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「9割は脱サラ農家」この1年で会員が倍増した野菜販売ベンチャーの仕入先

プレジデントオンライン / 2021年3月3日 15時15分

坂ノ途中代表の小野邦彦氏。写真撮影は新型コロナウイルスの感染拡大以前に実施(以下同) - 撮影=佐藤新也

有機野菜のネット販売・卸売業を営む「坂ノ途中」(京都市)が好調だ。特にネット販売が急増しており、この1年で会員数は2倍以上に増えた。小野邦彦代表は「創業時に3軒だった提携農家さんは、この10年で300軒以上になった。そのうち9割を占める新規就農者が、努力に応じてまっとうに稼げる仕組みを作りたい」という――。

■有機野菜のネット販売で会員数はコロナ前の約2倍

新型コロナウイルスの流行によりさまざまな業種の企業が苦戦を強いられる中で、業績を伸ばしている企業もある。その1つが京都に本社を置く、有機農法を主とする旬の野菜のネット販売・卸売業を営む「坂ノ途中」だ。

同社ではコロナ禍が日本にも本格的に到来した昨年3〜5月にかけて申し込みが急増、会員数は約2倍に増えた。創業者で代表の小野邦彦氏はその理由について「この機会に、ライフスタイルを見直そうと考える人が日本全体で増えたからではないでしょうか」と語る。

「アンケートを見ると『以前から坂ノ途中のことは知っていましたが、在宅ワークで時間ができて、この機会に申し込むことにしました』という趣旨の回答がたくさんありました。うちはそれまでも年に1.5倍増のペースで会員が増えてきましたが、コロナ禍になって増え方が2.5倍くらいになりました。自宅で家族と過ごす時間が増えて、多くの人が食をはじめライフスタイルを見直すことができるようになったのが、申し込み増の背景にあると感じています」

■「危機的状況」に対処することへの慣れ

会員数が増えただけでなく、注文の内容にも変化があった。同社ではさまざまな野菜のをS〜Lの3サイズの箱に詰め、2250〜4550円で販売している。それまでSサイズを注文していた人が、MやLにサイズアップしたり、注文の頻度を増やしたりしているケースが数多く見られると言う。「それはきっと外食が減って家庭で料理をすることが増えたからでしょう」と小野氏は分析する。

「以前からうちを選んでくれるお客さんは、『店に行く手間をなくして野菜を通販で買いたい』というタイプより、『どうせ食べるなら、おいしいものを選びたい』と考える人が多数を占めていました。その考えが、もともと有機農業や自然食に興味がある人だけでなく、一般の人にも広がっていると感じます」

急増した注文に対しても、社内に混乱などが起こることはなかった。そもそも自然が相手の農業に関するビジネスをしていると、常に発生する「危機的状況」に対処することに慣れてくる、と小野氏は言う。

「例えば夏に台風が来ると予報が入ると、ナス農家は台風対策として、樹を軽くするために小さいものも含めて収穫していしまいます。そういったものって一般的には販売することが難しいのですが、坂ノ途中はそれを買い取って、小さいナスならではのおいしい食べ方を紹介したり、こんな事情で今週の野菜セットにはナスがはいっていますよ」、と説明しながら販売する。

雪で物流が乱れたり、大雨で予定していた作物が欠品したりといったことも珍しくない。その度に柔軟に対応してきた経験の蓄積が、この度のコロナ禍においても事業を伸ばす原動力となった。

坂ノ途中でネット販売している有機野菜の詰め合わせの一例(Mサイズ相当)
写真=坂ノ途中
坂ノ途中でネット販売している有機野菜の詰め合わせの一例(Mサイズ相当) - 写真=坂ノ途中

■給食向けの野菜がすべてキャンセルに

一方で、坂ノ途中に農作物を納入する提携先農家の中にはコロナ禍の影響を少なからず受けるところもあった。

出荷前の野菜
撮影=佐藤新也
出荷前の野菜(クリックで他の写真も表示) - 撮影=佐藤新也

「飲食店や地元の小中学校の給食向けに野菜を納品していたところは、緊急事態宣言の自粛要請と休校措置でたいへんだったと聞きます。そもそも給食向けの野菜は買取価格が低く、生産者も『地元の子供たちに自分たちが作った野菜を食べてほしい』というなかば地域貢献の気持ちで出荷しています。給食のメニューは事前に決まっているので欠品が許されず、農家にとってはプレッシャーも大きいんです。それがすべてキャンセルになって出荷できなくなったのは、本当につらいことだったと思います」

飲食店と契約していた多くの農家も、注文がストップするようになった。坂ノ途中ではそうした農家に「自分たちができるだけ柔軟に対応して買い取るので、余ったら連絡をください」と伝えている。

仮に想定外にホウレンソウを大量に仕入れることになっても、顧客に今週発送を予定していたタマネギを来週に回し、替わりにホウレンソウを箱に入れることで、廃棄せずに食べてもらうことができる。

■自然環境に負担をかけないと生きていけないのか

そもそも小野氏が2009年に農業の分野で起業することを決めたのは、「環境への負担が小さいライフスタイルを広げていきたい」という思いからだった。

「幼少期の頃から、人間は肉や野菜を食べたり虫を踏んだりと生命を奪う存在だと感じていました」
撮影=佐藤新也
「幼少期の頃から、人間は肉や野菜を食べたり虫を踏んだりと生命を奪う存在だと感じていました」 - 撮影=佐藤新也

「自分は教育を重視したりお金をかけたりはしない環境で育ち、高校時代はアルバイトをしまくっていたのですが、それがなかなかにきつくて、社会に出たくないな、何もしたいことがないなと思っていました」

将来の選択を少しでも先に送るため、小野氏は京都大学の総合人間学部に入学する。しかし大学時代も人生の目標はなかなか見つからず、5限の授業にも遅刻するような怠惰な生活を送りながら、たまにバックパックを担いで海外放浪する日々を過ごした。

転機となったのは、休学して6カ月半かけて上海からイスタンブールまで旅をしたことだ。

「ずっと陸路で旅をしていろんな生き方に触れる中で、見栄や虚飾みたいなのがどうでも良くなったんです」

代わりに心によみがえったのが、幼い頃から抱いていた「なんで人間って、こんなに自然環境に負担をかけなければ生きていけないのだろう?」という疑問だった。

「自分は幼稚園の頃から自然や生物が好きで、外を歩いているときには虫を踏まないように注意して歩くような子どもだったんです。環境に関する活動をしている人にも漠然と憧れを抱いていたことを旅の途中で思い出し、『人と自然の間をつないでいるのが農業だ。農業に関する事業をやってみよう』とそこで初めて思いつきました」

■一件あたり売り上げは約430万円…農業の世界は「超格差社会」

大学を出た小野氏は、社会人としての経験と起業したときのお金周りの知識を積むために、外資系金融機関に就職する。デリバティブ金融商品の開発に従事し、高度金融経済の最先端の世界に2年間身を置いた。そこで得た知識は、いま坂ノ途中が資金調達をする上でも少なからず役に立っていると言う。

ロープにとまるトンボ
撮影=佐藤新也

「自然環境への負荷の低減」を企業理念に置く坂ノ途中では、個人向けの有機農業野菜のネット通販を事業の主軸に置く。2016年からは、東南アジアにも活動の幅を広げ、ラオスやミャンマーなどの山間地でコーヒーの品質向上を行う「海ノ向こうコーヒー」も展開している。

坂ノ途中の事業の背景には、「環境への負担の小さい農業への挑戦をビジネスとして成り立つようにしていきたい」という小野氏の思いがある。現在の日本には、兼業農家を含めて約170万戸の農家が存在し、農業生産額の合計は酪農を入れて8兆円の規模になる。この金額を戸数で割ると、一戸あたり約430万円という数字が出てくる。

「農業の世界は『超格差社会』で、昔からの地主の家系は、代々先祖から受け継いだ広い土地で効率的な農業ができます。それに対し、都市に住んでいた住人が脱サラして農業を始めたいと思っても、猫の額ほどの土地しか手に入れることはできず、ビジネスとして軌道に乗せるまでに、相当苦労しているのが現実です」

■少量不安定な農産物を仕入れて新規就農者を支援

新規就農者を増やすために、坂ノ途中ではさまざまな支援を行っている。未経験から農業を志す人の多くは、有機農業や、化学肥料や農薬の使用量を減らして体に良いおいしい農産物の生産をしたいという志を抱いている。

しかし現実問題として、借りたり購入できる農地は狭かったり、日当たりや水はけが悪かったりなど、条件が良くないことも珍しくない。そうした土地で一生懸命に有機農法で野菜を育てても、少量かつ不安定な生産量となってしまうことから、販路を確保できずに農業を諦めてしまうケースが多々ある。

農協や大手の野菜卸売業者が扱うことを避けるそうした少量不安定な農産物を、坂ノ途中は積極的に仕入れることで新規就農者を支援する。これまでにたくさんの新規就農者を見てきて蓄積されたノウハウを活かし、土地や環境に合わせてどのような作物をどれだけ、どのように育て、どのような物流を用いれば持続的に利益を出せるか、相談にのることも増えてきた。

それは環境に与える負荷が低く、おいしくて健康に良い野菜の供給量を増やし、農業を持続可能な営みにしていくことが自分たちの使命と考えているからだ。

■提携先の9割は脱サラ農家

そうした地道な支援によって、創業から10年で提携先の農家は250軒以上に増えた。そのうち9割は、親が農家ではない、脱サラして農家を始めた生産者だ。

京都府・亀岡市の「やまのあいだファーム」
撮影=佐藤新也
京都府・亀岡市の「やまのあいだファーム」(クリックで他の写真も表示) - 撮影=佐藤新也

また就農を希望しているが、「どうやって一歩を踏み出せば良いかわからない」という人たちのために、2013年に自社農場「やまのあいだファーム」の運営も始めた。

京都府の亀岡市にある「やまのあいだファーム」では、「不耕起栽培」といって、畑の土を耕さずに自然のままで農産物を育てる実験農業を行っている。あわせて、畑を耕すかたちの、一般的な有機農業を行う圃場もある。新規就農を希望する人は、いきなり農地を借りたりする前に、「やまのあいだファーム」を訪れることで自分の好みに合った営農スタイルをリアルに考えることができる。

■森林伐採の減少や山間地での雇用を生むコーヒー事業

新規就農者の「仲間」を増やす努力とともに、新たなビジネスへの挑戦も続けている。その1つが「海ノ向こうコーヒー」と名付けた、ラオス、ミャンマー、バリ、タイなどの東南アジアの国々で生産されたスペシャルティコーヒーの事業である。

「それらの国々は森林減少や若者の地方から都市部への流出、農作物の国際的な価格競争など、さまざまな問題を抱えています。コーヒーという付加価値が高い農産物を作って売ることで、環境や現地のコミュニティに配慮しながら、森林伐採の減少や山間地での雇用を生み出すことがコーヒー事業の目的です。いまはコロナ禍でなかなか訪れることができませんが、産地には定期的にうちのスタッフが訪れ、栽培方法や生産プロセスの見直し、新品種の導入などのサポートを行っています」

コーヒー事業はまとまった量の取り扱いがなければ収益が生まれないことから、これまでは主に焙煎所やカフェなど法人を対象にしていたが、最近になって事業が安定したこともあり、個人向けに定期的にいろんな産地のコーヒーとそのストーリーが届く「産地を旅するコーヒー定期便」もスタートした。野菜を定期購入していた家庭が、注文してくれるケースも増えている。

■農業が持つ多面的な機能

レストラン「本と野菜 OyOy(おいおい)」の内観
写真=坂ノ途中
レストラン「本と野菜 OyOy(おいおい)」の内観 - 写真=坂ノ途中

また2020年6月には、京都の中心部・烏丸御池駅直結の商業施設「新風館」の中に、レストラン「本と野菜 OyOy(おいおい)」をオープンした。同社が扱うオーガニックの野菜を調理したおいしい食事を楽しみつつ、提携している東京の書店・鴎来堂がセレクトした本を選んで購入することができる。

「京都のど真ん中にフラッグシップ的な店を出したのは、自分たちの取り組みを一部の『エコやオーガニックが好きな人々』だけでなく、より広く世の中一般の人たちに知ってもらいたい、と思ったからです。うちはもともと社内にキッチンがあり、そこでレシピを開発したりまかないを作っているので、調理が得意なスタッフもいました。商業施設の飲食店で食べるお客さんは、スマホを眺めて『ながら食い』をする人が珍しくありませんが、うちの店の料理を食べた人のなかには『はっ』とした顔をして、スマホから手を放してくださる方もいます。書店の鴎来堂とコラボしたのも、単に食事を味わうだけでなく、その奥にある自然環境について考えを巡らせる機会を持ってもらいたいのが理由でした」

農業は単に「人間にとって必要な食料を生産する」だけでなく、自然環境の保護や、村落の共同体を維持するといった、多面的な機能を持っている。

コロナ禍によって人々のライフスタイルが大きく変化し、人口が密集する都市部に住み続けることの意義について多くの人が疑問を抱くようになった今だからこそ、坂ノ途中の「農業を通じて自然と調和する」事業の発展に期待を寄せたい。

京都本社の入り口には提携先農家からの手紙や写真が飾られている
撮影=佐藤新也
京都本社の入り口には提携先農家からの手紙や写真が飾られている - 撮影=佐藤新也

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小野 邦彦(おの・くにひこ)
坂ノ途中 代表
1983年奈良県生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、外資系金融機関での「修行期間」を経て、2009年京都にて坂ノ途中を設立。「未来からの前借り、やめましょう」というメッセージを掲げ、農業の持続可能化に取り組んでいる。好きな野菜はカブ、オクラ、しいたけ。

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大越 裕(おおこし・ゆたか)
ライター
1974年茨城県生まれ。出版社での勤務を経て、2011年に独立。起業家や小説家のインタビュー、大学研究者のサイエンス記事を多数執筆。「何かを作る人」に興味がある。理系ライターズ「チーム・パスカル」の一員。

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(坂ノ途中 代表 小野 邦彦、ライター 大越 裕)

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