「旦那がいないと仕事ができない」発達障害の女性漫画家を支えるパートナーの素顔
プレジデントオンライン / 2021年3月5日 11時15分
※本稿は、岩波明『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■みんなが天才なわけじゃない
【岩波】沖田さんは共感覚をお持ちなんですね。絵に味を感じるとか、音に色を感じるとか。
【沖田】そうです。
【岩波】19世紀フランスの有名な詩人アルチュール・ランボーとか、ロシアの抽象画家カンディンスキーといった人にも、同じような記録があるんです。
音に色を感じるというのは「色調」といって、ドレミファで全部色が違うそうです。
【沖田】数字にも色を感じたりって、あるみたいです。
【岩波】この現象は異常ということではないようで、報告はけっこう多い。発達障害に関連していると言われますけど、はっきりはしていません。
【沖田】コミュニケーションの最中も、色を見ることがあります。
例えば、会話中に悪意のあることを言われたときに、違和感が色で出てくる。しゃべっているときに赤い矢印がピャッて入るんです。「あ、このフレーズは何かあるぞ」と。矢印が大きければ大きいほど悪いことで、違和感が大きい。
家に帰って反芻してみると、「ああ、あれは発達障害に対するマウンティングだな」とかわかる。
特に女どうしの会話に多いです。
【岩波】さまざまな報告がありますが、およそ100人にひとりぐらい、そういう症状を持つ方がいるようです。烏山病院のソーシャルワーカーはADHDで共感覚がある人なんですが、音と色の組み合わせの共感覚を持っています。
発達障害に対する世の中の誤解で、気になるものはありますか?
【沖田】天才という思い込み。みんながみんなレインマンだの、小島慶子さんみたいに天から授かり物を受けた存在じゃないんだっつーの!
「この子には何かずば抜けたものがあるはず!」という目で見てくるのがイヤ。
【岩波】沖田さんには、漫画の才能があるじゃないですか。
【沖田】たまたまです。漫画は編集者と作ってきて、昔から比べるとうまくなったんです。昔は、場面が移ると日付が違ってるとか、登場人物が脈絡のない話をしてるとか、ありました。
■漫画家はADHDが多い
【沖田】漫画家はADHDめっちゃ多いです。
【岩波】水木しげるさんとさくらももこさんは、確実にそうですね。水木さんは子供時代にボーッとしてたから知恵遅れと思われて、小学校の入学が1年遅れたそうです。
【沖田】戦争行ってよく死にませんでしたね。
【岩波】爆弾がいっぱい落ちてくるのを「キレイだなー」と見てたり。ニューカレドニアの現地に溶け込んでしまって、「嫁をやるからここでずっと暮らせ」って言われたそうです。
さくらももこさんは沖田さんと似ているところがあり、「授業中、いつも私は白昼夢の中に生きていた」とエッセイに書いています。
【沖田】ももこさんの漫画、背景に規則性があって、きっちりされてるんです。色とか独特ですよね。海外の人みたいな感じ。
![部屋で勉強している若い女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/c/670/img_ec8710434b54cf2aad130dfe73c88b3d334292.jpg)
■発達障害の人こそ大学進学を
【沖田】でもやっぱり、発達障害だから天才ってわけじゃないです。
発達障害の子どもの親が心配するのは、その子が社会にちゃんと出られるのかということです。芸術方面に行かせたいと親が思っても、子どもがそれを望んでないとしたら地獄になる。子どもの夢ってけっこう実現しないことが多いから、目標はとりあえず大学にしておくのがいいんじゃないかな。大学を出たらそこそこの就職ができると思うから。
【岩波】特に発達障害の人は、経済的に可能であれば大学に行ったほうがいいと思います。
社会に出る前の猶予期間ができて、自分なりに勉強したり、アルバイトして「こんなミスをしやすい」と知っておいたりすることは重要だと思います。高校生だと忙しいし、社会に出る練習というのは、なかなか実感できないでしょう。
【沖田】私は大学に行かなかったから、うらやましいです。
【岩波】外来などで、進路について相談されたら、「可能なら大学に行ってください」と言っています。そうすると高校生のとき薬を飲んでいた人が、やめることもできるケースもありました。大学はゆるいですから。
【沖田】そうそう、そのゆるさが欲しい。
【岩波】高校を出てすぐ実社会に入って、厳しい環境でつらい思いばかりを繰り返すと、自己肯定感が低くなって、生きづらさばかりを覚えることになる。
【沖田】15歳でコーヒーの焙煎士をしている岩野響さんを見て親たちが変わってきたというか。「うちの子にも才能があるはず!」って。
【岩波】でも、「うちの子、特別な才能はないんです」って人もいるから、天才だのなんだのと言われちゃうと、かえって余計なプレッシャー、マイナスだという親御さんもいます。
【沖田】一部の成功者がいることも事実だけど、そればかり見てしまうとしんどい。観察して、その子に合ったものが見つかるといいですね。私も子どもの頃、こういうところが足りないからこういうことしよう、と教えてもらえれば良かったです。
■漫画家はこれまでの仕事の中で一番「平穏」
【岩波】漫画家は天職だと思いますか?
【沖田】そうですね。アシスタントの給料の計算ができないぐらいで、今のところ問題はないです。仕事も安定してるし、締切は守ってるし。これまでの仕事で一番平穏な感じ。
【岩波】今、あえて漫画以外のことをしたいと思いますか?
【沖田】私の弟が同じ特性を持っていて、今グループホームにいるんです。私にホームの運営はできないと思いますが、もっと選択肢がないかなと思っちゃいます。今、グループホームってネット環境がないと人が入らないんですよ。
弟は36歳になるんですけど、自分が年を取ってることをわかってないらしくて。「俺、おっさん嫌い」とか言う。お前ももうおっさんだよ!(笑)
やっとグループホームに入れて安心だけど、いつ出て行けと言われるかわからない。前にいた所は良かったんですけど、仲が良かった職員さんが辞めてから合わなくなって。そういう施設をもっと作りたいなと思います。
■認知の歪みを直してくれるパートナーが不可欠
【岩波】ひとつ、いいでしょうか。若い方で、発達障害をお持ちで、漫画なりイラストなりの技術を持っている。そういう人たちに、沖田さんのように成功するためにはどうしたらいいか、アドバイスはありますか?
【沖田】ひとりじゃ無理。
なので、できればパートナーが欲しい。自分の認知の歪みを逐一直してくれる存在が絶対に必要です。
私は旦那がいなかったら漫画家をやれてないので。悲しいことにそういう歪みは、自分じゃ一生気づかないんです。何かおかしいなとは思うんだけど。
【岩波】それは、夫やパートナーでないと難しいですか? 例えば家族ではダメ?
【沖田】家族は入り込みすぎますからね。
生まれたときから私を知っている人は、私のベースの性格を基準にしてるんです。だからアドバイスが人格批判になってしまう。仕事にしろ結婚にしろ、私が成人になってから関係が始まった人のアドバイスのほうが、わかりやすいです。
【岩波】おっしゃる通りで、家族は冷静でいられない。
【沖田】否定ばっかりするじゃないですか。
【岩波】家族は感情的に話してしまいがちですね。「あのときこうして、こう言ったからこうなんだよね」とか、過去を反芻することがよく起きます。
【沖田】それがイヤ! 過去の過去までほじくりだして。「私だって言いたいことはたくさんあるよ。でも我慢してしゃべらないのに、なんでそっちはズケズケ言うわけ?」って思います。
【岩波】いま比較的多いのは、中高年夫婦で来る方。特に奥さんが夫を連れてくるパターンです。夫が話を聞かない、何か頼んでもやってくれないという妻からの主張です。
■女性に家事すべてを任せる男性はムリ
【岩波】どうやったら良いパートナー、理解あるパートナーを見つけられるんでしょうか。
【沖田】バツイチで子育ての経験がある人がいいかもしれません。
私、旦那がバツイチで子どもがいるんです。それも子育てを妻に任せず、ふたりがかりでやった経験がある。そのベースが、私をとてもサポートしてくれてるんです。
女に任せるんじゃなくて、自分もやる。そういうベースのある男の人じゃないと私はつきあえないと、旦那に出会って気づきました。
【岩波】女性に「家事全般やれ」って言う男性、あるいは口には出さなくてもそう思ってる男性って、今でもめちゃくちゃ多いように思います。女性は家にいて、おとなしく家事、育児をしていればそれでいいという考え方です。
【沖田】地元はモラハラがすごく多かった。うちの親もそうで、男よりちょっと収入が少ないからって、こんなに女が虐げられる結婚なんか絶対イヤだと思ってた。
そうなると自分で稼ぐことが大前提。だからつきあう男は自分より収入が低くてもいいんです。
最初につきあったのは、私のルーティンを邪魔しない男。でも結婚となるとまた全然違ってくると思います。
私には、子どもがセットになってくるのは無理。
【岩波】多くの日本の男性は、女性は働いていても家事もやるべきだ、と考えがちです。女性は、疲れて帰ってきても食事のしたくをするのが当然だと考えている。
【沖田】地元はほんと住めないと思いました。でも東京に来てそれがなくなった。
東京に来たほうがいいです。結婚じゃなくても幸せになれる選択肢がいっぱいありますから。
■ちょっと諦めてくれる人がいい
【岩波】そういう考えになったのはいつ頃ですか?
【沖田】これまでのパートナーだと今の旦那が一番つきあいが長くて、15年ぐらいになります。いろんな職業の方とつきあったんですけど、今の旦那が一番「女の仕事」みたいなものを押しつけてこない。
こちらに対して、ちょっと諦めてくれる人がいいです。
ダメな男は、みんな「努力すればできるでしょ?」って言うんです。「俺のためならできるよね」って。
でも努力したって、ADHDだからダメじゃないですか。
片づけしても「見えないものは存在しない」んです。一度冷蔵庫に入れてしまったらネギなんかボーボーに根っこ生えちゃう。だから出しっぱなしにする。見えないところに収納すると全部忘れます。
【岩波】「隠し部屋」とか言って、何でも押し込んでいる人がいますね。
【沖田】障害を理解しろとは言わないけど、できないものはできないんだと割り切ってくれる相手にしたほうがいいです。
「俺のオカン、なんでもできるから、掃除も料理もうまいから、教わったらいいよ」なんて、もう最悪。地獄じゃん、やれったってできないんだから!
【岩波】いろいろな点を諦めてくれるバツイチのパートナーが必要だ、というのは非常に明解ですね。
![岩波明『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春出版社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/e/200/img_fef23b7687a8ba45cb5f2d19c0e0247b213625.jpg)
【沖田】「俺のこと好きなら」とか言う女々しい人がダメ。「もう今日疲れた~」とかはいいんです。「じゃあ出前頼むか、食べに行こう」で済むから。
でも「俺疲れてるから飯作れ」はダメ。私なんてちょっと前まで、レトルトのカレーですら煮すぎてグッチャグチャにしちゃったくらいなんだから。
ただ最近、ダイエットで糖質制限の料理を作るようになったら、めっちゃうまいんです。どうしてだろうと思ったら、自分のために作ってるから。私、今まで人のために料理を作ってたからダメだったんだとわかりました。人が好む味がわからなくて、「おいしくない」と言われ続けて、料理やめちゃった。
でも自分のために作ったらおいしい。
【岩波】自分の好きな味を作れれば、違いますよね。
【沖田】好きな人にもそういう感じで作ればいいんだって、やっとわかりました。
【岩波】ご自身の特性を生かしながら着実に前に進んでるのですね、今後もご活躍ください。
【沖田】ありがとうございます!
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精神科医
1959年、神奈川県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。著書に『天才と発達障害』(文春新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?』(光文社新書)等がある。
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漫画家
1979年、富山県出身。小学4年生のときに、医師よりLD(学習障害)とADHD(注意欠如多動性障害)、中学生のときにはアスペルガー症候群と診断される。2008年、漫画家デビュー。2018年、『透明なゆりかご』(講談社)で第42回講談社漫画賞(少女部門)受賞。主な作品に『毎日やらかしてます』(ぶんか社)、『お別れホスピタル』(小学館)など。
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(精神科医 岩波 明、漫画家 沖田 ×華)
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