚で進路を選んだりできることである。別に難しいことではない。どう立ち回れば将来的に有利か。状況を見てどう判断するのか合理的か。そんな視点から物事を考えることを意識的におこない、習慣化してしまえばいいのだ。
今回のコロナ騒動についても、前出の永江氏や私は文系でありながらもデータを駆使することが得意なだけに、理系的思考を土台にして状況を捉えている。「文系は黙れ!」と理系から断じられる筋合いはない。
さらに付け加えるなら、文系愚民が「ははーっ、理系の賢者様!」とひれ伏しているインチキ臭い理系の専門家に対し、「データを咀嚼できる力」と「利を得る嗅覚」と「口だけは達者」という“理系的思考ができる文系の人間”らしい能力を使って、ためらうことなく対抗することが重要だと、私は考えている。
さて、コロナ禍をどうするか。理系の連中はさんざんエラソーにしてきたが、いいかげん、文系から明確な反論をしてやってもいいのではないか。私は「そろそろ自分が利を取れるか、まだそれは早いか」と時機を読みながら、理系に勝てる瞬間を待っている状況である。
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・ある情報に触れたときに理解が進まないのは、自分が理系か文系かではなく、「自分のいまの生活や関心事に関係があるかどうか」で見る目にバイアスをかけてしまっていることが原因。
・コロナ禍の影響で、文系の人々が持つ理系コンプレックスが強まっている印象がある。
・“理系の専門家”をあがめるような気運が高まっているが、理系人材も万能ではない。彼らの言うことを盲信するのは危険だ。
・文系の人間が理系的思考を身につけたければ、まずは「自分はどう立ち回れば、将来的に有利か」を考えるところから始めてはどうだろう。
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ライター
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライターや『TVブロス』編集者などを経て、2006年よりさまざまなネットニュース媒体で編集業務に従事。並行してPRプランナーとしても活躍。2020年8月31日に「セミリタイア」を宣言し、ネットニュース編集およびPRプランニングの第一線から退く。以来、著述を中心にマイペースで活動中。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットは基本、クソメディア』『電通と博報堂は何をしているのか』『恥ずかしい人たち』など多数。
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(ライター 中川 淳一郎)
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