「最低賃金引き上げ策」が大失敗した韓国経済を襲う3つの格差
プレジデントオンライン / 2021年2月19日 11時15分
■持つ者、持たざる者の“二極分化”が鮮明に
2021年に入り、韓国の雇用・所得環境が厳しさを増している。その一因として、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の経済政策が期待された効果を表していないことがある。
左派系といわれる文氏の政策は、これまでも経済専門家から「自身の支持母体である労働組合などへの配慮が強い傾向がある」と指摘されることが多かった。そうした政策は、すでに労働組合に加入している労働者には福音になるものの、企業のコスト高や若年層の就職率などにマイナスの影響をもたらすことが想定される。そうした弊害が顕在化すると、韓国経済の成長のエネルギーを低下させることも懸念される。
2020年春先にはコロナショックが発生し、韓国では若年層を中心に失業率が上昇している。文政権下、資産や安定した職を持つ者と、持たざる者の経済格差の拡大をはじめとする韓国経済の“二極分化”は、一段と鮮明になる可能性がある。サムスン電子などが中国企業の追い上げや激化する国際競争に直面していることの影響も軽視できない。雇用面を中心に文大統領が経済格差を是正することは容易ではないだろう。
■失敗だった最低賃金の大幅引き上げ
文政権の経済政策の特徴は、企業経営者に対して厳しい姿勢をとってきたことにある。文氏は、重要な支持基盤の一つである労働組合などを重視してきた。最低賃金の引き上げや、労働時間の短縮などはその代表的な施策といえる。
2018年に16.4%、2019年に10.9%と大幅に最低賃金は引き上げられ、GDP(国内総生産)がマイナス成長だった2020年の引き上げ率は2.87%だった。文政権は経済運営の効率性を高めることよりも、労働者の取り分を増やすことを重視している。
その結果、韓国では中小企業を中心に企業の経営体力が低下し、雇用が減少した。企業が労働コストの上昇に対応するためには、どうしても新規の採用を抑えなければならない。それに加えて、企業経営者は労働組合からの賃上げなどの要請にも対応する必要がある。そのしわ寄せとして、韓国では15~29歳の若年層の失業率が高止まりしている。
■輸出の増加が雇用増につながらない深刻さ
その上に新型コロナウイルスの感染が発生し、韓国の雇用・所得環境にはさらなる下押し圧力がかかっている。2021年1月の失業率は季節調整後で5.4%と、前月から0.9ポイント上昇した。業種別に失業率の変化を確認すると、飲食や宿泊に代表される非製造業だけでなく、製造業でも雇用が失われている。また、世代別にみると若年層に加えて60歳以上の失業率も上昇した。韓国の雇用・所得環境の悪化はかなり深刻だ。
その一方で、雇用以外のマクロデータを見ると、世界経済の中でも韓国経済は良い状況にある。例えば、50を境に景気の拡大と縮小を示す製造業PMI(購買担当者景況感指数)は50を上回って推移し、輸出も堅調だ。その背景には、世界経済のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速によってサムスン電子やLG化学など大手財閥系企業の業績が拡大したことがある。
しかし、失業率のデータを見る限り、輸出増加が雇用の創出につながっていない。それが示唆することは、足許の韓国経済は自律的かつ持続的に雇用を生み出すことが難しくなっているということだ。
■業績悪化にもかかわらず、ストライキを選ぶ企業も
その状況下で懸念されることの一つが、労働争議の激化だ。失業率の上昇は、自らの既得権が弱まる、あるいは失われるという労働組合加入者の不安心理を高める。その状況を回避するために、韓国の労働組合はストライキなどを行うことによって、企業の経営者に賃上げなどを求める可能性がある。
例えば、ルノーサムスン自動車は販売の減少によって業績が悪化している。同社経営陣はコスト削減を進め生き残りを目指している。その状況下、常識と良識に基づいて考えれば、役職員が協力してより効率的な事業運営を目指すのがあるべき姿だ。
しかし、ルノーサムスンの労働組合は経営陣との協力よりも、ストライキの構えを示している。自動車以外の業種でも、待遇改善などを求める労働組合の勢いは増しているようだ。その状況が続けば、企業の収益力は追加的に低下し雇用環境には一段の下押し圧力がかかるだろう。
■韓国から脱出する企業が増える
それに加えて、2020年12月に文政権は失業者と解雇者の労働組合加入を認めるよう法令を改正した。それによって労働組合の影響力はさらに強まるとみられる。コロナショックによる韓国の内需低迷や労働争議のリスクなどを回避し、労働コストの引き下げと素直な労働力を手に入れるために、韓国から海外に進出する企業は増える可能性が高い。
そうした展開が想定される状況は、わが国と対照的だ。近年、わが国では自動車、化粧品、日用品などの分野で中国などから国内に生産拠点を回帰させる企業が増えた。それは、世界の消費者にとって“日本製(メイド・イン・ジャパン)”が安心と安全のシンボルだからだ。同様に、独ポルシェも“ドイツ製”がそのブランド価値を支えていると考え、ドイツでの生産を大切にしている。
企業が持続的な成長を目指すためには、組織が一つにまとまることが欠かせない。個々人が集中力を発揮し、さまざまなアイデアと技術などが結合することによって企業は需要を生み出し、付加価値を獲得することができる。文政権下の韓国では企業がそうした取り組みを進めるのが難しくなっているようだ。
■今後待ち受ける3つの「深刻な格差」
今後、韓国経済では経済の二極分化、回復のペースを上げる製造業とペースが上がりにくい非製造業部門の差が広がる“K字型”の景気回復が鮮明となるだろう。それを3つの点から考えたい。
まず、世代間の格差は拡大するだろう。左派の政治家である文大統領は、労働組合の意向に配慮しなければならない。それは若年層の雇用機会を追加的に減少させる要因だ。ある意味、文氏の政策運営は、自らの政権を維持するために、将来の世代に負担を先送りしているともいえる。
次に、海外に進出できる体力を持つ企業と、そうでない企業の体力の差は拡大するだろう。韓国経済の成長に不可欠な輸出を支えるのは、サムスン電子を筆頭とする財閥系の大手企業だ。足許、大手企業は海外での収益獲得に注力しており、韓国経済の輸出依存度は高まりやすい。その一方で、韓国の内需は低迷している。感染が終息したとしても、飲食や宿泊などの非製造業の需要はコロナショック以前の水準に回復しない恐れがある。
■世論の分断がさらに進む恐れ
3点目として、世界的な株価の上昇によって、富裕層とそれ以外の所得層の経済格差が拡大している。韓国では株価に加えて首都圏のマンション価格が高騰している。文政権が対策を講じたとしても首都圏の不動産価格は上昇する可能性がある。
なぜなら、米国を中心に低金利環境が続き、景気が悪化すれば政府・中央銀行が対策を打つと先行きを楽観する投資家が多いからだ。しばらくの間、世界的に株価は上昇する可能性がある。資産価格が上昇する間、資産や安定した職を持つ人と、持たない人の格差は拡大する。
ただし、資産価格の上昇が続くことは考えられない。株価に調整圧力がかかれば、韓国経済全体でバランスシート調整が進み、資金繰りに行き詰まる家計や中小の事業者は増えるだろう。それに加えて、株価の下落は社会心理を不安定化させる。そうした複合的な要因によって、韓国では、資産を持つ世代と若年層、安定した職を持つ人とそうでない人というように経済の二極分化が鮮明化し、世論はこれまで以上に分断される恐れがある。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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