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「クーデターは好都合」ミャンマーの政治的孤立を中国政府はよろこんでいる

プレジデントオンライン / 2021年3月2日 11時15分

デモ隊を取り締まる国軍治安部隊の兵士を乗せたトラック=2021年2月28日、ヤンゴン市 - 写真=AFP/時事通信フォト

■「中国が国軍を支援している」噂が飛び交う

ミャンマーで起きた軍事クーデターから1カ月がたった。地元メディアによると、2月28日は国軍の発砲などによって10人以上が死亡。平和的な行動が多かったデモだが、国軍の締めつけによってその様相は悪化している。

そんななか、市民の間では「中国の軍人たちがミャンマーに忍び込み、国軍の支援をしている」という、中国の関与にまつわるさまざまな噂が飛び交っている。

こうした状況を現地からの報道や過去からの経緯をもとに分析してみた。中国による、外交上の空白を狙った国軍との癒着具合が改めて浮き上がってくるようだ。

ミャンマー国民の軍政に対する反抗心は外部の人間には計り知れないものがある。

かつての軍政下のミャンマーでは、言論の自由がなく、軍政に反対すれば即座に弾圧、投獄。違法な強制労働や虐殺も起きていた。

2011年にようやく民政移管が実現し、ミャンマー市民たちはようやく「暗黒の時代」から抜けられた。2015年11月に実施された総選挙ではアウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧倒的な勝利を収める。

ミャンマーは「アジア最後のフロンティア」と評され、日本を含む各国が競って投資を実行。国民はインターネットを通じ、国外の自由で豊かな様子を見られるようになり、外国旅行へも行けるようになるなど、過去5年余りの間、社会活動における制限を感じることなく暮らしてきた。

クーデターを起こした国軍に対し、市民が徹底抗戦を起こしているのは「軍政時代の自由がない暮らしに逆行するのはまっぴら」という理由が最も大きい。

■「国軍に混じって中国語を喋る声が聞こえた」

クーデター勃発以来、ミャンマー国民の間では、国軍に対し中国の関与を疑う声が止まない。複数の海外メディアは、以下の事実について一定の証拠が見られるとして報じている。

1.中国軍の部隊が国軍支援のため、ミャンマー入りした。
2.中国で行われているようなインターネット規制を実施するため、中国のIT技術者が国軍によって密かに招かれた。
3.中国の王毅外相が1月にミャンマーを訪問した際、国軍がクーデター実施の意向を伝え、承諾を得た。
4.中国からの関係者招聘や軍事物資の輸入のため、雲南省昆明市との間をミャンマー機が何度も往復している。

「中国軍」の関与をめぐっては、その証拠をなんとしても得てやろうと考えている市民も多いとされ、「自分たちよりも色白の軍人がいた」、「国軍に混じって中国語を喋っている声が聞こえた」などの情報がある。

それに加えて有力とされるのは、マンダレーで治安当局の取り締まりを撮影した際、「イー、アル、サン」と中国語の掛け声が聞こえた動画が一気に拡散した。これを見たミャンマーのネットユーザーたちは「国軍を中国軍が支持している証拠」と訴えている。

■「中国式ネット規制が始まる」と戦々恐々

これらの情報について一つずつ見ていこう。まずインターネット規制だが、国軍が国民らのオンライン上でのやりとりを制限するため、連日深夜帯はネット接続が一切遮断されている。今後は当局による監視や遮断をより進めるため、「金盾」と呼ばれる中国製ファイアーウォールの導入を図るだろうと市民間でまことしやかに語られている。

よく知られているように、中国のファイアーウォールは西側諸国で広く使われているGoogleやFacebookといった、検索エンジンやSNSの使用ができなくなるよう仕掛けられている。ミャンマーの若者たちは、友人らとのやりとりや日々の一般ニュースの入手など「ネットでやれることのほぼ全て」をFacebookに依存しており、これを止められることで五里霧中に放り込まれたと感じる人も多そうだ。

中国政府が飛行機で連日、国軍に装備や人員を提供しているという噂の信憑性だが、前述の「軍人輸送、IT技術者のミャンマー入り」といった話があるとしたら、その足をどうするか、という問題が頭をもたげてくる。

筆者が、ミャンマー筋の話としてこの「謎のフライト」の存在を最初に聞いたのは2月14日のことで、その頃から幾度となくヤンゴン空港から昆明長水国際空港へとミャンマー・エアウェイズ・インターナショナル(MAI)の旅客機が往復しているのが確認できている。

以上のような「中国の関与」の噂が広まる背景には、国軍に対するミャンマー国民の自虐的な批判が混じっている。「あの国軍が、中国の後ろ盾でもなければクーデターなど敢行するわけがない」とパワーバランス上の弱さを茶化している節もあるからだ。

サポーターの結束
写真=iStock.com/El-BrandenBrazil
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/El-BrandenBrazil

■中国大使は「ばかげている」と一蹴したが…

中国の陳海駐ミャンマー大使は2月15日、「政変」後初となるインタビューに応じ、「中国による関与の疑念」が市民の間で広がっていることについて「全くもってナンセンスで実にばかげている」と一蹴。中国とミャンマー間を往来する航空機はあくまで通常の貨物便であるとし、「中国は常にミャンマーの農水産物の重要な輸出市場だ」と強調した。

こうした中国大使による反論を信じるか、実際にミャンマーで起こっている状況についての報道内容を信じるかはさておき、はっきりしているのは「現在起きている局面は、中国にとっておもしろくない状況」であると想像できよう。

クーデターの端緒は「軍政対NLD」の政治的な争いを示していた。しかし、日がたつにつれ、政権を取ったはずの軍部がいくら警告しても、大多数の市民はこれに怯まず民主化へのデモをあらゆる形で継続している。中国の外交官らの目には「自国ではあり得ない国民による民主化に対するうねり」と映り、これこそが中国にとって外交戦略上の脅威となるからだ。

■中国に好都合な「ミャンマーの将来」とは

陳海駐ミャンマー大使は「中国とミャンマーはお互いに引っ越すことができない隣国同士」とした上で、「ミャンマーの一日も早い政治的な安定の回復を期待する」と述べている。

しかし、本音はここにはないだろう。中国にとって都合が良いミャンマーの将来とはどのようなものか、想像してみたい。

もし、このままミャンマー軍政が政権を掌握したらどうなるだろうか。西側社会からは厳しい経済制裁に遭い、国際経済の枠組みから取り外される。

その一方、中国人が頻繁に出入りし資本が流れ込み、人民元が流通するような「ミャンマー経済の中国化」が起こり得る可能性もある。実際に、ミャンマー第2の都市で中部にある古都・マンダレーは、次々と中国人による工場が建つなど中国資本に食い尽くされてきた過去がある。

一方、国際社会の支援と民衆の力で軍政を押し返し、クーデター前の民政を取り戻すことができたなら、一党独裁による全体主義を標榜する中国にとって新しいミャンマー政府との関係構築では難しい舵取りが迫られるだろう。まして、ミャンマー人らがこぞって「中国に後押しされた軍政をひっくり返して、民主化を勝ちとった。アウンサンスーチー氏は私たちのヒロインだ」とでも言い出したら、それこそ「中国にとっておもしろくない状況」がここかしこに立ち現れる。

■「一帯一路」実現に不可欠な地の利

国家一大事業として「一帯一路」を掲げる中、中国にとってミャンマーはインド洋に向かって開かれた石油・ガス資源確保の重要な橋頭堡(きょうとうほ)だ。なぜなら、ミャンマー国内にパイプライン等を通すことで、万一、西側諸国と一戦を交えることになった際、アメリカの影響が強いマラッカ海峡を通ることなく、中東から天然ガスや原油を輸入できるから、という事情による。

中国は「一帯一路」の一環として、ミャンマー北部と接する中緬国境の街・瑞麗と、インド洋に面したチャウピューとの間に天然ガスのパイプライン(全長800キロ)を敷設した。2013年に完成したこのパイプラインだが、そもそも民政移管前のミャンマーで欧米各国の制裁下にある中、権力の空白状態に乗じて中国が軍政に歩み寄り、一気にパイプラインを建設したという経緯がある。今や並行する形で石油パイプラインも通っている。

中国はこのルートに鉄道を敷く計画も立てている。国境を介して、雲南省の省都・昆明から中緬国境(瑞麗、ムセ)、ミャンマーのマンダレーを経由し、チャウピューまでのおよそ900キロをつなごうという計画だ。今回のクーデター勃発後、国境のミャンマー側では、意図的に「トラックが壊れた」として国道を塞ぎ、中国側からの軍隊侵入に備えたという話もある。現状では、マンダレー・ムセ間の鉄道はないが、中国としてはミャンマーでの物流インフラは是が非でも確保したい。

■「下手に手を出せない」中国の胸の内は

さらにこんな報道もある。軍政のクーデターが起こるや否や、中国が主導するミャンマーのミッソンダム(水力発電)建設計画が亡霊のように蘇ってきたのだ。軍政末期の2009年に建設が始まったものの住民の猛反対で工事が中断、2016年のアウンサンスーチー氏が党首を務めるNLD政権発足で棚上げになっていた。

完成すればミャンマー最大級の発電所となるが、発電量の9割が雲南省に送られるという中国を利するプロジェクトだ。残りの1割はミャンマーへ無料で供電すると中国は言っているものの、本来なら環境保全、特に下流域の稲作への影響を考えるとさらなるコンセンサスの形成が必要な案件とみられる。

国軍政権がしばらく継続すると見込めば、中国は一気に鉄道やダムの建設にも踏み切るのだろうか。

水力発電ダム
写真=iStock.com/silkwayrain
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/silkwayrain

ミャンマーで民主化を求めるデモの様子は、予想以上の大きな高まりに達している。もしも中国が国軍に対し、クーデターへの「お墨付き」を与えていたのなら、どう対処するべきか困っているかもしれない。下手に武力行使に出れば、国際的な非難や制裁はミャンマー国軍に向きつつも、国民の非難は中国にも向けられるだろう。ミャンマーという絶好の「地の利」を得たい中国としては、難しい舵取りを迫られているのではないだろうか。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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