東京五輪を"ボイコット"する日本国民がこうむる「どえらい逸失利益」
プレジデントオンライン / 2021年3月2日 9時15分
■開催国日本(東京都)に東京五輪を「中止」する権限はない
東京五輪の開催まで5カ月を切ったが、国民の心は東京五輪から離れているように見える。
読売新聞社が行った世論調査(2021年2月5~7日調査)では、「観客を入れて開催する」8%、「観客を入れずに開催する」28%と、開催に前向きな考えを持つ人が計36%いたが、「再延期する」33%、「中止する」28%と、6割を超える人が予定通りの開催に否定的な回答をしている。
緊急事態宣言の延長に加えて、2月3日、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長の女性蔑視ともとれる発言を巡るドタバタが国民の“いらだち”を増幅させたのは確かだ。その怒りの矛先が東京五輪にもぶつけられているような形だ。
「新型コロナが収束していないのに、開催は時期尚早」
「無観客開催、海外選手の隔離・追跡、医療体制の拡充といった対策をしたとしても、安心できない」
そうした気持ちは理解できる。だが、ここは冷静な判断が重要だと私は考える。
ルール上、開催国とはいえ日本(東京都)に東京五輪を「中止」する権限はない。決定権があるのはIOC(国際オリンピック委員会)で、東京都らは「考慮の要求」しかできない。
IOC、JOC、東京都の3者で締結した「開催都市契約」には、IOCは「本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合」には中止する権利を有すると記されている。IOCが中止を決めた場合、日本側は補償や、損害賠償を請求する権利を放棄することも明記されている。
■東京都が開催拒否した場合はスポンサー企業への返金と違約金が発生
東京五輪・パラリンピックの大会経費は、大会が1年延期となったことで新たに2940億円が必要となり、総額1兆6440億円まで膨れ上がった。東京五輪が中止となると、日本側は経済的に大きな損失を被ることになる。それは、いずれ国民の生活にも大なり小なり影響を与える。また東京都が開催を拒否した場合は、さらにスポンサー企業(68社、総額約3500億円)への返金と違約金が発生する可能性がある。
2月19日に行われた先進7カ国(G7)首脳のテレビ電話会議では、新型コロナウイルスに打ち勝つ世界の結束の証しとして今夏に安全・安心な形で東京五輪・パラリンピックを開催する日本の決意を支持するとの首脳声明をまとめている。
状況を俯瞰すると、東京五輪は開催される方向で進んでおり、東京五輪の中止を求めることは事実上できない。そうだとすれば、ホスト国であるわれわれ日本人は今、何をしたらいいのか。それは開催のための“準備”ではないか。
■コロナと東京五輪の「両立」する手立てはないのか
「オリンピックのために、毎日毎日、練習してきて、これで出れなかったら何のためにやってきたのか……」
かつて、こんな言葉を発したアスリートがいる。モスクワ五輪(1980年)の参加をめぐり、現在JOCの会長を務める山下泰裕ら23競技の選手・コーチ約100人が集まり、涙の訴えを起こした。しかし、同年5月24日、JOCはモスクワ五輪への「不参加」を決定する。いまから41年前の“悲劇”である。
ワクチンの接種が始まったとはいえ、まだまだ新型コロナウイルスに対しての恐怖心は強い。この状況下で、大きな声で「東京五輪を開催したい」とは言えない空気になっているが、東京五輪を目指すアスリートたちの“心の声”はどうだろうか。
東京五輪の開催が決まったのは2013年9月。アスリートたちは7年半前から東京五輪の舞台を目指して準備をしてきた。スポーツ選手のピークはさほど長くない。4年に一度のオリンピック。今回が最後のチャンスとなるアスリートもいる。自分の素直な気持ちを発信できず、開催されることを祈りながら、黙々とトレーニングに励んでいるアスリートたちも多いに違いない。
緊急事態宣言下でも必要に迫られて通勤電車に揺られて会社に向かう人は少なくない。それはコロナとの共存を図りながら、勤務先の企業や経済をまわしていくためだろう。東京五輪でも「両立」するための手立てが取れないだろうか。
■徹底した感染防止対策で日程を終えた全豪オープンに学べ
現状、大会の運営方法で決まっていないことは多い。観客は入れるのは入れないのか。世界中から集まる選手や関係者をどのように受け入れるのか(一定条件を満たせば入国後2週間の待機免除をするのか)などを早めに決定することが重要だ。
参考になるのは2月21日まで豪州メルボルンで行われたテニスの4大大会、全豪オープンだ。新型コロナウイルス対策が徹底されたなかで全日程を無事に終えた。東京五輪とは大会の規模が異なるが、開催に向けてのヒントになることがたくさんあり、大会関係者は大いに学ぶべきだろう(※)。
※編集部註:チャーター機で豪州入りした参加選手や関係者ら1016人に対して約2週間の隔離措置を義務付け/隔離期間中はコートでの練習は許されたが、時刻やパートナーを指定され、上限2時間という制限付き/紙のチケットを全廃し、観客はスマホに表示した電子チケットのQRコードをゲートでかざして入場。売店での支払いはカード限定にするなど、「接触レス」を徹底/開催地ビクトリア州のロックダウン(都市封鎖)発令に伴い、大会期間の途中の5日間を無観客で開催、など。
筆者は北京五輪の北京国家体育館(通称「鳥の巣」)でウサイン・ボルト(ジャマイカ)が男子100mで世界記録を樹立したシーンを目撃している。9万人の大観衆が熱狂して、スタンドにいたジャマイカ人は興奮して踊り出した。これがオリンピックなのかと衝撃を受けた。
東京五輪はいつものようなオリンピックの光景が見られないかもしれない。それでも、スポーツが持つ圧倒的なパワーを多くの日本人に感じてもらえるはずだ。1964年の東京五輪を経験していない世代にとっては、夏季五輪が自国で開催されるのは一生に一度ともいうべきビッグイベントだ。参加するアスリートだけでなく、多くの国民にとって“特別な夏”になるだろう。
■できない理由を並べるより、やれる可能性を探るべきではないか
いま日本国民にできることは何か。
東京五輪の成功に向けて、一致団結することではないだろうか。これは精神論ではない。まず、国内の新規感染者をさらに減らすために、気を緩めずにマスク着用や3密・会食の回避を徹底すること。テレワークを増やすこと。ひとりひとりが最善の感染対策を講じたうえで、ルールを決めて可能な限りの来日者を迎え入れる。それこそがコロナ禍における日本が誇る「おもてなし」の気持ちともなるのではないか。
主役となるアスリートたちが気持ちよく競技に向かえる雰囲気をつくり、温かい声援を送る。できない理由を並べるより、やれる可能性を探るほうが人生は絶対に楽しくなる。コロナ禍で蔓延した“沈んだ空気”をスポーツの力で少しでも明るいものにするチャンスだと私は信じている。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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