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「いま裁判をすれば無罪になるだろう」なぜ田中角栄は悪人と言われるのか

プレジデントオンライン / 2021年3月4日 9時15分

『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

田中角栄元首相は、今も根強い人気を誇る。それはなぜか。長編ノンフィクション『ロッキード』(文藝春秋)を出した作家の真山仁氏は「いまは政治家を好き嫌いや善悪で見る傾向がある。ただ本来、政治家の評価は、結果を出したかどうか。その点で言えば、角栄は結果を出した」という――。(第1回/全3回)

■元総理大臣の逮捕、忘れられない当時の違和感

——田中角栄に改めて注目した理由を教えてください。

田中角栄が総理大臣に就任したのは、私がちょうど10歳だった1972年です。幼い頃から政治や社会問題に関心を持っていた私にとって、角栄の存在感は特別でした。

角栄は「今太閤」「コンピューター付きブルドーザー」などと呼ばれ、内閣支持率は62%に達しました。戦後以降では突出した支持率を記録しました。当時も政治家と言えば、世襲か、名門大卒の高級官僚出身がほとんどで、角栄のように高等小学校卒は珍しかった。角栄は学業優秀でしたが、父の借金があり、進学を諦めざるをえなかった。貧しい環境に育ちながら戦中に建設会社を興して戦後のどさくさに成り上がり、庶民階級として、はじめて総理大臣にまで上り詰めた。

私の両親もそうでしたが、庶民たちは、自らの才覚だけを頼りにのし上がった角栄に対する憧れや畏敬の念、そしてシンパシーを感じていたのだと思います。

しかしわずか4年後、昭和最大の疑獄であるロッキード事件で逮捕されてしまった。中学1年生だった私は、違和感を覚えました。ロッキード社の元社長のコーチャンが「飛行機を購入してもらうために、日本の政治家や官僚にわいろを渡した」と証言した。アメリカ人の彼は罪を逃れたにもかかわらず、なぜ日本の総理が逮捕されるのか。何かがおかしいと子ども心に憤ったのを覚えています。

なによりも数年前に「今太閤」「平民宰相」とあれだけ持ち上げていた首相を、手のひらを返したように、貶めるのか、と。オイルショックやインフレで国民の不満がたまっていたとはいえ、世論の恐ろしさを意識した、はじめての経験だった気がします。

■戦後のいけにえのように葬られた政治家

あれから45年が経ちますが、日本社会は変わっていない。

菅政権を見てください。角栄と菅首相を同列には扱いたくはありませんが、あえて言えば政権発足時、支持率64%を記録したものの、コロナ対策の失敗が響き、すぐに30%台前半にまで落ち込んでしまった。「パンケーキおじさん」がこの体たらくです。

昭和の時代からずっと、同じことが繰り返されている……。以前からそんな問題意識を持っていました。平成が終わり、令和がはじまろうとしていた2年ほど前、メディアから平成とはどんな時代だったのか、総括してほしいという依頼がいくつかありました。私は平成とは、昭和の後始末をした30年だったと考えています。

では、昭和とはどんな時代だったのか。高度経済成長とは何だったのか。なぜ、バブルが起き、崩壊してしまったのか。われわれは戦後、どんな過ちを犯したのか。過ちの責任は誰がとったのか……。

『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

平成を総括する前に、昭和ときちんと向き合う必要がある。戦後の高度経済成長期に育った私にとって、昭和という時代は小説家としてもとても重要なテーマだったのです。

デビュー作の『ハゲタカ』でも、昭和という時代をカネという面から考えてみたいと思いました。昔から日本の政財界は、カネにまみれていた。けれど、そのやり取りは他人に見られないようテーブルの下で行われていた。それが高度経済成長、バブルを経て、ハゲタカファンドが登場し、テーブルの上に札束を露骨に積み上げるようになった。『ハゲタカ』で描いたのは、昭和がもたらしたひとつの現実です。

昭和という時代と改めて向き合おうと考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが、戦後のいけにえのように葬られた田中角栄と、違和感がずっと拭えなかったロッキード事件だったのです。

■繰り返される田中角栄ブームのワケ

——2015年ごろにも何度目かの田中角栄ブームが起き、関連する本がたくさん出版されました。田中角栄のなにが、日本人を惹きつけるのでしょうか。

ひとつは『日本列島改造論』でしょうね。結果的には地価の高騰を招きましたが、地方創生の最初のひな形になった。現在の地方創生政策も『日本列島改造論』をなぞっているだけと言ってもいい。角栄は、東京から北海道、鹿児島まで日本列島の至るところに、新幹線と高速道路網を張り巡らせようとしました。角栄失脚後もその計画が粛々と続けられ、日本全国あらゆる場所に日帰りができるようになった。

角栄は「決断と実行」の政治家と呼ばれました。その背景には、国民の生活を豊かにしたいという純粋な思いと、彼が抱えるコンプレックスがありました。

角栄が生まれ育ち、地盤とした新潟県を含めた日本列島の日本海側は、かつて“裏日本”と揶揄(やゆ)されていました。雪深く、東京をはじめとする太平洋側の当たり前が通用しない。

たとえば、東京都では雪害対策の予算は不要です。首都の東京に雪害予算がないのだから、裏日本にもいらないという東京基準の“平等”がまかり通っていた。

角栄からすると、毎年雪害対策を必要としている人々がいるのなら、そこにカネをつぎ込むのは当たり前、という発想になる。あまり知られていませんが、角栄は小学校の教員の給与を上げたり、住宅ローンの金利を引き下げたりする政策なども行いました。陳情に対し、社会的に必要かどうかを素早く決断して、実行に移していったのです。

■日本社会を変えようとした昭和を代表する「巨悪」

——しかし田中角栄にはいまだに金権政治家というダーティなイメージがついています。

角栄はよくも悪くも戦後民主主義の申し子だったと言われています。数は力、という民主主義の本質をよく理解していた。

『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん
『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

官僚出身の政治家や世襲議員は、学閥や閨閥、派閥、出身官庁などからの支援を受け、財界とのパイプもすでに持っていました。だが、庶民出の角栄にはそれがない。角栄は株や不動産、幽霊会社など、ありとあらゆる錬金術を駆使し、カネを生み出した。カネを人脈づくりと政策を進める推進力にしたと私は理解しています。

角栄たちの世代の政治家の根っこには、日本を豊かにする、二度と戦争をしない、という2つの柱がありました。やがて「闇将軍」と呼ばれるようになりますが、角栄本人はカネは政策を進めるための必要悪と考えていたのかもしれません。日本をいい方向に導けるのなら、悪事でもなんでも働こうとしたのではないでしょうか。

いま政治家を好き嫌いや善悪で見る傾向があるように思います。善悪で言えば、角栄はカネまみれの黒光りするほどの悪人だったかもしれません。私腹を肥やすだけの悪人ではなく、日本社会を変えようとした昭和を代表する巨悪だった。

ただ本来、政治家は、結果を出したかどうかで評価されるべきです。その点で言えば、角栄は外交面でも政策面でも結果を出しています。

■「いま裁判をすれば、無罪が出る可能性は十分にある」

ロッキード事件で、角栄は5億円の賄賂を受け取った罪で起訴されました。しかし東京目白の角栄邸では日々何十億円というカネが動いていた。角栄にとっては「たかが5億で」という感覚だったのではないかと思います。

角栄は就任当初、平民宰相と持ち上げられた。その反動で、金脈や女性関係が顕になると国民の嫉妬と反感を買ってしまった。ほかの政治家の多くもカネまみれだったはずですが、庶民派のイメージがあだになった。角栄自身は、沸騰する世論を鎮めるには、自分が犠牲になるしかないと考えていたのではないかと思います。学歴がなく、閨閥も持たない自分がいけにえになるしかない、と。

『ロッキード』の執筆にあたってロッキード事件を調べ直し、いま裁判をすれば、無罪が出る可能性は十分にあるという手応えを感じました。

受託収賄罪での起訴も冷静に考えれば無理があります。その上、物証もない。検察側の証人も、みな自白を強要されていた。にもかかわらず、角栄は有罪判決を受けた。『ロッキード』ではこの点も丁寧に検証し、詳述しています。

■ノンフィクションに挑んで見えた田中の人物像

——田中角栄について長期間、取材した結果、人物像に変化はありましたか?

変化、というよりも田中角栄という人間の濃淡、コントラストが見えてきました。角栄が吃音(きつおん)だったという話はよく知られています。

『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

実は、私も子どもの頃、吃音に悩まされていました。いまも疲れがたまると出てしまう。親からは目の前の人をニンジンやダイコンだと思って話しなさいと言われてきた。でも、実際、人を野菜と思えるわけがない。

真山 仁『ロッキード』(文藝春秋)
真山 仁『ロッキード』(文藝春秋)

話す、という誰もができる普通のことができない。私の人生にとっては大きなコンプレックスだった。

角栄は頭の回転がとても早かった。少年のうちは、話したくてもうまく話せなくて、周囲にバカにされてきた。だから大人になっても角栄には打たれ強さと、もろさが同居した。

もうひとつ吃音の人の特徴が、話す前に入念に準備すること。角栄が雄弁に立て板に水のごとくに演説できたのは、吃音を防ぐため、準備を怠らなかったからです。その代わり、不意打ちには弱い。吃音というポイントで角栄を見つめ直したときに、これまで知らなかった角栄の人間らしさが浮かび上がってきたのです。

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真山 仁(まやま・じん)
小説家
1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業後、新聞社に入社。フリーライターを経て2004年『ハゲタカ』(ダイヤモンド社)でデビュー。以後、現代社会の歪みに鋭く切り込むエンタテインメント小説を精力的に発表し続けている。近著に『標的』(文春文庫)、『シンドローム』(講談社文庫)、『トリガー』(KADOKAWA)、『神域』(毎日新聞出版)などがある。『ロッキード』(文藝春秋)は初の本格的ノンフィクション作品。

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(小説家 真山 仁 聞き手・構成=山川徹)

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