「ようやくJALを追い抜いたのに」拡大路線がアダになったANAの苦悩
プレジデントオンライン / 2021年2月22日 18時15分
■竹中平蔵氏の「ANAとJALが一緒に」発言の衝撃
「この際、ANAとJALが一緒になったらいい」――。
昨年11月の米ブルームバーグのインタビューに応じた竹中平蔵慶応大学名誉教授(パソナグループ会長)の言葉に国内の航空業界が凍りついた。竹中氏は前の安倍晋三政権下で成長戦略策定を担ってきた「未来投資会議」を廃止して菅政権下で新たに発足した「成長戦略会議」のメンバーの一人だ。
同会議の議長は菅義偉首相の側近の加藤勝信官房長官。副議長は、西村康稔経済再生担当相と梶山弘志経済産業相が務める。竹中氏のほか三井住友フィナンシャルグループの國部毅会長、SOMPOホールディングスの櫻田謙悟社長、南場智子ディー・エヌ・エー会長など8人の有識者が参加している。
竹中氏の持論は「競争を通じた経済・産業の成長」。かつて総務相時代には国の資本が入っているNTTの在り方が競争を阻害しているとしてNTTとやりあった経緯もある。同じく総務相経験者の菅首相も通信業界の寡占体質を問題視し、料金引き下げを強力に進めている。今回の竹中氏の戦略会議へのメンバー入りも「思想的に近かったこともあり、菅総理が竹中氏を推した」(自民党幹部)とされる。
■公的支援を受けて再生したJALに対する「怨念」
菅首相が信頼を置く竹中氏の発言ともあって、一時前週末比4.3%安まで下落していたANAホールディングス(HD)の株価は上昇に転じ、一時2.5%高の2594円まで上昇した。JALの株価も同7.2%高の2053円をつけた。
この竹中発言に対し、特にANAが反発している。「お公家体質のJALとは企業風土が相容れない」との声が社内で上がる。ANAにとって、2010年1月に会社更生法を申請、経営破綻した際に公的支援を受けて再生したJALに対する「怨念」は根深い。
JALは会社更生法の適用を受け、企業再生支援機構からの3500億円の公的資金が注入された。欠損金の繰り越しが認められており、法人税も2019年3月期まで減免された。その結果、JALは2011年3月に会社更生手続きを終結。2012年9月には東証一部に再上場した。破綻から2年7カ月での上場復帰だった。
その後も不採算路線の縮小や減価償却費の軽減で、再上場後の2013年3月期から2019年3月期までの7年間で稼いだ純利益の合計は1兆円超と、売り上げ規模でまさるANAホールディングスの約2倍にまで達するまでに至った。
■2兆円突破で勢いに乗る最中に「コロナ禍」で需要消失
一方のANA。「公的資金を注入してもらい、さらには税金をまけてもらっている。公平な競争になっていない」として政府に「8.10ペーパー」(国土交通省が2012年8月10日に出した「日本航空の企業再生への対応について」と題した文書)を認めさせ、2017年3月末までJALに新規就航や投資などを制限させた。
その間、国際線を相次いで広げ、2015年度には国際線の旅客数で初めてJALを抜いた。政府専用機もJALから奪い、悲願のナショナルフラッグキャリアの座についた。
その結果、ANAブランドで使用する機材数は2010年3月の217機から2020年3月には268機と約1.2倍に増えた。従業員数も2010年3月末の3万2578人から2020年3月末には4万5849人と1.4倍に。規模の拡大で連結売上高は2010年3月期の1兆2283億円から、2019年3月期は2兆583億円となり、創業以来、初めて2兆円を突破した。
だが、現状は、新型コロナウイルス感染拡大による需要消失で拡大路線が重荷になっている。
■ホノルル線に導入した大型機A380が経営の重しに
ANAがJALの牙城である成田―ホノルル線切り崩しのために導入した座席数520席の超大型機エアバスA380は倉庫に眠ったままだ。資金流出を最小限にしたいコロナ禍では、膨らんだ航空機のメンテナンス費やレンタル費は大きな痛手だ。
実際、ANAの業績は厳しい。政府の観光需要喚起策「Go To トラベル」の効果で昨年10~12月の国内線旅客数は523万人と、7~9月から5割増加したが、国際線旅客数は12月時点で前年比94%減と低迷が続く。
政府による緊急事態宣言で国内でも需要が再び冷え込んでいる。2021年3月期通期の最終赤字の予想は5100億円に据え置いた。期末までに営業キャッシュフローの黒字転換を目指していたが、「年度末の段階でプラスに転じるのは難しい」と、1月末の決算会見で福沢一郎取締役は渋い表情で語った。
■業界3位のスカイマークに支援を求められたが…
コロナ禍では、ANAHDのグループ拡大路線も行き詰まりを見せている。その象徴がANA、JALに次ぐ業界3位のスカイマークだ。
スカイマークは2015年に113億円の赤字を出して経営破綻。その後、投資ファンドのインテグラルを中心に再建、再上場を目指してきた。スカイマークにはインテグラルが50.1%、日本政策投資銀行と三井住友銀行が共同出資するファンドが33.4%、ANAHDが16.5%を出資している。
国際線をほとんど持たないスカイマークはANAやJALに比べてコロナによる影響は軽微だと思われていたが、昨年4~9月期の営業損益は100億円を超える赤字になった模様だ。銀行からの借り入れで当面の資金繰りにめどはついているものの、このままでは2021年3月期の決算で債務超過に陥る恐れがあるとみられている。このため、スカイマークはインテグラルやANAHDなどの大株主に対し、第三者割当増資の引き受けを打診。しかし、「ANAHDは応じない公算が大きい」(金融機関関係者)という。
■スカイマークを見捨てれば、自民党の反感を買う恐れ
ANAHDはスカイマーク以外にもスターフライヤー(北九州市)やAIRDO(札幌市)、ソラシドエア(宮崎市)などにも出資している。スターフライヤーに対しては昨年12月に追加出資することを決めている。
しかし、スカイマークに対しては「顧客データやシステムの共有化など統合を呼び掛けているのに応じないスカイマークに資金支援する義理はない」(ANAHD幹部)と突き放す。
AIRDOやスターフライヤーなど地方自治体も会社設立に絡んだエアラインについては「自民党から『絶対につぶすな』という号令が出ている」(JAL幹部)ので財務的に厳しい中でも資金拠出を求められれば応じざるを得ない。しかし、ANAHD自身の体力が消耗する中で、羽田空港などとの発着枠の争奪や料金値下げなどでANAの意向に沿わないスカイマークまで救うことはないというのが本音だ。
ただ、スカイマークに対するANAHDの態度はこれまで背後で支えてきた自民党の反感を買う恐れがある。
■菅政権は「第三勢力」に価格引き下げの期待をかける
JALのスピード再建を進めた時の政権は民主党(現・立憲民主党)だった。当時の国交相であった前原誠司氏が地盤の京都から京セラの稲盛和夫氏を引っ張り出して再建の指揮をとらせた。その後、自民党が政権を奪取すると、運輸族のドンである二階俊博・現自民党幹事長や安倍政権を官房長官として支えた菅氏がANA支援に回った。
会社更生法で税金などを減免されているJALの勢力拡大を防ぐ「8.10ペーパー」の策定や、ANAの主要拠点である羽田空港の拡張と、それに伴って国際線の枠を優先的にANAHDにあてるなど、陰に陽に支えてきた。
しかし、竹中氏を登用して競争政策を徹底し、航空料金の引き下げなどを狙う菅政権において、ANAやJALに次ぐ「第三勢力」として期待をかけるスカイマークをANAHDが破綻に追い込むようなことがあれば、菅政権のANAHDに対する風当たりはきつくなる可能性が高い。
■ドイツ、フランス、韓国など海外で進む政府の支援
さらに、成田空港から不採算の国際線の路線を間引いて羽田空港に路線を寄せるANAHDの最近のリストラも「地元の自民党議員の反発を招いている」(JAL幹部)という。
海外ではルフトハンザの株主がドイツ政府による90億ユーロ(約1兆1150億円)の出資を含む救済案を昨年6月に受け入れ、エールフランスKLMもフランスとオランダの政府から金融支援を得た。韓国では政府が間に入って韓国航空首位の大韓航空が2位のアシアナ航空との統合が進む。
日本でも政府系金融機関の融資や着陸料の引き下げなどの支援を受けているが、「自民党幹部との関係を保てなければいつ会社が傾いてもおかしくない」(ANAHD幹部)との声も漏れる。
需要消失の危機をどう乗り越えるのか。ANAHDは難しい立場に立たされている。
(プレジデントオンライン編集部)
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