コロナ陽性で「自宅待機→急変」を回避する訪問診療医という知られざる切り札
プレジデントオンライン / 2021年3月4日 9時15分
■いつ急変するかと不安な自宅療養中のコロナ陽性者
新型コロナウイルスの新規感染者数は減少傾向にあり、待ち望んだワクチンの接種も始まりました。状況は少しずつですが、好転しているといえるでしょう。
とはいえ病床不足は相変わらずで、感染しても入院がかなわず自宅療養を強いられる人は少なくありません。入院を見送られるのは比較的症状が軽い人ですが、そのなかには病状が急変して亡くなる人もいる。自分が感染した事実を突きつけられただけでもショックなのに、自宅に隔離され、そうした報道に接すれば不安に襲われます。「自分もそうならないとは限らない」と。
そんな折、あるニュース番組で、コロナ陽性者で自宅療養している高齢者宅を訪問して診察する医師を紹介していました。「訪問診療」の医師です。このニュースの中では、医師がクルマで自宅前まで行き、防護服を身に着けて入室。症状を聞いたり、血中酸素濃度を測ったりしていました。医師に診てもらえるということだけで不安は薄まりますし、孤立感もなくなるでしょう。患者の姿は画像処理されていましたが、「救われた」という安堵が感じられました。
■昔なつかしい「往診」とは異なる「訪問診療」の仕組み
この「訪問診療」ですが、現状、認知度が低いかもしれません。「自宅まで診察しに来てくれるお医者さんがいるのか」と驚く人も多いのではないでしょうか。
かつて昭和時代には、診察カバンを持った白衣の医師が家に来て診察する「往診」が当たり前のように行われていました。地域のつながりが現代よりあり、多くの住民は開業医と顔見知り。だから体の具合が悪くなると、電話をして来てもらい、当時は自宅での看取りも珍しくありませんでした。
しかし社会の進歩とともに医療システムも様変わりしました。多くの地域に大病院が新設され、救急体制も整いました。体に異変が生じたら、119番をすれば救急車が駆けつけ、病院に搬送してくれる。近所のかかりつけ医に助けを求める必要がなくなったのです。
また、健康診断が一般化し、誰もが健康に気をつかうようになりました。少しでも数値に問題があると医師に頼る。そのためクリニックは満員で医師は大忙し。そんな医師が往診に出るのは大変ですし、患者の側も「来てもらうのは申し訳ない」という意識が働きます。
そのような流れの中で「往診」する医師の姿を見かけることは少なくなりました(今も、往診が行われている地域はある)。多くの人に「体の具合が悪くなったら往診」という発想はなくなり、それに代わって増えてきたのが「訪問診療」です。
■訪問診療はコロナに感染して自宅療養をする人にも本当に対応するのか
では、双方にどのような違いがあり、前出のニュース番組でやっていたように訪問診療はコロナに感染して自宅療養をする人にも対応してくれるのでしょうか。
埼玉県越谷市で4年ほど前に訪問診療をメインとした「ファミリークリニック越谷」を開業した西田雄介医師(36)に話を伺いました。
「まず知っていただきたいのは、『訪問診療』は基本的に在宅で介護を受けられている患者さんに対する医療ということです。いっぽう、『往診』は介護とは関係なく突発的な病変に対応するものです。いわば救急医療に近い。訪問診療は計画的な医療サービス。突発的な事態に対応するものではないのが前提となります」
社会の高齢化に対応し、介護保険制度が施行されたのが2000年。介護に医療はつきものであり、2006年ごろから国は在宅医療を推進。そのため在宅時医学総合管理料といった診療報酬の改定(病院診療より報酬が多い)を行ったことで増えてきたのが「訪問診療」です。
その違いで理解しやすい例を挙げるとすれば、往診は「患者と医師との人間的つながり」があって成立するのに対し、訪問診療は「患者と医師が契約関係」にあることでしょう。
「在宅介護を受けている方の多くは何らかの疾患を持っています。通院できる方はいいですが、なかには体の状態が悪く、通院が困難な方もいます。そうした方のためにあるのが訪問診療です。訪問診療医は患者さん本人や家族、またその患者さんを担当しているケアマネジャーさんなどから連絡を受け、相談のうえ定期的に訪問して診療するのです。介護と医療の違いはありますが、イメージとしては訪問介護や訪問看護といった介護サービスの形態に近いといえます(介護サービスは介護保険適用、訪問診療は医療保険適用)」
■コロナを含む病状急変の場合は365日24時間対応が可能な訪問診療医も
訪問診療には3つのルールがあります。
(1)基本的には月に2回、決められた日に訪問し、診療、検査、薬の処方などを行い、療養上の相談も受ける。
(2)病状が急変した場合は365日24時間対応で訪問し必要に応じて入院の手配を行う(医師によっては24時間対応をしていないケースもある)。
(3)医師の拠点の半径16キロ以内の家が対象(16キロ以外は医療保険が適用されない)。
この条件に合致し、納得した患者、家族と契約を交わしたうえで行うのが訪問診療です。
「(2)の連絡を受けて行う緊急訪問は往診に近いといえます。ただ、患者さんとは契約に基づく関係があって診療を行うというのが大きな違いですね」
では、コロナに感染して自宅療養をしている人は診療の対象になるのでしょうか。
「訪問診療は介護の方限定ではないですし、医療は誰もが平等に受けられるものでなければなりません。ニュース番組で紹介された医師も通常は要介護の方を診ている方だと思いますが、私もコロナで自宅療養されている方から連絡を受ければ診療に行きます。ただ、現在、担当している患者さん宅に行く時間以外に訪問する形になります」
■費用は月2回の定期訪問と24時間緊急対応で月平均6000~7000円
西田医師によれば、訪問診療は別の側面でコロナ禍の医療に貢献しているといいます。
「本来は入院させたほうがいい患者さんもいますが、訪問診療を受けることでそれを回避し、病床を空けることにもつながります。また、感染を恐れて通院を控え、病状を悪化させてしまう方もいますが、そうした方々にも訪問診療は役立っていると思います」
利用者として気になるのは、訪問診療でかかる費用です。
「患者さんの疾患や病状にもよりますが、基本的な月2回の定期訪問と24時間緊急対応で医療保険1割負担の方の場合、月額平均6000円から7000円といったところです。また、特別な医療処置が必要な場合は費用が加算されることもありますが、自己負担上限額(1割負担で1万2000円)が決められており、それ以上かかることはありません。薬の処方は病院と同じですし、ご自宅までの交通費もいただいていません」
要介護者が通院する場合、福祉タクシーを利用すればかなりの金額がかかりますし、付き添う家族の負担も大きい。それを考えればむしろ費用負担は少ないといえるでしょう。なお、西田医師のクリニックでは医師と看護師あるいは助手の2人ひと組で、クルマで患者宅を訪問するそうです。
■心電図、エコー検査、血液検…提供する医療の内容も病院と遜色なし
「最近では、医療機器もコンパクトになっており、訪問診療でもさまざまな検査ができるようになりました。必要に応じてですが、その場で心電図も取りますし、エコーの検査もします。血液検査は検体を検査会社に出す必要があり、タイムラグはありますが、多くのデータが取れるのです。また、電子カルテがiPadに入っているので、そうしたデータを示しながら患者さんにご説明することもできます」
自宅のベッドにいながら高度な医療を受けられ、病変があれば入院の相談も受けられる。この安心感は大きいでしょう。
「医師の立場として訪問診療が良いと思うのは、患者さんがどのような環境で療養されているかが見えることですね。ちゃんとお薬はのめているか、居室やベッドの状態はどうか、改善点があればアドバイスできる。こうした部分は療養されている現場を見なければわかりません。患者さんの実際の生活環境を診察の場とする訪問診療だからこそできる医療があります」
■課題は訪問診療の医師が不在のエリアが多いこと
ただ、訪問診療にも課題があるといいます。
「第一に地域差があることです。訪問診療の医師が不在のエリアはまだ多い。訪問診療には、病院に勤務する医師や通常外来だけの開業医にはない大変さがあるので、志す人がなかなか増えないのです。第二は医師が少ないことも関係するのですが、訪問診療そのものが世間にあまり知られていないことです」
西田医師の知人の医師が九州のある町で訪問診療のクリニックを1年前に開業したけれども、契約し利用する患者は10人ほどとのこと。地域の住民も、そして仲立ち役をするケアマネジャーでさえも訪問診療の知識がないため、利用する人が増えないというのです。
「幸い私が拠点とする越谷市は医師会が在宅医療の推進に力を入れており、訪問診療医との連携、協力体制ができています。私のクリニックは2人の常勤医でスタートしたのですが、利用される患者さんが順調に増え、現在は常勤医師4人、非常勤医師6人で対応。それでもキャパシティーをオーバーするほどです」
訪問診療を行う医師は徐々に増えてはいますが、地域によって足りていない現状があることや地元医師会の協力体制などまだ課題はあるようです。
「訪問診療というものがあることを知れば、利用したい方はたくさんいると思います。お住いの地域に対応する医師がいるか、まずは調べていただきたいですね。ネットでも探せますし、担当のケアマネジャーに聞いてみる方法もありますから」
医師が自宅まで来てくれる訪問診療。自宅療養中のコロナ患者に対応してくれるかどうかは医師によるようですが、これを機会にこうしたかかりつけの医療システムがあることが知っておいて損はないでしょう。
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フリーライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。
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(フリーライター 相沢 光一)
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