ゴミ屋敷に住んでいる人が「これはゴミではない」と主張する本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年2月27日 11時15分
■「部屋全体」を見通しての整理整頓が難しい
前回(連載第10回)、発達障害の一種であるADHD(注意欠如・多動性障害)の患者宅がゴミ屋敷になりやすいと述べた。ADHDの患者は、一つのことに集中するのが難しいため、長時間におよぶ片付けや「部屋全体」を見通しての整理整頓が難しいのだ。
仮屋暢聡医師(まいんずたわーメンタルクリニック院長)が、13歳でADHDの男の子を例に挙げた。
「食後に服薬の必要があって、親御さんが『食べたら飲みなさい』と伝え、食事と一緒に目の前に薬を用意しても目に入らない。本人の関心があるところにしか視点がいかないんですね。息子さんにできることをさせてほしいと伝えているので、ご両親は本人の部屋に入らないのですが、そうなると当然自室は汚くなります。その子は大のゲームが好き。すると、ゲーム関係はきれいに揃えるのですが、それ以外の勉強道具などはごっちゃになっているんです」
男の子は有名進学校に通っているというから、一般的な知能レベルが低いわけではない。
■一つのものにこだわると、10年でも20年でも使い続ける
私が片付けをした孤独死現場でも、家全体はゴミ屋敷なのに、一部分が異様なほどまでに整理されていたことがあった。居住者はすでに亡くなっているため、その人がADHDだったかどうかはわからないが、例えばこんな具合だ。
同じ商品の豆腐やヨーグルトの空カップがきれいに洗われ、種類別に何十個とそれが積み重ねられている。スーツを購入した際の空き箱に「ボタン」「ネクタイ」「端切れ」などのラベルが貼られ、その通りに分類され、押し入れに収まっている。しかもその空き箱に表示された“番号順”だ。
しょうゆ、油、ソースなどのパックはそのまま置かずに、牛乳パックの空き箱を半分に切って、それを下方の受け皿にする。牛乳パックのもう半分を、その上方にかぶせて、「しょうゆ」「油」などとラベルを貼る(思わず、「見ればしょうゆとわかる」と、つぶやいてしまった)。
「こだわりです」と、仮屋医師は言う。
「一つのものにこだわったら、それを10年でも、20年でも食べるし、使い続けるというのはある。よくADHDの患者さんに説明するのは、自分がこういう障害だとわかったら、自分自身の特性を知りましょう、と。診察でいろいろなテストを行い、あなたの特性で良いところ、悪いところを話します」
■ADHDでは20代でもアルコール依存症に陥りやすい
実はゴミ屋敷の現場では、しばしばお酒の空き瓶が落ちている。そのため、アルコール依存症とゴミ屋敷に関連があるのではないか、と私は感じていた。
仮屋医師によると、アルコール依存症をはじめ、タバコやギャンブルなどの“依存症”のベースには発達障害が潜んでいることがあり、それに関連して本人の特性から「ゴミ部屋化しやすいのではないか」とのこと。
「ADHD(発達障害)の人はうまく頭が整理できない、物が片付けられないというのがある。アルコールが入るとそれが増幅される。またアルコール依存症は40~50代で陥りやすい精神疾患だが、ADHDの人は20代でも多く、さまざまな問題が長期化しやすい」
ADHDの治療には、過集中や衝動性を抑える薬物治療が有効だ。子供、大人の患者ともにアトモキセチン(商品名ストラテラ)、メチルフェニデート(商品名コンサータ)、グアンファシン(商品名インチュニブ)が使用される。
■ADHD、うつ病、認知症、統合失調症などの「症状の一つ」
「本人の特性で悪いところを解決するために薬がある、と患者さんには説明します。服薬によって普通の思考ができるようになっていきますが、薬は自転車の“補助輪”のようなもの。病が治るというより、補助輪がなくても走れるようになれば薬はいりません。
ADHDは一つの例ですが、つまりゴミ屋敷は単純に物をためこむケースばかりでなく、むしろそれ以外のなんらかの問題を抱えている人のほうが多いのではないでしょうか」(仮屋医師)
本連載第3回で、一般に価値のない物でも捨てるのに著しい苦痛を感じる「ためこみ症」という病気を紹介した。ためこみ症は、これ自体が精神疾患の一つである。しかし他の精神疾患とも深く関連し、ADHDをはじめ、うつ病、認知症、統合失調症などの「症状の一つ」に“ためこみ行動”があるのだ。九州大学病院精神科の中尾智博教授に聞いた。
「認知症であれば認知機能そのものが落ちて、物を所有していることを忘れているため、単なる整理整頓とは違うアプローチが必要でしょう。統合失調症の人は、妄想や幻覚、例えば“処分すると大変なことになる”などという思い込みがためこみ行動につながっている可能性がある。そのため統合失調症の治療が優先されます。うつ病も、エネルギーや気力が低下したために物を捨てられなくなっている可能性が高いので、やはりうつ病の治療が必要です」
■「ためこみ症」の3つの特徴
つまりは「なぜゴミ屋敷化しているのか」という客観的な判断、場合によっては医学的診断が必要になる。もちろん、物を集めるものの整理して保管し、生活障害を起こすことのない「収集家」は病気ではない。
「ためこみ症」の特徴は、①物を大量に集める、②整理整頓ができない(食べても置きっぱなし)、③物への執着が強くて捨てられない、という3つで、他の病気との大きな違いは「物を集めることで心が満たされること」(中尾教授)という。そのため、病気と自覚せず、自ら病院に行く可能性は非常に低い。
「ためこみ症の危険信号は、浴室やトイレ、家具など生活に必要な設備が物であふれ使えなくなること。“今の家に人を呼べるかどうか”も判断材料になるでしょう。
足の踏み場がないから恥ずかしくて呼べないという場合は、重症に差しかかっています。軽い症状だと、ソファやテーブルに服や紙類が山積みになって使えない状態が5~10年続く状態です。当たり前のことですが、あるべきところにあるべきものを置く。そのためのスペースを身近な人とつくっていけるといいですね」(中尾教授)
■ヘルパーが入ることで部屋がきれいに保たれるケースも
その際、家族や身内との関係が良好であれば一緒に片付けを行ってもいいが、長年音信不通のような場合ではうまくいかないかもしれない。仮屋医師のもとに通うADHDで、ゴミ部屋化しやすい患者はヘルパーが入ることで部屋がきれいに保たれているという。
「潔癖症なのに家の中は散らかっているんですよね。特にコロナ禍になってから、診察に来る際も靴にビニールを巻き、手にもビニールをはめている。家では濡れティッシュやトイレットペーパーをたくさん使うので、それで部屋の中があふれてしまうようです」
「でも、ヘルパーさんがいるものといらない物を本人と一緒に選別し、『いらない物は捨てていきましょうね』とアドバイスして、部屋の通り道を確保するように導いてくれています。これが身内だと羞恥心が強くなり一緒に片付けることが難しい場合もあるでしょう」
■「発達障害の人」は統計学的に離婚が多い
加えて、人とのコミュニケーションが下手な患者が少なくない。
「発達障害の人は統計学的に離婚が多いのです。一つのことが長続きしない。すぐ飽きてしまう。人間関係を永続的に結ぶことが困難で、刹那的な恋愛はできるけど長く続けられないので結婚しないケースもあります。結婚が続くケースは、配偶者が非常に忍耐強い人で、本人の長所を理解し、短所の部分を配偶者が補っていることが多い」(仮屋医師)
私が現場取材を続けてきた生前・遺品整理会社「あんしんネット」の事業部長で、孤独死現場の第一人者である石見良教さんも、「ゴミ屋敷の住人に陥らないためにやるべきこと」として「孤立しない」を第一に挙げる。
「人との付き合いを深める。友人・知人、家族や親族とのつながりを保っておくことです」
もしあなたが片付けが苦手なら、その短所、苦手な部分を補ってくれる人はいるだろうか。また反対に、もしゴミ部屋に住む人が身近にいるのなら、なぜ捨てられないのか、“本人なりの意味”を探り出してほしい。(続く。次回は3月26日公開予定)
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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