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「返済不要で8000万円超を支給」24年続いている"神戸の古本市"にある人のぬくもり

プレジデントオンライン / 2021年2月19日 9時15分

今年はいつもより早く、2月から1カ月間の開催 - 資料提供=神戸学生青年センター

品揃えの良さで評判の神戸「六甲古本市」が2月20日から始まる。初日にはプロの古書店やコレクターが行列し、開催期間に400万円売り上げることもある。1998年の開始以降、今年で24回目。売り上げを経済的に困窮することの多い留学生に奨学金としてこれまで総額8465万円支給してきた。地元在住のライター水野さちえさんが古本市発起人の「神戸学生青年センター」理事長、飛田雄一さんに聞いた――。

■今年で24回目、神戸の「愛される古本市」の仕組み

「社会の役に立ちたい」という姿勢や活動を示す「ソーシャルグッド」。近年SDGs(持続可能な開発目標)とともに、社会に浸透してきたが、長く続けるにはどうしたらいいのか。そのヒントが神戸で開かれる古本市にあった――。

春が近づくと、神戸市灘区と東灘区向けの新聞には1枚の折り込みチラシが入る。「六甲古本市」のお知らせだ。売り上げが、アジアからの外国人留学生への奨学金に充てられるという趣旨と、古本の品揃えの良さから、2カ月で400万円を売り上げることもある名物古本市である。

運営はボランティアで行われ、1998年の開始以降、延べ145人の留学生に総額8465万円の奨学金を支給してきた。古本市の発起人で世話役の「神戸学生青年センター」理事長、飛田雄一さんに話を聞いた。

■きっかけは1995年の阪神・淡路大震災後の留学生支援

「1995年の阪神・淡路大震災では、近隣の住民だけでなく、阪神間で被災した留学生を支援しました。神戸学生青年センターには宿泊施設もあるので、そこに寝泊まりしてもらいました」

神戸市灘区にある神戸学生青年センター(以下、センター)は、キリスト教伝道団体に由来する公益財団法人で、現在は市民セミナーや語学講座などを運営している。被災した留学生への支援を呼びかけたところ、全国から多額の寄付が集まった。そこで、罹災証明を持参した留学生に、センターから「生活一時金」として3万円を支給したのだ。それが一段落したころ、外資系コンピュータ企業の日本DEC社(当時)から「支援に使ってください」と1000万円もの寄付があった。そこで募金の残額300万円と合わせて、留学生向けの奨学金「六甲奨学基金」を立ち上げた。

飛田雄一さん
撮影=水野さちえ
飛田雄一さん - 撮影=水野さちえ

「これまでもセンターで国際交流セミナーを行っていた日本語学校の先生たちから、『大学への留学生と比べて、日本語学校の学生への奨学金や被災者支援がとても限られている』という話を聞いていました。そこで六甲奨学基金では、広く支援をしていこうと決めました」

当時、来日する学生の在留資格は「大学もしくはこれに準ずる機関(短大、高専、専修)」の学生に対しては「留学」、高校や各種学校の学生に対しては「就学」に区別されており、管轄する省庁も異なっていた。(※2010年7月1日施行の法改正により「留学」に一本化された)

■奨学金に返済の義務はなく、使いみちも自由

現在でも、日本で学ぶ留学生のための奨学金、なかでも日本語学校の学生向けとなると、その数はぐっと少なくなる。日本学生支援機構の調査では、2019年時点の外国人留学生の数は31万2214人。そのうち日本語学校への留学生は8万3811人と、全体の27%を占める。

それに対し、同機関が公開する「日本留学奨学金パンフレット2020-2021」によると、地方自治体・関連国際交流団体・民間団体が支給する留学生向け奨学金125件のうち、日本語学校の学生にも門戸が開かれているのはわずか8件(全体の6%)だ。日本で高度な技術や知識を習得するには、まず「日本語の習得」が必要だが、日本語学校の留学生には、その入口段階で経済面での壁が立ちはだかるのだ。

「六甲奨学基金」から支給される奨学金に返済の義務はなく、使いみちも自由。支給される学生に対して、センターの国際交流イベントなどへの参加の義務も一切ない。加えて、支給対象を大学や短大、高専だけでなく、専門学校や日本語学校の学生も対象とする点に大きな特徴がある。

「門戸は広くする。そして、奨学金を支給する立場であっても、学生を拘束してはいけないというのが、センターを運営する仲間たちの総意でした」

毎年1月に、兵庫県下の学校に募集案内を送り、各校1人を推薦してもらう。1000人以上の留学生を擁する神戸大学でも、少人数の日本語学校でも、推薦枠は1人。そこから抽選で5人に絞るという選考スタイルだ。

「奨学金の構想としては、毎月5万円を1年間、5人に支給する。つまり年間300万円が必要になります。基金は1300万円あるので、毎年そこから100万円を取り崩し、もう200万円を寄付で集めて、13年続けようという目論見でした」

ところが、震災直後にはあれほど集まった寄付金が、奨学金となるとなかなか集まらない。1300万円あった基金はみるみる目減りしていき、13年どころか4、5年で終わってしまいそうになった。

■とりあえずやってみたのが「古本市」

そこで思いついたのが「古本市」だ。

お金ではなく、家や職場で不要になった本を寄付してもらって、その売り上げを奨学金に充てる。センターのロビーで開催すれば、場所代だってかからない。趣旨に賛同した人たちから古本がセンターに持ち込まれ、初年度(1998年)は80万円を売り上げた。素人が手探りで始めたにしては上出来だった。

古本市の価格設定はシンプルだ。文庫本や新書は一律100円、それ以外の単行本は一律300円。どんなに値段が高い学術書でも、絶版となり市場から消えた稀少本でも、均一価格である。そのためか、初日には阪神間の古本店やコレクターたちが、開店前から行列をつくる。

シンプルな会計システム
撮影=水野さちえ
シンプルな会計システム - 撮影=水野さちえ

「初日はすごいですよ。プロがバーコードリーダーのような道具を持ってきて、瞬時に市場価値を見極める。絶版の岩波新書だけを、箱いっぱい買っていく人もいる。さすがやね」

と、飛田さんはあっけらかんと話す。とりあえず一律の価格設定にしてみて、やりながら考えようとしたところ、そのまま定着したという。一時、希少本だけでも価格を変えようとしたこともあったが、持ち込まれる古本が多すぎて対応しきれなかったそうだ。

■段ボール900箱、最大9万冊の古本が全国から届く

運営はセンターの職員とボランティアが行う。おもな仕事は、古本の受け取りと分類だ。

「全国から段ボール900箱ほどの古本が届きます。後で礼状を送るために、伝票を保管して、開梱して、仕分けて、陳列する。センターに直接持ち込まれる本も合わせると、多い年で9万冊ぐらいになりますね」

期間中、ボランティアの延べ人数は500人を超える。古本の運搬は重労働だが、読書好きの人が多く、本の内容や陳列の仕方で話が盛り上がることもしょっちゅうだ。単行本、文庫本、新書に分けられた古本は、別の段ボールに整理し直され、センターの廊下に山積みになっていく。

取材中も近隣住民から古本が持ち込まれた
撮影=水野さちえ
取材中も近隣住民から古本が持ち込まれた - 撮影=水野さちえ

「一度に全てを並べるのはスペースの都合上無理なので、時々古本の総入れ替えをします。推理小説や時代小説なんかは、『松本清張』や『池波正太郎』など作家ごとに分類するとよく売れますね。期間中、何度も足を運んでくれる人もいます」

■大学の教授が「六甲古本市行き」という箱を設置して本を集める

同じ作家でも出版社や、単行本と文庫本による違いが楽しめたり、思いがけず数十年前の初版本に出会えたりする。その上、入れ替えもあるのでリピーターも飽きないのだ。客にとっては毎回、古本市ならではの「見つける楽しみ」があり、陳列を工夫した古本が目の前で売れると、ボランティアのスタッフにとっても励みになる。

「本当にいろいろな古本が送られてきます。全国紙の新聞記者が、勤務地の本を集めて送ってくれたり、大学の先生が、研究室に『六甲古本市行き』という箱を常設して本を集めてくれたり。いつでもどこでも、古本市のことを気に留めていてくれるのがうれしいですね」

やはり、ある程度の量があると古本はよく売れる。終了後、同様の古本市を行う非営利団体や、地域の児童施設などに、寄せられた古本をさらに寄贈することも多いそうだ。

■新規客獲得のためのアナログ作戦が効き目満点

リピーターを惹きつける一方で、新規顧客の開拓も必要だ。宣伝はどうやっているのだろうか。

「新聞の折り込みチラシで、認知度がぐっと上がりました。古本市のお知らせだけでなく、裏面ではセンターの活動紹介もしています。そもそも紙の新聞と古本との相性はいいし、届けたい人に情報が届いていると実感します」

2021年は6万枚のチラシを、神戸・朝日・毎日・読売・産経の各紙に折り込んだ。

その他に手ごたえを感じたのは「のぼり」と「ポスター」だ。のぼりは最寄りの阪急六甲駅近くとセンター周辺に数本立てるだけ。ポスターに至ってはたった1枚、センターからほど近い神戸大学の通学・通勤ルートに取り付けた。卒業生でもある飛田さんが「あそこなら歩く人全員の目に留まる」と熟知している場所である。そこから導かれた学生や教職員たちが、面白いようにセンターにやってきた。

■長く続けるためには「自分たちが楽しむ」ことが大事

開始当初は、奨学金を13年続けるのが目標だった「六甲奨学基金」は、古本市のヒットによって25年続いてきた。その古本市は、今年で24回目を迎える。ここまで成功した最大の要因は何だろうか。

「だんだんと自己増殖していったからでしょうね。活動の趣旨に賛同して、古本を提供してくれる人たちも気持ちがいいし、ボランティアも楽しいし、お客さんも楽しみにしてくれている。楽しく、よいことをするというサイクルがうまく回転している」

「誰かのために」という使命感や善意だけではここまで続かなかったかもしれない。何より「自分たちが楽しみながらやる」ことに継続のヒントがあるのではないかと、どこか飄々としている飛田さんからは感じられた。今年の春も、もうすぐそこだ。

参考資料
六甲奨学基金
留学生の内訳、(独)日本学生支援機構の調査より
「日本留学奨学金パンフレット2020-2021」

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水野 さちえ(みずの・さちえ)
ライター
日系製造業での海外営業・商品企画職および大学での研究補佐(商学分野)を経て、2018年からライター活動開始。ビジネス、異文化、食文化、ブックレビューを中心に執筆活動中。

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(ライター 水野 さちえ)

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