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なぜエルメスでは、マネジメントよりも職人が強い権限を持つのか

プレジデントオンライン / 2021年3月1日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LewisTsePuiLung

■エルメスの美意識を承継する職人の矜持

優れたプロダクトの裏には、美意識をもった「目利き」が存在します。そのことを実感したのは、フランスからエルメスのトップマネジメントと職人頭を日本に招き、日本の工芸職人にレクチャーを行っていただく機会を頂いたときです。

まず驚かされたのは、エルメスの職人頭が、トップマネジメントでさえも口を出せないほどの強い権限をもっていることでした。トップマネジメントは職人を尊敬しており、「余計なことは言わない」のがエルメスのブランディングにとって大切であると心得ていました。

さらに、エルメスの職人頭に、日本の工芸作品を見せたところ、「これはプロの作品なのか、それともアマチュアの作品なのか」と私に聞いてきました。その理由は、後で知ったのですが、工芸とは「優れた製品を創るための今日的な技術」なのであり、「単なる伝統を再現した作品づくりのためにあるものではないから」であるといいます。

エルメスの職人頭には、日本の工芸が伝統を重んじるアート作品に見えたのです。工芸的な技術は、製品づくりに生かされてはじめて意味をもつと考えているので、それ自体を絵画や彫刻のように扱う工芸には違和感を覚えたのでしょう。これは文化の違いによるものですが、日本の工芸を考え直す意味で示唆に富む指摘です。

また、ものすごい自信の表れともとれる言動ですが、こうした矜持をもつ職人こそが、ヨーロッパの文化を今日まで承継させている原動力なのでしょう。

彼らの話を聞くことで、現代においても、エルメスの製品は、一流の職人と、何代も続く貴族を中心とした得意客との対話により生まれているということを知りました。

長きにわたる歴史の中で培われてきた貴族の美意識が、職人との濃密なコミュニケーションを経て、エルメスの商品に昇華されているのです。そしてそれは単なる高級品ではなく、生活文化に今も生かされた美意識なのです。

■日本は、買い手を増やす仕組みを構築すべき

エルメスの商品の美的価値が、“作り手”と“買い手”のコラボレーションによって生まれている点は、日本のものづくりにとっても学ぶべきヒントがあるように感じます。日本の文化政策は、作り手の保護に力を入れており、これはもちろん文化を守るうえで必要なことですが、買い手を育てることも同様に大切です。

秋元雄史さん
撮影=西田香織

私が深く関わる現代アートや工芸の世界においては、代々続く中小企業が買い手の中心層になっていますが、大企業や個人コレクターを増やす余地はまだあります。そのためには、税制などの改正を通じてインセンティブを高め、買い手を増やす仕組みを構築することが不可欠です。

現代アートや工芸の収集を教養を高める行為と同時に、“投資”としてビジネス的に捉える意識は、欧米では当たり前のものとして広がっています。欧米の富裕層は、いちはやく現代アートや工芸に投資をしていました。時代を先取りすることで、その作品がやがて何倍、何十倍の値段で売れるという例は少なくありません。また、作品を美術館に寄贈することで税制の優遇を受けることができるほか、自分や会社の名前を残そうと考える富裕層もいます。

彼ら欧米のコレクターは、自分の信じた価値観をアート作品に託し世の中に広めていくことに、ある種の“共犯者”のような喜びを感じているのかもしれません。日本でも、徐々にアート市場の規模は拡大していますが、世界シェアの1%にも満たない状況です。成長の余地は相当にあると言えるでしょう。

■かつてなく接近する「アート」と「工芸」の領域

ここまで、「アート」と「工芸」という言葉を分けて用いてきましたが、ここ数年の世界的な傾向を見てみると、「アート」と「工芸」の領域が接近していることを実感しています。

秋元雄史『アート思考』(プレジデント社)

アートと工芸は、日本ではもともと境界が曖昧です。欧米では、崇高な美を追求するアートと、暮らしと密接する工芸は別物という根強い考えがある一方、19世紀末のイギリスで起きたアーツ・アンド・クラフツ運動、20世紀初頭のドイツのバウハウスの活動のように生活と芸術を融合させようとする動きが生まれました。日本においても、20世紀初頭に柳宗悦らにより、生活の中に美を見いだそうとする民藝運動が起きています。これらはどれも絵画や彫刻などのファインアートと生活用具である工芸をつなぐというだけなく、新時代の暮らしを提案する総合芸術運動として展開してきました。

現代において、工芸はかつての勢いを失い、失速する筆頭に挙げられる領域のひとつですが、国際的に活躍している作家も出てきています。そうした作家の作品は、伝統技術が、最新の現代アートやデザインと出会うことで、未来に向けた新たな可能性を生み出しているのです。

こうした動きを反映してでしょうか。2017年、世界最大のアートフェアの開催地であるスイスのバーゼルに、突如、「バーゼル・トレゾア・コンテンポラリークラフト」という国際クラフトフェアが、登場しました。「アートフェアの世界的な開催地に、ついに工芸も登場した」と業界では話題になったのです。このほかにも、英国のロンドンやエジンバラ、韓国、そして日本では私が1、2回目のディレクターを務めた金沢・世界トリエンナーレなど、新しい文化の創造とものづくりの可能性を探求する国際的な動きが、生まれています。

世界的に工芸が注目されるなか、日本でも素晴らしい工芸作家が数多く生まれています。拙著『工芸未来派 アート化する新しい工芸』(六輝社刊)では、現代アートの感性を工芸に取り入れた作家を、陶磁、ガラス、金工、漆芸、染織などの各分野から紹介しました。奇妙に誇張されたフォルムや明るくポップな色彩が特徴の陶磁作品を製作する桑田卓郎さんや、独特の色彩感覚によるガラス作品を生み出す塚田美登里さん、漆を用いながら、これまでとはまったく違う表現を見せる青木千絵さんなど、私はこれまでの工芸のイメージを覆す作家たちに注目しています。

■「面倒な工芸品」が生活に“質感”をもたらす

抽象的なアート作品と比べると、工芸品は初心者にとっても手に取りやすいと思います。工芸品はアート作品よりも価格が抑えられていて、何より、直接手に触れ、使用することができる点が、大きな魅力です。

秋元雄史さん
撮影=西田香織

今は、「100円均一」に代表されるように、さまざまな日用品が極めて安く販売され、使い勝手としても十分なものが簡単に手に入ります。しかし、個性のないものばかりに囲まれていると、どこか自分自身が無色透明に感じられてくるのではないでしょうか。自分自身が何を好きなのかを突き詰め、暮らしに“好み”や“質感”をもたせることは、人生を豊かにします。

工芸品は、大量生産された工業製品と比べると、「便利さ」という意味では劣るでしょう。工芸品の茶碗や湯飲みにしても、その美しさを保とうとすると手入れが欠かせず、壊れないように慎重に扱う必要があります。壊れても自己都合で簡単に買い替えるわけにもいきません。

でも、便利になっていくばかりの世の中だからこそ、あえて身の回りに“面倒な”ものを置くことに価値が生まれるのです。工芸品に対する愛着は時間とともに高まっていきます。同じ工芸品でも、使い手によって表情は違ってくるので、時間の蓄積がフィジカルに感じとれます。そうした工芸品を子孫まで引き継いでいけば、自分の寿命を超えて時間の連続性を感じ取ることができるでしょう。私は、こうしたものこそが、健康的な暮らしであると思っています。

■アート・工芸の最初の入り口「アートフェア」

「アート作品や工芸品を購入して、生活に取り入れたい」――そう考えても、最初の入り口が分からないという方もいらっしゃるでしょう。ギャラリーを訪れることはひとつの方法ですが、いきなりギャラリーの扉をくぐるのは勇気がいるかもしれません。

東京藝術大学大学
撮影=西田香織
東京藝術大学 - 撮影=西田香織

お勧めしたいのが、さまざまなギャラリーが一同に会してアートや工芸の作品を展示販売しているアートフェアです。国内外にさまざまなアートフェアが存在し、国内では、東京や京都、金沢などで定期的に開催されています。

こうしたアートフェアは一般の方でも参加できますので、まずは気軽に見て回って、気になるギャラリーやアーティストを見つけてみてはいかがでしょうか。工芸品であれば数万円くらいから購入することもできるので、お気に入りの作品を買ってみて、普段の生活に取り入れるのもいいと思います。こうした体験からアートや工芸との接点が生まれると、その背景となる歴史や文化にも興味が広がり、ますます生活が面白くなっていきます。

■工芸品を手元に置き、感性を磨く

工芸品を生活に取り入れることで、どのようなメリットがあるのか。科学的に証明するのは難しいですが、私は、アートや工芸に多く触れることで、感性が鋭くなり、言語化できない何かを感じ取る力が身につくと考えています。

東京藝術大学大学
撮影=西田香織
東京藝術大学 - 撮影=西田香織

感性の鋭さ、という意味で私がすぐに思い浮かぶのが、金沢の由緒ある料亭の家に生まれた友人です。私もアートや工芸品は相当見てきたつもりですが、彼の目利きには、いつも驚かされています。たとえば、彼と一緒に神社などで開催される、いわゆるボロ市に行くと、品物が出されるや否や、価値あるものを即座に見つけ出すのです。そうした品々は1箱数千円ほどで売られているのですが、彼が選んだ品は何倍もの値段で売れるだけでなく、なかには歴史的な価値を認められて美術館に収蔵されるものまであります。

なぜ、そんなことが可能なのか。彼は「瞬間的に目に飛び込んでくる」と言いますが、まさに感性です。この感性は彼が子どもの頃から身の回りに工芸品がある環境に育ったことも、少なからず影響していると考えます。

目利きをする力を磨くには、やはり数多くの作品を見る必要があります。それにできれば手に取ることが大事です。色や形といった資格情報だけでなく、重さや質感も本物を見極めるためには必要な判断材料です。金沢の友人のような環境で育った人はまれですが、美術館やアートフェアなどで作品を鑑賞し、あるいは工芸品を購入して直接触れることで、目利きになる力を高めることはできるでしょう。そのためには、一流と言われる有名な作品だけでなく、さまざまな作品を見ることが大切です。美術館に行くにしても、有名な場所だけでなく大中小さまざまなところを訪れてみると良いでしょう。

日本に高い美意識を持った目利きが増えれば、アートや工芸のみならず、広く、日本のものづくりの発展に資すると考えます。また、今までにないアイデアや価値を自ら発信して、新たなトレンドを作りだすアーティストの姿勢から、ビジネスを生み出すための発想を得ることも可能になるかもしれません。

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秋元 雄史(あきもと・ゆうじ)
東京藝術大学大学美術館館長・教授/練馬区美術館館長
1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科卒。1991年、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。瀬戸内海の直島で展開される「ベネッセアートサイト直島」を担当し地中美術館館長、アーティスティックディレクターなどを歴任。2007年から10年にわたって金沢21世紀美術館館長を務めたのち、現職。

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(東京藝術大学大学美術館館長・教授/練馬区美術館館長 秋元 雄史 構成=小林義崇)

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