社内で群れているサラリーマンは、あっという間に路頭に迷う時代が来た
プレジデントオンライン / 2021年2月28日 11時30分
■高度経済成長期は若手社員でも月賦で新車を買えた
(前編から続く)
——『アンダークラス』では、GAFAなどの国際企業の下請け、孫請けとしての仕事を受ける日本の中小企業の実態についても書いていますね。
実は、私の実家は、新潟県燕市の町工場だったんです。元請けの企業から、どんなふうに注文がきて、どう締め付けられているか。元請けと下請けの利益構造を肌感覚で知っていました。
ぼくが子どもだった高度経済成長期は、設備投資をしても利益が伸びると見通しが立てられました。若い社員が月賦で新車を買えた時代です。ぼくも社員旅行で、みんなと一緒に貸し切りバスで温泉旅館に行きました。
■コストカットのしわ寄せが、技能実習生にきている
いまや、ローンを組んでクルマを買う若者なんてほとんどいないし、社員旅行を催す余裕がある町工場は少なくなってしまった。
しかも景気が一向によくならない。中小企業は、コストカットをしなければ、生き残れない。そのしわ寄せが、安価な労働力として受け入れた外国人労働者にきていたんです。コロナ禍で、より苦しい状況にある外国人労働者の境遇がひとごとだとは思えなかった。
実家の町工場は、1985年の円高不況で倒産しました。当時18歳で上京したぼくは、新聞社の奨学生として働きながら専門学校に通いました。朝夕刊の配達に集金、それに勧誘のノルマもありました。ノルマが達成できずに、賄いの食事を抜かれたり、「使えないヤツ、文句を言うヤツは出て行け」とも言われ、住んでいた寮を追い出されたりした経験もあるんです。
ぼくは日本人だから言葉がわかったけど、技能実習生は悪徳ブローカーに借金を背負わされ、自分が置かれた状況も言葉もわからないまま、路上に放り出されるんです。その悔しさや不安は想像にあまりある。あまりに扱いがヒドすぎる。
■時事通信に「キーパンチャー」として入社したが…
——作中に新聞奨学生を経験した青年が登場しますが、相場さんの実体験だったのですね。
そんな体験の影響か、ぼくは、家がなくなる、仕事がなくなるという危機感が非常に強いんです。専門学校卒業後は、時事通信にキーパンチャーとして入社しましたが、3年目から記者に転属したい、と希望を出し続けました。
キーパンチャーとは記者が殴り書きした原稿を社用のワープロで入力する仕事です。まだパソコンはおろか、個人用のワープロもなかった時代だったので、キーパンチャーは重宝されていました。
しかし入社2~3年目には、キーパンチャーの仕事はなくなりそうだと感じました。ワープロを個人で購入し、プリントアウトした原稿をファクスで送信してくる記者が現れはじめたのです。他のキーパンチャーたちは仕事が楽になったと喜んでいましたが、ぼくは怖くてしかたなかった。
■電気自動車に変わったら、この町工場はいったいどうなるのか
その後、経済部の記者となり、日本銀行、東京証券取引所などを担当しました。小説家を志して会社を辞めたのが、15年前です。タレントのゴーストライターなどの仕事をもらって食いつなぎ、やっと小説だけで生活ができるようになった。
元々、記者だったとは言え、いまは特別な情報を持っているわけではありません。一般の読者と同じようにニュースに接して覚えた違和感……この国がひずむ音と言えばいいか、そんなテーマを小説として描いてきました。
——技能実習生の存在を通して感じたのが、格差や貧困、グローバリゼーションの加速、産業構造の変化など、国のひずみだったわけですか。
そうです。たとえば、地元の燕市には自動車の特殊なパーツを製造する町工場がたくさんあります。けれども、これから、どうなるのか。
グーグルやアップルがモーターと電池だけで動くクルマや、完全自動運転のクルマを開発したら社会の仕組みが大きく変わる。町工場は立ちゆかなくなり、たくさんの人たちが働く場を失ってしまうでしょう。
■副業を推奨する企業が増えている本当の理由
それは町工場や中小企業に限った話ではありません。かつてのように一生懸命に勉強し、いい大学に入り、就活をガンバって、いい企業に就職できたとしても、10年後、20年後、その企業が倒産するかもしれない。
コロナ禍以前から、副業を推奨する企業が増えていましたが、ざっくばらんに言えば、会社ではいつまで面倒を見られるかわからないから自力でなんとかしろ、という話でしょう。
——そんな状況にコロナ禍が拍車をかけ、ますます先が見通せなくなっています。
コロナはボトムアップ型です。ぼくらが経験したバブル崩壊や、リーマン・ショックなどの金融危機は、まず大企業が立ちゆかなくなり、末端の国民に影響が派生していった。あるいは、3・11はダメージが局所的でした。でも、コロナは、末端の弱い人から打撃を受けている。そして、被害が日本全国に広がっている。
いま、町場の飲食店への補償や支援にばかり注目が集まっていますが、ほかの業種も苦しい。大企業であっても、いつ大規模な人員整理を行ってもおかしくない。
■若い世代には「群れるな」と伝えたい
にもかかわらず、ぼくと同世代の会社員は驚くほど危機感を抱いていません。何十年も会社に守られてきたから、競争力もない。もしも彼らが突然、会社から放り出されたらどうするのか。明日食べるもの、ローンや家賃、子どもの学費……。それまで当たり前だった生活がままならなくなる。自分が、いままでひとごとのように見ていた技能実習生たちと同じ立場に置かれる可能性を想像もしていないんです。
何よりも、コロナ禍は、国が国民を守ってくれないことを明らかにしました。菅総理が言ったように“自助”でなんとかするしかない。
ぼくは、いつも若い世代にこう伝えているんです。群れるな、と。
ぼくは通信社で働いていた時代、同僚だけでは絶対に酒を飲まなかった。同じ社内の人間が集まると、上司の愚痴や人事の話題にしかならないでしょう。同調して、忖度(そんたく)してしまうし、刺激も新たな気づきもない。そこで、取材相手か、他社の記者とばかり飲んでいました。他業種の人から知らない情報を聞けば、視野が広がるし、違う角度から社会の動きや時代の変化が見えてくるから、勉強になる。
ふだん接する情報も同じです。どのニュース番組を見て、どの新聞、雑誌を読むのか。正しい情報なのか、そうでないのか。自分で確認し、社会の動きや時代の変化を察知していくしかない。自分で、自分を守るためには、そうした毎日の積み重ねからはじめるしかないのです。
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小説家
1967年、新潟県生まれ。1989年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。2012年BSE問題を題材にした『震える牛』が話題となりドラマ化され、ベストセラーに。
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(小説家 相場 英雄 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川 徹)
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