1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「ゆとり教育で子供がバカになった」という考えは完全に間違っている

プレジデントオンライン / 2021年2月26日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

ゆとり教育は失敗だったのか。国立台湾大学准教授の小松光氏と京都大学大学院准教授のジェルミー・ラプリー氏は「ゆとり教育で日本の学生の学力は低下していない。学力水準はこの20年間ほとんど変わらず、高水準を維持している。データを見極め、思い付きで教育政策をいじらないことが重要だ」という――。

※本稿は、『日本の教育はダメじゃない 国際比較データで問いなおす』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■日本の教育水準はアメリカよりも圧倒的に高い

さて、それでは学力の国際比較に入りましょう。ここで使うデータはピザ(PISA)のものではありません。もう1つの大きな調査であるTIMMS(ティムズ)のものです。ティムズの正式名称は「国際数学・理科教育動向調査」といいます。

ピザと同じように、世界の子どもたちの学力を国際的に比較するための調査ですが、いくつか違いがあります。一番大事な違いは、測る学力のタイプです。ティムズは「学校で習った内容をきちんと覚えていて使えるか」を測っています。

一方で、ピザは「学校で習った基礎的な内容を、新しい目的に対して創造的に使えるか」を測っています。つまり、ティムズが、読者の多くが小中学校時代に求められた学力、いわば「20世紀型学力」を測っているのに対して、ピザは、今という変化の多い時代に必要とされる「21世紀型学力」を測っていると考えてよいと思います。

さて、ティムズの結果です。ティムズは4年に1度行われています。本書の内容に関する限りでは、どの年のデータを使っても特に変化がないので、以下では2015年のデータを使います。

ティムズには算数(数学)と理科の2科目があって、小学4年生と中学2年生を対象としています。すべてのデータを見ていくのは大変ですし、結果に大きな違いもありませんから、以下では中学2年生の結果を見ていくことにしましょう。

結果は図で示しますが、その前に考えてみてください。中学2年生の調査に参加した国は39カ国です。日本は何位でしょう? アメリカはどうですか? 本書では、しばしばアメリカと日本の対比をしますが、それは、日本がこれまでアメリカの教育政策を輸入・模倣してきたし、今もしているからです。

ですが、アメリカの教育は本当にそんなに素晴らしいのでしょうか?

では、日本とアメリカの順位です。中学2年生の数学では、日本は5位、アメリカは11位でした。理科では、日本は2位、アメリカは11位でした。ランキング20位までを図表1に示しましたので、見てみてください。

20世紀型学力(上位20位まで)
出所=ティムズ2015年

■ゆとり教育で日本の学力は低下していない

なお、ティムズや後述のピザの参加国数・順位は、報告によって多少の変動があります。これは、実際に参加した国すべてを参加国とするのか、比較に十分な精度のデータが得られた国だけを参加国とするのか、などの基準が報告によって異なるためです。

ただこうした細かな差は、本書の議論には影響しません。ティムズのランキングでは、日本を含む東アジア諸国が上位を独占しています。つまり、少なくともティムズの測る学力については、日本を含む東アジア諸国は、欧米諸国よりも高い水準にあります。

ここまでで、日本の子どもたちが(そして大人も)高い学力を持っていることを理解していただけたかと思います。それでも、日本の高い学力がだんだんと低下してきているのではないか、という不安をお持ちの方もいるでしょう。

実際、「ゆとり教育」は学力低下を理由に撤回されてしまいました。このように、学力の経時的変化は教育政策に大きな影響を与えるので重要です。ですので、学力の経時的変化を、第1章の締めくくりに検討してみようと思います。

経時的変化を見るためにピザのデータを使います。ピザの科目は基本的に、数学、理科、読解の3科目ですので、全体的傾向を見るために、3科目の平均点の経年的変化を見てみましょう。

最初に気づくのは、日本の成績が一貫して下がっているとか、一貫して上がっているという傾向がないことです(図表2-a)。

ピザの点数の経年変化
出所=ピザ2000~2018年

日本の成績はこの18年間で上がったり下がったりしており、一貫して低下しているというような傾向は認められません。科目ごとに見ても、一貫した低下傾向はなく(図表2-b)、気になる点と言えば、2006年以降の数学の成績がそれ以前に及ばないことです。

それでも、2006年以降低下傾向が見られるわけではなく、成績は安定してはいます。とりあえず、日本の成績が一貫して低下しているわけではない、というのは素晴らしいことです。

■ピザの点数が下がり続けている「教育大国フィンランド」

というのも、世界には成績が一貫して低下している国もあるからです。例えば、教育で有名なフィンランドがその代表例です。フィンランドは2003年のピザにおいて、3科目中2科目で世界一になったことは先に触れました。フィンランドのピザ3科目の平均点の変化を、図表3に示しました。

フィンランドのピザ3科目平均
出所=ピザ2000~2018年

フィンランドは、2006年のピザで3科目平均553点という非常に高い点数を記録しましたが、その後点数は下がり続けています。そして、2018年には3科目平均の点数が516点になってしまいました。

こういう国はフィンランドだけではありません。他にオーストラリアなども、ピザが始まった2000年頃には欧米諸国の中でかなり高い位置にあったのが、今では普通の国になってしまいました。こうした事例と比べると、日本が比較的高い成績を安定して取り続けているのは、「大したこと」であると私たち著者は感じています。

それでは日本の学力が比較的安定していることと、ゆとり教育はどういう関係にあったのでしょうか? ゆとり教育は、学力低下が原因で撤回されたことになっています。そのあたりをもう少し見ていくことにします。

■「新しい学力観」をもとに実施されたゆとり教育

まず、ゆとり教育について思い出しましょう。ゆとり教育に関する議論が活発になるのは1980年代からです。

第2次中曽根内閣が臨時教育審議会というものを設置し、そこで従来の日本の学校教育への反省が行われます。その中で、日本のかつての学校教育が個性を重視してこなかった点が問題視され、これからの日本の子どもたちがつけるべき学力が再定義されました。

知識から創造性へと重点を移した「新しい学力観」の登場です。この新しい学力観に沿った形で、その後、教育制度が改定されていきます。その目玉の1つとしてゆとり教育は小中学校では2002年から、高校では2003年から実施されました。

小中学校では授業内容の3割が削減され、削減分は高校に移行され、同時に、授業時間数も削減されました。しかし、2003年、2006年のピザテストの結果により学力低下が問題視されるようになりました。

これを受けて第1次安倍晋三内閣が2006年に設置した教育再生会議で脱ゆとり教育が議論され、2011年以降、脱ゆとり教育が実施されました(小学校は2011年から、中学校は2012年から、高校は2013年から)。

■ゆとり教育で学力が低下しているように見えるが…

さて、このゆとり教育とピザの関係を、図表4を使って見てみましょう。図表4-aは、日本のピザ3科目の平均点を示しています。

日本のピザ3科目平均
出所=ピザ2000~2018年

確かに2000年から2006年にかけて点数が低下しています。この点数低下をゆとり教育と結びつけたくなるのもわからないでもありません。ですが、この議論をするときに、ピザに参加しているのが15歳の子どもたちであることを勘案しなければなりません。

15歳の子どもたちの学力は、小中学校の9年間の学習によって培われたものです。したがって、ピザのテストを受けた時点でどのような教育を受けているのかだけでなく、それまでにどのような教育を受けてきたのかも考えなければならないのです。

一時点でなく、過去の教育についても考慮するために、ピザに参加した子どもたちが、小中学校で合計何時間授業を受けてきたのか(「総受講時間数」と名付けます)を計算してみました。それを図にしたのが図表4-bです。

15歳の子どもたちの小中学校における総受講時間
出所=ピザ2000~2018年

15歳の子どもたちの総受講時間数は、ゆとり教育導入の2002年以降に低下し、2011年と2012年に底を打ちます。そして、脱ゆとり教育の開始以降、総受講時間数は増加します。

■脱ゆとり教育で学力が向上したわけではない

さて、ここが面白いところなのですが、2012年のピザで、日本はかなり良い成績をあげているのです。3科目の平均点で、ゆとり導入前の2000年とほぼ同じ点数です(図表4-a)。

もう1つ面白いのは、2015年、2018年のピザテストに参加した世代は、脱ゆとり教育を受けてきた世代であるにもかかわらず、ゆとり教育をばっちり受けた世代(2012年のピザに参加)よりも点数が低いのです。

たしかに、その点数の違いはさほど大きくはありませんが、それでも脱ゆとり教育を受けてきた世代のほうが点数は低いのです。これはどうしたことでしょう? もし、ゆとり教育が学力を下げ、脱ゆとり教育が学力を上げるものであるなら、ピザテストの成績を示すグラフ(図表4-a)は、総受講時間数のグラフ(図表4-b)と同じような形になるはずです。

でも実際はそうなってはいません。もちろん、ピザの点数の経年的変化がどのくらい実態を反映しているか、という問題はあります。ピザは、世の中のほとんどの調査がそうであるように、全数調査ではありません。

つまり、15歳の子ども全員を対象として調査をしているわけではないのです。全数調査は労力的にも大変だしお金もかかるので、実際には一部の子どもをサンプルとして選んで調査を行っています。そうすると、調査結果は当然ながら、サンプルの選び方による誤差の影響を受けます。

だから、脱ゆとり教育を受けてきた世代のほうが、ゆとり教育を最も徹底的に受けた世代よりも本当に学力が低いかどうかは、実際には十分に吟味しないとわからないことです。

ですが、本書の議論では、そこが重要なのではありません。私たち著者は、「脱ゆとり教育を受けてきた世代のほうが、ゆとり教育を最も徹底的に受けた世代よりも学力が低いかどうか」を問題にしているのではありません。

ここで問題にしているのは、「ピザのデータを見る限りでは、ゆとり教育で学力が低下して、脱ゆとりによって学力が上向いたという結論は導くことができない」という点なのです。

■ゆとりが必要だったのはむしろ大人

一般に、ゆとり教育が撤回された主因は、ピザなどで明らかになった日本の学力低下とされています。しかし、ピザデータをちゃんと見てみると、ゆとり教育が学力低下の原因であったと言うことはできないのです。

つまりデータは、「ゆとり教育は学力低下を招く」というような「わかりやすい物語」を支持しないのです。ですから、ここで主張したいのは、「わかりやすい物語を安易に信じてはいけない」ということです。「わかりやすい物語」を信じて教育政策や制度をいじっても、簡単に思い通りの結果が出ることはほとんどないのです。

『日本の教育はダメじゃない 国際比較データで問いなおす』(ちくま新書)
小松 光、ジェルミー・ラプリー『日本の教育はダメじゃない 国際比較データで問いなおす』(ちくま新書)

これは何も日本に限ったことではありません。アメリカでもオーストラリアでも、この20年、学力向上のための教育改革を数多く行ってきましたが、その結果はどうだったでしょうか?

アメリカのピザの成績はほぼ横ばいでしたし、オーストラリアに至っては一貫して低下しています。たぶん、教育やそれをとりまく社会というのは、私たちが考えるほど単純なものではないのです。私たちが肝に銘じるべきは、教育政策や制度をやたらといじりまわすのは危険だし、ほとんどの場合、無益だということなのです。

日本は子どもたちにゆとりを持たせて教育を良くしようとしてきましたが、実はゆとりが必要だったのは、子ども(だけ)ではなく、むしろ大人の方だったのかもしれません。大人がゆったりとした心をもって、教育や社会の複雑さに耐えることが、実は安定した教育政策のために必要なことかもしれません。

----------

小松 光(こまつ・ひかる)
国立台湾大学気候変動・持続的発展国際学位プログラム准教授
1975年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。総合地球環境学研究所、東京大学生産技術研究所、九州大学農学研究院、京都大学白眉センター、京都大学大学院教育学研究科などを経て現職。世界銀行、国際連合教育科学文化機関などのアドバイザーも務める。著書に『日本の教育はダメじゃない 国際比較データで問いなおす』(ちくま新書)がある。

----------

----------

ジェルミー・ラプリー 京都大学大学院教育学研究科准教授
1977年生まれ。オックスフォード大学教育学部博士課程修了。博士(教育学)。東京大学大学院教育学研究科、京都大学白眉センターを経て現職。世界銀行、国際連合教育科学文化機関などのアドバイザーも務める。著書に『日本の教育はダメじゃない 国際比較データで問いなおす』(ちくま新書)がある。

----------

(国立台湾大学気候変動・持続的発展国際学位プログラム准教授 小松 光、京都大学大学院教育学研究科准教授 ジェルミー・ラプリー)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください