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なぜ現代アートは、ビジネスに活きると断言できるのか

プレジデントオンライン / 2021年3月8日 11時15分

和佐野有紀さん - 撮影=西田香織

今、「アートを取り入れる」という考えが、教育の分野だけでなくビジネスにおいても注目されている。でも、どのような意味でアートがビジネスと関係しているのか。アートマネジメント分野で前期博士号を取得し、現役の医師であり、アートコミュニケーターとしても積極的に活動を展開する和佐野有紀氏に聞いた。

■アートもビジネスも“生きる態度”である

私は都内の病院で医師として勤務しながら、アートをとりまくコミュニケーションに関する研究や活動を行っています。原宿を拠点に「PROJECT501」というアートプロジェクトを主催し、2019年には電通美術回路のメンバーとして、『アート・イン・ビジネス』(有斐閣)を出版しました。

『アート・イン・ビジネス』は、ビジネスにアートを取り入れることの意味や方法、事例などを解説しており、「アートはビジネスに効くのか?」という問いに対して、ブランディングや組織活性化、ヴィジョン構想など複数の視点からの考察を提示しています。

一般的に、アートとビジネスは、あまり関係のないものとして思われているかもしれません。でも、「アート」を、絵画や彫刻といった作品のみではなく、“生きる態度”として広く捉えると、実はビジネスと共通する要素が多く見受けられます。

電通美術回路『アート・イン・ビジネス』(有斐閣)
電通美術回路『アート・イン・ビジネス』(有斐閣)

世の中の事象をインプットし、感じたことを何らかの形でアウトプットする。そうして、アウトプットを他者と共有する――。これが、アートがたどる基本的なプロセスであり、家の中でひたすら何かを考えているだけではアートは完結しません。

絵や彫刻、写真などアウトプットの方法はいろいろあるとして、プロセスに注目してアートを捉えると、ビジネスとの共通項が浮かび上がってきます。内的衝動や問題意識を、商品やサービスといったアウトプットにして、顧客に届ける――。このようにビジネスを捉えると、アートと共通する要素は決して少なくありません。

実際、私が「この人の生き方はアート」と刺激をいただく方の中には、「スープのある一日」というコンセプトからSoup Stock Tokyoを創業した遠山正道氏など、ビジネスパーソンの方が数多くおられます。

■現代アートに興味をもったきっかけは三島由紀夫

私がアートに興味をもったルーツは、文学作品を読むのに没頭した子ども時代にさかのぼります。小学生の頃から両親の勧めもあり、さまざまな文学作品を読んでいたのですが、なぜか三島由紀夫の作品に妙に惹かれました。ここから、寺山修司のシュールレアリズム演劇など、文学を超えて興味の幅が広がり、やがて現代アートに興味をもつようになったのです。さまざまな思いを持ちながら現代アートに取り組む人たちと知り合ううちに、ますますアートが好きになっていきました。「こういった人たちが増えると、もっと面白い世の中になる」という確信をもったことが、今のアートコミュニケーターとしての活動につながっています。

ご存じの方も多いでしょうが、私をアートの世界に導いてくれた三島由紀夫は、1970年に自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げました。その背景についてはさまざまな解釈がなされていますが、私なりに思うのは、彼は彼自身の確固たる価値観に苦しめられていたのではないか、ということです。「男とはこうあるべき」「国家とはこうあるべき」といった価値観と現実のギャップに苦しんでいたように思われます。

和佐野有紀さん
撮影=西田香織

ただ、見方を変えれば、ああいった確固たる価値観をもち続けたことが三島の作品の源泉だったのかもしれません。そう考えると、彼自身を含め、もっとさまざまな価値観を許容できる社会が実現していたなら、もっとたくさんの素晴らしい作品が生まれていたような気がします。

■多様な価値観に触れられるアートの存在

私が現在アートと関わりながら思っているのは、「三島由紀夫が死ななくてもいいような世界をつくりたい」ということです。多様な価値観が社会で認められ、それぞれの価値観が他者と共有できる、そんな“あそび”のある社会を作るためのお手伝いをしたいと考えています。そうした社会には、多様な価値観に触れられるアートの存在が不可欠です。

身近なことに当てはめると、ビジネスでは時に短期的な数字に追われて苦しくなることがあるでしょう。指示どおりに仕事をしているのに結果を出せないとなおさらです。そういうとき、少しだけやり方を変えてみたり、時間軸をずらして長期的な視点から目標を再設定したりするといい。こういう考えを、私は「煙に巻く」なんて言ってみたりしています。

和佐野有紀さん
撮影=西田香織

ひとつの物事を突き詰めて苦しくなるときは、少し視点をずらしてみて自分自身を煙に巻いてあげることで、意外な解決法が見つかることもあるでしょう。何より、仕事が楽しくなると思います。

■あえて仕事を“属人化”してみる

自分なりの価値判断の軸を持ち、実践法を見つけるのはアートに関わる基本的な態度ですが、これはビジネスの世界でも活用できる考え方です。このようにビジネスにアートの考え方を取り入れていくと、仕事がいい意味で「属人化」し、AIにはできないようなクリエイティブなアウトプットにつなげることができます。

昨今、ビジネスが、属人化を排除しようとする動きが見られ、効率化の観点からは理解できるのですが、あらゆる仕事から属人性をなくすと、とてもつまらない世の中になってしまう。仕事といってもいろいろなものがあり、あえてその人らしさを加えることで、よい結果を生み出せるケースもあるはずです。「私だからできること」を価値として認めることで、多様性があり生きやすい社会が生まれるように思います。

善悪や正誤といった二項対立で社会を捉えると生きづらくなる。唯一絶対の正解を追い求めていると、大半の人は「失敗した」という感覚にとらわれ、自分で自分自身を息苦しくさせてしまうのです。

宮澤謙一(http://magma-web.jp/)
撮影=西田香織
宮澤謙一(magma) - 撮影=西田香織

ビジネスにおいても、アートと同様に、二項対立ではないオルタナティブな評価軸、メタ的な視点を自分なりに作ることをお勧めします。そうした生き方は、他人から見れば「何をやっているの?」「何の意味があるの?」と思われるかもしれませんが、それでも本人が幸せであればいいではないでしょうか。いずれ、突飛に思えるような行動が、自分の仕事とうまくつながることもあるはずです。

■医師として、患者の文脈を読み解く

最後に、私が身を置く医療の世界とアートとのつながりについて触れたいと思います。そもそも私が医師になった理由は、「人生を自分で選びたい」と痛切に感じたからでした。今ほど女性の社会進出が進んでいない時代に10代を過ごした私は、自立的に生きていくために医学部を目指した経緯があります。なかでも耳鼻咽喉科を選んだ理由は、老若男女多様な患者さんがいて、多様なコミュニケーションを取れる点に魅力を感じたことにあります。

ちょうど、医師として5年ほど働いた頃、「患者さんのため」のつもりで学問的に正しい手順を必死に守ることが、相手に満足していただくどころか、かえって傷つけてしまうこともあるということにようやく気づきました。

当時を振り返ると、患者さんの病気を治すこと、少しでも長生きさせることだけを目指すあまり、自分自身の思いに対して、かたくなになっていたのだと思います。

書棚
撮影=西田香織

そのときにふと気づいたのは、「人によりみな価値観は違う」という当たり前のことでした。完治しているのに不安を抱えている人もいれば、完治はしていないけれども病院には行きたくないという人もいます。治療にどれくらいのお金や時間をかけるのかも人それぞれで、唯一の正解はありません。このことに気づいてからは、「これが正しい」と医師として上から判断するのではなく、患者さんの考えに興味をもち、それぞれの文脈を抽出するように意識しています。

これは、特定の正解をもたないアートに向き合うときの気持ちとまったく同じです。「これってアートと同じなんだ」と気づいてからは患者さんと互いに納得をしながらコミュニケーションを取ることができ、以前より少しだけ温かな診療を行えるようになった気がしています。

■ビジネスも、解はひとつではない

他者が見ている世界に思いを馳せるうえで、アートは有効です。アートにはいくつもの解釈が成り立ち、見る側に委ねられています。たとえば青と白のラインが描かれた絵があったとして、それが「海」に見えたとすれば、その解釈は間違いではありません。ただ、その作品が実は「細胞」を描いた作品ということを知ると、「そういう見方もできるのか」という驚きとともに、違う視点が生まれます。

左の版画、小野耕石(https://www.onokouseki.com/)/右の彫刻、大塚諒平(https://www.ryoheiotsuka.com/)
左の版画、小野耕石/右の彫刻、大塚諒平

コミュニケーションを成立させるためには、自分を確立させるだけでなく、他者を理解する必要があります。これはビジネスでも同じことで、顧客や取引先など、ステークホルダーとのコミュニケーションをとるうえで、「解はひとつではない」という意識をもつことは、大切です。

多様な視点をもつようになると、より大きな意味でビジネスや目の前の仕事の意味を捉えることができるようになります。「仕事は自分や家族の生活のため」という考え方もありますが、視点を変えると、より大きな意味が見えてくることもある。こうした視点の切り替えから、たとえばSDGsにつながるような、社会課題を解決するユニークなビジネスが生まれてくるのだと思います。

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和佐野 有紀(わさの・ゆき)
アートコミュニケーター/医師
東京医科歯科大学医学部医学科卒業。都内病院にて耳鼻咽喉科医師として勤務するかたわら、2018年に慶應義塾大学アートマネジメント分野にて前期博士号取得。研究テーマはアートマーケティング。アート/アーティストの価値をきちんと知覚できる社会の実現、アートを基軸に自己と世界のあり方に意味を紡ぐことのできる豊かさの実装を目指し、原宿で PROJECT501を主宰。あわせてビジネスにおけるさまざまな手法を介したアーティストの価値化のリサーチを行う。2020年よりSmiles遠山正道氏の新事業“新種のimmigrations”事務局長を兼務。共著に『アート・イン・ビジネス』電通美術回路編(有斐閣)。

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(アートコミュニケーター/医師 和佐野 有紀 構成=小林 義崇)

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