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何でも無料のインターネットは、「商業道徳」を無視しすぎている

プレジデントオンライン / 2021年2月23日 11時15分

経営学者の楠木建さん(左)と哲学者・批評家の東浩紀さん(右) - 撮影=西田香織

ネット経済は「無料」をベースに急拡大してきた。だが、それは商売として真っ当だったのだろうか。哲学者の東浩紀さんは新著『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)で、言論活動でお金を稼ぐ苦労を赤裸々に綴った。同書を読み、「感動的」と評した経営学者の楠木建さんとの初対談をお届けする――。(前編/全2回)

■失敗→反省→自己認識のおもしろさ

【楠木】『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる』(中公新書ラクレ)を興味深く読ませていただきました。考えさせられるところが多々ありました。

【東】ありがとうございます。楠木さんのような経営学者に褒められるとちょっと恥ずかしいですね。2010年に39歳でちっちゃい会社をつくって、それから10年ほど悪戦苦闘したというだけの記録ですから。

【楠木】白状すると、東さんの著書は初めて読みました。書店で平積みされていたので、「これはおもしろそうだな……」ぐらいの興味で手にとったんです。読んでみて、期待をはるかに超える内容でした。この本で東さんの哲学・思想の一端を知ることができたので、これから『ゲンロン0 観光客の哲学』なども読んでみます。「観光」とか「誤配」といった概念は実にイイですね。

東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)
東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)

【東】『ゲンロン戦記』で初めて僕の本を読んでくれた方はけっこういるみたいです。Twitterの反応を見ても、これまでの読者とは違う。30代40代のビジネスパーソンが「身につまされる」と感想を書いているのは意外でした。

【楠木】この本は、会社経営のドタバタが題材ですけれど、読み手の興味によっていくつかの違った主題が読み取れると思います。僕の関心は、東さんが失敗や反省から自己認識を再構築していく過程です。僕もそうですが、東さんは徐々にしか反省しないですね。3歩進んで2歩下がる。今さらながら、水前寺清子さんはイイことを言っていたと思います。

【東】そうなんです、人間は徐々にしか反省しない。

■「自分の能力過信問題」が、失敗を繰り返す元凶

【楠木】経費書類は見える場所にファイリングしなければダメだとか、領収書はこまめに整理しておかないといけないとか、細かい苦労を重ねていきますね。ご本人は大変だったでしょうが、読んでいるほうはちょっと笑える。

【東】僕はもともとファイルを整理しなくても、置いてある場所を記憶しているから大丈夫なタイプなんです。メモもほとんど取りませんし。

ところが、組織となれば、みんなが使えるように体系立てて整理しなくてはいけない。でも、そういう発想が僕のなかになかった。特に失敗の原因だったのは「スタッフが失敗したら、自分がフォローすればいい」「僕のやり方がいちばん効率的だ」と思い込んでいたことです。それによって彼らの仕事に介入して途中で壊してしまったり、「じゃあ、俺がやるからお前は担当を降りろ」みたいな態度に出たりした。この「自分の能力過信問題」が、失敗を繰り返す元凶だと徐々に気づいていくんですね。

楠木建氏
撮影=西田香織
経営学者の楠木建さん - 撮影=西田香織

【楠木】有能さや多芸多才が仇になるという典型ですね。自分がデキるから、他人のことがわからない。だからすべてに対応してしまう。

■たどり着いたのは、小学生でもわかる当たり前の結論

【東】本当はできないことがいっぱいあるんです。そもそも会社員の経験がないから、毎朝ちゃんと起きて定時に出社し、組織のなかで働くということができない。ただ、「自分はできない」と自覚する経験を避けてきたと思うんですよね。

ふつうの会社員なら20代30代で学ぶことを40代になってどーっと経験して、そのツケがまわってきたんだと思います。

【楠木】1週間ぐらいかけてファイルを整理している場面にはしみじみとしました。あれは43歳のときですかね。

【東】ファイル名を書く紙をつくろうと、毎日カッターで紙を細く切りながら「おかしいなー、これ俺がやる仕事じゃないよな。でも、これが本当の仕事なのかも」と思ってました。テプラみたいなラベルライターを買えばいい、という発想すらなかった。

【楠木】そうやって何度も失敗しては反省し、そこから導きだされる結論が「人間はやはり地道に生きねばならない」。本の中でいちばん笑って、いちばん感動したところです。失敗と反省の揚げ句にぐるっと一周も二周もして、小学生でもわかるような当たり前の結論にたどり着く。「人間が生きていくって、こういうことだよな」という迫力がありました。

【東】ビジネスパーソンの方たちが「身につまされた」のは、そういうところかもしれません。

■GAFAの違いは「マネタイズ」という言葉に注目するとわかる

【楠木】『ゲンロン戦記』を読むと、今日的な商売の意味を深く考えさせられます。私の専門は経営学のなかでも競争戦略です。1990年代後半からのインターネットをベースにした情報財のビジネスについても考察してきました。

いわゆるGAFA。「メガプラットフォーマー」とか一括りにして語られるのですが、それぞれの実際の商売の中身は相当に違います。何らかの価値を顧客に提供して、その対価を得る。つまるところ商売というのはそういうものなのですが、対価の取り方が異なる。「マネタイズ」という言葉に注目するとわかりやすいと思います。

楠木建氏
撮影=西田香織

AppleとAmazonのアニュアルレポート(年次報告書)には「マネタイズ」という言葉はあまり出てきません。ユーザーから直接対価を受け取っているからです。稼ぐ力の中身を見ると、Appleはようするにハードウェアの会社であり、Amazonはようするに小売りと流通の会社。コストを上回る対価をユーザーから支払ってもらえるような「いいモノ」「いいサービス」を提供することによって儲ける。その実像はごく伝統的な商売です。

一方、GoogleとFacebookはアニュアルレポートに「マネタイズ」が頻繁に出てくる会社です。Facebookは登録してあるだけで僕はほとんど使っていませんが、Googleのサービスは日常生活の中でしばしば使っています。ユーザーではあるのですが、Googleにおカネを直接払ったことはありません。GoogleやFacebookにおカネを払っている本当の顧客は広告主です。ユーザーとカネを払う人が分離している。だから「マネタイズ」が必要になる。つまりは広告業です。

■運に任せて「赤字を掘る」のは商業道徳に反している

【楠木】インターネットの時代になって、情報材を扱うB to Cの商売の実態は、ほとんどの場合、広告業もしくは販促業です。広告業の生命線はユーザーの数です。これはラジオやテレビの時代からまったく変わっていない。見ている人がたくさんいるほど、プラットフォームとしての価値が高まり、広告主を集めやすくなり、広告収入が得られます。どうしたらユーザーの数を集められるか。いちばん手っ取り早いのはタダにすることです。こうした成り行きで、「ネットの情報はタダ」が当たり前になりました。

とにかくスケールさせなければならない。しかし、ユーザーから直接カネは取れない。十分な規模に至るまでには時間がかかるので、情報サービスのスタートアップ企業の多くは、まずは「赤字を掘る」ことになる。それはそれで一つの手口なのですが、赤字を掘ったその先にきちんと商売が成り立つかどうか、長期利益につながる首尾一貫した戦略ストーリーがなければいけない。

筋の通った戦略もなく、集めた原資をひたすらプロモーションに投資し、漠然とした楽観にもたれて目先のユーザー数を伸ばすことにかまける会社が多いですね。広告で儲けようとしているのに、自分が広告費を払う側に回ってしまっている。揚げ句の果てに、一定のユーザーを集めたところでどこかに事業を売却して、手じまいにする――これを最初から目的としているフシがあるスタートアップも珍しくありません。

私に言わせれば、これは商業道徳に反しています。しかし、当人にその意識はない。それどころか、「先端的」なことをやっていて、称賛される価値があるとさえ思っている。ずいぶん規律が緩んでいると思いますね。

■ゲンロンは「モノを売る行為」を絶対に手放さない

【楠木】ゲンロンは、スケールを否定はしていないけれども、一義的に追求していない。価値を認めてくれる人から直接対価を得ようとしている。「マネタイズ」に依存しない、「普通の商売」を目指していますね。

【東】はい。「商業道徳」という言葉が出ましたけど、僕も商売と道徳は表裏一体だと考えています。

モノを売ることは、信用がないと続きませんから、倫理や道徳が伴わざるをえない行為です。むしろ、売る/買うの関係から倫理や道徳は発生するのかもしれない。

東浩紀氏
撮影=西田香織
哲学者・批評家の東浩紀さん - 撮影=西田香織

そこで大事なのが商品の具体性ですね。顧客に商品やサービスを売るという原点を手放すと、金融資本主義のグローバル世界では、詐欺みたいなことがいくらでもできてしまう。だから、具体的なモノを売る行為は絶対に手放さないようにしよう、と考えてきました。

■「マネタイズできればいい」というのは嫌

【東】たとえば、ゲンロンの基盤となっているのは年額1万円(税別)の「友の会」という会員組織です。会員になるとゲンロンの単行本や会員向けニュースなどを読むことができます。ただし、これらのコンテンツは会員にならなくてもバラで買うことができます。単行本は書店で買えますし、会員向けの電子書籍も価格を設定して非会員でも買えるようにしています。

これは昨年スタートした動画配信サービス「シラス」でも同じです。シラスの視聴には登録が必要で、それぞれのチャンネルの月額会員を募る仕組みです。けれど、月額会員にならなくてもなるべくバラで購入して視聴できるようにすることを配信者には推奨しています。一般のオンライン・サロンは、メンバーシップを売ってコンテンツをバラで売ることはありません。流行に反しているのですが、なぜそうしているかというと、メンバーシップだけになると、商品の是非を通した顧客との具体的なコミュニケーションを手放すことになるからです。

「マネタイズ」を志向するネット企業も、サービスを無料にすることで、結果的に顧客とのコミュニケーションを手放しているのではないか。ゲンロンもうまくやればもっと儲かるのにと言われることがあるのですが、それでもマネタイズできればいい、というのは嫌なんですね。こちらの心がすさんでいくというか、楠木さんが言われたように、それはほとんど道徳的な感覚なんだと思います。

■「人気」を追うことで「信頼」を失う

【楠木】ようするに、「人気」と「信用」は似て非なるものだということです。数多くの商売を観察してたどり着いた結論は「商売は信用第一」。東さんの「人間はやはり地道に生きねばならない」と同じで、ばかばかしいほど当たり前の話ですが、一言でいうと、これが商業道徳というものでしょう。

人気は微分値、隣り合った2時点間での変化の大きさに注目します。これに対して、信用は積分値です。時間幅がずっと長い。時間をかけた蓄積の中で信用は徐々に大きくなる。人気があれば何でもできるような錯覚を覚えるものですが、それは短期間しか続きません。信用と人気は違うだけでなく、トレードオフの関係にもなる。手っ取り早く人気を稼ごうとすると、かえって信用を得られないどころか、むしろ失う結果になる。

お客さんに価値を提供し、それに見合ったお金を受け取るという行為は、人間に規律を与えます。信用第一の商売は人間をオトナにするものだとつくづく思いますね。

上空から見た町
撮影=西田香織

【東】「信用と人気の対立」は言い得て妙ですね。たとえば政治のポピュリズム問題は、信用より人気を追求した結果です。僕から見ると、いまの政治、ビジネス、文化はすべて同じ問題に直面しています。

■スケールを獲得する手段が「無料」であることが問題

【東】民主主義も危うくて、選挙のときに人気を高めれば当選できる。いくら地味に実績を積む政治家でも、選挙の瞬間に人気がなければ落選する。選挙の瞬間に人気を取る戦略は、いまの制度のなかでは短期的に「合理的」ですが、それは長期的、全体的には政治道徳を荒廃させていく。それでいいのかと考える必要があります。哲学、批評、文学の世界にも同じことが言えます。

【楠木】これだけ人間が長生きする時代、刹那的な発想より、長期的な発想のほうがますます合理的なはずなのに、信用を犠牲にして人気を取りにいく刹那的な人たちが増えている。「商魂たくましい」ということではありません。むしろ逆で、純粋に商売的な見地からしても非合理な方向に進んでいるように思います

【東】一発屋狙いの人はどの時代にも一定数いるけれど、スケールを追求する現在のグローバル・プラットフォームは一発屋にとくに向いているメディアです。ただ、そのことをみんなが意識していない。

【楠木】スケールの追求それ自体が問題なのではなくて、スケールを獲得する手段が「無料」であることが問題なんですね。

楠木建氏
撮影=西田香織

【東】まったくそうです。ただ、もう少し時間がたてば正常化するという希望もあります。YouTubeなどの広告モデルの限界が知られ、社会のほうが無料経済の効果を見切って、結局はバランスが取れていくかもしれない。いまはまだ過渡期だから、一発屋に特化したフリー経済が強いだけなのかもしれません。

■フリー経済は本当の意味で市場を創造したわけではない

【楠木】YouTubeなどの再生数が生みだす広告経済的な価値は、いずれ落ち着くところに落ち着くでしょう。そのことを一番よくわかっているのが、当のYouTubeのはずです。

この四半世紀ほど、GoogleやFacebookがあれだけヒト・モノ・カネをぶんまわして試行錯誤したのに、「マネタイズ」の方法としてはいまだに広告や販促しか見つかっていない。これだけやって見つからないということは、おそらく今後も見つからないでしょう。Facebookは売上高のほとんどすべてが広告収入です。

ところが、アメリカでは広告市場の規模はほとんど変化していません。ネットは新しい広告需要をつくったわけでなくて、新聞やテレビといったオールドメディアからシェアを奪っただけです。本当の意味で市場を創造したわけではありません。

楠木建氏
撮影=西田香織

■広告に支配されると、やりたいことができなくなる

【東】出版やテレビの世界は、広告に支配されると、やりたいことができなくなることを知っていました。その知恵が忘れられている。IT革命によって、結局はみんなまた広告メディアに戻ってしまった。広告への警戒心を取り戻して、広告がなくてもやっていけるメディアをあらためてつくるべき時期だと思います

たとえば、ゲンロンが主催するオンラインのトークイベントは、長ければ5時間ほどあるのですが、会員以外の方には1000円で売っています。スタートした頃からずっと高い、高いと言われてきました。ところが新型コロナでオンラインの講演やセミナーが増えたら、逆に格安だと言われるようになりました。よそが1時間で3000円ぐらい平気で取っているから、いまでは「ゲンロンは価格破壊だ」と。

【楠木】ずっと同じ価格帯なのに。

【東】かつて人々は動画にお金なんて払わなかった。だから広告に頼るほかなかったわけですが、いまは商品になることが発見されたわけです。しかもコロナ禍で需要も定着した。わずか1年の間に、商品じゃなかったものが商品になり、新しい顧客と作り手の関係、新しい等価交換が生まれた。インターネットの使い方にはまだまだ可能性があるかもしれません。(後編に続く)

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東 浩紀(あずま・ひろき)
批評家・哲学者
1971年東京生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。同社発行『ゲンロン』編集長。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(1998年、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(2001年)、『クォンタム・ファミリーズ』(2009年、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志 2.0』(2011年)、『弱いつながり』(2014年、紀伊國屋じんぶん大賞2015「大賞」)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017年、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『哲学の誤配』(2020年)ほか多数。対談集に『新対話篇』(2020年)がある。

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楠木 建(くすのき・けん)
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』『逆・タイムマシン経営論』など著書多数。

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(批評家・哲学者 東 浩紀、一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建)

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