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「菅首相の資質を問い直したい」元番記者が明かす"政治取材の最前線で起きたこと"

プレジデントオンライン / 2021年3月1日 11時15分

東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の辞任表明を受け、記者の取材に応じる菅義偉首相=2021年2月12日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

政治記者は権力を最も近い場所で取材している。彼らはメディアの役割を十分に果たせているのか。毎日新聞記者の秋山信一氏は「事実を伝えながら、国民の声を権力に届け、権力の思惑を国民に伝える仕事が最もしやすい環境にいる。だが、とてもではないが自信をもって『イエス』とは言えない」という——。

※本稿は、秋山信一『菅義偉とメディア』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■「オン」と「オフ」の境目

政治部の取材の大半は「オフ(・ザ・レコード)」であり、「オン(・ザ・レコード)」は記者会見や一部のぶら下がり取材に限られる。

そう書くと「オフレコなら何も書けないじゃないか」と思われるかもしれないが、政治部の「オフレコ」は厳密にはオフレコではない。

例えば菅のオフレコ発言は「政府高官は~」という形で報道されることがあるし、「政府関係者」「首相周辺」「外務省幹部」「官邸幹部」などとして報道されるのもオフレコ取材の成果だ。

しかし、中には「オン」のつもりで「オフ」に応じている人もいる。菅も口癖のように「そんなこと俺が言ったら大変なことになっちまう」と言っていたが、これは「オフレコ」で話している内容が匿名とはいえ「菅の発言」と分かる形で報道されてしまうことを認識していたからだ。こうなると、もはや「オフレコ」としていることの意味が薄れ、記者の過度な自主規制のようにも思えてくる。

政治部で最初に担当した外務省にも「オン」のつもりで「オフ」に応じる幹部がいた。事務次官だった杉山晋輔だ。それを物語るエピソードが政治部への着任初日にあった。

ちょうどその日は年度初めで新人職員の入省式が開かれる予定になっていた。駐韓大使の帰任が決まったため、式から出てくる杉山に取材しようと、他社の記者たちとともに外務省のホールの出入り口で待ち受けた。杉山にはまだあいさつもしていなかったため、スマホでネット検索して顔を頭に入れた。

■記者同士の無意味なルール

あいさつを終えた杉山が廊下に出てくると、囲み取材が始まった。他の記者の見よう見まねで輪の中に入り、メモ帳にペンを走らせながらコメントを拾った。ところが、他の記者は誰一人メモを取っていなかった。

実業家や政治家、記者会見インタビュー
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

奇妙に思っていると、左隣にいた記者に肘で腕を突かれた。むかっときたが、取材中なので杉山に集中を戻すと、再び左隣から「オフ、オフ」とささやかれた。意味が分からなかったため、杉山に質問を続け、また答えをメモしていった。そのまま囲み取材を終えて杉山を見送ると、肘で突いてきた記者が改めてこちらに忠告してきた。

「メモ取りは禁止ですよ」

「あっそうなんですか」と言いつつも、頭の中は「?」だった。

後で同僚に確認すると、外務省では幹部への取材は認められているが、定例的に局長級以上が行う「記者懇談」以外、メモ取りは慣例として禁止だということだった。録音に至っては記者会見を除いて一切禁止だ。

面白かったのは、杉山自身はメモ取りに何らクレームをつけなかったことだった。後に杉山からは「僕はオンのつもりでいつも話しているから」と聞き、「オフ」という規制の無意味さを思い知った。

■「パンケーキ懇」の実態は

自民党総裁選の関連報道で、菅がパンケーキ好きなのは広く知られるようになった。首相就任後には総理番とのあいさつも兼ねて「パンケーキ懇」が開かれ、一部の社が欠席したことでも話題になった。

では、菅との懇談ではどんな会話がなされるのだろうか。

「懇談」と言うからには「こっそり内緒話を教えてもらえる」イメージが湧いてくるだろうが、実態はいつもの取材と変わらない。各社の番記者がずらりとそろって会話をするわけだから、当然、記者の方から特ダネにつながるような話を振ることはなく、菅もいつも通りに淡々と話すだけだ。食事を共にするわけだから「夜回り」などよりもじっくり話す機会にはなるが、内容が濃いかと言えば、そんなわけでもない。

長官番時代、菅や秘書官たちと食事をともにする「番記者懇」は不定期で開催された。地方出張時に企画されたり、数カ月に1回「パンケーキ懇」が開かれたりする。菅が若い頃は「マクドナルド懇」もあったそうだ。

■「菅によるメディアの取り込み」なのか

取材相手と食事をするのは政治部に限った話ではない。

社会部でも、外信部でも、取材先と仲良くなるために食事の機会を設けるのはよくあることだ。食事の場だからと言って、突然、相手の口が軽くなるわけではなく、機微に触れる話になると「それはそれ、これはこれ」といった感じではぐらかされるが、相手がどんな人なのか、どんな経歴なのか、どういう見識を持っているのかといったことはよく理解でき、人間関係を構築する上でも役に立つ。

政治部時代は省庁担当が長かったため、相手は官僚が多かったが、特ダネを取ってやろうなどといった気持ちで臨んだことはなく、むしろざっくばらんに話して「今日はありがとうございました」となるのが常だった。経費で落とすことも、自腹を切ることも、相手にごちそうになることもあるが、「オフレコ懇談」だから本音が何でも聞けるというような甘い世界ではない。

レストランで赤ワインを飲んでいるビジネスマン
写真=iStock.com/South_agency
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/South_agency

だから、実は、菅と総理番の「パンケーキ懇」の際に「菅によるメディアの取り込み」という見方もあると聞いても正直ピンとこなかった。

菅が「担当記者がいるのに名刺交換もしていないのはおかしい」と言ってセットされた懇談だったし、取り込むのが狙いなら各社の社説を書く論説委員や政治部長を相手にした方がよほど効率的だからだ。

■せっかくのチャンスを逃すのはもったいない

その時に思い出したのは、「桜」問題で追及を受けていた頃に安倍が各社の官邸キャップとの「完オフ」懇談(内容は一切報じない条件付きの懇談)を持ちかけた一件だった。

タイミング的に官邸側からの誘いが露骨な懐柔策のように感じたし、毎日新聞は当時「オフレコの懇談ではなく、説明を求めている」という立場からキャップは欠席した。今回も日本学術会議の会員任命拒否問題で「オフ懇ではなく記者会見を求めている」という理由で欠席した社があったが、そういう判断は筋が通っている。

ただ、毎日新聞がキャップ懇を欠席した時、SNSで毎日新聞の記者が「参加しませんでした」「欠席を決めました」などと発信したため、あたかも「毎日新聞が金輪際、首相との懇談には出席しないと判断した」かのように誤解を与えたのはまずかった。

「首相との懇談を欠席した」ことをアピールしたい思惑があったのだとすれば、誤った判断だった。たとえ、その時は評価されたとしても、将来的に毎日新聞の関係者が首相と会食すれば、「欠席」を評価した人たちから批判を浴びるのは目に見えていたからだ。

取材できる機会があるのであれば、オンだろうが、オフだろうが、時には完オフだろうが活用すれば良い。

逆に「首相との完オフ懇談にはもう出席しない」とハッキリ意思表示するのも「権力との距離の取り方」の観点から判断としてありだと思うが、せっかくのチャンスを逃すのはもったいない。

「桜」を巡るオフ懇に行くかどうかという毎日新聞の判断は、その時々の様子を見ながら柔軟に対応しようという意図だったかもしれないが、その判断理由の説明不足や発信の拙速さという点では悪手だった。

■リスキーな「メモ」

メモ取りや録音をせずに話を聞く「オフレコ」取材でも、後で記憶をたどって備忘録を残す記者は多い。かつては手書きだった取材メモも今はパソコンやスマートフォンで記録するのが主流だ。しかし、「オフレコメモ」の秘密は必ずしも守られていない。

「絶対にメモにしないでくださいよ。信じていますからね」

政治部時代、大した話をしていないのに官僚からクギを刺されることがあった。

「局長たちは取材メモが漏れることを恐れている」「取材メモが翌朝には首相官邸に届いている」などという話も聞いたことがある。

こうした話から考えると、取材内容を記録したメモが政府側に漏えいしていることが少なからずあるのだろう。記者の側でも「パソコンが遠隔でモニターされているのではないか」「社内で共有した後にどこかから漏れているのではないか」といった臆測が飛び交っていた。

「オフレコ」と名の付く会食の席での政治家の発言が、翌週には週刊誌に克明に記されているなんていうこともよくあった。

同じテーマで取材している記者同士でメモを共有することはごく一般的で、支局でも社会部でも経済部でも、どの部署でも多かれ少なかれやっていることだ。しかし、政治部のメモ共有は、それまで経験した以上の密度と頻度だった。日々のオフ取材、会見の文字起こし、国会の質疑など、ありとあらゆる取材がメモ化され、共有されていた。

記者会見でマイクを持ち、メモを書く
写真=iStock.com/Mihajlo Maricic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mihajlo Maricic

■政府や週刊誌に漏れている現場の取材メモ

そもそも、なぜメモを共有するのか。先述したように政治部はチーム取材が基本であり、キャップ(各クラブの筆頭格)やサブキャップが原稿のまとめ役を担うことが多い。取材メモを元にどんな原稿を書けるのかを考えるため、現場からの日々の報告は紙面作りに直結していた。

さらに原稿をチェックするデスクにも、現場の動きを知ってもらうために、情報共有はなされていた。もちろんメモを共有しない、あるいは共有先をごくごく絞る記者もいるし、取材相手や内容によって自分だけに収めておくことも時には必要だ。

驚いたのは、そうした現場からの報告が政府や週刊誌に漏れている状況だった。政治家の世界なら「あいつは内心はこう思っているらしい」といった話のネタになるぐらいで済むかもしれないが、官僚の世界なら「お前が情報を漏らしたのか」と疑われかねない。実際、外務省でも防衛省でも、機密に関わる情報がスクープされて犯人捜しが行われたことは何度もあった。

言うまでもなく「取材源の秘匿」は記者の基本である。せっかく特ダネを書いても、ネタ元がばれてしまえば、相手に取り返しの付かない迷惑をかけることになるし、記者の信用も失ってしまう。

菅は多角的に情報を集めることを力に変える政治家である。当然、安倍政権と同等以上に情報収集には精を出すだろう。

■政治部は「権力監視」の役割を果たせるのか

伝統的とも時代遅れとも言える取材スタイル、記者の判断力の低下、情報管理の甘さなど不安要素を抱える中、政治部は「菅政権の監視」の役割を果たせるだろうか。政権発足直後、その行方に疑問を抱かざるを得ない出来事があった。

2020年9月24日、韓国の文在寅大統領との初の電話協議を終えた菅は官邸のエントランスホールでぶら下がり取材に応じた。官邸側から取材対応を申し出る珍しいケースで、菅は折りたたんだメモ用紙を手にカメラの前に現れた。

菅には二つの狙いがあった。一つは、元徴用工問題を巡って関係が冷え込む韓国に対して、「韓国を重視している」とのメッセージを送ることだ。米国を除けば、首脳による電話協議後にぶら下がり取材に応じるのは異例だ。韓国でも「憎まれ役」の安倍から菅に首相が代わったことが日韓関係好転のきっかけになるのではないかとの期待感があり、まずは丁寧に対応することで菅も応えた。

もう一つは国内の反韓感情に配慮する狙いだ。韓国との関係改善を模索する一方、安倍政権に引き続いて元徴用工問題では妥協する気がないことを明確に示した。

しかし、「権力とメディア」の関係を考えた時、内容とは別次元の部分で気になることがあった。それは菅が手にしていたメモ用紙だ。

■事実を多角的に伝えるべきだ

ぶら下がり取材自体は1分半程度で終わった。菅が会談内容についてメモを読み上げ、「日韓関係に改善の兆しはあるのか」という質問に対して「今、私が申し上げた通りです。外交上の問題でありますので、控えさせていただきたいと思います」と答えただけだった。

秋山信一『菅義偉とメディア』(毎日新聞出版)
秋山信一『菅義偉とメディア』(毎日新聞出版)

気になったのは、メモ用紙なしではこんな短い発表すらできない、そしてオーソドックスな質問にすらまともに答えられない菅の姿だった。

ところが、ニュースの映像を見ると、顔をアップにして手元のメモは映っていなかった。報道内容も会談の内容を解説するような内容ばかりだった。

もちろん、政権交代後に日韓関係がどう推移するのかは重要な論点であり、菅の狙いも含めて読者や視聴者に伝える必要がある。しかし、全く別の角度から「メモ頼りの菅」「簡単な質問にさえ答えられない首相」といった視点でも、現場から情報を伝えるべきだ。この程度のやりとりなら余裕でこなした安倍と比較しても面白かった。

菅にはアドリブで答弁する能力が欠如している。その欠点を隠すため、首相就任後はぶら下がり取材で都合の良い情報だけを発信し、質問を無視して立ち去る姿勢が目立っている。新型コロナの感染者が急増する状況でも、記者会見をなかなか開こうとしない。

メディアがそうした状況を粘り強く批判せず、今後も日韓電話協議のような切り取り方を続けるようなら、残念ながらマスコミの政治報道は菅の術中にはまっていくだろう。

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秋山 信一(あきやま・しんいち)
毎日新聞記者
1980年、京都市生まれ。2004年、毎日新聞社入社。岐阜支局、中部本社(愛知県)、外信部、カイロ支局長を経て、2017年に政治部へ。外務省、防衛省を計2年半担当した後、2019年10月から約1年間、菅義偉内閣官房長官の番記者を務めた。2020年10月に外信部に配属。

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(毎日新聞記者 秋山 信一)

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