山口真由「"結婚したいけど、できないんです"と答えていたのは間違いだった」
プレジデントオンライン / 2021年3月4日 11時15分
■「選択できる立場」でいたい
——山口さんは、周囲から「結婚しないの?」と訊かれたとき、どう答えているのですか。
【山口】そういうときはとりあえず「結婚したいけど、できないんです」と言っています。
なぜそう答えるのかといえば、めんどうなのと、私は鼻につく感じに見られやすいのに、回りくどく説明していたら、よけい鼻についてしまうだろうと思うからです。
「したいけどできない」と言っていれば、「かわいいところがあるじゃないか」となりますから。まあ、「そっちのほうが楽だから」という理由で、ステレオタイプな見方に乗っかっているわけなので、いいことではありませんね。
私の場合、自分が「結婚する」「しない」を選ぶ側でいたいんです。女性には出産というタイムリミットがありますが、私は自分の卵子を凍結保存することで先送りしています。
——「選ぶ側でいたい」という言い方をすると、「それはめぐまれた一部の女性だけの特権」と、反発する人もいそうですね。
【山口】おっしゃる通りと思います。小倉千加子さんは『結婚の条件』(朝日新聞出版)で、女性にとっての結婚の目的を「生存・依存・保存」の3つに分類しています。でも私は何かの目的のために結婚する必要はなくて、自分が結婚するしないを選べる立場にあることに、心地よさを感じているのは事実です。
いまは妹と二人暮らしなので、気楽に生きていられます。たとえば今日はこのあと仕事の予定がないので、家に戻ってお風呂に入って、本を読んで、たぶん早めに飲み始めると思います。もし子どもがいたら、そういうことはできないでしょう。
そういう生活を自分の意思で選択してきたので、その結果どうなったとしても、文句は言うまいと思っています。
■「自分は被害者」という考えをやめる
——新刊で印象的なのは、自分の弱さをさらけ出して同情を買うことはせず、抽象的な問いを重ねる方向で構成していることでした。
【山口】ありがとうございます。実は書き始めたときには、結婚していない自分を、「『ふつう』を求める社会の圧力の被害者」として描こうと考えていたんです。
ただ本を書き進める過程で、「何の目的であれ、結婚することも、結婚しないことも、それぞれの人が戦って勝ち取ったもの。結婚を選んだみんなはいまも結婚生活を送りながら、家族という形を守るために戦っているのではないか」と考えるようになり、自分を被害者として描く視点に違和感が出てきました。
郊外の一戸建てに住んで旦那さんとお子さんのいる「模範的」な家族を築いた人も、それで人生の目的がすべて満たされているわけではなく、夫婦や親子という逃れられない関係を背負いながら、いまも日々戦っているのではないか。
そう気づくことで、私は同時に「自分がこれまでやってきた生き方は、ずるかったのかもしれない」とも感じました。スタンダードな家族の形から距離を置いて、「自分は被害者」と考えている。それは実は、結婚して誠実に日々を営んでいる人たちが築いてきた「ふつう」という価値観を自分自身も前提にしているのではないか、と。そこに乗っかっているという意味では、フリーライドしているわけです。
■「ふつうの家族」なんて存在しない
そもそも「ふつうの家族」とは何でしょうか。突き詰めれば、そんなものは存在していないんです。家族はみな一つひとつ違っていますから。それぞれの家族はそれぞれが置かれた状況の下で「家族という戦い」を全うしているのだと思います。
小倉さんが指摘したような、生存のために結婚することも、階級上昇のために結婚することも、すべては聖なる「家族という戦い」です。それを口先で批判するより、見事にやってのけた人をリスペクトすべきだろう、と。私はそう考えて、「家族という戦いを戦っている人たちすべてに、エールを送りたい」と思い直して、この本を書くことにしたのです。
本のまえがきに入れた「『家族の話が書きたい』と出版社に言ったら、『家族を築きあげたことがない人に、家族を書くことはできない』と断られた」というエピソードがあります。そう言われたとき傷ついたのはリアルな事実ですが、一方で「きた、きた」とも思っていたんです。傷ついた経験は、世の多数派から迫害された「被害者」という立場を、私に与えてくれますから。「被害者」という立場から本を書けば、批判されにくいな、と。
でも本を書き進める過程で、なんか違うな、と。「ふつう」という規範を作り上げた世間があって、私はその「被害者」だという話をしたいわけではないと気づきました。生存、依存さまざまな結婚を全うする人がいるなかで、「自分は被害者」という私の自己憐憫は、甘っちょろいのではないか。
そこで「自分は被害者」という主観から入っていくのはやめて、「家族という戦いを戦っている人たちすべてに、エールを送ろう」という視点から書き直していきました。
■「産めないのか」のヤジ議員と同じ意識を持っていた
——「私の自己憐憫は甘っちょろい」と自身を突き放せるのはすごいですね。山口さんはなぜそう考えるようになったのですか。
【山口】司法修習生のとき、仲の良い女の子がいて、2人で「2人とも不幸だね」という話をよくしていたんです。その子があるとき「でも私たちの不幸って、甘い蜜の味がするよね」と言い出して、「たしかにそうだな」と。
「結婚できないのは高学歴の女性と低学歴の男性」というデータがあります。私たちは高学歴の女性に相当するので、たしかに結婚が難しいかもしれない。でもそれは自分で選んだ道なので、「結婚相手がいない」と嘆いても、それは自分の責任。私たちは生存のために結婚する必要にも迫られていない。そう考えると「私たちの不幸は甘い」という結論になるわけです。
自分で選んでそうしているのだから、「子どもを産まない私に社会の目がきびしくてつらい」なんて泣き言を言うべきじゃない、ということですね。本にも書きましたが、私は不妊治療クリニックで検査を受け、「卵巣年齢50歳」と告げられて、帰り道で泣いてしまうぐらいショックを受けました。それは「自分は女として欠落している」と感じたからです。
でも冷静になって思い返すと、そんなふうに感じたのは、「子どもを生むことが女の価値である」という価値観が自分にあったからです。2014年、東京都議会で、子育て支援について質問した女性議員に、男性議員が「産めないのか」とヤジを飛ばしたことが問題になりました。当時は「醜悪だな」と思っていたけれども、実は私の中にも同じ醜悪な意識があったんです。
誰かに嫌悪感を抱く場合、多くは自分の中に相手と同じ感情が潜んでいるのではないでしょうか。それを事実として認め、向き合っていかないと、前に進めないと思いました。
自己憐憫のただ中にいたとき、私は頭の中で悲劇のヒロインになっていたんですね。でも「結婚できないかわいそうな自分」というステレオタイプに、どんどんまっていくのは嫌だと思いました。誰のなかにも複雑な要素があるのに、ステレオタイプにはめていくと、自らを薄っぺらくしてしまう。だから、そこから一歩外に出たいと願ったんです。外に出たら、自己憐憫に浸っている自分の醜悪さと向き合わなければならない。それはつらいことだけれども、前に進みたいのなら自己憐憫は捨てなければいけません。
■「ふつうの家族」と「そうでない家族」の対立
——たとえば社会学者の上野千鶴子さんは「非婚の女性がコミュニティをつくって、それぞれの立場を尊重して暮らす」というライフスタイルを提唱されています。一方で、「ああいう生き方は、社会的立場のある上野さんのような人たちにしかできない」と批判を受けました。
【山口】「ふつう」の結婚生活を送っている女性たちと、フェミニストとしてシングルで生きている女性たちの間で、戦いのようになってしまっていますね。
アメリカ社会の姿を見ていると、日本もやがて「女性が独立して自由に生きるのはすばらしいこと。それを理解しようとしない人間は吊し上げられて当然」となっていくのだろうと思います。
ただ、その分断をあおるのが望ましいことだとは、私は思いません。
■「あなたの選択をリスペクトします」という配慮が大切
私の書いた本は私の価値観で書かれていますが、それを「あなたも同じようにしなさい」と人に押しつけたくはありません。だから本の中では「何が正しいかはわからないけれども、私はこうする」という言い方をしています。
——「私はこうする」という言い方はすごくいいと思います。ただし、いつの間にか、「みんなでそうしよう」にすり替わっている人が目立ちます。
【山口】そうですね。めんどうでもすべての人が「私はこうする」ときちんと言って、かつ、それを人には押しつけずに「あなたの選択をリスペクトします」と配慮しつづけないと。
結婚についても同じことだと思うんです。「早く結婚しろ」とアドバイスするのは自由だし、そう言われてその通り結婚するのも自由、しないのも自由です。多様性を尊重すべきだというのであれば、他人の選択に対してつべこべ言うべきではなく、「それぞれが自らの選択に満足していれば、それが一番」と言うしかないでしょう。
そういう人が増えることで、社会は分断から遠くなっていくと思います。
■二択を迫られたときは選んだ自分を問い続けることが重要
——いま世界中で二極化が進んでいて、「おまえはどちらにつくんだ」と問いただされるのが避けられなくなってきています。
【山口】おっしゃる通り、アメリカに続いて日本もいま、そうした方向に進みつつあると思います。
最近の例で言えば、女性蔑視発言で森喜朗氏が東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委会長を辞任しました。このとき少しでも彼の発言を好意的に解釈したり、会長辞任の過程への疑問を口にした人は、「擁護するのか」と叩かれました。私は同調圧力が嫌いなので、細部を無視して「擁護するのか、批判するのか」という単純な二択を突きつける社会になっていくのは、何よりも嫌です。
たったひとつの「正しさ」を振りかざして、それに合わないものを全部断罪していく。そういう社会の息苦しさは、中学校の教室で私が感じた、移動教室もトイレすらみんなで一緒という圧迫感と変わりません。
二択に単純化された世界で一度どちらかに舵を切ると、それをした自分を肯定するために、次も同じ選択をしなければいけなくなるということがあります。それによって主義主張がどんどん増強され、社会が分断されていくわけです。
もちろん投票など二択の選択肢しかないこともあります。その場合はどちらを選択したにせよ、その選択をしたことの意味を自分に問い続けるべきでしょう。
■「違うこと」より「同じもの」を探ることで分断を乗り越える
ジョン・スチュアート・ミルは『功利主義論』の中で、「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい」と述べています。「豚は自分の立場からしか物が見えないから単純に満足してしまうけれども、人間はいろいろな視点を持っているので、なかなか満足できない」ということです。
私はこれからの世の中は、「物事を単純化する人ほど得をする世界」にしてはいけないと思っています。複雑さの箱を開けてしまったら幸せになれないかもしれないけれども、それでも物事を多面的に見られる人間でありたいし、単純化による社会の分断に与してはいけないと感じています。
私が『「ふつう」の家族にさようなら』で伝えようと思ったことは、「ふつう」の家族とそうでない家族の違いを探して、評価したり批判することではなく、むしろお互いに共通する点を探すことでした。独立して生きている女性たちも、結婚して子どもを育てているママたちも、どこかに同じところがあるはずです。
分断を乗り越えるために、なるべく「違うこと」より「同じもの」を見つけにいく。「あなたにも、あなたにも、あなたにも同じもの」があれば、それが家族の「普遍」になるのだろうと思っています。
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信州大学特任准教授/ニューヨーク州弁護士
1983年生まれ。北海道出身。東京大学を「法学部における成績優秀者」として総長賞を受け卒業。卒業後は財務省に入省し主税局に配属。2008年に財務省を退官し、その後、15年まで弁護士として主に企業法務を担当する。同年、ハーバード・ロー・スクール(LL.M.)に留学し、16年に修了。17年6月、ニューヨーク州弁護士登録。帰国後は東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に進み、日米の「家族法」を研究。20年、博士課程修了。同年、信州大学特任准教授に就任。著書に『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)などがある。
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(信州大学特任准教授/ニューヨーク州弁護士 山口 真由 構成=久保田正志)
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