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「アート思考」を深めるためには、何をすればいいのか

プレジデントオンライン / 2021年3月15日 11時15分

和佐野有紀さん - 撮影=西田香織

ビジネスに新たな発想を生み、価値を実装していくものとして「アート思考」が注目されているが、それを身につけるには何から始めればいいだろうか。医師でありアートコミュニケーターとして活動する和佐野有紀氏に、気軽にアートと親しみ、自分自身の糧にするためのすべを聞いた。

■実は、現代アートは理解しやすい

前回「なぜ現代アートは、ビジネスに活きると断言できるのか」では、アートに触れることで、ビジネスに活きる多様な視点を得られるという主旨でお話しました。昨今よく耳にする「アート思考」という言葉に明確な定義はありませんが、私は、ある意味限定的な既存の思考の枠を超える存在としてアート思考を捉えています。アート思考を身につけるには、難しいことを考えずにまずはアートに触れてみることが大事ですが、何から始めたらいいのか分からないという方も多いでしょう。

とくに、フランスのモネやオランダのフェルメールなどの教科書的な作品と比べて、現代アートはとっつきにくいとされがちですが、私は現代アートのほうが理解しやすいと考えています。自分と同じ時代を生きるアーティストの作品だからこそ、今の時代の空気が反映された作品の背景にある文脈についても、リアリティをもって捉えることができる。そのため、実は深く作品を理解することができるのです。

電通美術回路『アート・イン・ビジネス』(有斐閣)
電通美術回路『アート・イン・ビジネス』(有斐閣)

もちろん、現代アートの作品には、何を表現しているのか容易に説明しづらいものも少なくありませんが、無理に言語化しようとする必要はありません。

世界的なキュレーターとして知られるハンス・ウルリッヒ・オブリスト氏が、2020年1月に東京藝術大学で行った講義では、「アートは失敗しても安全な唯一の場所」であると言っていました。アートの世界では人と見方が違っても互いを許容する前提が共有されているため、決して戦争にはならない、と。アーティストは、万人に100%理解されようとして作品を生み出しているわけではないので、観た人が感じ取ったものは、ある意味全てが正解。とにかく気軽に肩の力を抜いて現代アートを鑑賞していただければと思います。

■アートという形でなければ表現できなかったもの

アートを鑑賞するときに大切なことは、「情報から入らない」ということです。たとえばピカソのゲルニカは、「1937年に起きたスペインの内戦を描いた作品」という情報をあらかじめ知っているだけで作品を理解した気になりがちです。でもそれを知っているからといって作品を理解したとは言えないと私は考えています。

アーティストが伝えたかったものは情報ではなく、アートという形でなければ表現できなかったメッセージです。現代アートに触れるときは、アーティストという一人の人間の視点に気持ちを向け、どうして作品が生まれたのかをじっくり考えてみてください。そうすると、アートへの興味が湧いてくると思います。

和佐野有紀さんの私物
撮影=西田香織

そして、できるだけ多様なアートに触れたほうがいい。好きなアーティストを見つけて、その作品だけを追いかけるのも楽しいですが、最初から選り好みしてしまうのはもったいないです。何事においても引き出しが多いほうが面白いし、それが人生の豊かさにもつながると思います。

私にとって現代アートとは、「世界のどこかにつながる窓」です。いろいろな窓を覗いてみて、合わなければ通り過ぎればいいし、面白そうなら中に入ってみる。その先の世界が、人生に新たな価値をもたらすかもしれません。

■実際にリアルな体験として作品を見る意味

今は、アート作品について、インターネットや本などで知ることができる便利な時代ですが、私は全国の美術館などを訪れ、できるだけ実際にアート作品に触れるようにしています。ひとつの理由は、アートを見に行く体験そのものに価値があると考えているからです。現地までの移動や、途中で食べたもの、見た光景など、すべてがアート体験となっています。

また、私の場合、パソコンや本でアート作品を見ても、どうしても情報としてそれを捉えてしまいがちで、没入することができない傾向にあります。でも、作品の現物を目の前にすると、その世界にじっくりと浸ることができ、アートの心地よいシャワーを浴びているような感覚になります。

和佐野有紀さん
撮影=西田香織
PROJECT501にて - 撮影=西田香織

2020年夏、ミラノを拠点に活動されている廣瀬智央さんの個展「地球はレモンのように青い」を観に行ったときは、部屋いっぱいにレモンが敷き詰められていて、(でも実はリアルなレモンからではなくレモンの香料が発する)香りがたちこめている中で作品を鑑賞しました。このような非日常の体験は、やはり現地に行かないとできません。普段の日常とは違う場所に身を置くこと、体験に没頭することで、いろいろな気づきを得ることができます。私はスキーが好きなので、よく行きますが、いつもとはまったく違う身体感覚に没頭すると、都会に戻ってきたときに世界が違って見えてくる、いわゆる異化作用を実感します。

アートを観に行くことも、同じような効果があります。現物を見るのと、本などで見るのではサイズや質感などから受ける印象も変わるので、できるだけ美術館やギャラリーに足を運ぶことをお勧めします。

■ギャラリーは現代アートへの入口

ただ、全国各地の展覧会を巡るのは、費用や時間の面でハードルが高いですよね。私も、現代アートを網羅的に見るつもりはなく、できる範囲で足を運んでいます。

気軽に現代アートを鑑賞する方法としてお勧めしたいのが、お気に入りのギャラリーを見つけることです。ギャラリーは、もちろん作品を販売する場なので、展示されている作品を購入することはできます。とはいえ、ギャラリストはその作品を互いに納得している状態でお客様にお届けしたいという気持ちでお仕事をされているので、無理矢理買わされるようなことはありません。定期的に展示作品も入れ替わるので、さまざまな現代アートに気軽に触れることができます。

室内
撮影=西田香織
右の写真井津由美子 - 撮影=西田香織

もちろん、本当に気に入った作品があれば購入するのも自由です。ギャラリーでは、作品について質問することも、置かれているフリーペーパーなどでアーティストや作品について知ることもできます。

ギャラリーには、それぞれの特徴があるので、何となくテイストの合うところを見つけて通ったり、SNSで同じギャラリーが好きな人とつながったりすると、さらにアートの世界は相当広がります。ただ待っていてもアートとの接点は生まれないので、何かアクションを起こすことが大切です。まずは好奇心をもって能動的に動くこと。これはアートに限らず、豊かな人生に欠かせない姿勢だと思います。

■誰でも面白い発想ができる

私はアートの新たな魅力を提案する「PROJECT501」を主催し、現代アートの企画展示や、現代アートを鑑賞するワークショップを開催しています。そうした経験から感じるのは、本来は誰でも自由な発想力をもっているということです。とくに、小学3、4年生くらいの子どもたちに現代アートを観てもらうと、大人からは出てこないようなユニークな発想にいつも驚かされます。

でも、6年生くらいになると、あまり意見が出ず、誰かが正解を言ってくれるのを待つような雰囲気になりがちです。これは、成長するにつれて「このときはこう振る舞うべき」といったパターン認識が身につき、間違いを恐れるようになることが影響しているのかなぁと思っています。

和佐野有紀さん
撮影=西田香織

パターン認識は、社会生活を円滑に送るうえで役立つ面も多々あります。ありうる全ての可能性を考えて、妄想し続けて生きていくというのは、少し非現実的ですよね。ただ、「他の選択肢もあるかもしれない」と考えながらパターンに沿った行動を起こすのと、「これが唯一のやり方だ」という固定観念をもつのでは、大きな違いがあります。とりあえずは正しいとされている振る舞いをするとして、頭の片隅で自由な発想をする余地も残しておけば、もっといい選択ができる可能性が広がるでしょう。

■アートで得たメタ認知が、豊かな人生につながる

社会の変化が激しい今、人から「正しい」と言われたことだけを行っていても幸せになれるとは限りません。2020年から人類が直面しているコロナ禍(covid-19)で、個人としてサバイブする力の重要性が高まっているように感じます。もちろんコミュニティも大切ですが、コミュニティに属するにしても、その前に個人として考え方が確立していたほうがいいと思います。

自分でどう生きるのかを考えること、目の前の現実に意味づけすることは、人が豊かな人生を送るうえでとても大事なことです。これは医療現場で感じることですが、高齢でも好奇心があって前向きな方は、「この人は治る」と思わせるパワーをもっています。また、そうした方が実際に病を克服されるような場面を何度も目にしてきました。

室内
撮影=西田香織

「自分の幸せはこれ」と解をひとつに決めてしまうと、その要素が崩れたとたんに不幸に感じてしまう。でも、困難に陥ったとしても、その現実のなかで自分なりの幸せを見つけることができる人は、不幸にはなりません。たとえば両親の死に直面したときに、悲しむだけでなく、時間軸を長く捉え両親の生きた時間に意味づけを行うことができれば、育ててくれたことへの感謝の気持ちが生まれ、自分が生きていく力になるかもしれません。

多くのアートを鑑賞して、多様な見方が身につくと、いわゆるメタ認知の力が高まります。これが困難を乗り越えられるレジリエンス能力を高め、人生をより豊かにしてくれるのではないかと考えています。

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和佐野 有紀(わさの・ゆき)
アートコミュニケーター/医師
東京医科歯科大学医学部医学科卒業。都内病院にて耳鼻咽喉科医師として勤務するかたわら、2018年に慶應義塾大学アートマネジメント分野にて前期博士号取得。研究テーマはアートマーケティング。アート/アーティストの価値をきちんと知覚できる社会の実現、アートを基軸に自己と世界のあり方に意味を紡ぐことのできる豊かさの実装を目指し、原宿で PROJECT501を主宰。あわせてビジネスにおけるさまざまな手法を介したアーティストの価値化のリサーチを行う。2020年よりSmiles遠山正道氏の新事業“新種のimmigrations”事務局長を兼務。共著に『アート・イン・ビジネス』電通美術回路編(有斐閣)。

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(アートコミュニケーター/医師 和佐野 有紀 構成=小林義崇)

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